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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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孤独は孤高か?

「オレとしたことが、敵に情けをかけるとは」

 ガラハは静かに呟き、そしてその情けをかけたことで激しく後悔する。


 クォーツはまだ死んでいない。死に切れていない。ガラハがあともう少し、力を込めていたならば刃は心の臓を裂き、絶命していたはずだ。なのに三日月斧を振り切る寸前に「許して!」と叫んだ彼女の言葉に、思わず力を緩ませた。

 もしも振り切ることができていたのなら、苦痛を与えずに死なせることはできずとも、死の感覚に怯えながら命の灯火を消えさせるような猶予を与えることもなかった。殺し切れなかったことで、死のうにも死に切れず、彼女に凄まじいまでの激痛と恐怖を与えてしまっている。悶え苦しむクォーツを見て、ガラハは何度もトドメを刺そうとするのだが、その体躯に幼さを残しているために決意ができない。


 子供殺しをアレウスに押し付けてしまった。その報いがここに来ているのなら、今度こそ務めを果たさなければならない。そのはずなのに、明らかに世界中においてタブーとなっていることを遂行するだけの余力がガラハにはもう残っていなかった。


 三日月斧を引き抜いたまでは良かったが、そこで体力が尽きた。合唱によって強化が続けられていてもガラハの腕はもうこの斧を握れない。


 クォーツの口は「許して」から「殺して」に変わっている。死を間際にしても、彼女は通常であれば薄れるはずの痛みをまた感じ取っている。言われずとも殺してやりたいところだが、動けず膝立ちになってから体は言うことをきいてくれていない。

「……お前に、任せたくはないのだが」

 スティンガーは光を零しながら、ガラハの前で首を横に振る。

「……頼む」

 仰向けに倒れているクォーツの裂けた胸部に入り込み、ほどなくして血に濡れたまま飛び出してスティンガーの指が踊る。小さな魔力の爆発が彼女の体内で弾けるようにして起こった。心臓を破裂させたことで、クォーツの瞳からはゆっくりと輝きは失われ、やがてその呼吸も聞こえなくなった。

「すまない、スティンガー」

 その言葉に妖精はやはり首を横に振り、ガラハに屈託のない笑顔を見せる。


「よくやった、ドワーフ。子殺しは罪悪感を残すだろうが、貴様のやったことは間違いなく正しい行いだった。そこだけは決して譲らず胸に刻んでおけ」

 倒れているガラハの隣に男が立つ。

「その三日月斧を届けたついでだ。あとのことは任せろ」

「なんだと?」

「悪魔退治に貴様を付き合わせるつもりはないと言っている」

『タダで届け物をすると思ったか? ちゃんとした対価がそこになければ俺たちは動かないからな』

「対価?」

『同胞殺しだ。貴様が吹っ飛ばしてから息を潜め続けている悪魔を――正確には悪魔の心臓を持った人外を始末しなければならない』

 男の周囲に風が起こり、そのすぐ傍で鳥の鳴くような声が響く。


「ガルダの死体をどうこうするわけじゃない。むしろそのガルダを死ぬまで蝕んでいた悪魔を処理するだけだ。そのままうつ伏せに倒れて、なにも見ないフリをしていろ。でなければ誤って、貴様まで殺しかねない。それは“掃除屋”の仕事じゃない。だから、さっさと飛び回っている妖精を懐に呼び寄せろ」

 言われるがままガラハはスティンガーを手招きし、腕に抱きつつ筋肉の緊張を解いて、うつ伏せに倒れる。

『同胞殺しを終えたあと、貴様はちゃんと街に連れて行く。それでようやく俺たちに与えられた仕事も終わる。本当に面倒臭いことまで頼まれたもんだ』

「悪魔を殺せるんだ。多少の手間は我慢しろ」

『はいよ。仰せのままに』

 アレウスは関節の痛みを軽減させるために湿った布を指の一つ一つに巻き付けていく。


「藁にもすがる思い……というものがどれだけのものか、私には皆目見当もつかないんだけど、君は今まさにそんな感じなのかな?」

「どういう意味ですか?」

「君は素直に人を信じないはずだ。なのに、そんな君が私の言葉を疑いもせずに信じる。こんなことはあり得ない。少なくとも、私の見解では……」

「信じているか信じていないかで言われれると、信じていないんですけど……あなたが放つ気配とか、どこか浮世離れしている感じとか、そういうのを見ると言っていることが真実であるかのように錯覚してしまうような……そんな感じです」

 剣帯を装着し、剣と短剣の刃を見てから鞘に納める。

「なるほど、浮世離れしている……か。面白い表現をするね。けれど、私があなたが思っていることを成し遂げられなかったなら、その恨み辛みは大きく私に向けられるんじゃない?」

「そりゃ恨みもしますけど、時間がないんで別の方法を探すだけです」

「別の方法?」

「異界化が完了するまで、ひたすらに結界へ入る方法を模索するんです。なにをどうすればいいとか、そんなの全く分からないですけど恨みながら僕は、諦めずにクルタニカさんを助けに行きます」

 もしもツバ広の帽子を被る女性の言うことが嘘であったなら、ガルダの結界は条件付きの転送を行う結界で魔道具を守り、自身との決闘を邪魔されないように張るもう一つの結界。異界化の結界はどうしようもなくとも、この二つには必ず入る手段があるはずだと信じて探っていくしかない。

 それに、決して入る術が見当たらないわけではない。念話による情報の伝達によってガルダの剣技、そして結界についても色々と知ることができた。リスティの話によれば三人のガルダの元にはもうヴェインとクラリエ、そして妖精を送り込めた。傷を治してすぐの出動になってしまったが、全員が快諾してくれた。


 そして、念話によると既にアイシャとクラリエが対峙したガルダは倒れた。ガラハも神官の合唱による能力強化でつい先ほど倒したという報告があった。


「結界に条件が付けられているのなら、その条件に相応しい状態に一時的にロジックを書き換える。そうすれば通過はとにかくできるようになるはずです。僕は……入れるかどうか分かりませんけど」

 アレウスのロジックを書き換えられるのはアベリアしかいない。彼女が復帰するまでは、この戦いに参戦することすら叶わないだろう。

「それは誰のため?」

「クルタニカさんのためでもありますけど、一番の理由はアベリア」

「あの子?」

「あいつの友達を見捨てるわけにはいきません。あいつが悲しむのは、どうしても避けたい」

「でも、君も気付いているよね? 神官の合唱による一時的な強化は君には届いていない」

「神も奇跡も信じていないですからね」

 敬虔なる信徒でなくとも、神という存在を漠然と認め、なんとなくでも信仰していれば神官の合唱は心と体に響く。だが、アレウスは幼少の頃より神に裏切られたという思いを強く持っており、奇跡がないことも異界で生きている中で思い知った。そんな人間に神が手助けをすることはないのだ。

「それでもあなたは行くと言うの?」

「それでも僕は行かなきゃならないんです」

 いつかはアベリアも復帰する。そう信じて毎日を過ごす。けれど、もし復帰した直後にアベリアがクルタニカのいない現実を見たとき、どう思うだろうか。そしてどれほどの悲しみを背負うだろうか。そんな風に落ち込む姿は見たくない。

 なにより彼女は後悔する。自身が『衰弱』状態でなければ、クルタニカを助けに行けたはずなのに、と。その先でクルタニカを助けられたか助けられなかったかという結果の話ではない。友達の危機に、動くことができなかった自分を激しく責めるに違いない。


「君はそれほどまでに……なら、私もこれ以上、なにかを訊ねるのも野暮な話だ」

 女性の足元に魔法陣が浮かび上がる。

 場所は病院のすぐ近くの広場を指定した。もしも、アベリアが動けるようになったならすぐにアレウスではなく、クルタニカを助けに行ける場所だ。

「塵も積もれば山となる、って話を知っているかい? 君は諦めずに精進し続ければ、きっと神ではないなにかの加護を得ることができるだろう」

「……思うんですけど、その言葉って努力も積み重ねればいつかは大成する、みたいなことですよね? でも、毎日毎日、塵が積もるところを掃きもせずに放置することができます? 僕は絶対にできないですよ。一週間、二週間……一ヶ月も経てば我慢できずに掃除する。我慢強い人でも一年に一回は塵を払おうとするはず。だからその言葉は逆に捉えることもできる。どれだけの努力を積み重ねたって、大成する前に潰されれば、そこまで重ねた全ては無意味になる。世の中の塵なんてものは、どれもこれも当たり前のように掃除されるものなんです」

「斜めから、あるいは穿った目線だ。でも、そういうのは捻くれ者って言われるから気を付けた方がいいよ、きっと」

「そうですか?」

「ええ、間違いなく気を付けた方がいいよ。私のこの言葉に対して君と“同じようなことを言った子”を……まぁ、どういう経緯でかまでは言わないけど知っているから。その子、本当にロクでもない子に成り果ててしまったから」

「そうですか」


「それよりも、準備はいいかい?」

 女性が離れ、手に持っている杖の先端を魔法陣に当てる。

「我が血統、我が名より生まれ出た魔力図よ。残滓を糧に、ここに既知と未知を渡る道を繋げ!」

 魔力の波濤を感じつつも、アレウスは複数回に及ぶ魔力のまたたきで全てを見届けることはできず、発光を終えたあとに魔法陣にはいつかにギルドで利用したゲートと近しい物が生成されていた。

「さぁ、行くといい。残念ながらその道を私は渡れないから……力を向こうでも貸してもらえると思ったなら大間違いだったね」

「……このことは、」

「ギルド長には黙っておいてあげる。でも、死んだら……とてもカッコ悪いよ? カッコ良くなりたいなら、ここでしっかりと決めるんだ」

「肝に銘じておきます」

 アレウスは装備を確かめ直し、ゲートへと身を投じた。


 三半規管と体幹が狂わされ、吐き気を催しつつも意識の混濁が起こることもなく、アレウスは氷でできた広間に足を踏み入れた。氷細工とも呼べる多くの装飾品を見るに玉座の間を模していると思われる。ただし、アレウスは玉座の間を見たことはない。物語調の本に出てくるような玉座の間のイメージがそのまま具現化したかのような場所だった。だからこそ、現実に目にすると違和感が強いのだ。


 想像の産物。恐らくこの広間を作った者も本物の玉座の間を見たことがない。


「なんで……」

 クルタニカの声がした。

「どうして……あなたは、そうやって……いつも、いつも……」

「クルタニカさ、」

 玉座に拘束されている彼女の傍にガルダが立っていたためアレウスは声を発するのを躊躇する。


「結界を破ったのでもなく、結界に干渉したのでもなく、結界と外部との“門”を開いて入ってきた……だと?」

 憶えている。このガルダは四人の中のリーダー格。最初に姿を見せたとき、残りの三人が明らかにこのガルダの動静を窺っていた。

「とことん理屈の通らない世の中だな、空の下というのは」

 嘆いているようで嘆いていない。むしろ、この状況をガルダの男は想定外ながらも楽しんでいる。

「悪いことというのは重なるものだとよく言うが、貴様がやって来たのはむしろ僥倖だと言えよう。オニキスとクォーツの死を知っても鉄面皮のように固かった忌み子が初めて動揺の色を見せた」

「今すぐ逃げるんでしてよ! あなたではラブラを止めることはできませんわ!」

「やはり、このヒューマンで当たりのようだ。オニキスとクォーツを喪ったのは痛いが、忌み子の心をへし折るための必然と受け入れよう。しかし、結界の条件もなにもかもを無視してやって来た者が貴様のような命知らずとはな。己の力量も測れぬ者には相応の罰を与えねばなぁ」

「罰と言いながら殺す気だろ」

「当然だ。忌み子の心をへし折れたなら、『蝋冠』も俺の手に渡ろう」

「僕は自分の実力をよく分かっている方だと思っている。お前に挑んだところで、勝てる見込みがほぼ無いことだって対峙しただけで分かる」

「なら、より強い何者かを連れてくるか?」

「……いいや。どれだけ実力不足だとしても、命知らずの馬鹿なんだとしても、クルタニカさんがそこまで悲痛な顔で悲痛な声を出しているのなら、下がれない。ここで下がったら、」

「男じゃない。そう言いたいんだろう? つくづく、地上の人種は愚かだな。血統、友人、親族、そういった一切の繋がりを保つから情が生まれて弱くなる。一度や二度の縁ごときを後生(ごしょう)大事(だいじ)にするから、ただ助けたいなどという気持ちだけで弱者でありながら強者の前に立つ。強くなりたいのなら断てばいい」

「断てば孤独だ」

「孤高とも言う」

「でも、冷たい世界では生きられない」

「ならば貴様に教えてやろう。冷たい世界で生きている俺の強さを」


「教わりたいと思わない。僕は更なる強さを得るために他者を痛めつけるようなお前を絶対に認めない。たとえここで死ぬんだとしても、命尽きても絶対に、認めない」

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