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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5.5章 -Prologue2-】
260/705

【街と娼館】

人の生き死にに関わろうと思ったことはない。

ただ、周りにいる人は死にやすかった。


だから、


生きることより死ぬことの方が私には親しみがあった。


 女性から魔法を教わり始めて一ヶ月が経った。最初は言っていることが全く分からなかったが、それも日数が解決に導いてくれた。最も悩んでいたのはリゾラの識字能力の低さだった。普段から見る物など帳簿や役割表ぐらいしかなく、書かれている最低限のことしか私は知る必要がなかったため、そこから外れた常識的な文章の数々はどれもこれも読めなかった上に、書くことさえ困難だった。だが、女性曰く「リゾラは飲み込みが速い」らしく、読み書きの勉強は一週間で終わり、その先の魔力を用いた魔法の練習に至ってもやはり一週間程度で体の外側にある衣服に『満たす』ことができるようになった。

 しかし、二週間かけても魔法はなに一つとして形にすることはできなかった。


「筋は良いはずなのに……精霊の加護は感じている?」

「薄っすらとは」

「得意な属性が違うのかしら。五大精霊の初歩中の初歩は全部試してみたし……そこからの派生属性になるのかも。五大精霊を言ってみて?」

「木、火、土、金、水」

「五大属性は?」

「地、水、火、風、空」

 五大精霊や五大属性は微妙に異なるらしいが、どちらもこの世界に存在している物なので相互に干渉し、混ざり合っているそうだ。それでもなにかにたとえるのなら五大精霊は有機物で五大属性は無機物。更に言うなら生物か無生物か。具現なのか概念なのか。

 けれど、これらは魔法の基礎としての知識に過ぎず、精霊に至ってはここから派生する。なので、ぼんやりと意識する程度でも魔法は問題なく使えるようになると言われた。

「単純に私に魔法の才能がなかっただけじゃない?」

 なのに一向にその兆しがないため、リゾラは半ば諦め気味に言う。

「それはない」

 その断言の仕方だと、例の『ルート』とやらで自身は必ず魔法を習得しているのかもしれない。だが、『ルート』によっては習得しないリゾラもいるのではないかという疑問もある。

「……ねぇ? 私は未来でなにを成すの?」

「それは未来を変えることになるから教えられない。私は私自身が干渉したことに記憶を引き継いで過去へと渡るけど、その目的や未来で起こることを事前に伝えることには制限がかかっているから。もし教えてしまうと、全ての記憶と私のこの体は消失する」

 女性が干渉してくる『ルート』と干渉してこない『ルート』もきっと存在するのだ。どちらがリゾラにとって有益かどうかを知ることができないのはもどかしい。

「そういう魔法なの?」

「禁忌だからね。メリットと同様にデメリットも大きい。特に禁忌の魔法となると、存在の消失との綱引きだよ」

 魔法を教わってから少しずつだが女性の言葉は真実味を帯びてきた。そのため、突拍子のないことを言っているようにも聞こえるが、魔の叡智とやらを極めればそれぐらいは造作もないことに思えてきた。

 とはいえ、リゾラに対して彼女は『未来で云々』と語っていたが、それは大丈夫だったのだろうか。現にここに彼女が残っているため大丈夫なのだろうが、それはきっとリゾラが聞き返さなかったからに違いない。あのときは話のほとんどをまともに聞いていなかったため、なにを言っていたかもう既に思い出せないのだが、あのときに聞き返していたならば彼女の言うところの『このルートの私』とやらは消えていたのだろう。それならばまだ運が良かった。魔法というものを知るチャンスを下手をしたら永劫に失うところだったのだから。

 そして、外の情報をリゾラは教えられているのに一向に奴隷商人がやって来ることもない。部屋でのやり取りであれば魔法や感知の技能を弾く障壁を展開できるために不思議なことではないのだが、人気(ひとけ)の少ない娼館の裏手――ゴミを溜め置く場所であっても『服従の紋章』は機能していない。女性が魔法陣を敷いていた場合、役員に気付かれないとも限らないため、別の魔法で阻止しているのだろうか。


「最近、ゴミ置き場で私が暇を潰しているって話が娼婦の間で話題になり始めていて、ここで魔法を教わるのも難しくなると思う」

「まず最初にゴミ置き場だったのが衝撃的だったせいで忘れがちだけど、人目が少ないって言ってもそれでも極一部の目には付くからね。なにかアテはある?」

「埋葬場とか」

「墓場じゃなくて?」

「死体をやたらめったら外に放り出すわけにもいかないらしいから、ここから更に離れたところに埋葬場があるの。正直、行きたくはないけど」

 人を物のように扱うことの極致がそこにある。死体を並べて埋葬するならまだしも、ひたすらに掘った大穴に死体を放り込むのである。その死体の山が見えてきたら埋め時というやり方だ。臭気は凄まじく、傍で時間を数十分程度でも潰せば死臭が衣服に付いてしまうとも言われている。


「それはなんとも、呪いや怨念が溜まっていそうな場所だ。君は平気なの?」

「臭いは嫌いだけど、それ以外には思うところはないかもしれない」

 死体の山が傍にあっても、なにを感じればいいのかが分からない。なにせ奴隷として死体運びもやらされたことがある。誰もやりたがらないことをやらせるために奴隷は存在するとまで言われているほどだ。最初は死体を見れば泣き叫んで足が竦み、動けなくなり、異様な吐き気に見舞われて死にそうになったが慣れてしまった。

「客の臭いよりも?」

「当然。客のは水を浴びれば取れるから」

 清潔感は娼婦に必要不可欠である。だったら客にも清潔であることを強制してほしいところなのだが、そうはいかない。とにかく、仕事をしたあとはすぐに水浴びを行って、次の仕事を待つ。常に身綺麗にしておくことで客に罵詈雑言を吐かれることも減る。

 それにしても、この女性はリゾラに対して不潔だなんだとは言ってこない。多くの客に買われているのだが、不快感を露わにしないのは珍しい。魔法は彼女に買われた際に部屋でも練習している。その時は当然ながら水浴びをしていようとも客に買われたあとのリゾラと接することになっているわけだが、やはりなにも言ってはこないのだ。


 我慢していると見るべきか、それとも本当の意味で差別意識がないか。どのように女性を捉えればいいか、答えはまだ出ない。


「人目に付きにくいとはいえ埋葬場は、」

 言葉を切って女性が壁の方を見る。

「どうしたの?」

「……聞こえない?」

 そう言われてリゾラは改めて耳を澄ませる。


 壁の外で人々のざわついている。なにやら喚いているようにも聞こえる。だが、内容までは入ってこない


「『異端者は出て行け』だってさ」

「異端者?」

「この娼館で仕事をしている娼婦のことだよ。男もきっと数には入っているけど」

「は? なんで?」

「娼婦が男を誘惑するから街でいざこざが絶えないってこと。性欲を発散する場があるのは良いのか悪いのか私も判断しかねるけど、少なくとも娼館の稼ぎが良過ぎると街ではロクなことが起こらない。男女両方の不貞、不倫、不和が起こるからね。場合によっては駆け落ちまがいのことまで起こす。しかもその駆け落ちした相手は娼館の遣いが問答無用で殺してしうでしょ?」

「そんなのただの逆恨みじゃない」

 遊びではなく、のめり込んだ方が悪い。娼婦や男娼を相手にするのだからリスクは承知の上だ。金額だって買う側が提示し、売る側が納得するか否かだ。

「稼いだお金が街を潤わせるかと言えば、そうじゃないからね。いくらかは街に還元されているだろうけど娼館の役員と奴隷商人が懐にしまってしまう。このままだと街は干からびる。だから、娼館を悪として追い出そうとする運動が始まっている」

「娼館の外ってそんなに物騒なの?」

「私は君と会っているとき以外は娼館の外で過ごしているからね。そりゃもう結構な騒ぎになっているよ。異端者認定して、そのうち実力行使にも出かねない。捕まったら命の保障がない。私刑も無論あるだろうけど、異端審問と称して身勝手な判決をくだして、ひどい殺し方をするはずだ」

「私たちが悪いわけじゃないじゃん」

「だとしても、悪として断罪するのが世の常なんだよ。近いうちに奴隷商人も稼ぎのいい奴隷は引き上げさせるかも。あなたは私が高額でいつも買っているから、きっと大丈夫。それで、」


 話している途中で女性が目の前から消えた。


「え、なに? なんなの?」

 唐突に消えてしまったためリゾラは必然的に辺りを見回すしかない。


「そこでなにをしている?」

 どこかで声がしているのだが、その方向が特定できない上に姿を特定できない。

「もう一度言う。そこでなにをしている?」

 リゾラが一向に捉えることができないことに限界が訪れたのか、同じことを言いながら景色という布を脱ぎ去って男が姿を現す。声と背格好で男と決め付けただけで、顔立ちは布で隠しているため判別できない。

「なにあんた?」

「ここに妙な気配があった。それを確かめるために来たが……貴様ではないようだな」

《なんとかして追い払って》

 耳元で女性の声が聞こえた。

「客じゃないし、正規の方法で娼館に入ってきていないのにそんな態度が取れるの?」

「娼館か……どうにも合わんな。長居はしたくない」

「だったらさっさと出て行って。でないと私がここで叫ぶから」

「叫ぶ前に貴様の首など飛ばせるのだが、騒ぎは起こしたくはない」

 男は目を左右に振って、なにやら辺りの気配を探っている。

「痕跡はあるが、追い切れない。貴様は一人でなにをしていた? 誰かと喋っていたからここにいるんじゃないのか?」

「私は奴隷娼婦で、毎日毎日こんなところで生き続けて、死にたい気持ちで一杯なの。でも『服従の紋章』で死ぬこともできないから、人目の付かないところで一人で泣いていたのよ」

「泣き腫らしているようには見えない」

 観察しているところがリゾラが相手をしてきた男とは違いすぎる。女を買うことしか頭にない連中はテキトーに泣いていたとでも言えば慰めてくれるというのに。

「顔に出にくいから」

「それは嘘だな」

「……私が一人でいて、一人で喋っていて、それでなにかおかしいの? 泣いていたっていうのは確かに嘘だけど、愚痴を零していたって不思議じゃないじゃない。それとも奴隷は喋るなとでも言いたいわけ?」

 開き直って、男を責める。

「あまり問い詰めてもそれはそれで面倒か……」

 男がリゾラに背中を見せる。

「口封じはしなくていいってわけ?」

「奴隷の言うことなど誰も聞く耳を持ちはしないからな。一つ忠告しておくと、この街は程なくして潰れるだろう。巻き込まれたくないのならそこを死に物狂いで出ることだ」

 景色に男が溶けていって、周囲が静寂に包まれた。試しに「ちょっと」と声を発してみても返事はない。


「君以外の目撃情報以外の全ての痕跡が残ってない」

 女性は突如としてリゾラの傍に現れる。

「あなたが消えたのも、あの男が突然現れたのも前に言っていた気配消しみたいなもの?」

「私は別の方法で隠れていただけ。さっきの男は、間諜か密偵だよ。いわゆるスパイってやつだね」

「あなたを狙っていた?」

「たまたま居合わせただけ。奴隷商人を追っている中でこの街を調査していたんだろうね。装備の特徴は帝国っぽかったけど、装飾品はエルフだったね」

 隠れて見ていたにしては特徴を掴みすぎている。一瞬、知り合いだったのでは疑うほどだ。もしそうだったなら姿を隠したことにも理由がつく。

「すっごい遠いじゃん」

 だが、存在の消失が関わっていた場合、女性から魔法を教えてもらえなくなる。それは困るので黙っておく。

「ここが王国だったら位置的に真逆だから遠いけど、連合はまだ国境が帝国と接しているから近い方だよ。でも……あちこち探りを入れているのはどこの国も一緒だけど、奴隷商人について探っているなんて珍しいよ。きっと帝国直属じゃなくて冒険者ギルドが飼っている『暗殺者』や『掃除屋』だと思う。だから痕跡を残さないための技能が高い」

「冒険者って、人のために魔物退治をしているんだよね? なんで魔物が関わっていない奴隷商人について調べるの?」

「全国で奴隷商人による人さらいが横行していているからじゃないかな。あなたやここの奴隷たちと同じ目に遭っている人が他にも大勢いるのよ。簡単な物ではないことは承知の上で、それをどうにかしたいんでしょう。だって、奴隷はなりたくてなるものじゃないのに世間の奴隷への視線は冷たいし、助けてくれもしないでしょ? この街も解放じゃなくて排斥の運動を始めている。結局、平等に人は人を愛せないから、自分たちの平穏や日常においてそれを掻き乱すような存在は死んだっていいってことなんだよ」

「……まぁ、それが普通だと思うけど」

 正しくはなくとも、そうするだろうなとリゾラも思う。利用していない者にとってここは未知なる恐怖の入り口だ。ましてや妻や夫が奪われかねない場所となれば、壊してしまいたくなるのも道理とも言える。


 街にとって汚点ともなっているからこそ、この(けが)らわしい建物を関わった者たちも含めてまとめて潰したい。ちっとも内情を知らず、奴隷だからと同情もせず、全部を全部一緒くたにして考えて、非人道的な行いであっても正当性を主張したいのだろう。


「街の産業として認めればいいのに」

 大々的に娼館を広めれば、それを求めてやって来る人も増える。

「それは有りと言えば有りだけど、いつか廃れた時に街の黒歴史になってしまう。歴史に記されることさえ恥と思うかもしれないし、廃れたあとにその歴史を調べてきた野蛮な輩がそういう文化がまだあるんだと勘違いして女子供を傷付けかねない。いくら街の人たちが誇りに思ったところで、外部にとってそれは国の恥部にも等しくなっちゃう」

「でもヒューマンは歴史に価値を見出さないじゃん」

 魔物と国家を巻き込んだ闘争を先決としている。全てを解決してから調査を始めるのだとしても、あまりにも無頓着だと女性に教わったはずだ。

「全てを解決する前から問題になると分かることを放っておきたくもないはずだから」


 なにをどう言ったところで、この街が娼館を悪と断定した以上はもうそれから逃れられない。どんな手を使ってでも潰しにかかるということだ。


「じゃぁなに? 私たちみたいな異端者を排斥するためなら軍隊すら出てきかねないってこと?」

「私が予想する最悪の展開はまさにそれなんだけど、軍を動かすんじゃなくて国が異端者排斥運動を支持して裏からお金を回していれば……どれだけ抵抗したって無駄になる」

「サイテーな世の中じゃん」

 そう口汚く罵ったあと、リゾラが頭の痛みに悶える。

「リゾラ?!」

「……大丈夫。私をここに連れてきた奴隷商人が来る合図だから。長話も魔法の勉強も今日はこれでおしまい。私たちはこれから準備しなきゃならないから」

 いつものことながら、この頭痛にリゾラは苛立ちを隠せない。『服従の紋章』が主の接近を察知して痛みを走らせる。つまり、自分たちをさらった奴隷商人がこの娼館を訪問してくる。新しく奴隷を入れに来たか、それとも引き上げを考えて話をしに来るのか。

「そっか……うん、分かった」

 もてなしと言う名の最悪の接待が待っている。体を使うわけではないため客に買われるより体力的には心配ないのだが、ご機嫌取りは精神的に疲弊する。奴隷商人は奴隷を調教したあとは一切、体には触れなくなる。客を相手した体を奴らは汚らしいと思うからだ。だったら娼館になど売り込まなければいいだけなのだが、そもそも商品としか見ていないリゾラたちを大切に扱おうという気持ちなど毛頭ない。


 だったらいっそのこと、街の排斥運動で娼館なんてなくなってしまえばいいとすら思えてくる。リゾラがその運動の中で死に絶えるのだとしても、この先を必死に生き続けるよりはマシなのではないか。むしろその方がよっぽど楽なのではないか。


 だが、そう考えれば考えるほど埋葬場の穴に放り込まれ続けた死体の数々が脳裏でフラッシュバックを起こす。

 どうせ死ぬのなら、リゾラよりも過酷な労働環境の果てに死んで行った者たちに顔向けできるように死にたい。無意味には死にたくない。そう強く思った。

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