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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
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エルヴァージュに問う

 ノックスにああは言ってみたものの、実際にアレウスにできることはほとんどない。緑角に訊ねるにしても、わざわざ軍隊が一人の冒険者の話を聞くだろうか。リスティも精神的に追い詰められているため、必要以上の話をすべきではないように思える。手探りしたところでセレナは見つからない。なにせノックスが血眼になって辺りを探し回ったはずだ。そこをもう一度、調べたところで新しい発見はないだろう。

「二方向から問題がやってくると、どうしようもないな」

 呟きつつアレウスはギルドの扉を開き、様子を見る。中では担当者と冒険者による話し合いが行われており、一部はギルドの奥へと導かれている。ああやって冒険者たちは担当者と共に別の街や村へとゲートを通して退避するのだ。アレウスもいずれリスティに、又はギルド関係者に呼ばれるはずだ。そのときを考えてアベリアは家に残しているが、もしも訪問されたときに家にいなければ、アベリアが街へ探しに出るだろうし、合流できたとしてもギルドを待たせることになり迷惑をかけてしまう。一時間程度を目処に家に帰らなければならない。ギルド関係者が訪問した際、ノックスが見つけられてしまうとそれはそれで更に面倒なことになってしまう。アベリアに限ってそのようなミスはしないと信じているが、ノックスが想定外の行動を取らないとも限らない。

「その可能性も低いけどな。あんな……落ち込んでいたし」

 落ち込んではいるが、さすがは姫君だとは思わされた。その容姿をよくもまぁ隠していたものだ。髪型一つで見違えるほど女らしく見えてしまって、動揺に動揺を重ねてしまった。

「目に毒なんだよな、あらゆる意味で……僕が駄目になってしまう……」

 欲望に振り回されるのはもはや慣れっこのはずだったが、アベリアへの想いを自覚してからは特に酷い。この衝動を抑え込むことさえできてしまえば、当分の間は鎮めることもできるのだろうが、抑え込めなかったら自分自身がなにをしでかすか分からない。彼女たちの見た目はアレウスを狂わせるだけの攻撃力を秘めている。なんとしても家にいる人数は減らさなければならない。

「っていうか、なんでクルタニカさんは家にいるんだろ」

 ノックスが借家に忍び込んでいたことを伝えるにしても遠回しな言い方だった。直球で言ってくれれば把握できる内容だというのに、わざわざ付いて来る理由がない。


 ひょっとすると、アベリアと話したいことがあったのかもしれない。そうだとするならアレウスは空気が読めていなかった。こうして外に出ている間に思う存分に語り合ってもらいたい。ノックスがいることだけが不安要素だが、二人切りで話したいと言えば彼女もちゃんと外に出て待ってくれるはずだ。そのままどこかに行ってしまわれたら困るが、あそこまで念押しをすればこちらの想定を越えるような馬鹿なことはしないはずだ。


「リスティさんの名前を出せば緑角のエルヴァージュ……さんは話ぐらいは聞いてくれるかもしれないけど」

 『さん』付けしようかどうかで戸惑ったが、年上には敬いを持たなければならない。物凄く敬称を付けたいとは思わないが、自己を通せば品位を損ねる。どれだけ不満があっても公の場では敬っている風を装うのが世渡りの大切さだと知ったのはいつ頃だっただろうか。少なくとも冒険者になってから学んだ気がする。それより前はもっと攻撃的だった。今も他人から言わせれば尖っているのだが、それ以上に切迫するものがあった。余裕は相変わらずないが、力が欲しいと思うことへの上手い付き合い方を知って価値観や見えるものに変化はあった。


 なので、軍の駐屯地を前にしてアレウスは足を止める。予定を告げてもいないのに突然やってきて、エルヴァージュを出せと要求するのは道理が通っていない。やはりノックスに提案した中でも無茶苦茶だ。場合によっては軍に捕まってもおかしくない。


「お前はここにいるべきじゃないはずだが?」

「え……?」

 信じられないことに、アレウスの感知に引っ掛からずにエルヴァージュは後ろから問いかけてきていた。それとも、今日はアレウスの技能の調子が悪いのだろうか。確かにショックなことはあった。それが技能まで響くのは精神力が足りていない証拠だ。

「なにをしに来た?」

「忍び込もうと思ったわけじゃなくて」

 現にここは駐屯地から距離がある。むしろエルヴァージュがアレウスを脅すように背後を取っている方が不自然なのだ。

「忍び込むつもりだったのか?」

「違います。なんで感知できなかったのか、」

「どいつもこいつもナメているな。僕の感知から逃れられると思った奴も、お前のように感知できると思い込んでいる奴も、揃って面倒事を連れて来るということしか共通点がない」

「感知から逃れられる?」


「お前たちが異界化で難儀していたときに僕の真横を堂々と通り抜けようとした奴がいた。どうやらそいつはあれで気配を消し切っているつもりだったらしいが、僕は地に触れている者を気付くし見逃さない」


「まさか、獣人の姫君だったんじゃ……?」

「勘が良い……のではなく、お前となにかしら関わりを持つ者か? どちらにせよ獣人と仲良くするのはあまり良い傾向とは言えないな」

「どこに行ったか分かりませんか?」

「前線に出られたら困るから後詰めに回した。異界化で街に入ることができないこともあって、そこで待たせることにしたんだが」

 エルヴァージュはアレウスに向けていた殺気めいたものを解いた。そのため、ようやくアレウスも心臓を鷲掴みにされているような感覚から逃れることができた。

「その肝心な後詰めが獣人を見ていない。途中で気が変わったんだろうと踏んだが、お前の表情を見るとそうでもないらしい」

「……えっと」

 言うべきか言わないでおくべきか悩む。

「キングス・ファングの娘が探しに来たか?」

「え、あ、え……」

「その返事で丸分かりだな。最大勢力を持っているキングス・ファングの姫君は双子で有名だからな……だが、探しに来たということは帰っていないんだな?」

「は……い」

 言わないまま全てをあばかれてしまっている。まるで悪事を働いてしまったときのような居心地の悪さがある。

 久しく忘れていた感覚だ。物盗りなんて異界から出て行こうやっていないのだから。


「僕自身が獣人を後詰めに連れて行ったわけじゃない。近くにいた兵士に任せた」

「それがなにか?」

「その兵士の身分証が見つかっていない。ドッグタグと呼ばれる物だが、知っているか?」

 戦場で死んだのち、身元を特定できないほどに死体が損壊した際に身に付けれているドッグタグで誰なのかを特定する。出身地や名前、出生年月日や婚姻相手などが記されている。簡素な物からロケットやペンダントのようにして中に大切な人へ宛てた手紙や大切な人から送られた物をしまう物もある。

「タグが見つからないんですか?」

「戦場なんて終わったあとに死体漁りの連中が色々と持って行ってしまうがドッグタグは名の知れた者の代物じゃなきゃ換金すらできない。だから大体は戦場に放置されていて、僕たち軍人が後片付けをしている際に探すものなんだ。その兵士のドッグタグがなく、更には隊を招集して確認してみてもその兵士がいない。兵士の数まで合っていない。敵前逃亡や、戦いが終わったあとにコッソリと抜け出したりと、まぁこれも戦場じゃよくあることと言えばよくあることさ。テキトーに数を修正して上に報告することだってある。でもな、後詰めすら出す必要もないくらいの勝ち戦で、そいつは前線とも言えない後ろの方の部隊の一員に過ぎなかった」

「逃げる理由がありませんね」

 戦って人を殺して恐怖を感じたか、死にかけて恐怖を感じた。そういった理由が敵前逃亡などに繋がるわけだが、戦場に出てすらいない部隊からわざわざ逃げ出そうと考えるのは不可解だ。

「元冒険者で構成されている緑角で、戦ってすらいない奴が逃げ出すなんて僕が今まで指揮してきた中では一度としてなかったんだよ。だからあのとき、獣人を後詰めに連れて行った兵士は、緑角の兵士じゃなかった」

「入られたってことですか?」

「言いたくはないがそうなる。僕の不手際だ」

「エルヴァージュさんほどの人が……スパイの侵入を許したってことですか?」

「スパイだったのかどうかも分からない。僕の首を取るために諜報活動をしていたわけでもなく、更には油断していた僕の首を狙うのではなく獣人の姫君なのが理解できない。しかもその獣人の姫君と共に行方知れずなのも理解不能だ。首を晒せば、キングス・ファングは怒り狂ってシンギングリンに進軍するはずなのにな」

 エルヴァージュに分からないことはアレウスにも分からない。その現場をアレウスは見ていないし、この人は帝国からの指示だったとしても異界化が進んでいたシンギングリンの周りを囲っていた敵軍の露払いを(おこな)っていた。感知と気配消しの技能の高さから考えても、敵の侵入を許すとは思えない。

「敵は外ではなく、内側にいた……?」

「……なるほどな。僕の首を狙っていたが、思わぬ獲物が舞い込んできて予定を変えたってことか」

 侵入ではなく溶け込んでいたのだ。なにもかもを緑角の軍人と同じように振る舞い、それはエルヴァージュですら戦後把握の段階にならなければ気付かないほどだった。


 元冒険者の軍隊に溶け込める者は、もはや冒険者しかいない。そして元冒険者のエルヴァージュを越えるほどの強さを持った者にまで狭まる。


「海を渡られたな」

「う、み?」

「ドワーフが開港に協力した町があったな? そのすぐ近くにも他国の軍が攻め込んできた際に用いる小さな軍港があるんだが、ここは国内で通す海路だ。でも、国内だけでしか利用できない潮の流れになっているわけでもない。獣人の姫君を馬車で運ぶにはリスクが高すぎるからな。途中から違法船で海を渡った方が無難だ」

「シンギングリンで匂いが消えているのは?」

「痕跡消しの技能持ちだ。奴らは足跡に限らず匂いですら特殊な配合を行った香水や薬品で一時的に匂いを変える。それを自分にだけでなく獣人の姫君に用いた」

 エルヴァージュは懐に手を突っ込み、取り出した物をアレウスに渡してくる。

「僕の名前が入った渡航許可証だ。まだ緑角の船が軍港に停泊している。手続きに時間を取られるかもしれないが、僕の名前があるから他国にも一時滞在が可能だ。軍港も人手が少ないとはいえ、船舶の往来については記録しているはずだ。それを頼りにリスティと推理すれば割り出すこともできるだろう」

「え、いや、ちょっと待ってください。この街で担当者の殺人があって、僕たちは一時的に街を離れなきゃいけなくて」

「丁度良いじゃないか……いや待て? 担当者だと? 誰が殺された? リスティじゃないだろうな?」

「リスティさんは元冒険者なので死んでも甦りますけど……あ、いや、えっとリスティさんじゃなくて、ヘイロンさんです」

 言い方が悪かった。今のはエルヴァージュに殺されても不思議じゃなかった。自身の立場でたとえるなら、よく知りもしない相手に「アベリアは冒険者だから死んでも甦るだろ」と言われるようなものだ。そんなことを言われたらアレウスなら問答無用で切りかかるが、この男はその衝動を抑えた。それだけで精神面の強さを知る。

「ヘイロンが殺される……? いや、ヘイロンが死ぬわけがないだろ」

「どういう意味ですか?」

「あの人は一匹、『至高』の冒険者を飼っていただろう? 確かその冒険者もヘイロンを心酔していたはずだ。彼女が殺されたとなれば、殺した相手はただじゃ済まないはずなんだが」

「一体誰ですか?!」


「称号は『千雨(ちさめ)』。名前までは分からない。だが、僕がいた当時は連合――でも今は一部、離脱を表明して連邦になったところから来た奴だったはずだけど」


 聞いたこともない称号だ。聞き覚えがあったなら今すぐギルド長に報告していたところだというのに。


「とにかくお前は海を渡れ」

「単に僕を尻拭いさせたいだけでしょう?」

 妙に急かしてくるエルヴァージュに懐疑的だったアレウスはそう投げかける。


「……言葉に流される馬鹿ではなかったか」

 エルヴァージュは感情がまるで乗っていない真実の顔を見せる。

「自身の不手際をどうにかして拭いたい。緑角は国内紛争には出ることができても国外との戦争には出られない。外交問題が生じて帝国軍を動かす事態にまで発展したら、あなたは責任を取らされる」

「その通りだ。もう少し素直だと思ったが」

「あなたが求めていたのは愚直な駒のはずです」

「噛み付くじゃないか。どうやら、以前よりは自信が付いているみたいだ」

「流されませんよ」


「なら一体どうすると言うんだ? 僕は責任を取らされて緑角の総指揮を失うが、果たしたいことを果たすためなら他にも動きようがある。けど、お前は獣人の姫君を庇っているせいで、果たしたいことを果たす前にあらゆる権利を奪われて、ドン詰まりになる。別に僕の飼い犬になれと言っているわけじゃない。利害が一致するのなら、互いに利用しようじゃないかという話だ」

「利用されるだけされて捨てられる」

「お前は僕の所有物じゃないんだから捨てる捨てないの分類に入っていないだろ」

 言葉の応酬は若干、アレウスが劣勢だ。なにせ立場が悪い。ノックスやセレナさえ関わっていなければ、こんな話は無駄話で切り捨てられる。しかし、二人が関わっているからこそこうしてエルヴァージュと話をすることになり、利用されかけてしまっている。

 それもこれも、アレウスが妥協したせいだ。ノックスに手を差し伸べてしまったせいだ。そうは分かっていても、その選択が間違っていないと心から思っている。


 正しいこととかすべきこととか、そういった難しいことは考えない。心が決めたのだから、それに従うまでのことだ。


「それにしても……ヘイロンを殺す度胸のある輩がこの街にいるとは思えないけど」

「さっき言っていた人が傍付きだったからですか?」

「というより、ヘイロンは嫌われやすいけど頭が切れる。僕が冒険者だった頃、ヘイロン宛てに手紙が届いたことがあった。開けたら爆発する古典的な魔法が中の紙には秘められていたんだけど、彼女はなにを思ったかランタンの火で燃やしてしまったんだ。魔法が込められていた紙は不発動のまま燃え尽きた。これは燃えカスを冒険者に調べさせて分かったことだ。他にも毒薬を粉末にして、開けて致死量を吸い込んだなら死ぬという手紙もあったが、これは開ける前に水に濡らしていた。彼女はそういった、ありとあらゆる怪しい物を感知する技能があったんじゃないかと僕は思っていた」

「呼び出されたことも怪しいと感じ取ったと思いますか?」

「いいや、あくまで物体にしか技能は働いていなかったんだろう。だとしても、それだけ命を狙われているというか、嫌われるだけでヤバい物が届く状態の中で、なんで見知った相手以外の呼び出しを受けたのか。それが僕には不思議でならない。もしも内部の犯行だとしたら、そこは『審判女神の審判』が黙っちゃいないはずだ。だから、殺害したのは確実に外部の犯行だとは思うけど、ヘイロンにとっては呼び出される筋合いのある相手だった。それもギルド長も知らないような相手だ」

「僕が話すまでヘイロンが殺されたことを知らなかったのは、軍としてはおかしくないですか?」

「呼び出しを喰らうのは衛兵だし、軍兵が出てきたら事が大きくなる。そのせいでギルドは駐屯している軍にまで報告をしてこなかったんだ。だから、僕に入ってきた情報はお前がここに来るまではギルド関係でなにかがあった程度のことだった」


「ヘイロンさんは異端者狩りに見せかけて殺されていました。過去にもこういったことはシンギングリンで起きていますか?」

「見せかけか?」

「はい。あれは絶対に見せかけです」

「その真偽はどうあれ、シンギングリンを拠点に僕は活動していたわけじゃないからな。ただリスティとは今も手紙のやり取りを月一程度にやっているが、そういった不安を煽るような殺人について書かれていたことは一度もなかったな」

「そうですか……」

「海を渡る渡らないはさっきも言ったようにリスティと話せ」

「だから僕にさせたいのは尻拭いなんでしょう?」

「ギルド長がお前をシンギングリンに留まらせるならこの話はなかったことにしていい。その渡航許可証も破り捨てろ。ただ、無いと思うがな」

「無い?」


「『異端』の称号を与えられているお前を、担当者が異端者狩りのような殺され方をした街に留まらせるのはギルドとしては信用度がガタ落ちするから、無いって話だよ」

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