歴史
【ハゥフル】
平たく言えば魚人、または人魚。特徴として鱗、ヒレ、胸部にエラを持つ。肌の色はヒューマンに比べれば海に溶け込みやすい色合いになっており、ヌメりなども含めて「人外」と蔑称されることもある。陸棲種と海棲種が存在するがその線引きは“足があるかないか”、“陸でも呼吸ができるか否か”となっている。海棲種はより魚や水棲生物に近い容姿をしていることも多い。
陸棲種は確かに陸で生活が可能だが、体が濡れていなければ段々と弱っていく。それは生死にも関わることであるため、ハゥフルの生活圏は海に近いことが必須条件となっている。水魔法に詳しく、またそれを極めた者が大半である。剣ではなく鎗を基本的な武装としているのも特徴と言える。
過去の戦争によって一部のハゥフルの数は激減し、連合を特に敵視している。それは被害を受けなかった帝国や王国に住まう者も同様である。これは種族としての尊厳を傷付けられたためで、国という枠を飛び越えてハゥフルたちが結束した理由にもなっている。
*
通貨の換金には手間を要したが、不当なレートに引っ掛かることなく済ませることができた。クラリエと一芝居うたなければならない場面もあったのだが、そこは彼女の方が手慣れていたのでアレウスは相槌を打つ程度でトレーダーの本質を推し測れた。トレーダー側も本当に悪徳と呼ばれる者もいれば、相手の本質を見るためにわざと嘘のレートを提示する者もいる。真っ当なトレーダーが最も怖れているのは資金洗浄に自身を利用されることらしい。国外で罪を犯してお金を奪い、追っ手が来る前に資金を外国の通貨に変える。これをされてしまえば、場合によっては換金したトレーダーまでもが懲役刑を受けることがあるようだ。それを防止するには、客の視線や言動からお金の出所を探るための『目利き』と『見聞』の力が必要だが、これは商人全てが培わなければならない能力なので、トレーダーばかりが特別というわけでもない。なんにせよ、彼らに怪しまれれば情報は共有されてしまい換金できなくなる事態まである。これらは全て気前の良いトレーダーが語ってくれたことで、アレウスはまた一つ世渡りについて学ばされることになった。
換金後は宿泊施設の決定、コロール・ポートにおける衣服と錆びない加工の行われた携帯鞄や防具の購入などにその日は追われた。寒冷期にどう考えても薄着にしか見えない格好で街中を歩くのだから脳が何度も混乱を起こした。確かに薄いながらも寒さを凌げる特殊な繊維を使っているようだが、透けることが前提なのは目のやり場に困るどころか公共の場で露出して歩いているような――よく分からない高揚感と同時に羞恥心に苛まれ、いわゆる変態の所業に足を踏み入れているのではないかという不安まで脳裏をよぎった。なにかと視線を浴びせられる機会の多い状態では、警備兵にでも捕まってしまうのではとさえ被害妄想が加速するのだからたまったものではない。
「ギルドで説明を受けた通り、身分証明書を提示するだけで態度が一変しましたね」
宿泊施設に辿り着き、ようやく視線から解放されたとばかりに大きな安堵の息をつきながらアイシャは言う。彼女を含め、クルタニカとアベリアは神官の外套を羽織っているので、さほどアレウスも動じない。ラブラによって目立ちたがり屋の一面を晒されたクルタニカが唐突に脱ぎ出すのではないかと常に警戒していたが、彼女の場合は視線を浴びているだけでその欲求は満たされていたらしく、逆にアレウスからの視線を「アレウス様に不審な目で見られています」と思ってもいないことを言い放ち、そのせいで一時的に女性陣から距離を取られることがあった。いつもワケの分からない獣の皮で作られた服で、肌を見せることにさほどの抵抗もないはずのノックスさえこのときはその場の雰囲気に乗っかっていた。
「他国に比べてまだ帝国ならマシという程度です。なにか不祥事があれば私たちが矢面に立たされるのは目に見えています。言動に気を付けてくださいね、アレウス様」
船の上で決めた設定はリスティまでもが悪乗りする形で継続されている。素性を隠すために再び設定を考えるのが面倒なので流用しようという考え以上にアレウスを困らせたいという気持ちがあるように感じてならない。
帝国出身と分かればこの国のハゥフルは態度を柔和なものにする。だが、心を許してはならない。向けられていた視線に嘘はないのだ。僅かでも彼らとのやり取りで気を抜けば、ぼったくられたり虚偽の情報によって振り回される。
「海の底に街があるって言っていたけど、ハゥフル以外に観光に行くってどうやるんだろうねぇ」
「ヴェインみたいに酸素供給の魔法が使えれば可能性はあるけど……もしかしたら、ハゥフルの魔法になにかしらの秘密があるのかもしれない」
「でもその魔法を過信して引きずり込まれる人もいるんでしょ? あたしたちは近付かない方がいいよ」
そうは言っているがクラリエは海底街に興味津々な様子だった。見たことのない物を見る喜び。その好奇心が久し振りに揺り動かされたのだろう。
「魔法があろうとなかろうと泳げないんだから、控えた方がいい」
好奇心に釘を刺しておく。そもそも泳げないクラリエが海底街に興味を抱いたところで決して近付いてはならないのだ。ハゥフルと仲良くなったって、海底街に誘われても泳げるようになってからだ。少しばかり残念そうにはしているが、どこか諦めの見えない表情をしている。しかし、そこに更に釘を刺しはしない。彼女だって責任のある行動というものを知っているのだから。
「そもそも、なんで海の底に街なんか作ってんだ? 陸で生活できるんなら陸で生活したらいいだろうが」
「ハゥフルは陸棲種と海棲種に分かれています。体の構造上、水中で過ごす方が生きやすいハゥフルもいるのです」
「ワタシたちに狼や蛇、猫や豚がいるみたいなものか」
「そうですね、獣人も四足歩行と二足歩行で生活の仕方が変わっているのでは?」
「ああ」
「なので海棲種は水中での生活に特化したハゥフルで、この街で見かけたハゥフルよりも海獣のような容姿をしているのだと思います」
人魚と魚人の近いだろうか。人の近いか、又は魚や海獣に近いか。ハゥフルはピスケスの異界で見たマーマンに似てはいるが決して魔物ではない。見分けが付かないからと迫害を受けそうではあるものの、話してみれば他の人種となんら変わらない。少しだけ磯臭さがあったり肌に鱗、脇腹付近にエラが垣間見えるが、その程度だ。もっとよく見れば人より若干、魚としての性質が見え隠れしているなと思う。それぐらいの特徴だ。そんなものはエルフの耳は長いだとかドワーフは身長が低くてヒゲを生やしているだとかと、それほどに離れた特徴ではない。なんならアレウスは道を歩いていた際に見掛けたハゥフルの綺麗な女性に睨まれながらも若干の嬉しさを感じてしまっていた。あのときに胸に抱いた感情は捨て去らなければならないが、美しさはどの人種にも等しくあることだけは知ることができた。
「コロール・ポートの文化や環境にはこれから学び、敬うことにして、今日は部屋でゆっくりと過ごしましょう。大部屋ですと割引もされますし、シンギングリンのギルドで支払いも可能ですから助かりましたね、アレウス様」
「僕は全然これっぽっちも助かっていない」
「冒険者として仲間から離れず、共に過ごす。いつも通りだと思いますが?」
「本気で言っているなら笑えない」
しかし、背に腹は代えられない。リスティと同室に宿泊すればギルドが経費で落としてくれる。別室を用意すればそっちは経費では落とせない。報酬や報奨金などでアレウスとアベリアの懐事情は潤っていると言えるのだが、諸々の出費がかさんでしまえば一気に消えてしまう。将来を鑑みれば節約できるとき節約しておかなければ、もしものときの貯金ができなくなってしまう。
「まぁ着替えや入浴までもが同じではありませんけど、私は結構、楽しめていますよ? こういうのはまだ経験したことがありませんし」
旅行に来たかのようにアイシャは言っていることをアレウスが咎めようと思ったが、彼女は大人数での活動経験が乏しい。教会では神官や僧侶と共に奉仕活動に赴いているかもしれないが、遠方への旅行はしていないだろう。ましてやまだニィナと組んだばかりでアライアンスや二、三人を越えるパーティでの活動はないに等しい。初めてのことならば浮かれてしまうのも無理はない。それに、彼女の精神面はかなり疲弊し、追い詰められていたがシンギングリンを離れたことで心の休養にもなっている。知らない場所へ赴くことと、人と人とのコミュニケーションが今の彼女にとっては薬なのだ。その薬も過剰に摂取しすぎれば逆効果になるので、その辺りの見極めはリスティやクラリエに任せることにする。
彼女の精神面も気掛かりではあるが、一番大切なのはアレウス自身の精神である。慣れ親しんだ相手ばかりとはいえ、同室は気が引ける。普通の男ならば浮かれ切るような状態だがアレウスは現在、精神を摩耗しつつある。なにを一体どうすれば、アベリアという美少女を起点として“美”が付くような女性たちと同じ部屋にいられるのか。それほどまで信頼され、人畜無害と判定されているのだとしたらそれは大きな間違いだ。我慢が限界を迎えればアレウスは部屋を出て、誰もいないところで済ませることを済ませてしまうだろう。まかり間違って発見でもされたら、もう同じようには接してもらえない。そんな危うさがあることを彼女たちは本当に理解しているのだろうか。
ロビーで受付を済ませて、大部屋に入る。ベッド事態は備え付けられているが、さほど重い物ではなく動かそうと思えば簡単に動かせる。強度の面で不安はあるが、自由に動かせるのなら寝る場所も変えるのは難しくない。共有のテーブルや椅子、ランタンなどの位置を整えつつ、各々が自身のスペースをなんとなしに決めていく中でアレウスは最も部屋と廊下の扉に近い隅っこを確保する。こればかりは譲れない。隅であり、すぐに外に出られる。それがアレウスの負担を軽減させる要素だ。
「狼の檻に入れられた兎みたいだな、お前。取って喰われでもするのか?」
「勝手に言ってろ」
呆れられようともアレウスはこの場所を譲らない。乗ってこない様を見て、ノックスがつまらなそうに舌打ちをしたのだけ聞こえた。
「ちゃんと湿気対策もされているし、どこにもカビが生えている様子もないし、船で寝るよりずっとマシ」
クラリエは落ち着ける寝床に横たわって、そのまま寝てしまいそうな勢いだった。船上ではよく眠れなかったに違いない。アイシャもきっと表情には出すことこそしないが、彼女のように喜びを噛み締めているだろう。
「明日からは二手に分かれての情報収集……と言いたいところですが、アレウスさんと分かれて活動する給仕や使用人など不審以外の何物でもありませんからね。明日も団体行動になります。或いは何人かは部屋に残して、少人数で動き回るのが得策でしょう」
部屋に入ったことで設定を外して、リスティは深く呼吸を繰り返す。色々なことを彼女には任せてしまった。疲れを取ってもらいたいところだが、ヘイロンの死が軽いわけがない。船上でも船員とのいざこざもあって眠れぬ夜を過ごしていたこともあって、これ以上、頼ってしまうことには一種の罪悪感がある。
「気になさらないで結構です。私はアレウスさんたちの担当者ですから、頼られるのが仕事です。とはいえ、そのように気を遣ってくださるのでしたら甘えることもありますとだけお伝えしておきます。これだけの人数で一緒の部屋なら私も眠れそうな気がします」
ここまで来れば、担当者を狙う殺人鬼もリスティを狙えない。ノックスはともかくとしてこの場には殺人とは縁遠い者ばかりだ。その例外のノックスも妹を捜索するためにシンギングリンを訪れただけだ。それがヘイロンを殺すことには繋がらない。ヘイロンがなにかしら妹の情報を握っていたならばまた別となってしまうが、獣人の姫君を連れ去って黙ったまま『審判女神の眷族』の目を盗み、当然のようにギルドで過ごせるとはとてもじゃないが思えない。
「奴隷について訊ねるのはハゥフルを敬っていると言えるんでしょうか?」
「訊ねる相手や話の聞き方にも気を配らなければなりません。奴隷、獣人、姫君といった単語は使わないようにしてください。そうですね……なにか最近、事件があったかどうかや、私たち以外に渡航者が訪れたか。まずはその辺りの質問から始めていきましょう」
「クニア・コロル」
「アベリアさん、クニア・コロル様はこの国の王女です。その名を口にする際は『様』を付けてください」
「女王ではなく?」
「先王が亡くなってから、即位式及び戴冠式を行っていないのです。子宝に恵まれず、王位継承権を持つ者はクニア・コロル様しかいらっしゃいませんから、いずれは女王の座に就くとは思いますが、即位しないまま二年が経っています。シンギングリンに演習と称して兵士を送り、“異界”を呼び寄せたのはクニア・コロル様です。ある意味でアレウスさんとクラリエさんの命の恩人ですね」
「お目通りは許されないの? それなら、直にお礼を言いに行きたいけど」
「私が聞いた限りでは、クニア・コロル様は人懐っこい御方で誰とでも分け隔てなくお話をなさるそうですが、なにせ国の情勢が情勢ですからね。国民にだけならば姿をお見せなされるかもしれませんが、私たちのような他国の者が滞在している内は危険ということで外出を制限されているのではないでしょうか」
渡航して滞在している者が暗殺者だったなら、容易く姿を晒せはしない。王位継承権を持っているのがその人だけとなれば、殺されれば王制が崩壊する。クーデターではないが、国として機能しなくなり他国の侵攻で国民が納得しないままに支配されてしまう。
「僕はこのままでいいのかな」
「どうかした?」
アベリアが心配そうに訊ねてくる。
「あぁいや……僕は帝国に属している。そのことにはなんの疑いもなく真実で、こうしてなんとか冒険者をやれているのも帝国のギルドという基盤があって、そこで選ばれたからなんだけど……それ以外に、外を知らないから」
「知見を広がる機会を得ましたね。外を見なければ抱かない疑問もあります。なので、私が世界情勢について簡単に説明いたします」
長くなる話と察知してノックスはベッドに乗り込み、横になってしまった。まだ夕食も終えていないというのに寝る気満々である。もし起きなければ彼女の分を部屋まで運ぶ手間が増えるのだが、その辺りの迷惑は気に掛けないらしい。
「まず、私たちが活動拠点とし生活している帝国について。歴史では二番目に古くはありますが、領土は最も広く、一部のエルフの森や獣人の集落、ドワーフの山里などもあります。ただし、外に出ない限り彼らは自身が帝国という領土内にいることを知りません。そのようには教えていないはずです。特にエルフは古くから森を自身の国と呼び、今はヒューマンに一部を貸し与えているだけ、という認識がほとんどです」
「あたしも森を出るまでは、森そのものがあたしたちの国だと思っていたよ」
「わたくしには無関係な話ですわね。空の上での生活には、地上の人種は誰一人として手出しすることができないのですから」
「ええ、ですからガルダとの交流や国交のようなものが成り立ったのは人類の歴史としては最も新しい出来事とも言えます。これは帝国に限らず、他の国も同義です。そして、帝国ですが皇制を敷いてはいますが、かつては女帝が就いていたこともあり帝位継承権は男女問わず、一位の者に与えられます。第二皇女や第二皇子から既に各国との政治に使われる道具です。ただし、あまり人権を無視した外交などはやっては来ていないと聞いています。下々の私たちにはそのように伝えられているだけかもしれませんが」
「上の人たちはあらゆることを隠したがるからねぇ」
「イニアストラ・ファ・クッスフォルテ皇帝は初代から数えて第63代目の皇帝です。帝位継承権第一位は皇女となっていますので、いつかの日には女帝が誕生することでしょう」
「喜ぶべきことなんですか……いや、喜ぶべきことか?」
敬語を使ったら、なにか言いたげな顔をされたので言い直す。設定は外に出るときだけ有効だと思っていたのだが、リスティの中では違うのかもしれない。
「まぁ、上が変わろうと変わらまいと、なにか大きなことが起こらない限りは国民の生活に変化はありませんよ。奴隷制度が廃止できないのも、奴隷商人がいること以上に皇帝ではなく、その周囲の人物たちとの癒着があるから、なんて言われていますからね。ですが、それは他国でも同じことです。奴隷制度がない国は悲しいことに現状、どこにもありません。とはいえ、皇帝が自らそのことに触れることはありませんから帝国でも表向きは厳しくなっていて、裏での売買が常です。運ばれるときは表も裏も関係ありませんから、私たちにしてみればどっちでも一緒ですけどね」
奴隷の中には幸運にも裕福な貴族に拾われ、道具や性の捌け口ではなく人として扱われる者もいるとは聞いたことがある。ただし、扱いが人であっても貴族と同列には決してならない。良くて飼われている動物まで。それ以上の権利を与えてしまうと奴隷は増長してしまうらしい。しかし、これはアレウスが見聞きした本で植え付けられた知識だ。どこかに間違いがあるのだとしても、一度学んでしまったことを間違いだと認める頭と、間違った知識を正しい知識に戻す時間は必要となってしまう。
「次に一番歴史が古いと言われている世界で二番目に広い領土を持つ王国。帝国と同じように王制を敷いていますが、王位継承権は国王直系の者に限り、側室から産まれ落ちた赤子には継承権は与えらません。また帝国よりも男児を重んじており、即位する者は必ず男性です。そのため王女や第二王子からは王国の重点的な都市の政を預かるようです。帝国と睨み合いを続けていて、いつ戦争が起きてもおかしくない情勢ではあったのですが、少し前にクーデターが国内の一都市で起こって、どんどんとその新王国の勢力が領土を塗り替えつつあるようです。ですが、その者に流れる血も国王のものとされていて、ただの親子喧嘩――クーデターに見せかけた、できそこないにせめてもの情けで歴史に名を残すような事件を起こさせ、殺す気ではないかと言われています」
「血で血を洗う争いなんてエルフだけで充分だと思うのに……あたしも知っているよ? 新王国勢力の旗本の名は王位継承権第十八位のクールクース・ワナギルカン様」
「あたしもそのことは耳にしたことがあるよ」
「クールクース・ワナギルカン様は国王がどのようにできそこないと判断したのかは分かりかねますが、才女であったという情報を掴んでいます。その王女に『天使が吹き込んだ』と口にする者も多いようです。ガルダとも思ったのですが、そこの辺りはクルタニカさんはどうでしょう?」
「ヒューマンとどの程度、空の上から交流があったのかはわたくしには分かりませんわ。でも、ガルダは空の上から来たところで、全ての者が必ず『秘剣』を学び、悪魔の心臓を打ち込んだ刀剣を持ち、機械人形を従えているはず。特徴からしてガルダと会ったことのある者なら誰だってガルダと分かる格好をしているものでしてよ。そうでないのであれば、翼があってもその者はガルダとは異なるとしか言えませんわね」
ラブラもカーネリアンも文化を表すような特徴的な衣装を身に纏っていた。文化的違いがあったとしても、ガルダを天使と見間違えるようなことはないのではないか。クルタニカはそう言いたいらしい。
「真相については分かりませんが、このクーデターによって王国は帝国と睨み合う状況ではなくなり、内戦の根絶に力を入れているようです。帝国は攻め時なのですが、クーデター中に領土を侵略したとなれば連合や連邦が黙っていないということで、国境の維持のみに努めているようです」
「帝国のやることに連合や連邦が文句を言う資格があるとは思えないな」
それでも国同士が睨み合うことで状態が維持されているのなら、国が分かれていることで機能している要素もあると言える。
「そして連合と連邦。連邦は連合国から離脱した国で成立している国家で、連合は離脱しなかった国で成立し続けている国家です。要するに元は一つの連合国でした。連合国は同盟を結んでいる国々で一番偉い人の名称が異なるので割愛させていただきます。この連合国で三国が戦争をしている頃にエネルギー革命が起こりました。私たち帝国に住んでいる者にはそのエネルギー革命がどういったものかは不明なのですが、連合国はその産物を出してきました。これが禁忌戦役の始まりともされています。言ってしまえば、エネルギー革命がなければ禁忌戦役も起こらなかった。しかし、起こるべくして起こったこととも言われています」
「帝国は“冒険者を兵士として起用した”って言っていましたけど、あれって徴兵ってことですか?」
「ええ。連合国が最初に大きなことをしでかしたので、それを止めるならばと帝国は禁忌を破ったのです。そしてそれに王国も続きました」
「連合はなにをやったの?」
アベリアの問いにリスティが黙り込む。
「“民間人の虐殺”だよ」
クラリエが代わりに答えた。
「当時、エネルギー革命で連合国に世界の戦争の形を変えるような武器が発明されたって言われていたんだよ。まぁ、そんなのあるはずないって帝国も王国も思っていたし、きっと連合国に住んでいた人たちも嘘をついて帝国と王国との板挟みにあっている状態をどうにかしようとしただけって考えてた。特にハゥフルが最後まで懐疑的でね……ある国は連合の最大国家を挑発したり侮蔑するような発言が見られた。だから連合国は同盟国に、そして帝国と王国に力を示すために、見せしめとしてその国のハゥフルを大虐殺した。“鉄の筒”に込められた“鉄の弾丸”、“鉄の戦闘用馬車”、“鉄の船”、“鉄の大玉”。そして、いつまでも鳴りやまない爆轟と爆発。酷い有り様だったらしいよ」
「……“鉄の弾丸”?」
「弓矢とはまた異なる飛び道具らしくて、見て避けるのは不可能だって言われてる。そんなものが戦争に使われるようになったら帝国も王国も黙ってはいられない」
力の誇示のために新たに生み出した道具を民間人を殺すことで示した。あまりにも不毛な行為だが、連合を疑い出し、挑発的な発言を続けていたハゥフルを根絶やしにしたいという強い思いがあったに違いない。
「帝国は“冒険者を徴兵”して、このエネルギー革命の産物を止めるように命じました。王国もまた連合の行きすぎた力の見せ方に抗議したのですが、跳ね除けられました。ですので、一つの偉大なるロジックを写し取った巻物を使って“大量の同一人物”を生み出しました。これらによってハゥフルの国はなんとか小さくはなりつつも形態を保ちつつ連邦に逃れました」
「そのあとはどうなったの?」
歴史の勉強のはずだったが、アベリアは恐怖で震えている。
「連合は全国に力を示したことに満足して産物を引き上げさせたよ。禁忌戦役っていうのは三国が揃って禁忌を破った戦争の一端でしかなかったんだけど、連合のやり方があまりにも無理やりだったから、一部の国々が連邦という形で固まるようになった。でも離脱した本当の意味は虐殺した連合と同じ扱いをされたくなかったからだと思う。帝国と王国も互いに互いを批難し合い、禁忌を引き下がらせた。でもさ、これで得たことってなんなんだろうね? 連合は国が離脱したことで領土が減り、ハゥフルの虐殺で連邦は産まれども三国には劣ったままで、帝国は戦争によって死を繰り返したことで立ち直れずに冒険者を辞めてしまう人を量産してしまい、その質が大きく低下した。王国に至っては大量の同一人物の後処理が非人道的だと糾弾された。なんにもないんだよ。なんにも、得した国がない。だから、語り継ぐ必要のない戦役で、語れば国の品位を貶めるだけの戦役だから、語らないでおこうという暗黙の了解が生まれた。そういう意味でも、“禁忌”なんだよ」
「本当にそうかな?」
疑問をアレウスは抱く。
「全国的に得がなくたって、そのときに得をした個人や団体は絶対にいるはずだ。禁忌戦役も、そういった個人や団体の意思が介入していないはずがない。連合が起こしたハゥフルの大虐殺……その始まりを辿ればひょっとすると」
「真の敵が見えてくる……違いますか?」
リスティに確認を取られたのでアレウスは肯いた。
「戦争はあとになってから大罪人が露呈することがよくあります。ですが、この話はここまでにしましょう。私がこの話をしたのは、このハゥフルの小国を統率しているクニア・コロル様が大虐殺から逃れた亡国の王女だからです。絶対に外では口外無用としてください。それに私たちは過去に囚われている場合ではありません。新たな戦争の火種になりかねない獣人の姫君の救出。これが急務です。ヘイロンを殺した犯人の捜索はまだしばらく、置いておくほかありません。シンギングリンでも捜査は続けていることでしょうから」




