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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
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役割

「モテない男の僻みほど惨めなものはありませんわ」

 食堂で出された、サイの目に切られたパンを浸したオニオンスープを飲んで暖を取りながらクルタニカは小声で言う。温かさが身に染みていることと、大声では船員に聞き取られると思ってのことだろう。とはいえ、こんなに船員たちの声があちこちからするような騒ぎの中で彼女の言葉だけを拾うのは至難の業だと思うが。

「それだとアレウスさんがモテていることになるので、語弊が生じます」

 更に小さくリスティが発する。モテるモテないの話にはあまり関わりたくない上に女性間の会話は入る機会を見失いやすい。現に今、クルタニカの発言に物申すつもりだったがリスティの発言によってタイミングを逸した。

「それなりにやる奴だからな、獣人だったなら何人かには追いかけられているぞ、きっと」

「あなたの常識を語られても困りましてよ。それと、その帽子は人前では脱げないように気を付けてくださいませ」

 言いながらクルタニカが隣に座っているノックスの帽子を被せ直す。しかし、獣耳は隠せても尻尾ばかりは隠せない。寒冷期ということで毛も膨らんでおり、服の中に隠せるような細さでもないので露出させたままだ。今のところ、指摘を受けていないのは奇跡的に誤魔化せているからだろうか。もし訊ねられたら服の装飾の一つで押し通すとリスティは言っていた。これに対して、クルタニカは趣味で身に付けていると言うべきという謎の反論をした。しかし、趣味で身に付けている場合、一体、体のどこに尻尾を身に付けられるところがあるのかという問いかけに答えられるわけがなく、リスティの案をアレウスは採用するつもりである。

「そういうの良いから、今後のことを考えていきたいんですが」

 リスティとクルタニカを敬う気持ちは崩したくないので敬語で通す。

「このままだと私たちは軍の許可証を持って、なにしに来たのか答えられない」

 海を渡っての観光目的で軍の渡航許可証は使わない。入国審査で目的を問われたときになにも答えられないのでは追い返されてしまう。場合によっては逮捕もあり得る。アベリアが静かにアレウスの言ったことを補足したように、策を一つ練らなければならない。


「設定を用意する必要がありますわね」


「そんなことして、疑われたらどうするんですか?」

 アイシャもオニオンスープに一心地付きつつも会話に混じる。船酔いの中で、どうにかスープだけは飲めているようだ。会話に混じれていないのは、食堂にいても食欲をまるで出せていないクラリエだけだ。彼女はまだ船酔いから脱するのに時間がかかりそうだ。

「偽名を使わなければなんにも問題はありませんわ。だって帝国の外でしたら、わたくしたちの関係性なんて調べようがありませんわ」


「ギルド長から手渡された密書もあります。場合によってはエルヴァージュの名を出せば、ここの船員たちのように黙らせるくらいはできるでしょう」

「エルヴァージュさんとリスティさんって月一で手紙を交換するくらいには仲が良かったんですね」

 ここの繋がりについては確かめておきたい。エルヴァージュが嘘をついてアレウスを信用させようとしていた疑いがあるからだ。

「言わないままでもよかったのですが、一応は昔にパーティを組んでいた間柄です。私個人やエルヴァージュが私に対して特別な感情を抱いているわけではありませんが、情報共有のために手紙は送り合っています。無論、秘匿すべきことは秘匿していますよ。近況報告みたいなものです。私たちはずっとある一つの事柄に囚われ続けていますので、そのことから解放されるまでは手紙のやり取りも続くんじゃないでしょうか……きっと解放されないまま、死ぬまで続くとも考えていますが」

「人生色々でしてよ。それよりもわたくしたちはどういった設定で船を下りるかを話し合った方がいいですわ」

 暗い雰囲気になるところを強引にクルタニカが止める。もっと聞きたいことはあったのだが、踏み込むべきか悩んでいたのでアレウスは首を小さく縦に振ってクルタニカの意見に賛同することにした。


「設定と言ったって、男一人が女六人を連れている構図を一体どのように思わせるんだ?」

 頭を悩ませている部分をノックスが分かりやすく言ったことでクルタニカから勢いが失われる。設定を考えるまでは提案しようと思っていたのだろうが、どういった設定にするかまでは考えていなかったようだ。

「手っ取り早いのは、まぁ……あんまり良い気はしないのですが、奴隷でしょうか」

 アイシャの提案は重いのだが、男が女を多く連れているのならその設定も通る。ただし、アベリアが演じている途中で拒否反応を示さないかだけが心配となる。

「入国先では難しいでしょう」

「難しい?」

 演じるのが難しい以外になにかあるだろうかとアレウスは疑問を投げかける。


「奴隷商人の設定は確かに使いやすい隠れ(みの)です。ですが、入国先――港町では奴隷の種類を限定しています。いわゆる肉体労働を課すことのできる奴隷です。なので扱う奴隷は男性であり、将来の労働力としての男の子。私たちのような召使いや給仕、果てには娼館で働かせるような女性や女の子の取り引きは禁じられています」


「なんか、珍しい……?」

 首を傾げながらアベリアは言う。

「体力的な問題ですよ。奴隷商人は奴隷にまで素晴らしい食事、素晴らしい寝床を用意するわけではありません。港町である以上、物資の輸入と合わせて奴隷を連れ込む方が陸路で運ぶよりも手っ取り早く、足がつかないんです。そうなってくると奴隷は船に乗って海を渡りますよね? それも何日もかけてになります。体力のない奴隷は劣悪な扱いに劣悪な環境、劣悪な食事の果てに衰弱死してしまいます。女子供は真っ先に死にやすい。船の中で死体が出れば出るほど商品が減りますから、儲けも目減りします。そうなるくらいなら体力があって肉体労働に適した男性、もしくは成人年齢より三つか四つほど下の男の子を扱った方が儲けが出るんですよ。なので、女性の奴隷は怪しまれます。私たちは痩せこけてもいないですし、人生に絶望しているような目付きもしていませんし、アレウスさんに至っては奴隷商人を演じられるほどの人でなしの表情を作れるわけがありません」

 そこはかとなく演技が下手だろうと推察されていることを口にされた。が、ガラハの一件で観光客のフリを演じたときもかなりの大根役者だったことを自覚しているので、言い返すことができない。せめて奴隷商人やら観光客ではなく、笑顔で接したあとに物を盗る盗っ人の役であったならいいのにとアレウスは思う。

「あとは、私たちが降りる港町は表面上は娼婦を禁止しているので、やっぱり無理があるんです。軍の許可証を持って奴隷商人が来るのもおかしいですし、裏事情を既に知っているのもおかしくなってしまいます」

「ですが、なにかしらの設定を用意しておかないと私たちの扱いに差が出てしまいます。それとも冒険者であることを公表しますか?」

「やはりネックになってしまうのですが、軍の許可証を持って冒険者が入国してきたとなれば政治的な動きが帝国からあるのではと思われます。冒険者であることは隠しつつ、緑角の一員ということで元冒険者の位置付けが適切でしょう。そして、私たち六人はアレウスさんの付き人という設定がよろしいかと」

「はっ、女六人を侍らす付き人か」

 ノックスが鼻で笑った。恐らくはアレウスの柄に合っていないことを示している。

「大物なのか小物なのか、どっちなんですかね……あと、別に僕を中心にする必要はないんじゃ」

 女性を六人も付き人にしている元冒険者の軍人というのは、どうにも小物感が強すぎる。別に自分を大物と思ってはいないが、あまりにもぶん殴りたくなる自分自身の設定には否定の態度を取っておきたい。


「召使い、給仕……なるほど、メイドというやつですわね。アレウスを呼ぶときはご主人様? それとも旦那様がよろしくて?」

「旦那様は既婚男性に用いる言葉だと思いますから、次代当主という扱いで若旦那様や名前に様付けでもよろしいのでは?」

 クルタニカとアイシャが話に花を咲かせ始めたのだが、それに合わせてアレウスは顔を頭に突っ伏す。


「女の子六人を侍らすご主人様……あたしだったらサイッテーって言っちゃうねぇ」


 船酔いで沈んでいるクラリエの一言でアレウスは顔を上げる気力を失う。


「ご主人様はちょっと」

「ワタシは嫌だぜ? なんでワタシが演技でもこいつを主人なんて呼ばなきゃならないんだ」

 アベリアとノックスが物言いをする。

「でしたら、ここはやはり名前に様を付けるということでどうでしょう? アレウス様とお呼びするぐらいなら、大切な妹さんのことを思うなら我慢できることではないですか?」

「……ちっ、それで手を打ってやらぁ」

 ノックスは妹を引き合いに出されると手打ちが早い。アイシャが今後もそれを利用するとしたらどうするつもりなのだろうか。それともそこまで考えることができていないんだろうか。


「でしたら、メイドの格付けを始めるしかありませんわね。メイド長はこのわたくしが務めますわ」

「それは暴論では?」

「私も、目上の方ではあるんですけど、それはどうかと」

「クルタニカがメイド長……それは、あり得ない」

「あり得ねぇ」

 ここまで全否定されているのも珍しい。クラリエも辛そうにしながら首を横に振っている。

「失礼でしてよ……」

 落ち込みはしているが否定されるのも無理はない。最近はナリを潜めはしたが、忘れた頃に名前を呼んだら『ちゃん様でしてよ』と返事をしそうな彼女を、アレウスでさえ演じるだけだとしてもメイド長には推せない。


 そもそも、どうにかしてこの案も潰れてくれないだろうか。もう話は進みつつあるが、アレウスは突っ伏したまま憂いた。

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