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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
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入港


「帝国の軍隊……ねぇ?」

 入国審査の男はアレウスたちを一瞥して、一層に訝しむ。


 船内でのいざこざはいくつかあったものの、アレウスたちが大人しくしていれば船員がこぞって女性を付け狙うようなことはなかった。船員側にも仕事へのプライドが残っていたのだろう。それに加えて、女性を連れてはいたもののアレウス自身が鼻につくような態度を取らずにむしろ申し訳ないように生活をしていたこともなにかしら良い方向に繋がっていたのではないだろうか。毎晩、女性をとっかえひっかえ部屋に連れ込んでいたならそれこそ暴動の一つでも起こっただろうが、そんな素振りを一つも見せず――まずそんなことが起こることもないのだが、とにかく船員たちの神経を逆撫でするような行動、行為がなかったことで次第にトラブルというトラブルは落ち着いた。

 船内で共に生活することで仲間意識も芽生え、船を下りる頃には関係修復を示すような握手さえ求められた。


 女性の扱いに対する新たな意識改革が成されたなら良いことだ、などと上から目線はなはだしいことを思ったのち、入国審査に望んだのだが明らかに怪しまれている。

「こちら、私どもが預かったものとなっております」

 リスティがアレウスの横から男へと筒を差し出す。それを受け取った男は筒から密書を取り出し、それを開いて首を傾げた。

「正規の物ではないようですが」


「暗号化されているものがそんなに簡単に読めるものと思わんことだ」

 男の後ろから大柄の男が現れ――大男と呼んでも差し支えないほどの身長と体躯をしているため男の真後ろから密書を覗き込んでいる。こちらに敵意を向けてはいないが、これだけ体格差があるとさすがに威圧感がある。

「帝国式の第参号文書法だ。その解法の通りに読めば……ふむ、なるほど? 丁重に入国させなければならんな」

「差し支えなければ内容を音読していただけませんか?」

「それでは暗号文の意味がないだろうに。私が内容は確かめたのだから気にせんでいい。構わん、通せ。計七人の続柄や職種、関係性等も聞かんでいい。ただし、ここに書かれている通りだとリスティーナ・クリスタリアはあとでこの都市のギルドに赴いてもらわねばならん。それで深くは問わず、深くは語らずでいいな? そして、この書簡はギルドの方にも見せなさい」


 リスティが肯いたことを確かめ、大男が入国審査の受付から離れて行く。それを見て、渋々といった具合で受付の男はアレウスたちがギルドから用意された各々の身分証明書に入国許可の判子が押して、密書と合わせそれぞれに返却する。


「ありがとうございました」

 礼を言って、アレウスたちは早足気味にその場を離れた。

「今の人って?」

「きっとお偉方の誰かじゃないかな。一言で受付の人を黙らせたんだから」

 アベリアが不思議そうにしていたのでそれらしいことを言って、なんとか自身も納得させる。


「足元が揺れないって幸せ……」

「船酔いも四日前ぐらいには治まっていましてよ?」

「でも、やっぱり揺れない地面があたしは好きってこと」

 クラリエは地面のありがたさを噛み締めている。アレウスとしては波に揺れる日々を過ごしたため、揺れを感じないとなにか逆に気持ちが悪いことになっている。そのうちに慣れるとしても、なかなかの違和感である。


「なにはともあれ、無事に入国できましたね。シンギングリンでお話したと思いますが、ここがハゥフルの小国であり、その首都となるコロール・ポート。分類としましては港湾都市となります」


 ハゥフルは河川や海に特化した種族である。一時はガルダがミディアムビーストに属するのではと仮説が立てられ、ハゥフルもまたミディアムビーストの派生だろうと言われていたが、研究の末にガルダとハゥフルはエルフやドワーフと同じように環境に適応した人種であると断定されたらしい。それでもハゥフルやガルダを獣人と同列に語る者は多く、ガルダは空で暮らすことに比べて彼らは迫害を受けやすい。だからすぐに逃げ出せるように海岸線で居を構えることが多く、ここもその過程で作り出された都市のようだ。


 ヒューマンとドワーフの作った港町、帝国の軍港などと異なる点は波止場の数が多く、当たり前のように水流が宙を駆け巡っている。つまりはハゥフルの魔法が半永久的に機能しており海水が都市部を循環し続けている。体を乾かしてしまえばハゥフルにとっては陸上では死活問題となる。それを解決するための海水の流れであり、同時に都市全体は常に湿(しめ)り気を帯びている。そのため、ジッとしているだけで汗ではなく霧によって肌が薄っすらと濡れてくる。しかし、帝国との気候の違いなのかこの都市の寒冷期はまだ優しい。


「霧に満ちているのに、そんなに寒くないのは外気から遮断されているからですか?」

「聞かれてもその辺りはちょっと専門外だから」

 もしそうなのだとしても、海水温を考えれば都市全体はもっと冷えるのではないだろうか。アイシャの仮説には興味があるが、ここで断定できるほどの材料はない。

「視界がちょっと良くないねぇ。ハゥフルは多分、大丈夫なんだろうけど」

 ハゥフルは順応して霧の中でも生活が苦ではないはずだ。でなければ港湾都市全体がここまで霧がかっているのは厄介極まりない。乗っていた船が街に近付くに連れてかなり慎重な舵取りになっていたのは、この霧によって波止場と船をぶつけないようにするためだったらしい。

「あんまり立ったままでいるのもなんですから、ギルドに向かいましょうか」

「ワタシはここに妹がいるって聞いて付いて来たんだぞ?」

「あくまで連れて来られている可能性が高いと言ったまでです。それに、単独行動は極めて危険です。連邦のハゥフルは物凄く外部からの来訪者に冷たいことで有名です。こんなところで立ったまま話をしていれば文字通り、冷や水を浴びせられるやもしれません。この都市を選んだ理由については歩きながら説明します」

 リスティがそそくさと荷物を手にして歩き出した。なんならその荷物はアレウスが持つべきなのかもしれないが、自身も相応に荷物が重い。分不相応なことをして逆に迷惑をかけてしまうのなら、変な男らしさは見せない方が無難だろう。


 恐らくはギルドに向けて進んでいるのだろうリスティを追いかける形でみんなも歩き出す。


「まず、連邦の成り立ちから話しましょう。連邦は連合国から独立した国々で構成されています。いわゆる国政に納得のできなかった諸外国――特に力の弱かった国々が反旗を翻す形で離脱し、互いに互いを守り合う互助の精神の元で建国されたそうです。逆に連合に留まった国々はそれぞれが有力国だったわけですね」

「そこは船の中でも聞きましたけど」

「復習です。この国も連合から離脱し、連邦の傘下に入った国の一つです。ですが、ハゥフルだから力が弱かったわけではありません。むしろ、ハゥフルの力を弱めたのは連合なのです」

「迫害」

「ええ、ですが外でこれは語る内容ではありませんので伏せます。アベリアさんもその言葉を軽い気持ちで口にはしないようにしてください」

 ハゥフルは連合から迫害を受けて国力を削がれ、連邦へと逃れた。リスティの説明だけでそのぐらいまでは推測できる。

「獣人の姫君がこの都市に送られた可能性というのは、軍港での渡航記録です。全員で港に向かう前に軍関係者から記録は受け取り、細部まで見渡していたのですが……交易船が一隻、入港と出港を行っています」

「不自然だねぇ、それは」

「軍港を利用する交易船なんて珍しい以上の怪しさです。それぐらいの重要な物資を運び入れたか、それとも運び出したか。要は軍の船が守りながら渡航した記録でないと不自然となります。ですが、渡航記録には軍の船が同じ目的地を目指しているものはありませんでした。その謎の交易船が向かった目的地がこのコロール・ポートとなります」

 標識を見て、リスティが歩く方向を変えた。

「ここで一つ、私の推測を話します。交易船に獣人の姫君と奴隷が乗せられ、軍港より出港。その際に軍人のロジックに何者かが干渉して、交易船の記憶を抹消。しかし、ロジックに干渉する前に軍人は渡航記録を付け終えていた。抹消だけを行ったために渡航記録にまで影響が及ぶことはなく、この不自然な記録を残すこととなった」

「だからこの国に妹がいると?」

「あくまで船によって帝国より脱出し、更にコロール・ポートを足掛かりにして連邦のまた別の国……それどころか連合にまで向かっている可能性はありますが、なにかしらの痕跡は残しているのではと踏んでいます」

「痕跡を消されたとエルヴァージュさんは言っていました」

「ええ、でもそれはあくまでも誘拐した痕跡と運び出す痕跡です。まさか私たちのような追跡者が国を越えてやって来ているとは考えもしないでしょう。もし考えていたとしても、獣人の姫君を隠すために男性奴隷を同様に連れているはずです。この街は船内でも話したように表面上は女性の奴隷を輸入することが厳しく律されています。目撃者全員のロジックに干渉するにしても限界がある。木を隠すなら森の中という言葉を知っていると思いますが、その通りのことをやってのけたのです。男性奴隷に隠れて獣人の姫君を素早く入国させた」

 肉体的な差異が出てくるが、それは運び方によって隠し通せる。要は女性奴隷に見えなければいいのだから、拘束具を多く用いたり、女性らしさの凹凸が見えないよう簀巻(すま)きにして強引に運んでしまえばいい。訊ねられても「凶暴だが体力のある奴隷を仕入れた。グルグル巻きにして運んでいる」と言ってしまえばいい。奴隷という商品には入国審査員も手を付けられはしない。

「大事なのは姫君の痕跡ではなく、他の奴隷の痕跡です。そもそも、人物を一人、全ての痕跡をなにもかも消し去るなんて芸当はできたとしても、それ以外の人物の痕跡が必ず残っているはずです」

 ノックスの妹をさらった人物がどれほど狡猾であったとしても、軍港の渡航記録にまで頭が回らないミスを犯している。それほど帝国から逃れることを急いでいれば、痕跡の消し方に雑さが混じる。


 そもそも、さらった人物と運んでいる人物が同一人物とは限らない。さらった人物の技能がエルヴァージュを上回っていても、運んでいる人物の技能がそこに追随しているとは考えにくいのだ。

 よって、渡航記録のミスはさらった人物によるものではなく運んでいる人物によるもの。そうなると、運んだ先の港湾都市には痕跡や目撃情報が残っていてもおかしくはない。たとえ経由されたのだとしても、都市を出て行った記録がどこかしらに残っている可能性が高い。


「わたくしは帝国内での情勢以外は疎いのですけれど、ハゥフルが先ほどからわたくしたちを色物のように扱うのはどうしてですの?」

「帝国内からの渡航者だからです。私たちに関係はなくとも、過去のことから帝国と連合、そして王国すら嫌っています」

「……禁忌戦役」

 クラリエがボソッと呟いた。

「それも外であまり口にすることはしないでください。一時、戦争状態だった三国が起こしたことは、その名の通り口にしてはなりません」

「せめて帝国を嫌っている理由だけでも」

 アレウスはハゥフルに睨まれて、やり切れない思いを感じながらリスティを追い、訊ねる。


「詳しくは宿泊先で。ここで簡潔に話せることは、帝国は戦役の一つで“冒険者を軍隊として起用した”……これだけです」

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