下見
【射手】
複合職。戦士寄りの狩人。中衛向きだが前衛もこなすことが可能。技能は罠の設置や感知、木登りや鷹の目など。武器は弓矢、剣、短剣、軽鎧、小型の盾。筋力が高ければ一撃必殺の矢を放つ射手に。器用さが高ければ急所や特定の部位に狙って当てられる奇襲の射手となる。ただし、戦士より強靭さに欠け、狩人よりも身のこなしに重みがある。前衛も務められるが、それは緊急時のみで中衛と後衛を行き来させた方が機能する。
「魔物でも食べ物にかじり付くんだな」
「普段、なにを食べているんだか分かんないわよね。人肉は食べるとか聞いたことあるけど」
「魔力を供給するためにも、食べているんだと思う」
魔物は異界獣の代謝物に生命が宿った物。つまりは魔力の残滓によって動いている。その生命を維持するために異界で普段は生活をしている。この世界に這い出て来た魔物は異界で魔力の供給が成されないために、本能的に魔力を有している人の臭いに集まる。
「でも、魔力だけで動いていたら、いつかは不足して死ぬんだから数は減ると思うんだけどな」
需要と供給のバランスが成立していないのだから、いつかは息絶えるはずなのだが、ニィナの話では大型は長く生きて一定の周期で襲撃して来るらしい。大地や自然に残る魔力だけでも生命としては維持出来ているとするなら、その供給源たる精霊を殺さなければならない。だがそれは極論であって現実味はない。精霊を殺せば世界の均衡が崩れる。そもそも、精霊とは殺せるものなのかすら不明だ。
「異界なんてものがあるのよ? 考え過ぎたって駄目よ。自然災害と同レベルに考えなきゃ……あなたはちょっと、年齢不相応なほどに考え過ぎなのよ」
精神年齢は、夢だと思っていた世界では十代後半だった。そこから産まれ直して現在が十七歳。つまりは三十代に近い。そうは思うが、アレウス自身はそこまで精神にすら老いを感じていない。恐らくは、夢と割り切ってしまったか、産まれ直したせいで記憶を正確に継続して維持出来ていないためだ。赤ん坊の頃はもっと、発狂しそうなくらいに頭の中で考え込んでいたような気もするのだが、その過去ももはやセピア色である。赤ん坊の頃になにをどう思って発狂していたかなど、思い出そうとしても思い出せない。
「足跡の総数は十三。山の方からやって来て、山へと帰っている……か?」
「私もそう思う。でも、足跡の数は日によって安定しないわ」
「毎日、足跡はわざわざ消しているのか?」
「でないと全体の数を割り出すのは難しいもの。それに足跡を残していたら、それは獣道と同等になってしまうわ。つまり、外敵に襲われない道筋になる。野生動物ですら罠の少ないところや網目の破れているところを探し出して入って来ようとするのよ? 魔物が出来ないわけがない。一旦、そういうところを道筋を見つけたら潰されるまでずっと使い続ける。だから人の手が入ったことを示して、敬遠させるんだけど、魔物に通用しているのかしらね」
「ついでに魔物には野生動物と違って、罠も網も専用の物じゃないとすぐに壊される」
「荒らす種類が違ったら魔物対策も変えなきゃならない。広い農場や牧場を持っていたら、そこに費用を掛けるよりはギルドに依頼して、冒険者に一定数の退治をしてもらって危険を植え付け、散ってもらうのが手っ取り早くなるの」
「凄く厄介な話」
「迷惑この上ないわよ。だから私はこの村を中心として活動する冒険者になったぐらいなんだから」
親に育てられた恩はいつまででも忘れない。それを示すかのようなニィナの信念を聞いたような気がして、アレウスは少しずつ緊張を緩和させて行く。
信じたい奴だけ信じれば良い。その言葉通り、ニィナは信じて良い奴なのかも知れない。
「農作物の被害を最小限に抑えるためには、農場に入られる前にこっちで処理しなきゃならない」
「私の魔法、使わない方が良い?」
「使ったら山火事になるし、だからって農場に侵入されてから使ってもやっぱり火事になりそうだからな……」
「アベリアって火属性以外は使えないの?」
「一番得意なのは水属性」
「んー、水で押し流しても野菜が流れて行っちゃうなー」
「山間に魔物が群れを成して生活しているようなスペースがあれば、戦えるんだが……困ったな」
山に入れば、魔物の奇襲からは逃れられない。かと言って、農場に入れてからの退治では間に合わない上に、自身が間違って農作物を傷付けたり蹴り飛ばしてしまいそうだ。
これが、世界での戦い方の難しさか。リスティの言っていたことをアレウスは痛感する。被害を最小限に抑えるためには、危険を承知で山に入るか、それとも一定の被害を出すことを黙認し、危険性を限りなく低くして排除するか。いずれにしても負担は大きく、やり辛い。異界であれば周囲の被害など一切考えなくて良い。その点が違うだけで、アレウスとアベリアの異界の常識は全て通用しなくなる。
「誘導させられないの?」
「三十匹全てを一所に集めるのは至難の技よ。人の手だけじゃ難しい」
牛追いや牧羊犬、或いは馬を借りて家畜は行き先をコントロール出来る。だが、相手は魔物なのだからそれら全ての動物は逆に喰い殺されてしまいかねない。それはあまりにもかわいそうだ。通用しないのなら、まずそんなことは提案として出さなくても良いだろう。
「ガルム……は、小型……か。やってみないと分からないけど、やってみたらなんとかなりそうなことならある」
「どんな?」
「こんな感じ」
アレウスは右の手の平を短剣で軽く裂いて、地面に血を零す。
「なにしてんの?!」
ニィナがその淡々とした行動に素っ頓狂な声を上げ、アベリアは既に回復魔法を唱えようとしている。魔法を唱えるのをやめさせつつ、アレウスは痛みに表情を少し歪ませつつ、ポタポタと血を歩きながら落として行く。
「あんまり深くは説明できないけど、小型なら魔物除けになる」
「逆に寄って来るんじゃないの?」
「あ……」
アベリアは気付いたらしく、しかし説明できないもどかしさを見せる。
「納得させてくれなきゃ、私は二人が思い付いた作戦には乗らないから」
彼女は戦況の分析がまだ優れている。アベリアがいくら手を掴んだとは言え、奇跡の一手という言葉に踊らされても不思議ではない絶望感の中で、自棄にならなかったのがその証拠だ。
「他言無用で頼む」
「あなたについて、誰かに話すことなんて絶対に無いから安心して」
「僕はアーティファクトとして『オーガの右腕』を所有している。筋力の数値にボーナスが掛かるけど、デメリットとして魔物の臭いを極めて狭い範囲だけど漂わせてしまうんだ。小型で本能でしか行動しないタイプの魔物はこの臭いを嫌って逃げて行くけど、知能持ちのゴブリンやコボルトはお零れに預かろうとして寄って来たりする。オーガに関しては、同胞を殺された怒りで集中狙いだ」
ニィナは口をあんぐりと開けて、一時的に呆然自失していたが、すぐに我に帰った。
「だからあの時、あなたは一人で戦ってみんなに逃げるよう指示を出したのね。自分が集中的に狙われていることを察して、他のみんながオーガの攻撃に巻き込まれないように」
「そうなる。でも、信じて欲しいんだけど、」
「あのオーガは別にあなたの臭いで現れたわけじゃない。そうでしょ?」
「そう言いたかったのは確かだけど」
「魔物の発生するタイミングなんて私たちは知りようがないもの。そして、一体なにが出て来るのかだって分からない。私はあなたを疑わないわ。だって、オーガを引き寄せることで私たちを困らせようとするなら、逃げろなんて言わない。あの時、オーガが現れるその瞬間まで私はあなたの異界の知識で救われていたわけだし、むしろ感謝しなきゃならないくらいよ」
「……ありがとう、ニィナ」
「冒険者はお互いに同列。だから、お互いに感謝してこの話はおしまい。それで? 右腕から血を零すことで、魔物除けになるのかしら?」
「多分」
「ま、一日目はそれで様子を見ましょう。効果が有ると分かったら、次は追い込めるかも知れないわけだし。臭いだって僅かってことは、一日ぐらいで取れてしまうものだから、あなたの血を農場周辺に撒き散らせば良いってわけでもなさそうだし」
「サラッと怖いことを言うのはやめてくれ」
けれど、肩の荷は少し降りた。あの時、悲劇はあったが、守れた者も確かにあった。それもここまで理解を示してくれるような相手だ。その寛容な一面はアレウスには無い。やはりこれからもニィナからは学ぶべき物が沢山ありそうだ。
血を農場の一定の範囲に零し、その後、アベリアの回復魔法で傷を癒してもらう。
「火と水属性の魔法が使えて、回復出来て、あとは付与や補助魔法も使えるなんて、アベリアは絶対に魔法使いの域を超えていると思うわ。回復系統は神官や僧侶の領域だもの」
「本を読むの、楽しかったから、それで色々と試すようになって」
「速筆に速読も出来るからな」
「それでロジックも開けてしまう」
「そこは内緒でお願い」
「あなたたちって本当に謎が多いわ。ありがたいのは謎は多くても人種の敵じゃないことね。あと、悪い冒険者でもない」
なにか今まで聞いたことのないような言葉が出て来たような気がした。
「悪い冒険者?」
「神官はロジックを開ける。開いて、テキストを書き換えることが出来る。善良な神官なら、教会の教えに従って、ありとあらゆる奉仕の心を持っているはず。だから教会に所属しているから、ギルドに入る前から職業は神官なのよ。そして、冒険者にとってはロジックを開いて付与魔法以上の強化が出来る神官は生命線で、相棒や相方って呼ばれ方もしている」
冒険者の常識を知らないことは既に分かり切っていることなので、嘆息することもなくニィナは説明に入った。
「でもね、神官にロジックを開かせるってことは生き様を覗き見させるのと同義なの。そして、生き様を握られるようなもの。だから私たちは本当に心を許せる神官としか手を組まない。でないとテキストを書き換えられて、やりたくないことをやらされることになってしまう」
「それが悪い冒険者か」
「やらされているだけならまだ良いけれど、悪を裁くはずの神官が悪に染まって、本来なら咎めるはずの冒険者もロジック関係無く、悪いことをし始める。だって、神官の技能の高さによってはロジックで好き勝手に人種を思うがままに出来てしまうから。好みの女を侍らせて、楯突く人種は構わず殺して、ギルドから追放されても冒険者としてのレベルは残り続けるから、無駄に強くて……クエストの中にはそういう最低最悪な冒険者を討つようなものもあるわ。つまり、人殺しをしろってことね」
「……冒険者は、人を守るための最終防衛だ」
「その通りだと思うわ。けれど、一定数の悪に身を寄せている神官と、それを良しとする冒険者が居ることは忘れないで。信じている神官以外は信じちゃ駄目よ。私も今、その段階でパーティを組むのに悩んでいるところだから。担当者とも話をしているけど男の神官は避けたい。出来れば同性……そうね、あなたたちみたいに信じ合えるような相手と会いたいわ。あなたたちは異性同士だけど、芯の部分で繋がっている。だからあなたたちは異界ではあんなにも強い。私はもう異界は勘弁だけど、ひょっとしたらあなたたちの技術が外でも通用するかも知れないと思っている。だから、あなたたちからも教えてもらいたいのよ。守りたい者を守れる、村の最終防衛の冒険者って呼ばれるように」
「僕たちで教えられるようなことがあれば喜んで教えるよ。たとえば……小型の魔物は一匹では行動しないから――」
アレウスとアベリアはニィナに、異界での戦い方を想定した知識を、ニィナは二人に広大な世界での冒険者としての知識を交換して行く。




