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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5.5章 -Prologue2-】
261/705

【崩壊の先で覚醒する】


誰かのために生きるってどんな風に?

誰かの想いを背負って戦うってどんな風に?

私にはそれが優しさだとは思えない。


優しさに身を委ねたら、絶対に不幸になる。


優しい前に強くないと駄目だ。


それを私はよく知っている。


「ご主人様も気が狂っているよな。あれを酒の(さかな)にできる神経は普通じゃない」

 奴隷商人は商品の奴隷を抱かない。だが、仕事についての感想を言わされる。どんなことをされたのか、どれくらいの人数を相手にしたのか、一度に何人を最高で相手にしたのか。そんな下劣な話を聞きながら酒を飲み、豪快に笑う。特にリゾラよりも年下の子が酷い目に遭わされていたりするとより一層、大きな声で笑う。頭がおかしいとしか思えない。

「まぁ、狂っていなきゃ人をさらって商売をしようなんて思わないんじゃない?」

 奴隷商人は娼館を去って、各々が解散したあとリゾラは煙草を同僚に渡す。

「引き上げてくれるんだからまだありがたいのかねぇ」

「本当にありがたいのは解放してくれることなんだけど」

「そりゃ無理な話ってもんだよ。分かっているだろ?」

「ええ」

 同僚との相部屋に入って、リゾラは床に腰を下ろす。

「しっかし、物騒な世の中なんだね、外は」

「そうみたい」

「あたしたちは稼ぎ頭だから引き上げてもらえるけど、あたしたちよりずっと下の奴隷は……見捨てられるんだろうね」

「なに? 情でも湧いた?」

「まさか。そんなもん捨てなきゃ生きてらんないだろ。ただ、奴らと同じところにいたとしたらどうなるんだろうと考えたらちょっと怖さはないかい?」

「あるにはあるけど、考えたところで無駄じゃない?」

「そりゃそうだ」

 同僚は開いた窓の近くで煙草に火をつける。

「もしあたしがここで間違えて火種を落として、大火事にでもなったらどうなるんだろうね」

「そりゃもう信じられない拷問を受けて殺されるんじゃない?」

「怖い怖い。ま、だから煙草だって最善の注意を払って吸うわけだけど……未だに娼館で火事が起きないのも、みんな怖いからなんだろうねぇ」

 部屋は狭く、最低限度の空間しか与えられていない。寝具も古く、いつ壊れてもおかしくないものなのだが一人に一つずつベッドがあるのだからまだマシな方だ。

「にしても、かなり焦っているように見えたね、ご主人様は」

「手続きもあるんだろうけど、確かに(せわ)しなさはあった」

 もてなしを終えたあとに商談をしていたが、ソワソワとしていただけでなく娼館のお偉い方には何度も耳打ちをしていた。よっぽど急ぎの用事でもあったのだろうか。しかし、だったらわざわざ奴隷におもてなしをさせる理由がない。

「それよりリゾラ? あんた最近、ゴミ置き場でなにをしてんだい? 放火でもするんじゃないかって娼婦たちが噂していたよ」

 奴隷じゃない方の娼婦は仲間内で奴隷を小馬鹿にするのが好きらしい。

「面と向かって言ってこない連中になにを言われたところで痛くもなんともない。それに、放火するんならゴミ置き場じゃなくて連中の部屋でしょ」

 同僚が大きく笑う。

「違いない。いいよ、リゾラ。あんたのそういうところが好きさ」

 煙草の煙をリゾラに向かって吐く。


「だからあたしの代わりに死んでもくれるだろ?」


 視界がグラつき、リゾラは声を上げることもできずに意識を失った。




 爆発音で意識を取り戻す。




「私……気を失っていた?」

 眩暈がまだ残っている。しかし、上半身を起こしてみれば意識を失う前と部屋の様相が変わっている。同僚の少ないながらも部屋に置いてあった荷物類はなくなり、そしてリゾラの荷物も荒らされた形跡がある。這うように動いて、中身を調べると金目の物は全てなくなっている。

「ふざ、けるな……」

 娼館にほとんどを持って行かれても、営々(えいえい)蓄えてきたお金がどこにも見当たらず、軽いパニックを起こす。

「……ざ、けるな!!」

 力任せにその場にある物を掴み、投げつけ、握り拳で目に入った物ならなんでも構わず殴り飛ばす。そうして心の中にある怒りを半分ほど吐き出したのち、血塗れになった両手を見つめて、乾いた笑いを零す。

「“ヒール(癒やせ)”」

 そう呟くと、血を流していた両手の傷が縫合されていく。十秒程度で傷は完全に塞がった。一度も使うことのできなかった魔法による傷の回復の達成感はひどく薄い。

「殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 怒りは抑え切れず殺意となって放出し、リゾラが立ち上がったのも束の間、再度の爆発によって部屋全体が揺れてバランスを崩し、壁に寄りかかる。


 なにが起こっているのか。それを把握する必要がある。まず同僚が裏切ったことだけは確実として、娼館がなにやら攻撃を受けている。一体なにから、そしてどこから攻撃を受けているのかが分からないため、リゾラは部屋の外へと出た。

 娼館の一部は屋根から崩れ、瓦礫が落ちている。廊下の一部は瓦礫で塞がれて、とてもではないが進めそうにはない。


 女性の泣き叫ぶ声がする。役員か男娼か、どちらともつかない男の誘導する声も混じってはいるが、やはり助けを呼ぶ声ばかりが響いている。

 ここは一体どこだろうか? そんな不可思議な疑問が浮かぶ。リゾラの頭はまだ靄がかかっているようで、イマイチ考えがまとまらない。だが、意識を失う前に見た娼館の煌びやかな光景はどこにもない。あるのは瓦礫に潰れた死体と、瓦礫の下から今にも死にそうな者の怨嗟の声。そんなものを見たり聞いたりしてしまえば道を塞いでいる瓦礫に近付くのはもはやできそうにない。


――異端者は殺せ!! 異端者の集会所は破壊しろ!!


「なんで……」

 再度、爆発と同時に娼館全体が揺れ、崩落が起きる。幸いリゾラの真上に瓦礫は落ちてはこなかったが、これによって潰された者の悲鳴が耳に入った。

「もう……もう、もう!!」

 怒りよりも悲観的な感情が上回る。我を忘れたくなるような状況から現実逃避を試みるが、廊下の向こう側から漂ってきた黒煙によって現実に引き戻される。


 火の手が上がっている。このままだと焼け死んでしまう。まだ瓦礫で塞がっていない方向へとリゾラは走り、炎に包まれる前に逃げ道のない廊下からの脱出を果たす。下の階層からも黒煙は昇っており、炎の熱も少なくとも感じずにはいられないのだが階段を降りなければ逃げられない。ロビーまでの階段は崩落によってもうここしか繋がっていないのだ。

 体勢を低くし、階段は一段一段慎重に。息は止め、呼吸は段差間にある僅かな空間でのみ行う。それを一段一段、焦らずに続けて四階から三階に、そして三階から二階へと降りた。どうやら三階からの炎が四階まで昇っていたようで、二階は煙に包まれてはいたが火の手は見えない。炎は昇る性質がある。下手をすれば階段に炎と熱、煙が収束してしまい蒸し焼きになるところだったが、そのギリギリのところをリゾラは免れることができたらしい。

「……なんで私、火事に遭ったことないのにこんな……」

 どういうわけか避難の仕方を心得ている。火事を体験したことはないはずだ。

「いや、でも……私……昔、どこかで……?」

 防災訓練を受けている。薄っすらと残っている記憶の景色と、ここで生きてきた記憶の景色にかなりのズレがある。この世界よりも、もっと文明の進んだ世界。そこでリゾラは教育を受けていた。


「私たちがなにをしたって言うのよ?! なんにもしていないじゃない?!」

 過去の記憶に溺れそうになったところで再度、現実に引き戻される。

「黙れ!! 貴様たちは男も女も惑わす悪魔だ!!」

「奴隷として連れてこられて、ここで仕事をさせられていただけなのに!!」

「異端者の言葉に我々は決して惑わされない!!」

「異端者は殺せ!!」

「殺して晒しものにしろ!!」

 剣に刺し貫かれて、女性は動かなくなる。その死体の腕を乱雑に掴み、引きずって二階の廊下を歩いていく。


 集団はリゾラの潜んでいる瓦礫の横を通過し、もう一つの階段へ向かっていく。どうやら四階では塞がって通れなかった廊下の先にある階段が、二階からは使えるらしい。しかしそちらに向かえば先ほどの集団と鉢合わせしてしまう。

「私たちがなにをした……ほんと、私たちはなにをしたんだろ」

 その訴えには共感できる。奴隷として扱われ、勝手に働く場所を決められて、しかもこんな性を売り物にしなければならない場所で酷使されて、奴隷だからと普通の娼婦からも嗤われて、それでも逃げることさえできなかった。そんな私たちが、なんで異端者と言われて殺されなきゃならないのか。

 だが、訴えたところで異端者を殺している連中には一切伝わらないことが分かった。となればリゾラは連中が向かった階段を使えない。ついさっき使った階段は使えなくもないが戻る勇気がない。そうなるとあとは三つ目の階段しかないが、それを連中が使わないのなら、なにかしらの障害があるということだ。だが、その障害がなんなのか確かめる前に連中が使っている階段には向かえない。行って殺されるくらいなら、まだ僅かに希望の残されている三つ目の階段を目指した方がいい。

 廊下に傾きが生じている。もう二階がまとめて崩落の危機にある。そんな危険なところを進む。

「クソ……」

 ここまで身の危険が迫ったことは生まれて初めてだ。そりゃ銀髪の少女と逃げようとして捕まり、その後に凄まじい目に遭いはしたが、あのときは殺されはしないと思っていた。なにせ大事な商品だったのだ。しかもリゾラは銀髪の少女が来るまでは奴隷商人が高く売りつけるために大切にされていた。そうなれば絶対に売る前に殺すことはないと推察するのも難しくはなかった。

 だが今は、そんな受けたくもない庇護すらない。瓦礫が降って、直撃でもすればまず命はない。

「瓦礫……直撃……なにそれ? なんでそこに私は引っかかっているの?」

 想像した恐怖に対して、異様に心が引っ張られている。過去に耳にでもしたことがあるような記憶の混乱が起こっている。別にそんな話を聞いたことなど、この世界では一度もないはずなのに。

「この世界……? なんで、私はこの世界って思ったの……?」

 そう、そこがリゾラの抱く最大の謎だった。それさえ解き明かせれば、全ての記憶の混乱について納得のいく答えとなる。しかし、その答えに行き着くのは容易だった。

「私は違う世界で生きていた」

 推理に答えがあるのかどうかは不明だが、そう結論付けてしまえば合点が行く。しかし、あまりにも荒唐無稽な結論である。決定づけてしまうには早計な気もするが、なぜだか口にした瞬間に離れつつあった自己を再認識できた。煙草と炎の煙、その両方を煙を吸い込んだせいで歪んで見えていた景色も一気に正常なものへと戻った。依然、廊下も合わせて二階は傾いているが平衡感覚を取り戻したおかげでフラつきから解放される。


 階段はひび割れ、今にも崩れそうだ。しかし、リゾラにはここを降りて一階に出られるという謎の自信があった。


 何度目かも分からない爆発。轟音の中で視界が揺れる。リゾラは跳ねるようにして階段を降りていく。途中で崩落を始めたが焦ることも立ち止まることもせずに降りていき、折り返しから先の残り全ての段差は力強い跳躍で降り切った。

「“ヒール”」

 着地によって足を挫くが、回復魔法によって骨と筋肉の縫合が行われて痛みが引く。すぐに立ち上がり、崩落が続く階段部分からロビーまで一気に走り切った。


「異端者を殺せー!!」

 ロビーから外へ脱出したところで異端者狩りに見つかる。

「あんたたちを相手にしている暇はない」

 危機から脱しあとに残っているのは恐怖によって抑制されていた怒りだ。リゾラの体内から外へと放出される魔力が彼女の髪の毛をほんの少し逆立たせる。

「捕まえろ!」

「異端者は全て皆殺しだ!」

「この街を解放するんだ!」

「どいつもこいつも……!!」

 客として娼婦を買ったことを棚に上げて異端者狩りに協力している奴も、くだらない逆恨みで異端者狩りを行っている奴も、どいつもこいつも腹が立つ。


「“スプラッシュ(水の波濤)”」

 リゾラの前方に水の奔流が駆け巡り、正面から突き進んできた異端者たちを洗い流す。

「“ファイア(火球よ、)ボール(走れ)”」

 続いてリゾラの頭上に生じた巨大な火の球を、押し流した者と正面で壁を作っている異端者たちに叩き付ける。着弾と同時に弾けるように爆発して辺り一帯を火の海へと変える。


「悪魔だ」

「人の心を持っていない」

「これが異端者」


「笑わせないでよ……あんたたちがやったことと同じことをしているだけでしょ?!」

「俺たちは人間だぞ?!」

 幾度もの爆発によって崩壊する娼館。その中で逃げ惑い、瓦礫に押し潰され死んでいった者たち。

 命を平等に扱っていないクセに、自分自身に死の危険が近付いた途端に人間であることを主張し始める。まるでさっきまで攻撃していた者は人間でなかったかのような物言いでもある。

「もう良い。どいつもこいつも、鬱陶しい」

 足元に五芒星の魔法陣が敷かれる。

「“サモン、(サモン・)

 埋葬場の方から一斉に怨霊がリゾラの魔法陣へと吸い込まれる。

スケルトン(骨の)ソルジャー(兵士)”」

 地面から骨の兵団が這い出だして、そこらで転がっている死体が握っていた刃物を手にして異端者狩りへと突撃する。

「魔物?!」

「この異端者が呼び出したのか?!」

「こんなのは序の口だから」

 魔物の気配を強く感じながらリゾラは地面に手を押し当てる。

「“サモン、狩猟の狼(ハウンド)”」

 地面から流されたリゾラの魔力は彼方まで到達し、街の近くにある山の向こう側――そして街の外にある森林地帯から大量のハウンドが押し寄せる。

「全部殺していいよ」


 そう言いながらリゾラは異端者たちの悲鳴を聞きながら娼館の外へと出て、地獄絵図と化した街中を歩いていく。


「どこだ? どこに行った? クソ!!」

 リゾラは悪態をつきながら、ハウンドを手懐けて街の人々を襲わせながら叫ぶ。

「絶対に見つけて殺す! 私を見捨てて逃げたアベリア・アナリーゼ!! 私をこんな場所に連れてきた563番目のテッド・ミラー!! そして!」

 空を見上げる。

「ヘイロン・カスピアーナ!!」


「召喚魔法が不安定だから、使用者を襲うこともあるはずなのに魔物どころか怨霊すらも服従……大体、魔物を手懐ける召喚魔法なんて見たことない」

 女性は街の惨状を空高くで眺めながら呟く。

「『服従の紋章』が彼女の中で反転して、服従する側から服従させる側になってる。そりゃ精霊も服従させられたくないから近付かないわけだ……五大精霊じゃなく五大属性の概念で魔法を行使しているとしたら、五大精霊を軸に魔法を使っている者たちにとって相性の有利不利はなくなっちゃう。普通なら火は水で消せるけど、彼女の火は水じゃ消えないかもしれない。そっか、『相性無視』だから無理やり精神力だけで紋章の効果を逆転させたんだ。下手をしたら『魔力の逆転』すら起こっているかもしれない」

 女性はツバ広の帽子を目深に被り直す。

「でもなんで覚醒がこのタイミングなの? 私が接触して毎回この段階で彼女は目覚める……確かこのときは……そっか、アレウリス・ノールードとアベリア・アナリーゼが異界から脱出したときか。やっぱり、この子はあの二人のどちらかと繋がりがある。それを見極めなきゃならないけど、私はもう次のところに干渉しに行かなきゃならない」

 街が燃え行く様を見つめつつ、女性は街の空から姿を消した。

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