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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
267/705

見せかけ

///


「担当者の緊急で避難させるのは英断ではありますが、焼け石に水なのではありませんか?」

「既に批判は出ています。職を辞する覚悟はおありですか?」

「こんな仕事、誰にだってできることだ。私でなければ務まらないというわけでもない。辞めろと言われれば辞めてやるところだが、それ以上に今は緊急を要している。ヘイロンは昨日、どこでなにをしていた? あいつ専用の寝床がギルドにあるくらいだ。生活の大半は施設の中だったはずだが」

「彼女も人間である以上、ずっとギルドに籠もり続けることは不可能でしょう」

「とはいえ、細心の注意を払って出かけるような人ですから、昨日に限って注意を怠っていたということは考えにくいと思われます」

「常に気を張っているヘイロンを手に掛けたというわけか」

「そうなります」

「不可思議な話ですが」

「ああ、不可解な話だ。ヘイロンが一人でのこのこと人通りの少ないところを歩くわけがない。誰かに呼び出されるにしても、危険なら全てを跳ね除けてきたような女だ。そんな女が悲鳴を上げることもできずに殺されることがあるか?」

「殺される前に誘拐されたのだとしても」

「精一杯に声を張り上げれば誰かが気付くはず」

「なのに、昨日の時点で俺の耳には何者かの悲鳴が街中で響いたなんていう話は届いちゃいない」


「悲鳴を上げる間もなく殺された?」

「それにしては随分と怨恨目的の殺害にしか見えません」

「殺害前後において拷問の痕跡がありました」

「正直なところ、我々も目を背けたくなるような内容ばかりではあったのですが」

 アイリーンとジェーンが書類の一枚、その一つの項目を指差す。


「「死後に顔の皮を剥がそうとした痕跡があります」」


「ヘイロンの美貌に恨みを持った犯行なら、剥がそうとするんじゃなく剥いでいる。そうじゃなくとも刃物で切り裂いてしまえばいいだけのはずだ。剥がそうとして、途中でやめた形跡は不自然極まりない。犯人はヘイロンが変装をしていると思ったんだろうな。顔を剥げば本当の顔が出てくると思ったのだろうが、その下はただの肉だった。だから途中でやめたんだ」

「犯人の痕跡についてですが、どれもこれも消されています」

「消されているというより、消した跡があります」

「証拠はあっても証拠として成り立たないようにしているってわけか」

「しかし、毛髪が残っていました。長さから見て女性の物と推測されます」

「ヘイロンの毛髪とは色が異なります。ただ、それだけで人物を特定できるものではありません」

「だろうな。似たような髪色を持っている者はいくらでもいる」

 ギルド長は窓から外を見つめながら歯軋りをする。

「こんなことは二度とあってはならない。だが、現状でなにをどうすることもできないのもまた事実だ」

「だからこその緊急避難という名の分散ですか」

「これで犯人の活動範囲が特定できるかもしれません」

「ああ。担当者を分散させ、冒険者も拠点を変えてもらう。避難した先でギルドに関わる者が殺されれば、拠点を変えた冒険者の中に犯人がいるかもしれない。変わらずシンギングリンで殺人が起こったなら、やはりこの街に犯人が潜んでいることになる。だがこの場合は犯人は街全体の誰かにまで広がることになるが」

 しかしながら、腑に落ちない点がある。それを言う前にギルド長は二人を見る。

「それで、お前たちはギルドへの宣戦布告だと思うか?」


「ギルド関係者を狙った以上はあり得ると思います」

「なにか疑問がおありですか?」


「俺はヘイロン・カスピアーナへの怨恨の可能性も捨ててはいけないと思っている」

「ギルドと敵対する組織の犯行ではない、と?」

「個人的な逆恨みのようなもの、と?」

「逆恨みなのかどうかは定かじゃないが、なぜヘイロンが殺された? なぜあの女じゃなければならない?」

「ギルドを確実に混乱へ陥れるためでは?」

「重要人物を殺すことで、組織は乱れます」

「だからって、ヘイロンが狙われる理由になるか? あれほど常に気を張っていて、ギルドで寝泊まりしているような女だぞ? 殺し辛いにもほどがある。俺ならまず気を抜いている連中を狙って、困惑しているギルド関係者の様を見て嘲笑い、混乱して個人行動を取り始めた者を仕留めていく」

「それはギルド長の趣味では?」

「的を射ているとは言い難いのでは?」


「俺の仮説は、ヘイロン・カスピアーナに恨みを持った者がギルドやその後に起こることなど考えずに殺した。激しい憎悪から殺害前に拷問、殺害後に死体損壊を行った。だが、拷問したってことはヘイロンからなにか情報を得ようとしたんだ。それを得られなかったからこその殺害後の偽装工作だ。串刺しにしたのは見せしめ以上に、異端者狩りの犯行だと思わせたいがゆえの誘導だろう」

「なぜそう思うのですか?」

「私は自分を真っ当な人間だと思っているが、どんな感情があれば顔を半分ほど剥いだところで手を止めるんだ? 剥ぐなら最後まで剥ぐだろ。ということは、さっきも言ったように変装していることを疑い、それを確かめようとした。半分ほど剥いで肉しか見えなかったために変装ではないことを知り、そのまま放置した。だから犯人は別に担当者なら誰でもよかったんじゃない。ヘイロン・カスピアーナでなければ駄目だった。もっと言うなら、その名前なら誰でもよかった。担当者だったのはたまたまだった。だから今後も同様の名前を見かけたら、殺し続ける気だ。その中に自身が本当に恨んでいる人物に行き当たると信じて疑っていない」

「名前が同一であれば殺すのですか?」

「とはいえ、名前という情報と容姿以外に恨んでいる対象のことをよく知らないのなら、変装を疑うのもあり得なくもないと言えます」

「ただ、この推理にも謎がある。変装を疑っているのに偽名を疑わない点だ。自身が恨む対象は変装してまで隠れ潜もうとしていると思い込んでいるのに、名前を変えて息を潜めているのではとは考えていない。あくまでヘイロン・カスピアーナと名乗って生活をしているという前提だ」

「ヘイロンの過去を洗い出さなければなりません」

「彼女がギルドに来る前になにをしていたのか」


「「同時に、ヘイロンに罪をなすり付けるためにヘイロンの名を(かた)った線についても調査します」」


「どこぞの奴隷商人じゃあるまいし、同姓同名の人物がこの世に一人以上いること前提にはしたくないが、頼む」

「それで、『異端』はどうしますか?」

「リスティ―ナ・クリスタリアは『教会の祝福』持ちですが」

「言わせるな」


「「ではそのように通達します」」


「『異端審問会』は関わっていなさそうだな」

「『異端審問会』は関わっていなさそう、ですの?」

 アレウスの言ったことに疑問符を付け、首を傾げながらクルタニカは言う。

「なぜそのように思いますの?」

「あれはどう考えても異端者狩りだったよ。死体を晒すのはそういった輩がよくやることだろ?」

 ヴェインもアレウスの言葉に意見する。

「異端者狩りに見せたかっただけだよ。ヘイロンは別に異端者だったわけでもないんだから、晒さなくたっていい。でも、そうしないと昂ぶった感情を抑えることができなかったんだろう」

「根拠はありまして?」


「本当の異端者狩りなら、本当に『異端審問会』がやったなら、その名の通り異端審問が行われなければならない」

 被害者だからこそアレウスは『異端審問会』が関わっていないと断言できてしまう。関わっていた方が、復讐すべき相手が近くにいることになって心が躍るかもしれないというのに。

「奴らは必ず異端審問を行う。異端者か否かを人々に問う。問いつつ、異端者であるかのように罪状を並べ立てていく。そして人々の意見を聞き届けたかのようにして異端者と決め付ける。それは奴らが必要としている行程だ。大義名分を得て、罪もない者を罪がある者のようにして断罪する。腹立たしいことに『断罪』や『裁き』なんていう奴らが使うべきじゃない言葉を平気で使うんだ」


「見てきたかのように言うんですのね」

 クルタニカがやや怪しまれるが深くは聞かれなかった。

「まぁ、『異端審問会』――『エグリゴリ』と名乗るぐらいなのですから、異端審問あり気の組織だろうという憶測は立ちはしますわね。難儀なのは、憶測を立てることはできましても、周囲がそれに同調するか否かですわ。わたくしは直接見てはいませんが、シンギングリンの誰もが死体の晒し方を見て異端者狩りを彷彿とさせてしまったのであれば、アレウスの言葉など容易く埋もれてしまいましてよ」

「だからこのことは言わないでおく。でなきゃ僕が異端者扱いを受ける」

 他者と違うことを口走れば、疑心暗鬼の心が狂気を生み出す。特に生き死にに関われば、異なる見解を持つ者はまさしく異端者だ。それで同様に吊られてしまうとなれば、死の間際に別の誰かを異端者扱いする者も出てくるだろう。


 集団心理と集団ヒステリーによって続く狂気の螺旋を未然に回避する手立てなどない。一度起これば、一気に惨状は描かれる。同調圧力に屈しれば無辜の命を奪い取る集団の仲間入りを果たし、屈しなければ異端者として吊り上げられる。どちらにおいても未来がない。


「担当者を分散させるのは、冷静さを取り戻させるためでもある。集まっているから危険な思考が生まれやすいし、その流れに乗ってしまいそうになる。でも集団を分けられたら、そういった心理は働きにくくなる。依然として疑心暗鬼が続くだろうけど」

「ギルド長の思惑通りに事が運ぶかどうかはこれから次第か。俺は同時に、犯人の割り出しを行うために分散させて殺人が起こるかどうかも見ていると思っているよ」

 ヴェインがアレウスの言いたかったことを付け加えた。


 シンギングリンを狙っているのか、それともギルドを狙っているのか、はたまた冒険者なのか。ただの私怨での人殺しか。可能性はいくつもあり、現状では可能性を一つずつ潰せる状況にするしかないのだ。


「リスティさんは元冒険者だから『教会の祝福』を受けている。場合によっては僕たちはシンギングリンに残るかもしれない。今回の一件は魔物や異界絡みでもないし、ヴェインやガラハは帰郷も視野に入れていいかもしれない」

 『教会の祝福』をアレウスを除いて全員が受けているとはいえ、アベリアの『衰弱』を見たあとだとこれからもできる限り死には近づかせたくない。

「里帰りか、そういえば久しく山の様子を見に行ってはいないな。それに三日月斧の微妙な調整がまだ足りていない。ここでは形にまではしてもらえたが、仕上げは里の知り合いに任せるか……そうするとこちらの鍛冶屋には文句を言われそうだが」

「冒険者の判断を鍛冶師がどうこう言わないと思うけど、一応は礼儀として伝えておいた方がいいだろうな」

 刃こぼれによる研ぎ直し、打ち直しなどはよくあることで一々特定の鍛冶師ばかりと懇意になるわけにもいかない。その鍛冶師が一から構想して作り上げた珠玉の一作ならばともかく、ガラハの三日月斧は注文した通りに鍛造されたもののため、話し合えば分かってもらえるはずだ。

「異界化の件で一時的に手紙のやり取りができていなかったからエイミーには心配をかけているかもしれない。お言葉に甘えさせてもらうかな」

「ピジョンからの撤退とか諸々のせいで『身代わりの人形』が足りていない。各自、お金に余裕がある内に用意してほしい」

「オレは元々持っていなかったが、今回の一件で命のありがたみは理解したところだ。エルフの智慧というのが納得できないところだが、持っていた方が生存率が上がるのなら持つべきか」

「撤退中に一撃を浴びて、俺は使っちゃったからな」

「あたしもガラハみたいに持たない派だったけど、あんな感じで唐突に異界が絡むなら持っていた方がいいかな……」

 いつ捨ててもいいと決め付けていた命を大切に扱おうと思っているのならガラハとクラリエの心境の変化は良い方向に進んでいると言える。

「この状態だとあまりにも万全じゃないから、もし異界についての依頼があっても断るから」

 そう言うとクラリエが小さく息を吹き出す。


「異界に拘っているアレウス君が断るって言うの……なんか、笑える」

 元気はないが、こんなことで笑えるのなら彼女はきっと大丈夫だ。アレウスは安堵の息をつく。


 リスティからの連絡、もしくはギルドからの連絡が来るまでは自由行動とし、アレウスたちは広場で解散した。


「お話は済みまして? 行きますわよ」

 と思いきや、クルタニカだけが残っていた。

「行くってどこに?」

「あなたたちの借家にですわ」

「なに言っているの、クルタニカ?」

 まさかのアベリアにすら発言について心配されたことでクルタニカは肩を落とす。

「まぁ行けば分かりましてよ」

 引き下がる気がないらしいので、アレウスは「人を呼べる状態じゃないですけど」と言いつつ彼女の要求を呑むことにした。


「わたくし、獣臭いのは嫌いですのよ」

 シンギングリンの外れにある借家の前まで来て、意味深にクルタニカは言う。

「もしかして肉は口に合わない?」

「そういう意味ではありませんわ」

 またもアベリアに見当違いのことを言われクルタニカのツッコミが入る。だがアレウスもクルタニカの含みを汲み取れない。

「クルタニカさんには小さな倉庫に見えるかもしれませんけど」

「シンギングリンに来る前のわたくしがどこで生活していたか知っていまして? 馬小屋の近くの小屋でしてよ? それともあなたには家の大きさで物事を身勝手に決めてしまうような女に見えまして?」

 卑下するような物言いは逆にクルタニカの品位を損ねてしまう。それを理解して「すみません」と小さく頭を下げ、アレウスは扉を開ける。


「よっ!」


 椅子に腰かけ、大事に大事に取っておいた保存食をテーブルの上に乱暴に並べて一つ一つ味比べをしている獣人が、扉を開けたアレウスに陽気な挨拶を送ってくる。


「だから獣臭いのは嫌いと言いましたわ。まさか気付いていないとは」

「ごはん……大事な、大事な、ごはん……」

 呆れ返るクルタニカの横ではアベリアが食べ物を荒らされたことに対して怒気を放っている。

「……なにしに来た、ノックス?」

 感知できないほどの気配消しの技能でもって家に勝手に上がり込んでいた獣人に、アレウスはアベリアと同様の感情を抱きながら訊ねた。

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