【避けては通れない道・以前】
≠
私のやっていることが間違いだって言うんなら、
あなたのやっていることは絶対に間違いなく正しいことなの?
あなたたちは盲目的に正義を信じている。
だから私も、
盲目的に人を苦しめている者を殺すことが正しいのだと信じている。
≠
「ワシで何人目だ?」
「十人を越えてからは数えてない。あんたは何番目? 確か一ヶ月前に殺したのは621番目のテッド・ミラーだったと思うけど」
「教えると思うかね?」
「教えてもらう必要はないんだよ。あんたが自分の口で白状するか、それとも私があんたのロジックを見て知るかのどちらかなんだから」
リゾラは足で踏み付けながら壮年の男性を睨み付ける。
「ロジックを開かれるよりは自分で喋った方がいいよ? その方が書き換えられることもないし」
「……611番目だ」
「ありがとう」
足に力を強く込める。リゾラの発した魔力が波濤となり、更に地面に魔法陣を描く。
「待て! なぜ魔法を?!」
「別に見逃すとか生かしておくとは言っていないでしょ? なに勘違いしてんの? その歳にもなって馬鹿なの?」
地面から生えてきた骨の腕に抱かれ、611番のテッド・ミラーは拘束される。
「“フレイム”」
男から離れ、背を向けながら詠唱を終える。後方で炎が噴き出し、男の絶叫は炎が起こす風音で掻き消される。
「ああ……面倒臭い」
リゾラは自身の憎むべき相手が世界のどこかにいるようでどこにでもいないような状況に辟易する。
テッド・ミラーという奴隷商人は最初は一人だった。その男がいつ頃に産まれ、いつ頃に奴隷商人という職業に就いたかは一切不明だが、あるときに没した。そこまでは今まで殺してきた男たちから聞いている。問題なのは、このテッド・ミラーと名乗る人物が最初の一人目が死んでから現れたということだ。一人目が死んで二人目に、二人目が死ねば三人目に、三人目が死ねば四人目に。そのようにしてテッド・ミラーという名が世界を渡り始めた。そしてどの男も奴隷商人という職業を生業としていた。
別にテッド・ミラーと名乗る前から奴隷商人だったのではない。テッド・ミラーと名乗ってから奴隷商人に就くらしい。そこまではいわゆる屋号――初代が死んだために二代目を名乗るという襲名制が用いられているものだと思っていたのだが、どうやら十人目からおかしくなった。
十人目が死ぬ前から十一人目、十二人目を名乗る者が現れた。すると十一人目が死ぬ前から十三人目、十四人目を名乗る者が、十二人目が死ぬ前に十五番目と十六番目を名乗る者が。
そのようにして増えていき、百人目を越えた辺りで“番号”で呼ばれるようになった。世界に何番目までのテッド・ミラーがいるかは不明だが、その誰もが奴隷商人を生業とし、場合によっては異界にすら赴き、魂の虜囚になり果てても尚、その仕事を続けているらしい。
だからリゾラをさらったときのテッド・ミラーも自身を「563番目」と名乗ったのだ。
逆に言えば、奴隷商人を叩けば大体がテッド・ミラーである。その陰に隠れてテッド・ミラーではない奴隷商人も少なからずいるのだが、とにかくこの男が奴隷商業界に君臨し続けているために彼以外で奴隷商を仕事にできる者は稀なのだそうだ。それについて教えてくれた奴隷商人もすべからく殺している。同情の余地などないからだ。奴隷を売ることを仕事にしている時点で殺すと決めているのだから、その仕事を生業にした運命を呪ってもらう以外にない。
「潰せば潰すほどゴキブリのように湧いて出てくる」
全ての奴隷商人を殺せばいずれは「563番目」を名乗ったテッド・ミラーにも行き着くだろうが、そこに至るまでに殺した奴隷商人と同数かそれ以上のテッド・ミラーが生じる。殺した瞬間に意識を乗っ取られるのか、それとも乗り移るのかは不明だが、突如としてその道へと堕ちるのだ。更に、テッド・ミラーは男性だけに留まらず女性ですら名乗っている。どうしてこのようなことが世界で起こっているのか。リゾラには知る方法がない。あるとすれば先ほどのように脅して聞き出すことになってくるが、大抵のテッド・ミラーは“番号”以外を口にすることはないし、ロジックを開いても“読み方が分からない”。読み書きを“ツバ広の帽子を被った女性”からしか習っていないリゾラには解読することすら困難である。
「ヘイロンはヘイロンで、意味分かんないし」
連合で奴隷商人を殺している間はヘイロンについて耳にすることはなかったが、そこから国境を越えに越えて帝国に入ってからはよく耳にするようになった。とある街の冒険者ギルドの担当者――冒険者に道先や助言などを行う役職に就いている、と。だが、帝国で聞くヘイロンの話は大半が十何年、場合によっては何十年とギルドで仕事をしているというものばかりだ。一年と少し前にリゾラを裏切ったヘイロン・カスピアーナは五歳年上であっただけでそこまで年齢の行った女ではなかった。
「なんにしても、どこに街かぐらい聞いて、それから顔を確かめないと」
もしそこで働いているヘイロンがリゾラが見知った女だった場合、どのような状況にあっても容赦なく殺す。しかしもし違うのであれば、その名を一体どうして使っているのかを知りたい。
「連合の街や村と帝国の街や村……どっちも雰囲気はそんなに変わらない」
装飾品や建物の形状などには差異はあっても、根本にそれほどの違いがあるようには見えない。自身が仕事をしていた娼館以上に劣悪な環境はないのかもしれない。いや、表面的には見えていないだけで実はどこも薄暗い部分を持っている可能性だってある。
だが、こうして日の昇っている内に、その薄暗さを見ることはほぼない。乞食はたまに見かけるが、そんなのはこの世界においては物珍しさはない。誰もが等しく幸せを享受できる世の中ではない。そのことは知っている。だからリゾラは乞食に手を差し出さない。
どこでも見るということは、他の国でも変わらず見ることに違いない。そうなると人間性の面でも差異はないと言える。
なのに、それぞれが国を名乗って陣取り合戦をしている。ほぼ同じなのに話しても分かり合えない。原因が一体なんであるのかは定かじゃないが、少なくともリゾラが深く関わることでも考えることでもないので、人間はどいつもこいつも醜いのだと早々に結論付け、そのことに深い溜め息をつく。
村の裏手でテッド・ミラーを殺したのだが、じきに死体は見つけられてしまうだろう。灰になるまで燃やしたところで魔力の残滓を解析されればリゾラに追っ手がかかる可能性もある。今のところその気配も形跡もないが、国際的な指名手配なんてされてしまってはテッド・ミラーを探すことに不便が生じる。
そもそも、テッド・ミラー同士で情報のやり取りはできているのだろうか。リゾラは淡々と殺してきたが、奴隷商人が次々と殺されていると知れば雲隠れしてもおかしくない。なのに極々普通に、人混みの中に紛れているのだから不思議なところだ。木を隠すならば森の中、ということだろうか。人々の中に入られてしまうと殺しにくくなるのは確かだが、後ろめたい仕事をしているのだから必ずどこかで一人になるか人通りの少ないところに消える。そこを狙うだけだ。付き人がいても、まとめて殺してしまえば済むことだ。
とはいえ、死体は村の大きさ、街の大きさによっては放置してきたが、そろそろ痕跡は消さなければならない。連続してテッド・ミラーの死体が発見されればリゾラの歩いてきた導線にも気付く者が出てくる。それを消すためには痕跡を飛び飛びにすることが必要不可欠だ。帝国に入って一ヶ月は経っているが、この辺りで連合と国分けして連邦を名乗っている国へと方向転換してもいいかもしれない。
「……あんまり聞き込みしすぎると、私を記憶する人も増えてしまうし」
この村でやることはもうない。素直に出て行って、次の街か村を探すべきだ。できればこの村と同じ程度の広さがいい。小さすぎると部外者へのアタリがキツく、より記憶に残されやすくなってしまう。
村を出て、外に待機させているガルムの姿を探す。ガルムはハウンドほど強くはないが、服従させやすい。群れごとまとめて服従させてしまえば次に召喚する際に残りの数を気にせずに済む。それだけでなく、体格の大きいガルムならば人を一人乗せても問題なく走れるため、それを足にすれば馬車ほどではないが速く移動ができる。なによりも馬車は他人と乗り合わせることがあるため、あまり記憶に残されたくないリゾラにとっては魔物に乗って移動する方が都合がいいのだ。
「あれ……? ここに、待たせていたはずなのに」
自身が従えていたガルムの姿が見えない。リゾラは森を分け入って、自身が与えた魔力の行く先を探る。
「ねぇ、もうやめた方がいいよ」
「大丈夫だって。さっき矢で撃ってもなんにもしてこなかっただろ」
「きっと弱ってるんだぜ? それなら的にしたって構わないだろ」
「あいつらは別に死んだって構わないんだから」
「魔物を倒すことは良いことだ。よく矢を避けてくれるから、弓やの練習には持ってこいだ」
「でも仲間がいるかもしれないじゃん」
「だから、もしそうだったらもう来ているって」
「村にはギルドもあるし、もしもの時は冒険者がなんとかしてくれるって」
ああ、もう。
リゾラは片手で頭を抱え、更に首を横に振る。
どうしてこうも愚かなのか。手を出しさえしなければ、殺すこともなかったというのに。そう思っても、あとの祭りだ。
「誰から最初に殺されたい?」
リゾラは顔を上げ、村人たちに後ろから声をかける。なにを言われているのか分からないといった表情をそれぞれが浮かべている。
「そこの子はやめた方がいいって言っていたけど、保身のため? それとも本当にやめた方がいいと思ってた?」
「こいつ一体なに言って、」
手で村人の顔を掴み、手の平から発した魔力で頭だけを粉砕する。
「ちゃんと本音を言ってくれたらあなただけは見逃してあげようと思うんだけど」
足で地面を叩き、魔法陣が敷かれる。
「答えるつもり、ある?」
弱っていたガルムは逃げていき、代わりに魔法陣に呼び寄せられたリゾラが服従させた大量のガルムが森の至るところから姿を現す。村人の数人が悲鳴を上げながら逃げていくが、その程度ではガルムの足には敵わないため無視して女性に問い掛ける。
「見逃してあげる気は一応ながらあるんだよ、本音を言えるんだったら」
「わ……わ、私、は」
「うん?」
「生き物を傷付けているところをかわいそうと言っている自分は男に良く見られるだろうなと思っていただけで、本当にやめた方がいいなんて思っていませんでした……」
「そうだよね、そうだと思った」
優しい嘘をついて、自分自身を可愛く見せたりカッコ良く見せる。男も女も変わらない。きっと心の底から動物に対して愛護の精神がある人だっているかもしれないが、今回に限っては魔物が相手だ。通常であれば、まずそんな情が湧いてくることはない。だからこそ本音を語ってくれたことにリゾラは感謝する。
「だったらあなたは生き証人にしてあげるわ。“開け”」
ロジックを開く力は、テッド・ミラーを二人殺した辺りで使えることに気付いた。思えばツバ広の帽子を被った女性も、魔法の練習を受けていた頃に何度か「君はロジックを開く資質は持っていそうだよ」と言っていた。だから試しにとばかりに言霊を唱えてみて成功した。そのときは目撃者の記憶を書き換えるために用いたが、この女のロジックも同じようにリゾラのことは一切記憶に残らないように書き換える。
リゾラについての記述を全て消し去ってロジックを閉じ、リゾラは集まってきたガルムを見やる。
「この子は殺すな。殺したら、群れごと殺す。さっきまで一緒にいた連中は喰っていい。骨ぐらいは残しておいてやっていいよ」
ガルムは女に一切、近付かなくなる。
「“サモン・狗の小鬼”」
尚も持続しているリゾラの魔法陣から流れる魔力が服従させていたコボルトを呼び出す。
召喚魔法はその周辺にる魔物を一斉に掻き集めるだけでなく、流した魔力を用いて魔物たちが分裂する。そのため一匹でも服従させておけば、あとは流した魔力の分だけ増えていく。更に魔力は魔物の中で変質するため、リゾラの痕跡も残らない。
「……どうしよ、いつもよりムカついているな」
頭を掻いて、リゾラは呟く。
「“サモン・オーク”」
悪臭を放つ豚の鬼を召喚する。鼻を摘まんでその臭いを嗅がないようにしつつ、リゾラは手の動きだけでオークに行き先の指示を出す。
「好きにしていいよ。なんなら崩壊させちゃっていい。魔物に怯えない人の住んでいるところを残しておく意味って多分ないし、ギルドがその無価値な村人を一生懸命に守っている様をちょっと眺めておきたいから」
集結した魔物たちは、さながら“波”のように村へと押し寄せていく。




