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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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初依頼の相手

【冒険者の志望職と実際の職業】

ギルドは月に一度、冒険者志望を集めての実戦テストを行うが、その前に能力値に基づいた志望職への適正があるか否かのチェックが入る。この結果は冒険者として合格しない限りは本人には伝えられない。なので、合格前と合格後で自身が志望していた職業と異なっている場合が大半を占める。

ただし、それは志望者に対しての適正な職業の割り当てを行っているためであり、決して不正ではないので合格者のほとんどはこれに異議を唱えることはなく、むしろ第三者の視点によって確定された職業に安心感を抱く。

///


「どうだった? 新人さん」

「破天荒、と言ってしまえばそれで納得してしまえる自分が居るんですが……どうにも少し、違う感じがします」

「まぁ大体の初級冒険者さんはやる気に満ち溢れていて、空回りすることがほとんどだけど」

 リスティは口元に手を当て、返事を考える。

「なに? そんなに深刻だった?」

「いえ、私が事務作業をしている中で聞いて来た初級冒険者の荒ぶりについては、把握して承知の上で接したつもりでしたが」

「でしたが?」

「いえ、なんでもありません。感情をパーティに委ねてはならない、でしたっけ?」

「そうそう。入れ込むと、落ち込みも半端無いからね。適度な距離は大事だよ」

「知っています」

「……まだ、夢に見る?」

「はい」

「でも、それで事務に逃げて、機械みたいな生き方をしていても楽しくはないでしょ? まぁ今回に至っては、その機械のように業務をこなす姿勢が適任だと思われたっぽいんだけど」

「なんにせよ、また私は担当者に戻ることになってしまった。だったら、今度は失敗しないようにしなければなりません。ええ、ですから……絶対に彼らに情を湧くことは、ありません。初級冒険者として優れていようとも、私の助言や紹介一つで、その命が摘み取られてしまうことだってあるのですから」



「リスティさん、過去になにかある感じだった」

「そうか?」

「横で聞いている私にしか分からなかったのかな」

「それはあるかも知れないな。冷静に僕たちの会話を聞ける立場だったアベリアには、言葉に乗る感情が読み取りやすかったのかも」

「……あんまり、人と話したくないだけ、だけど」

「良いんだよ、それで。買い物は一人で出来ている。だったら僕は文句を言わない。言いたいことは表情で大体分かる。大切なことはちゃんと言葉にしてくれる。それでニィナは逃げることが出来たし冒険者になれた。お前の功績なんだ。語れないことを恥だと思わなくて良い」

「ありがと」

「でも、ニィナとはまだ割と話せる方だったのか?」

「うーん、ちょっとしか話していないから分かんない」

「スタート地点が違うけど、気付いたら追い抜かれているなんてことはないようにしたいな」

「だからって焦りは禁物」


「ああ、たった一度の人生だからな」

 一度は夢の世界で死んで、二度目すらも異界に堕ちて死に掛けた。一度目か二度目かはもう判然としないぐらい曖昧ではあるが、この世界で生きている自分自身はたった一人しかいないということだけは確実に分かる。


 だからアレウスは「一度」に拘り、「やれること」に拘る。こんな自分を救ってくれた、二人の冒険者を目指すために。


「あとは農場に昼過ぎに出発しても、馬車に乗って一日掛かるってところくらいか」

「旅支度はいつものことだけど、食料は?」

「村の方に定食屋くらいはあるだろう。でも、保存食は持って行くか……お金の問題はあと三日後じゃないと解決しないし」

 食料はあってもお金はやや危うい。給料が渡されるのは三日後だ。冒険者稼業にも手を出し始めたので、今月はあまり採掘業に精を出せなかったのでその分は差し引かれているだろう。相変わらず、節約しなければならないので、自前の食料は用意しなければならない。

「この前のテストで駄目になった剣は調達しなきゃな。手に馴染みそうな物が見つかれば良いけど」

「『身代わりの人形』……売る?」

「お前と僕の分で、二つ。『祝福知らず』でも死ぬのは怖いから、一つは持って行くよ。もう一つは、お前の好きにしたら良い」

「じゃぁ、家に保管しておく」

「使わないのか?」

「異界で必須になる。それに外だと、アレウスが使った方が良いから」

「……悪いな。教会の祝福は必ずロジックを開けて書き加えられる。それが出来ないんじゃ、どうしようもない。あと、開けないことで神官が不審に思って監視でもされたらたまったものじゃない」

「言わなくても分かる。私しか、開けられないことも知っている。だから、『身代わりの人形』で、ちゃんと生きて」

「ああ」

 二人で借家に戻りつつ、依頼用紙を開いて依頼主の名前を読む。


「……テイルズワースって、どこかで聞いたな」


「どこだろ?」

「まぁ、着けば分かるんじゃないか」

「そうだね」

 あまり深くは考えず、借家に着いてからは旅支度をして、アレウスは使い込まれてはいたものの振りやすく、自身の筋力でも負担にならない中古の鉄の剣を購入し、その足で依頼主の村へと向かう馬車に乗せてもらい、街を出立した。


 馬車に乗って、次の日の早朝に依頼主の住む村へ到着し、馬車代を払って二人はのどかな風景に感嘆する。借家のある街はもっと騒々しいだけでなく、人々が忙しそうに歩き回ったり走り回ったりしているのに対し、この村はとてものんびりと、豊かな原風景に囲まれて、穏やかな雰囲気がある。


「絶対に守る」

 いつになくアベリアがやる気に満ち溢れていた。この景色を守りたいという気持ちは確かに同調できる。

「こんな朝早くに行って、依頼主は良い顔をするものかな」

 ドライフルーツを一つ口に入れ、アベリアにも一つ手渡そうとする。が、口を開けられてしまったのでアレウスは仕方無く彼女の口の中にそれを放り込む。何故かとても嬉しそうな顔をしている彼女のことは一先ず措いておくとして、依頼用紙に書かれている地図を参考にして歩を進める。


 鶏の鳴き声、牛舎、農作物。片田舎の村と言ってしまえばそれまでだが、こういった仕事を引き受けてくれている人が居るから、色々な街の食材は潤うのだ。となれば、魔物に荒らされ方が酷くなってくれば、結果としてアレウスたちの街にも食料の高騰が起こるに違いない。それはお財布事情としても、食料事情としても困窮してしまう。そう思えば俄然、やる気は出て来る。


「ここか……母屋、で良いのかな? 人、居るかな」

 そう思いつつアレウスはドアノッカーに手を掛け、コンコンッと音を立てる。しかし反応が無い。もう一度、ノックしてみるがやはり反応は無い。なので玄関にぶら下がっているベルの紐を掴んで、カランカランッと強めの音色を奏でさせる。


「こんな朝っぱらに来られても、今ちょっと忙しいんだ……け、ど」


「……テイルズワース。あー、なるほど。ニィナリィ・テイルズワース。どこかで聞いたと思っていたけど、なるほど」

 合点が行ったかのようにアレウスは拳を手の平でポンッと叩いた。

「で、なんでそんな恰好をしているんだ?」

 ニィナの顔が真っ赤に染まり、それから叫び声を上げそうだったのでアベリアがその口を塞ぎ、続いて扉を彼女が閉じてしまった。玄関口に一人取り残されたアレウスは、どうやら中でドタンバタンと暴れているようだったので、その場でしばらく待つことにした。

「……性欲の無い異界で暮らしていた弊害はここにもあるわけか」

 朝早くとは言え、酪農を営むのであればこれぐらいの時間帯ならば起きているはずである。なのにニィナは寝ぼけて、寝間着のまま出て来た。それも下着が透けるような薄い布だった。この時期は温かな陽気に包まれているので、あれぐらいの薄着でも風邪を引かないのだろう。


 つまり、そんな感想しか出て来なかった。下着が見える薄い生地を寝間着にしたニィナを見ても、男らしい感想も、ましてや興奮するというような事態も起きなかった。


「問題だな」

 深刻そうな表情でアレウスは呟く。実際、深刻なのだ。男としてのアイデンティティに危うさが感じられた。『アリス』と呼ばれても訂正は出来る。『白肌』はこの際、受け入れよう。しかし、『性的不能』だけは避けたい。

 考えてみれば誰がどう見ても眉目秀麗なアベリアと一緒に暮らしていて、一切、ムラムラとしないのはおかしな話だった。奴隷としてさらわれた過去があるため、そのようなことから意識して避けて来たと、そんな風に思っていた。彼女の過去を意識することで、自分はそのような衝動を抑え込めているのだと自信を持っていた。


 だが、アベリアは家族同然のような生活をしていたためと理由を付けられるのだが、ニィナの格好を見て性欲を掻き立てられず、「体を冷やして風邪を引きそうだな」という感想しか出て来ないのは、明らかにマズいのだ。


 異界で見たくないものを見た。男娼や娼婦という仕事を自ら選んだのではなく、半ば強引に、人権など無いかのように、或いは物の如く扱われているところを見た。このままでは自分の身も危ない。そんな思いが、異界の“概念”に干渉を可能にし、更にはアベリアの感情とも合致したことで『性欲』を消し去れた。

 そこまでは良い。そうしていなければ、自分もきっと人権など与えられてはいなかっただろう。だが、そんな異界で過ごしていたせいで性に関する好奇心も、興奮も失われていることだけは事実だとしても、どうにかしなければならない。


 この世界は記憶にある世界に比べて、性に奔放である。朝や昼間はあくせく働いているが、夜になれば麦酒片手に酔っ払い、一夜の関係になってしまうことなどザラなのだ。それで隣の人妻に手を出して、自分の妻が浮気をするといった泥沼なことも、採掘業の休憩中、耳にすることがあった。それでも何故だか落ち込んでいる様子はまるでなく、むしろもっと遊び足りないというような勢いすらあったのだから、相当である。風紀の乱れは街役場が律してくれなければどうしようもない。そんな世界に馴染みたいわけではないのだが、性に奔放ではなくとも欲情するくらいの極々、一般的な男の感覚ぐらいは取り戻したいのである。


「終わった」

 扉が開き、アベリアが呟く。

「なにが?」

 アレウスは恐る恐る、母屋の中に目を移す。ニィナがちゃんとした服を着て、こちらを睨み付けていた。

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