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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
237/705

後始末

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「ふむ」

「なにかあったんでして?」

「オニキスの気配が消えた。死んだのだろうな」

「……そうですか」

「安堵するとはな。それでも同じ家で暮らした仲間か?」

「彼は私が『蝋冠』に触れた頃から精神的に不安定な一面があったんですのよ? 聞いた話では、性欲に狂っていたと。ようやくその呪縛から解き放たれたのなら、それが死であったとしてもわたくしは喜びますわ」

 アニマートから聞いた話とまでは口にせず、尚も気丈にクルタニカは振る舞う。

「分からないな」

「なにが? わたくしが一番理解できないのは、あなたが一向にわたくしを空に浮かぶ島へと連れて帰らないところですのよ」

「同じ家で暮らしている者との絆は折った、旧友との絆も折った。貴様を匿っていた街の危機も聞かせた。『蝋冠』が貴様を孤独にするのだと伝えた。帰るべき場所がないことも伝えた。親族が死に絶えたことで家族の縁も折った。そして、ついさっきオニキスが死んだ。相当の心の柱を折ったと思っているのに、なぜ貴様は未だに心の芯が折れない? 俺はな、なにもこの状況を楽しんでいるわけじゃない。貴様が抱いている希望、心、ありとあらゆるものをひしぎ折って、『蝋冠』が持ち主に値しない人物と認識し、貴様の指から離れるのを待っている。なのに、なぜ貴様はまだ毅然と振る舞える?」

「外を知ったからこそ、わたくしはこんなことで折れるようなヤワな精神は持っていませんことよ」

「違うな」

 ラブラはクルタニカの心の奥を覗き見るような目を向ける。

「貴様はまだ誰かを待っている。いや、誰かが生きていることを希望としている。そしてその誰かがここに来ることを願っておらず、できることならばこのまま姿を現さないでほしいとまで考えている。しかし同時に、現れてくれたならばきっと助けてくれると、理不尽な期待感を抱いている。その相反する二つの希望を同時に抱いているからこそ、貴様はまだ折れていない」

「知りませんわ」


「貴様、ヒューマンに惚れているな?」


「……な、にを突然、おっしゃるかと思えば」

「俺の視線から逃れたな? そうか、惚れた男がいるわけか。しかし、それだけでなく……貴様の高すぎる志を認め、そこに一生懸命に辿り着こうとしている弟子、もしくは同志がいるな?」

 どうしてそこまで心が読めるのか。クルタニカは自然と身を震わせていた。

「だからなんだと言うんですの?」

「貴様の心を折るのに必要な過程を確認したまでだ。クォーツとカーネリアンが帰ってきたら、その二人を探し出すように命じよう」


 クラリエは起き上がろうとするが内臓が脈打ち、力が入らず、咳き込みながら吐血する。『緑衣』はエウカリスの『衣』なのだから、血統として上位であっても血筋としては『緑衣』に適していないのだから、反動は予見していたがこれほど酷いものとは思っていなかった。

「回復魔法をかけます」

 アイシャが足を引きずりながら近付いてくる。

「あたしは効きが悪いから、気にしないで……」

 再び咳き込み、吐血する。意識が朦朧とする中で鞄からハイポーションとブラッドポーションを取り出し、一気に飲み干す。

「最後……“魔法の矢”を放ってくれてありがとう」

「あのまま黙って見ているわけにはいきませんでしたから。ずっと耐えて、祓魔の力を込めに込めて、“魔法の矢”も収束させて、一点集中で打ち破ろうと考えました」

「それでも、防御の剣技に穴を空けられるなんて」


「空けられますよ。だって、あの人は悪魔なんですから」

 悪魔。そう断言しつつ、アイシャは両足の激痛に耐えながら立ち上がり、首を刎ねたオニキスの死体へと向かう。

「この……悪魔! こんな、男に! 私たちは!! 死んで……死んで、当然!」


 クラリエは精一杯の力を込めて起き上がり、死体に罵声を浴びせているアイシャを後ろから抱き締める。

「沢山の仲間を喪った。それも、とてもじゃないけど死んだだけじゃ許せないことまでされて……それを見ていることしかできなかった自分自身が一番許せない……そうでしょ? 気持ちは分かるけど、そんな発散の仕方は間違っているから」

「私がもっと強かったらと思ったら! 悔いがずっと残り続けますよ!」

「そうだよ。後悔をし続けてアイシャちゃんは前に進むしかない。あたしだって、沢山の後悔を抱えて前に進む。後ろを向きながら歩けないもの……思い出して悔しがって、呪って恨んで……それでもあたしたちは前に進むんだよ」

 息を荒げているアイシャの呼吸が少しずつ静かなものに変わっていく。


「御免なさい……御免なさい、私……」

「あなたは出来る限りのことをやった。あたしも出来る限りのことをやった。アニマートさんを追い詰めたこのガルダをあたしとあなたがどうして殺せたのかまでは分からないけど」


「一度目の敗北でオニキス様は後戻りができなくなっていました。もう既に多くの罪を犯し、ラブラ様にはここで敗北すればどちらにせよ死を与えられることにもなっておりました」

 声のする方を向いて身構えるもクラリエは体の節々から来る激痛に悶え、アイシャは両足の痛みでひざまずいた。

「更に詳しく語るのならば、オニキス様の剣術としての成長は一度目の敗北以後、止まってしまっていたのです。頭打ちではありません。ただ、オニキス様は女性とまぐわうことしか考えられず、向上心は失せ、なにより死を求めておりましたから、死ねるのならガルダらしく死ねる状況を望んでいたのでしょう」

「クラリエさん、あれが機械人形……です」

「確か、カモミール」

 刀に与えていたパーツの数々を取り戻し、機械人形の姿形を取り戻したカモミールが死体を尻目にこちらを見据えている。

「そんなオニキス様でしたが、死の間際に三度目の応答をしてくださいましたよ。本当の本当に……心の弱い御方(おかた)だ」

 笑いながらカモミールの気配が増幅する。

「私を使わなかったときの剣技ならば祓魔の力を込められた“魔法の矢”も防げたでしょう。ですが、私を使ったのですから、防御に僅かながらの弱点が出来てしまうのも仕方がありません。だって私は、悪魔なのですから」

「悪魔……悪魔、って」

「悪魔の心臓を刀に打ち込むことで、自身の魔力を刀身に乗せることを可能とし極限の剣術へと至る。忌まわしきガルダの刀剣鍛造法ですよ。私も心臓だけで随分と苦しめられましたが……解き放ってくれたのならばこれほど嬉しいこともない。なにより、極上の魔力がここに二つあるではないですか。喰らえば、私もきっと本来の体を取り戻すことができるでしょう」

 カモミールが目を見開き、同時にアイシャとクラリエの足を無数の針が貫く。

 二人とも既に抵抗する体力も気力もない。


「“祈りたまえ(ベーテン)”」

「ぐ、ぅぅううううっ?!」

 カモミールが頭を押さえて苦しみ出す。

「“鐘の音(リング)(・ア)響かせよ(・ベル)”」

「な、んだ。なんだ、これは……体が、動かない!」

「“制裁せよ(サンクション)”」

 光の柱が降り注ぎ、カモミールを貫いて拘束する。

「罪人の魂が永劫に彷徨うのならば、それに付いて回った悪魔にもまた罪を償わせなければならんとは思わんかね?」

「副神官様!? なぜこのようなところへ?!」

 アイシャは加勢に来た老人を見て、たまらず声を発した。

「魂の巡らぬ世界では、教会で待っておってもなにもできんのでな。だったら外に出た方が奉仕になるというものじゃ」

「申し訳ありません。私の至らなさで、こんなことに」

「起こったことを嘆いても魂は戻らぬ。さりとて、ワシがお主を責める道理も見当たらんよ。ただ、ここで死んでいった者の顔を忘れずに記憶に残しておきなさい。記憶に残らん死に様など、浮かばれぬ」

 副神官はクラリエを見る。

「……ふっ、そう怖がることもなかろう? ガルダを殺さなければ魔道具の結界も、この場を包み込んでいた結界も解けはせんかった。致し方のない所業であった……などと神職が語るのはなんとも憚れるのう。じゃから、ワシはなにも語らなかった。そういうことで頼むぞ、ナーツェの忘れ形見?」

「は、い……」


「老いぼれが意味ありげに現れたところで、こんな古臭い祓魔の力では私を殺せはしませんよ!」

「殺すのではなく、消し去るのじゃ。悪魔なんぞの魂を簡易的な異界とは言え、留まらせてはならんのでな。そして、新しきを知るは叡智への近道ではあるが、古きを軽んじれば古き物どもに足元をすくわれる。ワシみたいな古参が偉そうに未だ講釈を垂れているのは、古き物どもを知り尽くしておるからじゃよ」

 副神官はカモミールの暴走する力を祓魔の力で柔軟に打ち消し、拘束を強める。

「“父と子と、聖霊の御名(みな)によって”」

 右手で額から胸、左肩から右肩へと十字を切る。カモミールの足元に魔法陣が浮かび上がり、閃光が迸る。

「ぁあああアアアアアアアアアアア!!」

「“アーメン”」

 まばゆい光に包まれて、強く発光を繰り返し、一際強く光を放った直後、弾けて波動が駆け抜ける。

 既にカモミールの姿はそこになく、辺りには光の粒が降り注いでいた。


「『審判女神の眷族』とは違う祓い方……」

「悪魔の強さによって祓い方が変わります。ですが、副神官様は教会でよく使われる祈祷の聖言(せいげん)だけで祓いました」


「二人とも、街に戻りなさい。一つ目の魔道具の結界は解かれ、既に破壊を終えておる。ワシは神官合唱団を率いねばならん。遺体もワシたちで埋葬する。安心して休むといい。それとも、クルタニカ・カルメンが戻ってくるまでは休めんか?」

「いえ……ありがとうございます」

 クラリエはハイポーションによってどうにか起き上がるまでの体力を取り戻し、傍のアイシャに肩を貸す。

「“大いなる(ハイ)癒しを(・ヒール)”」

 副神官が唱えた回復魔法がアイシャの針によって穴だらけになった両足の傷を縫合していく。傷と呼べる傷は全て塞がり終え、アイシャは一人で歩こうとするが力が入らずに転びかけた。回復速度が上がった分、体への負担がより大きくなったらしい。


「合唱団の配備は?」

 副神官が近くに連れていた神官に声をかける。

「手筈通りに。賛美する神についても、土地神と地母神並びに山の神に制限するようにと伝えております。決して空の神を賛美せぬように言い聞かせておりますので問題ないかと。念話においても既に接続を終えております。結界内で戦闘を続けているガラハ、ニィナリィ・テイルズワースと侵入に成功したヴェイナード・カタラクシオの状況も心配ではありますが、残された中級以下の冒険者も中堅以上の冒険者も魔物を押し留めてはおりますが、負傷による後退や魔力切れも起き始めています」

「そうか。それで? ドワーフにあの荷物は?」

「ご安心を。あの男が意地でも届かせるでしょう。打ち負かしたあとの悪魔の対処もあの男に任せれば済むはずです」

 副神官が手で指示を出し、神官を先に走らせる。


「聞けーい!! シンギングリンを愛する冒険者たちよ!! 我ら教会の神官はこれよりお主たち全ての心に届く歌を唄い、その傷を癒やすために奔走しよう! 神官どもは顔を合わせればいつも神を信じろ信じろと小うるさく述べおってからに、と心のどこかでは思っておったじゃろうて! しかしな、神を信じずとも街を愛する者たちは自然とその土地神にも好かれるものじゃ! 子羊たちが土地神のためではなく街を守るために戦っているのだとしても、土地神は全ての子羊たち愛し、そして手を差し伸べる! (ふる)わせ試練に挑め! 神はその生き様を見届けておる!」


 クラリエたちにとってはすぐ近くでの声だが、これも念話でシンギングリンを守るために戦っている冒険者たちに届いている。


 副神官が二人の視界から見えなくなった頃、神官による合唱が始まる。

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