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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第6章 -守りたいもの-】
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危機は再び訪れる


 産まれ直しも、そして異界に堕ちた理由もなにもかもアベリアに話し、アベリアもまたアレウスに憶えている限りのことを伝えた。だが、アベリアは奴隷商人にさらわれたショックで当時は意志薄弱だったらしく、同じ境遇でありながらも勇気づけてくれた人のこともほとんど憶えてはいなかった。『衰弱』状態で追体験した際にもぼんやりとしか思い出せはしなかったらしい。そのため、奴隷商人についても思い出せるものはほとんどないらしい。「ワシ」という一人称を用いていたらしいが、そのような老人は世界にいくらでもいるため、突き止めることもできない。


 その日は一緒のベッドで寝た。なにも手を出したわけではなく、アベリアがずっと離れようとはしてくれなかったためアレウスは精神を焼き切るのではないかと思うほどの自制心で乗り切った。

 そもそも、アベリアはそのような行為を求めてはいない。手を出そうものなら奴隷時代を思い出して震え上がるに違いない。そんな生い立ちのある彼女に手を出せるほどアレウスは鬼畜に育っていない。逆に言えば、アベリアがなにかしらの受け入れるような姿勢を見せたとき、自制心など簡単に崩壊するという危うい状態である。


 触れられるところにいるのに触れてはならない。艶やかな肌も、服の隙間から見える双丘も、整いすぎている腰までのラインも、桃のように掴みたくなる臀部(でんぶ)もなにもかも、決して触れられない。抱き締めることはできても、そこから邪な感情を向けることができない。生殺しとはまさにこのことだ。加えてスヤスヤと眠る彼女の吐息が首筋にかかろうものなら、眠気など一瞬で吹き飛んでしまう。


 だからアレウスは別の意味で眠れない夜を過ごした。夜通しの見張り以上の疲労感が、まさかベッドで横になっているだけで味わえるとは思わなかった。


「頭が痛い」

「大丈夫?」

 色んな意味で大丈夫ではないのだが、アベリアにそう問われれば肯く以外にない。驚くことに彼女が視界に入ってさえいれば疲労感が薄れる。視界から消えるとその場に倒れそうになる。これも『原初の劫火』に力を貸し与えられた影響だろうかなどと世迷い言を口にする前に、朝食を摂ったあとは寝直したいところだ。

「産まれ直しってどんな気分なの?」

 スープを飲みつつ訊ねられる。

「正直、実感は薄いよ。ただ、この世界じゃない世界を知っている感覚が残っているってだけ。でも寝ているときに夢で見るときはあるよ」

「そうなんだ」

「これが死ぬ間際の肉体を持ったままこの世界に来ていたなら別だっただろうけど、その場合は今みたいに話すこともできなかったと思う」

 言語が違うのだ。赤ん坊から育ったからこの世界の言語を習得できた。そうじゃなければもっと苦労していただろう。

「そういうもの?」

「そういうものだよ」

 書き方に似通った部分はいくつかあるし、魔法に至っては前の世界で使われていた言語のいずれかに該当する点が多い。魔法の創始者はアレウスの世界と同一か、もしくは同様の言語で構築されていた世界からの産まれ直しだったという推測が成り立つ。だとすれば、産まれ直しが発生する以前のこの世界はどのようにして発展していたのだろうか。もしも産まれ直しなどが起こるような世界でなければ、もっと別の世界になっていたのだろうか。そのような夢物語をアベリアに聞かせたところでなにも変わりはしないため、胸中に留めるだけにする。好奇心の方向性はいつもと変わらず現代に至るまでの過去なのだが、そういった歴史はシンギングリンのどこを探しても見つけられないため、調べるなら帝都に赴くしかないだろう。

「体でどこかおかしいところとかない?」

「ないよ」

「少しでも変だなって思ったらギルドで調べてもらうから」

「えー、まぁ……うん、分かったよ」

 あまり気乗りのしない返事をして、アレウスはスープとパンを食べ終えて食器を片付ける。

「カーネリアンはどうしているんだろうな」

 ギルドの処分を受けたあと、カーネリアンがその日の内に空へと帰ったのをクルタニカとギルド関係者は見届けたはずだ。それからガルダ側からシンギングリンに対して大きな動きがないことから、クルタニカが行ったロジックの書き換えは上手く機能しているのだろう。

「あの人もアレウスと同じ、でしょ?」

「力を貸し与えられているのと、産まれ直しって部分だけだけどな」

「……なんかズルいな」

「ズルい?」

「だってアレウスとあの人にしか分からない世界があるなんて、ズルい」

 どのように受け取ればいいのだろう。アベリアがアレウスに好意を示しているから、二人だけの共通の話題を持てることに対しての嫉妬心から来ているのだろうか。それは嬉しいのだが、信念が揺らいでしまう。

「話すことなんてもうないかもしれないのに? 空からまた降りるには地上に居すぎたんじゃないか?」

 ガルダの慣習や社会がどのようなものかまでは分からないが、クルタニカ捜索隊としての活動期間が長すぎた以上、カーネリアンはそれに見合うだけのエーデルシュタイン家としての仕事を全うする義務がある。ましてや制度を変えた中心ともいえる家系ともなれば抜け出すのは道理が通らない。

「クルタニカが寂しいだろうから、降りてきてほしいけど」

「あんまりそういうの顔に出さない人だし」

「結構、分かりやすいと思うけど?」

「それは僕には見せない顔だよ。いわゆる仲の良い友人にしか見せない弱い一面だ。それだけ信じてもらえているんなら、裏切っちゃいけない」

「うん」

 なんにしても危機は去った。英気を養うためにも、しばしの休息は必要だ。


 扉を乱暴に叩く音がしてアベリアが驚いて体を跳ねさせる。


「誰だ?」

 アレウスは扉の傍に寄って、開ける前に訊ねる。

「そんなこと話している時間ないの! 早く!」

「クラリエ?」

 扉を開き、この時期には珍しすぎるほどに汗を掻いたクラリエが悲壮感の漂う顔付きで乱れた呼吸を必死に整えている。

「どうした?」

「いいから、早く!」

「なにかあったの?」

 冷静にさせなければならない。同性のアベリアがクラリエの肩に触れながら訊ねる。緊迫感から解き放たれたのか、そこで彼女は座り込む。

「急いで走ってきたの?」

「それは……そうなんだけど、それ以上に……ちょっと、冷や汗が止まらなくて」

 気配を消して走ることのできるクラリエがほんのちょっとの距離とも言えるシンギングリンからアレウスたちの借家までで汗を掻くことはまずない。未だ寒冷期であれば尚更だ。

「なにがあった?」


「…………ヘイロンが、殺された」


 一瞬、言っている意味がよく分からずアレウスもアベリアも顔を見合わせて硬直する。続いて、その言葉の意味が分かってきて動揺が走る。

「え、あ、え……?」

 アベリアは言葉を失い、訊きたいことを訊けなくなっている。

「なんで……?」

「知らないよ、そんなの……! こっちが訊きたいくらい!」

 クラリエは取り乱し始めた。二人の動揺によって落ち着き始めていた心が再びザワつき始めたようだ。アレウスとアベリアは服を着替えるのも忘れ、傍にあった防寒具を纏って彼女に導かれるままに借家を出た。


「殺されたって分かったのはどうして?」

「だってあんなの……絶対に殺されたとしか思えない」

 クラリエは言葉を濁す。その後は話すこともなく、三人は現場まで走った。


「こっちだ!」

 現場近くにいたヴェインが三人に声をかけ、合流する。

「もう死体は降ろされたけど」

「降ろされた?」

「大きな声じゃ言いにくい」

 ヴェインはアレウスの耳に顔を近付ける。

「杭で串刺しにされていた。股下から口を貫く形で」

 あまりにも(むご)い仕打ちにアレウスは聞いた直後に激しい脱力感に見舞われる。眩暈すら覚えて、倒れてしまいそうになった。

「体中も傷だらけだった」

 クラリエによって足される事実は更に追い打ちをかけてくる。

「絶対に恨みを持つ者の犯行だよ。でなきゃ串刺しにして人前に晒すなんて惨いことができるわけがない」

 いつもは温厚なヴェインも握り拳を固くし、怒りに震えていた。


「これって、ギルドへの宣戦布告なの……?」

 アレウスの袖を掴むアベリアは不安げに呟いた。

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