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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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氷の花が咲く


「ヒューマンは貴様が魔法をかけたあと、言われた通りに投げたが生きられるのか?」

「自分自身で進言したことを実行できないほどヤワな者たちではありませんわ。特にニィナリィ・テイルズワースはあなたと戦った相手ではなくて? あの高さからでもどこぞの木々を利用して無事に着地していますわ」

「戦って脅威を感じたのはむしろ僧侶の方だが、私の秘剣を避けていたのも事実か……」

 カーネリアンはクルタニカの示した地点に一気に急降下する。先にエキナシアがクルタニカの手から離れて着地し、その後に二人が降りる。

「それで? 魔力を空にした私に一体なにをさせる気だ?」

「察していたのではなくて? あなたに『冷獄の氷』を継承させます」

 なにを言っているのかしばらく理解できずカーネリアンは目をパチクリとさせる。

「私にはエキナシアの炎がある」

「だからその魔力はあなた共々、空っぽにしたはずですわ。アレウスは火の魔力をどうやら吸収できる状態にあるようでしたから……恐らくはアベリアの『原初の劫火』の力を分け与えられたことによって得た力の一つです。けれど、常時というわけにも参りませんでしょう。アベリアの魔力が収束すればアレウスもまたその力を落ち着かせることになります。それまでの間に二人が出来得る限りの力で、」

 一度言葉を切り、クルタニカが空を見上げる。巨大な氷塊が上空に姿を見せている。ラブラの命が削られて、クルタニカにもようやっと不可視の魔力で隠されていたそれを見ることができたのだろう。

「あの氷の塊を溶かしてくれるなら、私たちにも活路がありましてよ。そしてその活路を掴むためには、あなたに『冷獄の氷』の力を分け与える必要があります」

 そう言ってからクルタニカは周囲一帯に冷気を飛ばし、氷の衣を纏って黒氷の翼を生やす。

「卵から目覚めてまだそう経っていないか」

「だから私も抑え込むのではなく解放できています。私は風の精霊に愛されていますから、時が経てば経つほど『冷獄の氷』を鎮めてしまう。その前に全てを終わらせてしまいましょう」

 クルタニカが右手をカーネリアンへと伸ばし、その薬指には『蝋冠』が淡く蒼く輝く。

「……なぜ、私なのだ?」

 問いかけずにはいられない。

「私は貴様を多くの言葉で傷付けた。本意ではないにせよ、心のどこかにあるからこそ書き換えられていても口から声となって出てきたのだ。それを……貴様は聞いて、どう思った? 酷い女と思っただろう? 死ねと思っただろう? なのになぜ、私はまだ生かされている? 私はこうして貴様と言葉を交わすことができている? 私は、私自身を許せはしないのに……貴様の前で、すぐにでも喉を掻っ切ってしまいたくなり、腹を掻っ捌きたくなっているというのに……」


「わたくし、こう見えて心が広いんですのよ?」


「は?」

「冒険者になってから、そして神官になってから誹謗中傷は沢山浴びてきましてよ。その全てを許し……許してはいないものも勿論あるにはありますが、大半は許してきましたわ。罪の告白も耳にし、世の中の無常をあなたよりは多く知った気でいますわ。悪意がもたらすこと、罪悪感の重み、贖罪をどうするか。神官として示すことはできずとも、そのどれもをわたくしたちは許容する。だったら、あなたのことも許容できて当然ということですの」

 胸を張って言うクルタニカを見て、カーネリアンは耐えられずに吹き出して笑う。

「な、なにがそんなにおかしいんですの?!」

「その言葉遣いも、その自信満々な態度も、なにもかも……あぁ、本当に……クルタニカ・カルメン……あなたは、本当に」

 本当にクルタニカはカーネリアンの行った全てを許容しているのだ。その姿がたまらなく愛おしく、その精神があまりにも高みにある。

「だってあなたがわたくしに女性らしい言葉遣いをしてと仰ったんじゃありませんか。あなたが褒めてくれたからわたくしは魔法に自信を持つことができましたのよ? それに、あなたと話をしたじゃありませんか」

「どんな?」

「あなたが前で、わたくしが後ろで魔法を唱える。互いの長所を活かして生きれば、誰にも負けることはないと。ようやくそのときが来ましてよ? わたくしがあなたに力を分け与えて、あなたがわたくしの前で戦う……どれほど、待ち焦がれたことか」

「……嘘よ。絶対に嘘」

「嘘じゃありませんわよ?」

「だって、あたしの方がずっとずっと待ち焦がれていたもの。あなたとこうして話すことも、あなたとこうして共に立つことも……あたしのしたことは元に戻せないし、この瞬間を終えればあなたとはもう二度と会うこともできないかもしれない。それはとても悲しいことだけれど、あたしのせいで更に悲しんでいる人もいるのに、あたしだけが特別扱いなんてあってはならないの」

「死なせませんわよ、あなたは。罪ならわたくしにだってありましてよ? ラブラをあそこまで傲慢にさせてしまったのはわたくしが始まり。もしもあなたがこのあとに死ぬと決めたのなら、わたくしも、あなたのあとを追いますわ」

「駄目、あなたは生きて」

「カーネリアンが生きるならわたくしも生きますわ」

「ワガママね、昔っからそう。目立ちたがり屋で、なのに実力が伴っていない。不器用で、剣の使い方も危なっかしくて……なのにあなたの魔法はあたしを魅了してやまなかったくらいに綺麗で、美しかった」

「こんなわたくしを最初は馬鹿にしていたのに、努力している様を見てすぐに謝って、色々と手を貸してくれたのはあなた。きっと、ラブラに言われるがままにされる前もあなたは地上に降りたわたくしのために様々なことを変えようとしたのでしょう?」

「でも、あなたに酷いことを言ったわ」

「お互いさまですわ。売り言葉に買い言葉は日常的にあることでしてよ。なにより、あんなのはただの喧嘩。喧嘩のあとは仲直りが通例なんでしてよ」

「それぐらい知っているわ。御免なさい、クルタニカ」

「わたくしも、自身の行ったあやまちのせいでお別れを言うこともできずに地上に降りることになってしまって申し訳ありません。クォーツやオニキスも、わたくしのせいで」

「オニキスは自業自得よ。でも……クォーツは本当に、惜しいわ。きっと彼女もラブラにロジックを」

「間違いありませんわ。クォーツはあなたにベッタリでしたもの」

「そうね……ああ、色々な物を変えようとしたのに、結果的に色々な者を喪ってしまったわ」

 カーネリアンはクルタニカの差し出している右手を掴む。

「嘆く前に、やるべきことは終わらせるわ」

「ですわね。そのあと、一緒に大いに泣きましょう」

「あたし、泣くとうるさいわよ?」

「わたくしなんてもっと大きく泣きますのよ?」

「じゃぁどっちが大きく泣き叫べるか勝負しましょ?」

「望むところですわよ。わたくし、そういうところだけはあなたに負けなかったことは憶えていまして?」

「当たり前よ。どうでも良いことばかりであなたはあたしに勝ちたがっていた。でもそれも、負い目や劣等感からだったんでしょ?」

「……それ以外にもありましてよ。あなたは同い年の男性に大人気だったから、なんとしても負けさせたかった」

「あなただって男の子の間では噂になっていたわ。『顔だけは良い』って」

「なんですの、それ……褒められているのか褒められていないのか分かりませんわ」

「積もる話は沢山あるわ。それを全て語り切れるかは分からないけれど」

 カーネリアンはエキナシアとも手を繋ぎ、自身の体を流れる『冷獄の氷』の力を更に分け与える。


 全身が一度、氷に包まれ心臓まで凍て付き意識が飛びかけるが、クルタニカが氷を砕く。止まっていた心臓が動き出し、血流が再開されるも翼は蒼く、肌は蒼白に染まる。

「聞こし召せ」

 同じく氷を砕いて復活したエキナシアが刀にパーツを与え、薙刀に変形する。氷のように冷たく蒼い刀身を見つめ、それを軽く振って大地に氷塊を奔らせた。

「見ていて、クルタニカ? あなたのために世界で一番綺麗な花を見せてあげる」


「まだ聞こえている内に訊ねる」

 アレウスはアベリアの炎と共に辺りの氷を溶かしながらラブラに問う。

「異端審問会を知っているか?」

 カーネリアンの炎をアレウスが引き継いだため、彼の体を灰と化すまで燃え続ける炎もまた残り続けている。息絶えるまでにラブラが異端審問会と接触があったかを調べたい。

「知ら、ない。知らないぃぃいいい!!」

 両足と両腕がほぼ喪失しているが、それでもラブラは意識が残っている。痛みで気絶し、酸欠で死ぬことは許されていない。心臓が灰になるまで、脳が灰になるまで、彼の苦痛は続く。それを解くことも、もしかしたら引き継いだアレウスでも出来るのかもしれないが、彼女が彼を許さないと決めた以上、そのワガママは通したい。なによりアレウスもラブラを許す気など全くない。ラブラが灰と化すまでを見届ける。一切の恩情は抱くつもりはない。いつもそうやって、トドメを刺すときに躊躇うから隙を突かれる。こんな状態でも逆転の目を探していたならば、それを阻止する。それがここに残ったもう一つの役目だ。

「そうか。いや、知っていたら炎を解くとかそういうのはないんだ。ただ、接触していたなら今回の件は僕が遠因になっている可能性もあったから……お前がただの畜生で助かった」

 しかし、残念にも思う。もしも異端審問会との繋がりがあったなら、ラブラの死をもって反撃の狼煙(のろし)としたかった。ニィナに接触した神官も、『魔眼収集家』も、『人狩り』も一人の欠員が出たところでなんとも思わないかもしれないが、彼らの配下とも言える連中には多少は焦らせることができたかもしれない。


 そう考えてしまう思考は危険だ。まだまだアレウスは強くならなければならない。力を分け与えられたとはいえ、十全に使えていない。獣剣技も悪魔には未完成と言われた。それらを高めれば、きっと異端審問会に立ち向かうことはできるはずなのだから。


「アレウス、そろそろ」

 別行動を取っていたアベリアが炎で空けた穴を視線で促してくる。

「内部は溶けているけど、まだ外側が溶けてない。外側からも溶かさないと」

「ああ、でもまだだ」

 安心はしない。死は絶対に目視で確認したい。

「……呪、うぞ」

「なんだって?」

「灰になったとしても! 俺は貴様たちを呪うぞ!!」

 アレウスが言っていたことの意趣返しでもしたいのだろうか。

「呪ってくれていいし、恨んでくれてもいい」


 だから、そのまま死んでくれ。呪いと恨みが力となって突如として起き上がらないでくれ。

 ただ人の死を願う。それは歪んでいるのかもしれないが、今だけは正当性をアレウスは主張したい。きっとこのように歪んだ願いを抱いた自分は真っ当な死に方をさせてはもらえないのだろうなと思いながら――


 炎がラブラを焼き尽くしたのち、アレウスは走ってアベリアの元へ行く。

「『原初の劫火』、『冷獄の氷』とあとは……」

「『初人の土塊』と『二輪の梵天』だったと思う」

「それだけに思えるか?」

「ううん、思えない」

「ならアベリアやクルタニカさんみたいなのが、他にも何人か」

「それと、アレウスみたいな力を分け与えられている人が何人かいる」

「異界となにか関係があるように思えるか?」

「あるとは、思う。本当に、異界から奪われた物なのだとしたら……」

「でも情報が足りないな。僕たちと似た存在がいるとして、その人たちは敵なのか味方なのか、それとも第三勢力なのか」

「生き続ければ分かるよ」

「そうだな」

 アレウスはアベリアの手を握る。炎は勢いを強め、そして二人は穴から『氷の間』を脱出する。


 アベリアが後方に炎を噴射して降下を速め、アレウスと手を繋いだまま翻った。


「こんなに巨大だったのか」

「アレウス」

「どうこう言っている場合じゃないか」

 アベリアが炎を撃っても、恐らくは足りない。だからアレウスもまた撃たなければならない。彼女と手を離し両手で握った短剣に炎が宿る。


 二方向から――まずはアベリアが杖で振ったことで生じた魔力に火を灯し、炎の渦として氷塊に発射し、次にアレウスは最大級に炎を纏った渾身の剣戟を気力の刃として撃ち放つ。


 充填した炎を全て消費してでも、クルタニカとカーネリアンの負担を和らげる。そうしなければ氷塊を砕くことができなかった場合のリスクが高すぎる。シンギングリンの冒険者のどれくらいが氷塊から街を守れるかも定かじゃない。ここで踏ん張ることが最大の貢献になる。


「クソッ、足りない!!」

 そもそも気力はラブラの秘剣との激突で使い切っている。そこからどうにか起き上がれはしたが、炎を扱い切れない。ラブラとの戦闘の際に感じていた様々な感覚が閉じている。そして空中では普段通りの構えから短剣を振ることができず、思った以上に威力が低くなってしまった。

「私が!」

 アベリアの炎がアレウスの分を補うために火力を増す。それはアベリアが残っている魔力を全て注ぎ込んでいるとしか思えないほどの火力で、氷塊全体が水気を帯び、緩みを見せる。


 炎が消える。目を向けるとアベリアが空中で意識を失っている。ここに来て魔力切れを起こしている。これでは彼女は安全な着地をすることができない。アレウスは火を撃ってその反動で彼女に近付き、その体を抱き寄せる。


「そうだ、貴様はそうやって守りたい者を守り通せ」

 落下するアレウスの横を黒い翼を持ったカーネリアンが通り抜けた。

「私も同じように守りたい者を守り通すだけなのだから」

 アレウスは反転し、彼女の薙刀に集約する魔力に驚き、声が出ない。


「桜に(さかずき)、花見で一杯。ゆえに“こいこい”」

 カーネリアンが薙刀を氷塊へと投擲する。

「“菊盃”!!」

 氷塊に突き立てられた薙刀から内部へと送り込まれる膨大な魔力は程なくして貫通する。薙刀から放出される魔力は盃のように氷塊を外部から受け止め、貫通した魔力が軸となって展開し、氷の花が咲き誇ると同時に氷塊を内部から打ち砕いた。

「凄い……でも、このままだと」

 『氷の間』は完全に砕けたが、その氷は未だ形を保っている。街一つが潰される心配はなくなったが、それでもこの砕けた氷の数々が街に降り注げば、人々と家屋に多大な被害をもたらしてしまう。


――大詠唱、“光よ(リヒト)守護の神となれ(トゥテラリィ)”!


 六角形が幾つも重なって形作られた広大な光の障壁がカーネリアンをギリギリ範囲に収めながら、しかし砕けた氷の全ては範囲外とした状態で展開する。落下する氷のつぶてはどれもこれもが障壁によって阻まれ、更に細かく砕けながら跳ね返り、シンギングリンとは真逆の方向へと落ちていく。


「これが、アニマートさんの大詠唱! それも、こんな広範囲を……」

 ルーファスたちが魔物の討伐に行った中で、アニマートだけは体調不良を理由にして街に留まった。ひょっとすると、この結末を予見していたのかもしれない。とはいえ、あの人の性格ならば本当に体調不良で休んでいたところを無理やり駆り出された可能性もある。


 そんなことを考えるのはあとでいい。きっとあとで周囲に文句を言って回るのだろうが、そんなのはいくらでも聞く。


 アレウスは徐々に近付いてくる地表に対し、歯を喰い縛って意識を保ちながら全身に力を込める。

「このまま僕たちの生き様を終わりになんかさせない!」

 どうにか残されていた最後の炎を地表に放ち、落下速度を低下を試みる。

「“軽やか”」

 胸元で唱えられた重量軽減の魔法をアレウスは受けて、間近に見えた建物の屋根を左足で蹴って勢いを殺し、落下角度を変える。ただしこの衝撃で左足の骨は折れた。続いて見えてきた木々を右足で蹴って再度速度を落とさせる。これで右足も使い物にならなくなった。だが、そのおかげで地面に全身を打ち付けても辛うじて命を繋ぎ止めた。

「アレウス……?」

 ヒラヒラと風に乗って降りてきた神官の外套がアレウスが抱き止めているアベリアの柔肌を隠す。

「生きているけど……回復魔法かポーションは必要そうだよ」

 彼女の頭を撫でて、そのぬくもりを愛おしく感じながらアレウスは空に咲き誇っている氷の花をただ見つめるのだった。

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