農場
【クエスト】
主に辺境の村や里でない限りは冒険者ギルドが用意されており、そこに魔物関連や調査についての依頼を出すことでクエストとなる。そのため、「クエスト」と言ったり「依頼」と言ったり、呼び方はその時々でブレる。報酬についてはギルド側がその難度に合わせた金額などを依頼主に提示して、互いに不満の出ないように話し合われるため、ぼったくりのようなことは起こらない。
緊急性の高いクエストに関しては依頼が舞い込んで来た直後に各地のギルド担当者全員に伝達され、最も近く、最も適正の高い冒険者が受けることがほとんどである。
「なに? なんの用なの?」
「クエストのために来たんだよ。ほら、これ」
依頼の書かれた紙をニィナに渡す。
「……お父さんとお祖父ちゃんが依頼主ってことね」
なんとも素っ気ない感じでニィナはアレウスに用紙を返す。
「まぁ確かに、親戚の農場がガルムに荒らされ始めているから、こっちにいつ来るかも分からないってのが現状。私一人で一匹ずつとも考えたけど、それはあまりにも無謀だってのはあのテストでの経験で分かっていること。だから、ギルドに依頼するのはなんにも間違ってない。間違ってないけど、あなたたちが来るとは思わなかった。特にアリス」
「アリスじゃない、アレウスだ」
「わざと言ってやったのよ」
なんと性格の悪い女だろうか。そう言ってやりたかったが、ここで追い返されてはクエストを達成することは出来ない。なのでアレウスは我慢する。
「二十匹は相当な数だと思うんだが」
「実際は三十はいるんじゃないかしら」
「三十?」
「なにも予測だけで言っているわけじゃないわ。毎晩毎晩、数えつつ、足跡みたいな痕跡を調べた結果よ」
「いや、そこを疑ったりはしていない」
「まぁ、ガルムって田舎じゃよく出て来る方なのよ。あなたたちが住んでいる街の近くにもチラホラ出るくらいには。だから街道沿いでも油断は出来ない。でも、脅威としての認識の差があるのは確かね。ある程度の数を始末したらガルムは退散するからそれで良いってお父さんとお祖父ちゃんは考えたんじゃないかしら」
「根絶は難しいと?」
「どこからか集まって来ちゃうから。群れさえ始末すれば、あとはどことなりに散って行く。ただ、素人が狩りでもするつもりで手を出したら死ぬわ」
ニィナから説明を受けて、アレウスは少しばかり唸る。
「根絶出来ないのか」
「そこまでして根絶を考えるのはどうなの?」
「いや、食べ物とかに被害が出ると価格が高騰して僕たちの家計が苦しむから」
「……ああ、そういうこと。ガルムは野生動物は狙わないクセに、人の臭いが付いた家畜は襲うからね。人種を本能的に敵と見なしているから、なんでもかんでも襲っちゃうから、確かに街へ運ぶ量が減れば、価格は上がってしまう。それはあなたたちにとっては大打撃だから、根絶したいと」
「そういうこと」
「でも、そんなことは無理だとも分かっているでしょ? 異界の穴がある限り、魔物はそこから這い出て来る。ここはガルムなだけマシだけど、場合によってはゴブリンやコボルトが出て来るんだから、そりゃ酷い有り様になるって聞いているわ。だからギルドに依頼しに行くわけだけど」
この初級冒険者というよりもただの下働きの害獣駆除に過ぎないようなクエストでも、達成してくれれば喜んでくれる人はいるということらしい。困らなければギルドに依頼なんて来ないのだ。確かに、魔物を知らない人が魔物を退治しようとすれば死に自分から近付きに行くようなものだ。冒険者としてもそれは見過ごせない。
「異界が消えない限り、魔物の数は減らない。でも、だからと言って魔物退治を怠けると食料危機やその他諸々が起こるわけか」
「もしかして、冒険者として当たり前の知識が無かったりする? こういうのって基本的な情報だし、テストを受ける前から大体は把握していることなのに……」
「僕たちは『異界渡り』しか考えていないから、異界の戦い方は知っていてもこの世界での戦い方はあんまり知らない」
ニィナは「そう言えばそうだった」と呟き、嘆息する。
「仕方無い。私も手伝うわ。当事者であるのは変わらないことだし、誰かに頼むより私自身の手でどうにかしたいって気持ちもあるから」
「いや別に手伝いはいらな、」
アベリアがアレウスの口を手で塞ぐ。
「お願いします」
「……はぁ、分かっちゃいたけど、本当にあなたって性格が捻じ曲がっているわよね。アベリアがかわいそうだわ」
かわいそうとは何事だ、と言いたかったがアベリアが尚も口から手を離してくれないので黙って聞くことしか出来ない。
「アベリア……そうね、『アリア』と略すと良い感じかもね。『アリス』と『アリア』なんて、物凄く呼びやすい」
今までずっと「アベリア」と呼んで来たために、アレウスはその愛称を少しばかり「女の子らしくて良いな」と思ってしまった。だが、自分を『アリス』と呼ばれるのだけはどうしても勘弁である。もうそろそろ自身がよけいなことを言わないだろうと判断したアベリアの手は口から離されて、小さく溜め息をつく。
「お前はアリアって呼ばれると嬉しいか?」
「どっちでも」
とは言っているが、どちらかで呼び方を統一しないと機嫌を損ねるパターンである。しかし、自身が「アリア」と呼んで、他人が「アベリア」と呼ぶとそれはそれで彼女も混乱してしまうのではないだろうか。そう考えると、なかなか新しい呼び方を口にするのは難しい。
ニィナが玄関から出て、「案内するわ」と言ったので二人は反転し、彼女のあとを追う。
「あなたって、痕跡から魔物の場所を突き止めることって出来る?」
「索敵系統の技能があるかって訊いているのか?」
「そう。私は射手だけど、狩人寄りの技能を持っているわ。木登りや、痕跡感知とか、あとは鷹の目も持っている」
「僕は偵察と斥候、夜目と熱源感知。足跡辿りは出来ないな。痕跡が新しい物かそうじゃないかは見分けられるけど」
「罠は設置できる?」
「したことがない。狩人でもニィナみたいな射手でもないからな……あれ? それじゃ、僕はなんの職業なんだろ」
そう口にするとニィナは足元の石に蹴躓きそうになっていた。
「冒険者なら足元を注意しろ」
「そうじゃないわよ。頓珍漢なことを言い出したから転び掛けただけ。戦い方は狩人、或いは盗賊みたいだったけど?」
「ギルドで『職業・盗賊』が登録されるわけないだろ。捕まって拷問に掛けられて仲間の居場所を白状させられる側だぞ、盗賊って」
「そうだけど剣より短剣を扱えてってなると……軽業士と言ったところかしら? 回避するのも得意そうだったし。冒険者志望の時、色々と書かされたと思うけどその時はどう書いたのよ」
「一応、戦士にしておいたけど、アベリアも多分、魔法使いでは通ってない。リストとして中堅冒険者の手に渡った際にギルド側で修正されていると思う。でもそれは教えてくれなかったんだ」
「ああいうことがあったから、報告し忘れているのかも知れないわね。今度、担当者に聞いた方が良いわ。自分がどの職業なのか分からなかったら前衛も後衛もないもの」
「それはクエストをクリアしてからで充分だろ」
職業を気にしたことはない上に、それを意識したところで自身の技能に大きく影響が出るわけでもない。ニィナもそれを聞いて納得したらしく、深く問い質しては来なかった。
「この村は酪農、畜産、農業……まぁ割と食料全般に手を出しているわね。ただ、ウチは農場より牧場の部分が大きいけど。出荷している野菜も、季節で育ちやすい物にしているから、それほど多くの品種を取り扱っているわけじゃないの。小麦や大豆は生命線だから作るけれど」
「冒険者になったんじゃないのか?」
「冒険者としての仕事が無い時は家の仕事を手伝うわよ。初級冒険者がそんなに沢山の仕事を受けられるわけでもないし、この辺りはのんびりとやって行くつもりよ。レベルも10だったし、ランク以外は中級に入ったばっかりって判定をされたし」
リスティは初級冒険者にしてはレベルが高いことに驚いていたが、ニィナも中級冒険者相当のレベルを持っているのなら、それほど珍しいことではないのではとも考えてしまう。
「どうも、私はあのテストの時に能力値の上昇が大きかったみたい。オーガに矢を数発撃っただけなのに……それだけ、オーガは私たちの手に負えないくらいの強さだったってことだけど」
「オーガは一本角だった。角が増えるともっと強くなる、って聞いた」
「そうよ。角が増えればそれだけ生き抜いて来て成長した証。異界じゃ滅多に出て来ないと思うけど」
アベリアの言葉に同意しつつ、意味深なことを言い残す。
「出て来るのか?」
「当然よ。精霊の恩恵が強い場所であればあるほど、魔物はそっちに寄って行く。ここには小型の魔物しか出て来ないけど、大型の魔物のほとんどはそういう場所に居座って、この世界での生き方を学んで、一斉に村や街へと襲撃を掛けることがある。周期って呼ぶんだけど、知らないの?」
「「知らない」」
「はぁ……とにかく、一定の周期で大型の魔物が小型の魔物を引き連れて襲撃する時期があるの。国境付近とか、あとは都市部辺りはかなり怪しいわね。国境は国同士で睨みあいっこして魔法を使うから、放出された魔力が留まるし、都市部や大都市って呼ばれるところは大体、精霊の加護が強い土地で織り成されているから。いわば巻き添えね。その周辺の村や街が襲われてしまうのは」
「でも都市部には中堅冒険者以上が集まるから、村や街は襲われても都市部が魔物によって滅ぼされることはない」
「とても腹が立つし、嫌な話ではあるけれど、それが現実よ」
「どこにだってある格差、か」
貧富の格差もあるが、都市に近いか遠いか。そして近くとも魔物の拠り所になってしまわないか。どれにせよ、都市にとって地方は生産の足掛かりと言いつつ、具体的な経済援助がなされることはない。かと言って、地方も地方でその援助を受けるという話が決まったとしても、有意義に使えるかどうかも定かじゃない。
人種は一定の基準まで達した文化レベルを、生活レベルを劇的に変えようとすると嫌悪感を示す。アレウスだって、借家を突然、取り上げられて政府主体の規則に縛られた特別な家に住むようにと言われても困る。こういうことは少しずつ変えるしかないのだ。だが、そんな言葉の力も権力も、自身には無い。だからこそ、焦れったさを覚えてしまう。
「で、なんで寝ぼけていたんだ?」
「お母さんに休むように言われていたのよ……てっきり、家族の誰かが玄関の鍵を閉めちゃったから入れなくなったんだと思って」
「それにしたって、あんな格好で出るのはどうなんだ」
「あんな格好って言うな」
茶化すつもりも、あの格好についてこれからも弱みとして語って行くこともするつもりはないのだが、なにやらニィナは女の危機感を覚えたらしく、アレウスをケダモノでも見るような目で蔑む。
「こんな奴と一緒に居たら、あなたまで捻じ曲がってしまうわ。アベリアは早めに決別した方が良い」
「こんな奴って言うな」
「こんな奴でも、芯が通っている部分はあるから」
「お前まで言うのか……」
ニィナとアベリアの扱いにアレウスは唸ってしまいそうになったものの、女性というのは一人より二人、二人より三人になるとそれはもう手に負えなくなると聞いたことがある。それは男だって一人から二人、二人から三人と増えて来ると厄介になるのと同じだろうと思っていたが、こうやって体験するとなるほど、鉱夫の言っていたことは強ち、間違っていないんだなと思ってしまう。
アベリアとニィナが仲が良いような、それとも一定の距離感を持った友人関係のような話をしつつ、目的の農場に到着する。作物は複数の魔物に荒らされた跡があり、それも一つや二つではなく、両手の指では数え切れないほどの量だった。




