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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5.5章 -Prologue2-】
259/705

【魔法】

魔法なんてあるわけがないと思っていた。

そんなもの、見たことがないから。


だから、


知りたくもなかったし、

教えてもらいたくもなかった。


「興味ありません」

 女性を相手に仕事をするのは初めてじゃない。娼館に来る世の中の女性は男娼だけを求めているわけじゃない。まず、男娼の数は限られている。童顔で体毛は薄く、顔が良くなければならない。それに該当しなければ大半の奴隷は労働力として酷使される。奴隷の男性は危険な場所への労働力として使えることもあって女性の奴隷よりも値段が高い。その辺りも男娼としての人数が少ない要因にもなっている。

 だから、男娼の数が足りないがために好みの男娼が既に相手をしている場合、(たわむ)れに女性を買う女性がいる。そうやって娼婦に溺れる女性もいるらしい。しかし、同性愛を除外した場合に残る女性の割合の大半は男らしい女性を求めているか、年上の女性へ甘えたいという母性愛を求めている。リゾラはどちらにも該当しない。ならばこの女性は同性愛者ということだろうか。

「することをさっさと始めましょう。あなたがどうして男のフリをしていたのかは聞きませんから」

「いや、別に君を抱きに来たわけじゃないんだ」

 それは非常に面倒臭い。説教親父や女慣れしていない男の興味のない話を聞くこと以上に面倒なことはない。どいつもこいつも女を買うお金をなんだと思っているのか。

「話を聞くだけになりますと、あれだけの金額を受け取ることはできません」

 厄介な客になってしまう前に縁を切りたい。惜しいが、金持ちであっても面倒臭いのは相手にしたくない。

「大体、魔法なんてこの世の中にあると思っているんですか?」


「あるよ? え……いや、まさか本当に言っているの?」

 リゾラはその返事に対し、丁度良い答えが出てこなかった。

「そうか……君たちみたいな娼館で働いている奴隷には世界の道理を教えていないのか……最悪な環境だな。だから女子供が死んでいく……」

「一体なにが言いたいんですか?」

「回復魔法を唱えれば、致命傷でない限りは一命を取り留めることができるんだよ。病気ばかりは罹ってからじゃ手遅れだから予防することしかできないけれど、でもそれだけで死ぬ確率は大きく減る。なのにそれを教えていないのは、君たち奴隷は消費されなければならない商品だからだ」

「本気で言っているんですか?」

「本気だとも。商品というのは目新しい物ほど喰い付きがいい。新商品の前では一つ前の商品は霞んでしまう。それを阻止するには、商品の循環を絶えず行い続けることだ。進化しようが劣化しようが、どうだっていい。要は目新しさを作っていけば、人の流れは常に生み出され続けるんだ。君たち娼婦と奴隷娼婦も、使い捨てることで循環が起こる。なによりも奴隷たちに一切のことを教えないのは、回復すると分かっていたら君たちは調教に恐怖を感じなくなる。顔や体に傷痕が残ることを嫌わせないと、暴力に従ってくれない。あとは、人は人に対してどれだけの暴力を働いても罪に問われない場所を提供されると、歯止めが利かなくなる。そういう輩は、治らない傷を負わせることに快楽を覚えるし、すぐに回復すると分かったら拍子抜けする。けれど、もしかしたらこの娼館のどこかでは回復魔法を使える状況下で奴隷に暴力を振るい続けるような野蛮なショーが開かれたりしているかもしれない。回復はしてもらえるけど終わり頃には回復せずにに、捨てること前提のショーが」

「……もしそうだったとして、それで私になんで魔法を教えたいんですか? 教える価値があります? もし教えてもらったとしても、それで私になにか良いことって起こります? どうせ魔法を使ったところで取り押さえられるのは目に見えているじゃないですか。私たちにはなにを教えても無駄なんですよ」

 そこで一呼吸置いて、リゾラは喉元に手を当てる。

「なにより、娼館のルールとして書いてありませんでした? 『娼婦に外の世界の知識を与えないこと』と」

 そのルールが一体どういった意味を持ってるのか不思議だったのだが、ここでこうして知ることができた。このように外の世界について語れば、リゾラを含めた奴隷娼婦は夢を見てしまう。そして、夢は時として真実を語ってくれた者へのときめきに変わる。そのまま外に出たいという気持ちが膨れ上がれば、娼館から逃げ出してしまうのだ。

「あのルールは異常だよ。普通の娼館じゃまずあり得ない。奴隷娼婦を多く抱えているからこそ出来たルールに違いない」

「あなたはそのルールに抵触した。私の体には『服従の紋章』が刻まれています。ここには、あなたの言うところの魔法? みたいな力が込められているらしく、ルールに背いた者の相手をしている場合、警告が雇い主の元に届くようになっています。なのであなたは……終わりです」

 この教え込まれた『服従の紋章』とやらも女性が言うように魔法めいた不思議な力で成されているのかもしれない。しかし、その正体を知ったからといってリゾラに出来ることはなにもない。程なくすればこの女性は取り押さえられて、外へと摘まみ出されることだろう。

「その心配はいらないよ。私は部屋に入ったときから障壁を張っている。魔法と感知の技能、どちらも働かないようにする特殊な障壁だ。描く魔法陣が小さくて、すぐに発動できるのがこの障壁のいいところだよ。大事な話をするような色んなところでこの魔法陣は使われている。私が編み出したものじゃないけどね」

 言っていることが頭に入ってこない。

「とにかく、ここには私が真実を話しても君の主とも言える奴隷商人も、娼館の役員も時間になるまでは来ない」

「……ああ、そうですか」

 心底、どうでもいい。リゾラは反抗すればなにをされるかを身をもって知っている。たとえ目の前の女性が耳心地の良い話をしたところで、逃げ出す気はない。逃げ出したって無駄なのは知っている。そこに労力を()くよりも効率的に仕事をこなせるように体力を温存する方を重視したい。精神面でも状態を維持するのは困難なのだ。年を取れば格が落ちるというのに、それよりも早くに格が落ちるようなことはしたくない。

「君が魔法を学べば、ここを出ることができる」

「出てどうにかなりますか?」

「外の世界を知ることができる」

「それで、私はどうなります? 外の世界はあなたの言うところの沢山の知らないことがあるんだとして、それを知って私は生きられますか?」

 ここで生きるよりも楽とは思えない。なにせ知識不足なのだ。お金でのやり取り、自分は吸わない煙草を渡すことでなんとか繋ぐ希薄な関係性、娼館での働き方。知っているのはそれぐらいだ。つまり、常識と呼べるほどの知識が自身には備わっていない。

「塵も積もれば山となる。あなたが少しずつ魔法の知識を身に付ければ、誰も君に逆らえなくなる」

「塵は掃くためにあるんですよ? 積もるまで待ってくれる輩なんていません。私ですら塵が積もりそうなら掃除するんですから」

「……そういう捻くれたことを言う子を私は未来で知ることになるんだけど、なんでそう似たようなことを言うんだろう」

「未来?」

「ああ、いや……聞かなかったことにしてほしいな。でも、これは最大のチャンスなんだよ? 私の言葉を信じれば、あなたはこの掃き溜めから出られるんだ」

「掃き溜めとは思ったことなんてありませんけど」

「このままどんどんとこんな場所に沈みたくはないでしょ? そしてなにもできなくなるロクでなしになる前に脱出したくはない?」

「ロクでなし……か」

 役立たずの子は見るたびに反吐が出そうになってきた。確かにそんなものにはなりたくない。

「分かった。でも、私……魔法とかそういうの、どういうものなのかも全然知らない」

「君の魔力の器は私でも驚くくらいに大きいの。だから私もあなたのことをこの街に来て真っ先に見つけることができたんだけど」

「魔力の器?」

「魔法を行使するには魔力が必要なの。いわゆる火を起こすための燃料だよ。そして着火するのはあたな自身。その魔力を蓄えている器は人それぞれで、魔法の才能がある子は大体みんな優秀な魔法使いになる」

「ふぅん……それで、私にどうやって魔法を教えるつもりなの? 娼館の一室で私が魔法の勉強を始めたら、怪しまれるんじゃないの?」

「よく分かるね。確かに私の魔法は完成されているけど、あなたの未成熟な魔法が発現して、障壁の外にでも出たら大変なことになる。この仕事は休めないの?」

「休みはあるけど、私たちは一定のところまでしか出歩けないから」

 娼館から出ても、常に『服従の紋章』が機能しているため自由はない。同じ境遇の奴隷娼婦から聞いた話では娼館の庭園より外に出たらすぐに見つかるらしい。そのため、リゾラたちに与えられた自由は奴隷が逃げ出さないように娼館の周囲を囲っている壁より内側ということになる。そこにあるのは庭園と、高すぎる雑貨の販売店程度。洋服屋どころか仕立て屋すらない。

「どこか人があまり来ないところは知らない?」

「一応、あるにはあるけど」


『上手くやっているか? リゾラベート』


 扉の外から声がしたためリゾラは女性の体を掴み、ベッドに押し倒す。唇を奪い、自身が着ているドレスを半分ほど脱いで女性に自らの胸を触らせる。程なくして扉が開き、中の様子を役員が確かめに来る。

「帳簿の内容が気になって確かめに来たが……素性を明かせないわけだ。女が女を買ったなどと外で知られれば、もしも婚姻を結んでいたならばきっと旦那は許しはしないだろうからな」

 唇を放し、顔を役員の方に向ける。

「仕事中なの分かっているでしょう? さっさと出て行って」

「ああ、すぐにでも出て行くさ。リゾラベート、その女は落とせよ? 五倍の金額で買うなんざ、相当の金持ちだ」

「見て分かるでしょ? 盛り上がっている最中よ」

「ちゃんとやれよ、リゾラベート」

 役員は部屋を出て扉を閉めた。そのあとすぐにリゾラは女性から離れ、脱いだドレスを着直す。


 信じられないくらいに冷たかった。リゾラが感じてきた人間の体温とはとてもではないが思えない。


「私はリルートしているだけだからね」

「……は?」

「どれくらい前かは教えられないけど、私は死んでいるの。この体は私の魔力の残滓で出来ているから体温を持っていない。でも、この体だからこそ未来から過去に記憶を引き継いで戻れる。それを繰り返している最中かな。なんとしてでも私が甦るルートを見つけ出したいから」

「そうまでして生き返りたい?」

「ええ。私は甦りたいのよ。果たさなきゃならないことがあるから」

 途方もないことを言っている上に信憑性(しんぴょうせい)が薄すぎる。話半分程度に聞くだけに留めておいた方がよさそうだ。大体、未来から過去に記憶を引き継ぐという言葉自体が現実味を帯びていない。本当にそんな力があるのなら、誰もがその魔法を習得したいに違いない。だが、この娼館においても彼女と同等の怖ろしいまでの体温という体温のない冷たい体を持っていた者はいない。


 魔法を使えない人間だけが損をする。そういう世の中で特に彼女は特別な力を持っている。それを妬ましいと思うよりも先に疲れそうだと考えてしまうリゾラは欲を失っているのかもしれない。


「それじゃまず、あなたのロジックを開くところから始めていい?」

「ロジック?」

「この世界における大切な要素なの。全ての生き物にはその生き様を記したロジックがある。産まれてすぐに神官の祝福を受けて、神官職に就いている者だけが開くことができるの」

「ならあなたも神官なの?」

「私は……うーん、ちょっと違うかな。けれど、このロジックを開く力は神官は必ず持っている。むしろ、ロジックを開く力を持つ者が神官になるように全国的に調整されているから、大抵は神官で……時折、私みたいに零れ者が出てくるの。不思議なことに、ロジックに刻まれるはずの要項なのに私には刻まれていない」

 説明をしながら女性が手をリゾラの首の後ろに回す。そして、なにやら指を滑らしたが、なにやら強い力に彼女の手が弾かれる。

「……やっぱり、あなたのロジックは開けない……か」

「やっぱり?」

「私はリルートしているって言ったでしょ? あなたと接触するのは私の記憶じゃ何回もあって、その全てであなたのロジックは開けないまま」

「じゃぁ私は魔法を使えないの?」

「心配しないで。魔法は魔力さえあれば、あとは知識で顕現させられるから。でもそれは、あなたの時間に余裕があるときがいいわ」

 そう言って女性はリゾラの下から這い出ようとするので、それを阻止する。

「えっと……?」

「どうせなら時間分、楽しみましょう?」

「私は別にそっちの趣味は、」

「冷たい体もこうして触れてみると心地良いから」

「え、ちょ、待って」

「女を買うことの悦びを教えてあげる」


 性欲はあるのかもしれない。ただし、この女性と遊びたいという気持ちが決してあるわけではない。単純に、休日に会うだけとなればこの女性は娼館には現れなくなる。そうなると金を落とさない。出来ることなら、金をもらいたい。魔法はもしかしたら嘘かもしれない。騙されている可能性だってある。それらの保険として、金は掻き集めたいのだ。


「次も私を指名して。でないと役員からの私の評価が下がるから」

 なによりの理由がこれだった。役員に部屋に入られた以上、二度と女性が娼館に訪れなくなればリゾラの技術が足りなかったのだと思われ、嗤われる。そうなると厄介な客を見せしめとしてあてがわれる。それだけはなんとしても避けたい。

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