担当者とのやり取り
【ギルド担当者】
パーティに助言を行うギルドで働く者。中には冒険者からこの職に移った者も居る。一つのパーティに一人というわけではなく、担当者一人に対して複数のパーティを受け持つのが通常である。例外はあれど、基本的に華々しい女性たちが選ばれる。狭き門ではあれ、それに見合うだけの報酬を受け取れるので女性たちには人気の仕事である。
ただし、パーティにクエストの発行や依頼内容の伝達、そして彼らの力量を推し測り適切な助言を行うといったかなり繊細で柔軟な思考が必要となる。場合によっては彼女たちの失敗によりパーティが危機に瀕することさえある。表面上の華々しさばかりが目立つが、その裏で自身の発言、助言、それら全てが正しいかどうかをパーティが帰って来るまでの間、ずっと自分自身で追及し続けなければならないため、なにより言葉の重みに苦しむ。耐え切れずに数ヶ月で辞めてしまう者も多い。
朝食を摂り、装備を整えてアレウスとアベリアは冒険者ギルドに入り、受付で担当者となる人物を呼び出してもらう。
「リスティ―ナ・クリスタリアと申します。本日よりあなた方にギルドからのクエスト、要望、探索といったお仕事を紹介させて頂きます。お呼びになる際はリスティと呼んで下さい」
翡翠色の瞳に薄い金の髪。そして大人の女性らしさをアピールするかのような口紅。ギルドの礼服を身に纏った女性――リスティ―ナ・クリスタリアは全く表情を崩すことなく自己紹介を終える。そして彼女に案内されてギルドの空いた席に腰を落ち着ける。
「担当者って、なんです……か?」
一応は、と言った具合で丁寧な口調でアレウスはリスティに訊ねる。
「パーティバランス、及びパーティの力量を推し測り、全滅を未然に防ぐために分不相応なお仕事ではなく、適切なお仕事を提供する者です。パーティ単位で幾つもの冒険者を抱える者も居れば、私のように事務仕事から再び担当者へと格上げされるといったこともありますが、基本的に求められる能力は『第三者としての視点で、パーティの強さを見ることが出来ること』となりますので、さほどの問題とはならないでしょう」
「ギルドって世界中の至るところにあると思うんですが、その場合は担当者も変わるんですか?」
「奥に転移魔法のゲートがあります。よほどの辺境の村でない限りは、アポイントメントさえ取って下さればその日、悪くとも一日や二日程度でギルド間を移動し、パーティにお仕事をご用意致します。特に私は他にパーティを抱えておりませんので、あなた方専属のギルド担当者と思って下さい。先ほども言った通り、よほどの場所でない限りは他のパーティに呼び出されるようなこともありませんので、すぐにでも伺います。これは国家間においても問題はありません。冒険者と担当者は政治と戦争に関わらない限りは一切の不当な圧力を受けることはないのです」
リスティは手元の資料とアレウス、アベリアを何度か見比べてからカウンターテーブルに羊皮紙を置く。
「冒険者ギルドでは能力値の他にランクとレベルを設けております。こちらの羊皮紙に手を置いて頂ければ、ロジックにランクとレベルを書き加えると共に、現在の能力値を羊皮紙に焼き付けさせて頂きます
「本当に、それだけですか?」
「断るのであれば初級冒険者として認められてはいても、私たちはお仕事を提供することが一切出来ません。それと、以前、この羊皮紙に掛けられている魔力に干渉し能力値を偽装しようとした冒険者がおりましたが、右腕が炭になってしまったことがありました。あなたもその手の輩なのでしょうか」
どうやら避けては通れないことらしい。アレウスは観念し、アベリアと共に別々の羊皮紙の上に片手を置く。チリチリと太陽に焼かれるような小さな痛みを伴うが、数秒ほどで羊皮紙から魔力は消え去り、代わりに能力値が焼き付けられた。
この手のものはロジックを開かずとも済むらしい。しかし能力値だけであってどうやら生き様までもが写されるわけではないようだ。ただし、『死者への冒涜』という称号まで焼き付けられていたならば、少しばかり面倒なことになるかも知れない。
「はい、ありがとうございます。失礼を承知で拝見させて頂きます、ね?!」
二枚の羊皮紙を流し見していたリスティが突如として目を見開いて、そこに焼き付けられている能力値を真顔で一つずつ読んで行く。
「なにか?」
アベリアが首を傾げながら訊ねる。
「ランク5の、レベル12……? ランクはこちらで事前に決められ、羊皮紙に魔力が込められていますが……レベル12……? 初級冒険者が?」
「おかしいことでも?」
「レベル12は初級を越えて既に中級冒険者に入っております。ランク5は初級冒険者として扱われる最高数値が10ですので、既に半分の域に達していると……テスト結果を踏まえ、ギルド長たちはそう判断したようです」
「その、ランクだとかレベルって扱いはどうにかならないんですかね」
そういう能力値によって勝手に決められる段位のようなものは好ましくないため、アレウスは言う。
なんとなく勘付いたのである。ランクとレベルがあるということは、それに見合わないクエストはきっと受けられないのではないだろうかと。その部分でどうにか抜け道がないだろうか、という諦めの悪い挑戦である。
「これは冒険者ギルドで決めたことですので」
しかし、スッパリと切り捨てられてしまった。これではもうどうしようもないだろう。
「恐らく分かっていらっしゃらないのでご説明させて頂きますと、ランクは最大50としております。初級、中級、中堅、上級、至高の五つにランクで分けられます。10までが初級、20までが中級のように10ごとに区切っております。ギルドで提供するお仕事をこなせばこなすほどこちらは上がって行きますので、さほど気にせずとも良いでしょう。続いてレベルですが、ギルドでは最大数値を100に制限させて頂いております。10までが初級相当、20までが中級相当となり、50以上が至高相当となります。なので、初級冒険者のランク帯ではありますが、あなた方は既に中級の能力値を持ち合わせております。何故、こういったことが起こるかと言いますと、」
「ランクはギルドへの貢献度であり、レベルは個人の能力値を参照するため」
「その通りです。ただし、レベルが上がれば能力値がその場で上昇するということは一切ございません。こちらで設けている、各々の能力値が戦闘経験を通じて一定の数値に達した時、レベルが上がります。つまり、あなた方がレベルアップを体感するということはほぼ皆無です。今まで戦っていた魔物と多少、楽に戦えるようになったなと思う程度かも知れませんし、なにも考えずに剣を振っていても倒せるようになったと思うほどかも知れません。その時、確かにあなた方は一つレベルを上げていると考えられます。ただ手際が良くなった、効率化しただけといった場合もあるでしょう。しかしながら、どちらにでも言えることではありますが魔物は同種であっても棲息場所によって強さが変化します。もう楽に倒せる相手だから、と油断すればきっと苦戦し、場合によっては全滅してしまうことでしょう。それと、アレウリス・ノールードさん?」
「はい」
「何故、教会の祝福を受けていないのですか?」
「神官が嫌いなので」
「好き嫌いで受けないという選択をしないで下さい。死ねば二度と甦らない。それではなんのために冒険者になったのか分かりません」
「なんのためって、異界を壊すためですけど?」
リスティは目を丸くする。
「異界では、教会の祝福は役に立ちませんよね? 一度死ねば、異界の虜囚となります」
「虜囚となっても、生者として復活は果たせます。そこから脱出さえ出来たなら、生存の可能性はゼロではありません」
「ですけど、ほぼ絶望的なんですよね?」
アレウスの言葉にリスティは押し黙る。
「あなたは、」
「たった一度の人生です。外でも異界でも同じであれば、僕は油断無く戦える。一度死んでいますし、二度目の人生でもほぼ死に掛けていました。なので、死者として虜囚になるのならまだしも、生殺しは勘弁です。死ぬなら死ぬ、生きるなら生きる。それだけです」
「……アベリア・アナリーゼさんは教会の祝福を受けていますが?」
「私はアレウスの身代わりに死ぬことも考えていますから」
「そんなつもりで祝福を受けさせたつもりはない」
リスティは頭を抱えて悩んでいる。アレウスからしてみればなにに悩んでいるのか一目瞭然である。まさか久し振りにパーティの担当者になったと思えば、自身とアベリアのような不可解な二人組がやって来ているのだ。片や、酔狂な『祝福知らず』。片や、言っていることがやや破綻している神官の外套を着た魔法使いである。これで悩まないわけがない。
しかし、申し訳ないという気持ちは一切湧いて来ない。
「なにかと悩むことはあると思いますけど、僕たちはいつになったら異界を調査出来るんでしょうか?」
「無理です」
「え?」
「初級冒険者に調査してもらうような甘ったれた異界はありません。少なくとも中級後半の冒険者に、捨てられた異界を調査してもらう程度であり、本格的に調査したいのであれば中堅にまで上がって下さい。つまり、初級冒険者にやってもらうことは害獣退治にも似た、近くの街や村で出没する魔物退治が大半を占めます」
「それ、意味があります? 異界という元を断たなければ、魔物は居なくならないんですよ?」
「とは言え、世界に出没している魔物を減らさなければ、死んでしまう方々もいらっしゃるわけです。初級冒険者がやることは基本的に、あらゆる職種にある下働きです。あなた方にはまかり間違っても、異界の調査など紹介しませんし、提示もしませんし、勅命が下ることもありません」
キッパリと言われ、アレウスはどうしたものかと腕を組む。
「あなたを介さずにクエストを受けることは?」
「絶対にあり得ません。既に私はあなた方の担当者となっていますので、私の許可証無く、クエストを受けることは出来ません。どこかの中堅冒険者とパーティを組もうとしても、あなた方のクエスト登録は私が預かっていますので、すぐに私のところに情報が回ります。そこで私が不許可を下せば、あなた方は絶対に異界へと行くことは出来ません」
「勝手に異界へ行っても?」
「先ほどの羊皮紙によってロジックの能力値に冒険者ギルド所属の項目が増えたはずです。それを私はギルドより与えられた技能により、感知することが出来ます。つまり、常にあなた方を監視出来るというわけです。この感知からあなた方が消えたとなれば、異界に堕ちたと判断し、中堅以上の冒険者を雇い、あなた方の感知から外れたところへ調査させに行かせます。ちなみにこの時、冒険者に支払う報酬は全てあなた方が持つこととなります」
「先にそれを説明してくれていたなら、羊皮紙に手を置くことも無かったんですが」
「あれは巻物に近い代物です。危う過ぎる冒険者を繋ぎ止めるためならば、多少の説明不足は許されます。特にあなた方は、首輪でも付けておかなければどこにでも走ってしまいそうな野良犬レベルに厄介だと私は思っておりますが?」
睨まれ、アレウスは組んでいた腕を解いて、抵抗する意思はない姿勢を見せる。
「これから良好な関係を築かなければ、僕たちはクエストを受けることも出来ない……と?」
「そうですね。冒険者稼業に早くも陰りが差して来たと感じるのであれば、あまり私に馬鹿げた話を持ち掛けては来ないで欲しいところです」
「分かりましたよ。じゃぁ、どんなクエストなら受けられるんですか?」
リスティは再び目を丸くする。
「もう少し反発すると思っていましたが」
「物分かりは良い方なんです。着実に積み上げて行かなければならないのなら、積み上げるだけです。異界に対しての憎しみと焦りはあれど、それでどうこう出来る物でもないことは重々承知しています。それに、僕とアベリアだけではパーティと呼ぶよりもコンビとしか呼べないんじゃないですか? 魔物退治をしつつ、魔物の特徴を学び、経験を増やし、それと並行してパーティメンバーを増やす。今の僕たちに出来ることって、これ以外にあります?」
「……いいえ、あなたの仰る通りです。その理解力の良さ、引き際の上手さを評価して、私から一つ助言をしましょう。最低でもあと三名ほど、パーティに加えて欲しいところです。比率は任せますが前衛はあと一人は加え、そして僧侶も必ず加えて下さい。残り一枠は自由枠とします」
「神官は?」
「神官嫌いが神官を入れるとは思えませんから、そこは敢えて触れないでおいておきます。出来るならば加えて欲しいところですが、パーティ事情はパーティが解決するものであって、担当者の口利きで誰かを追い出したり、誰かを無理やり加えることは一切しません。多少、頼まれればご希望にあった方を探しはします。しかし最終的にはあなた方の意思で、そしてあなた方に同調する方々で、パーティとなって下さい」
アレウスにとって、リスティは第一の関門となるべき存在だと思っていたのだが、意外と人の話を聞き、そして助言も明確である。事務から再び担当者となったと聞いた際にはハズレを引かされたと思っていたのだが、実は当たりなのかも知れない。
「僕たち、人より異界での戦い方は知っているんです」
「テストにおいて、どれくらいの力量を測られたかは資料にも書かれています。異界での戦い方は非常に高評価のようですね」
「はい、異界では」
「となれば、外の世界での戦い方を学びたい?」
「はい」
「自分たちの短所を話すより先に理解しているとは驚きです。ですが、分かっているのであれば独力で学ぶことも出来ると思いますが」
「たった一度切りの人生を、そう易々と放り出すわけには行きませんので。僕は『祝福知らず』ではありますが、恩知らずではありません。経験不足で、外の魔物の常識を知らないままに死ぬなんていうことはしたくないわけです。僕たちの作戦は常に『命を大事に』です。なので、リスティさんが思う、僕たちが戦っても死ぬことはないだろう魔物から徐々に慣れて行きますよ」
「……初級冒険者の多くは自分の腕に過信してしまい、手痛い失敗をしでかし、死を体験します。そこまで理性的で、自己を制御できるのであれば、そうですね……」
リスティは立ち上がり、背後にあるクエストボードを眺め、その中の一枚を手に取って戻って来る。
「四足歩行の魔物。狼と猫の中間のような顔をしているガルムをご存知ですか?」
「猫狼ですか?」
「そのような呼び名はこちらでは把握していませんが」
「……すみません、ガルムですね?」
「はい。魔狼を上位種とする魔物です。群れを成し移動を繰り返しますが、農場を見つけると、そこを荒らし切るまでしばしの間、停滞します。異界でも度々、目撃されますが……この魔物たちの真価は狭い場所よりも広い場所で発揮されます。壁や通路といった逃げ場のない世界という広さの中で、二十匹の討伐。その依頼が来ています」
「二十……多いような」
「アベリアさんが危惧するように、二人組で二十を掃討するのはかなり骨が折れます。ですが、ゴブリンやコボルトに比べれば群れを成すことでしか獲物を狩ることの出来ないガルムは、腕試しと経験を積むのには丁度良いと思われます。依頼主は半数でも減らしてくれれば報酬を出すとも備考に書いています」
「それ以外で、と言ってもあなたはこの依頼を推すのでしょう?」
「はい。現状ではあなた方に出せる依頼はこれだけです。これで私の信用を勝ち得て下さい」
「分かりました」
「では、クエストを発行します」
リスティが人差し指を黒いインクで濡らし、用紙にアレウスとアベリアの名前を記し、親指を赤いインクで濡らし、拇印を押す。
「目標は『ガルムの二十匹の討伐』、最低ラインを『十匹』とします。これより、このクエストは重複が起こらないよう、私預かりとします」




