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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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振り抜く

 相手はアニマートを追い詰めたガルダだ。当時のアニマートがどれほどの強さだったのか、そして当時のオニキスが今よりも強かったのかは不明だが、腕を上げているのならクラリエだけでは歯が立たないのは明白である。爪から刀へと変え、その内の二本しかまだ使っていない中で強がりとも取れる発言をしてしまったのは早計だったかもしれない。しかし、発言を撤回する気分ではない。むしろ、発言通りに物事が運ぶような不思議な予感がしている。

 言葉では言い表せない自信がある。ロジックを燃やして、感情が昂ぶっているからだろうか。それとも『緑衣』を纏っているからだろうか。横目で見える、その煌めく翡翠の輝きにクラリエは身を挺して戦ったエウカリスの姿を思い出す。


 ロジックの燃やし方には色々あるが、クローロン家の『緑衣』を引き継いでいることはクラリエだけでなく『影踏』ですら驚いていた。とはいえ、エウカリスのように十全に使いこなせるわけでも、『緑衣』の焦熱状態に入れるわけでもない。クラリエが見た、エウカリスの『緑衣』の力の一端(いったん)を抱いているだけに過ぎない。クラリエにとっての『衣』は四大血統のナーツェ家が持つ『白衣』であり、『緑衣』は異界から彼女の魂を救ったことで自身のロジックに入り込んだ残滓(ざんし)である。ただし、それを燃やしたところで弱体化を受けているとはいえ『緑衣』が消え去るわけでもなく、『白衣』が使えなくなるわけでもない。

 だから、クルタニカの捜索で深手を負った『影踏』には、ほぼ同時期に治療を終えたクラリエに「しばらくは『緑衣』を使え」と言われた。「血の重みに体がまだ馴染まない内は『緑衣』で『衣』の使い方とロジックの燃やし方を知れ」と。

 『緑衣』を確認するために数秒の燃焼を行ったのが一度目。そして二度目でもう実戦である。活用までの速度にめまいすら覚えそうになったが、『緑衣』は体が重くなるどころか軽くなり、多少なりともエウカリスを真似た翡翠の魔力を乗せられる。さながらもうこの世にいないエウカリスが傍にいて、手取り足取り教えてくれているかのようだ。


 それは大いに心強いが、必ずしもクラリエを守ってくれるものではない。


 着地際を狙われる。瞬撃を避け、続いて針を走ることで逃れる。気配消しさえ怠らなければ、針に捕まることはない。

「君は『衣』を纏っていながら、気配を消せるとでも思っているのか? 『金配剛爪』!」

 無数の針が靴ごとクラリエの片足を貫いた。もう片方の足は地面との接触間際で『緑衣』の一端で引っ張って阻止する。同時に傾いだ体を後ろに引き戻して、思考する。まずどうやって片足を針から引き抜くか。続いて、怪我をした足で先ほどのように走り続けるにはどうすればいいか。それらを考えている間にオニキスが迫る。

 鋭い斬撃が一回、二回と続け様に放たれ、『緑衣』の力をもってしても片足を捕まっている状態で避けつつ体勢を維持することは難しくクラリエはもう片方の足も地面に着ける。すかさず無数の針に刺し貫かれ、痛みに思わずクラリエは小さく声を張った。

「宣告する」

 痛みを堪えながらクラリエは片足で地面をしっかりと踏み抜く。

「死ねぇ!!」

 地面に散らばる魔法の短刀がクラリエだけを囲う。

「“止まること許さず”」

 足裏を貫いていた針が消え去り、そして足は呪術の通り、勝手に動いてオニキスの斬撃を間一髪でかわす。激痛を無視して尚も両足は動き続け、クラリエが跳躍すると呪術も解ける。

「なぜ、針から逃れられた!?」

「塗り替えられました」

 カモミールがオニキスに答える。

「局所的に呪術で塗り替えて脱したとでも言うのか?!」

「その通りでございます」

「理屈は分かった。だが、次はないぞ!」

「それはオニキ――ご主人様も同じでございますよ」

 クラリエに向かって吐き捨てた言葉に、カモミールが怪しい笑い声を交えながら返している。


 着地までの時間をクラリエは『緑衣』の有する浮遊能力によって長引かせながら次の手を考える。また地面に足を着けたなら針に貫かれるのは目に見えている。かと言って、『緑衣』の浮遊能力は跳躍の間隔を伸ばすだけであり、完全な浮遊が与えられているわけではない。呪術の塗り替えにしても局所に絞っても相当な魔力のせめぎ合いがあった。二度、三度と同じ手を使えば先にクラリエの方が限界を迎えるだろう。とはいえ、一番大事なことはこの足でまだ走ることができるかどうかだ。


「着地したら今度こそ君を動けなくしてみせる!」

「結局、やってみなきゃ分かんないか」

 不安に思うよりも前向きに考えた方がいい。可能だと思い込んで、無理やりにでも走ればいいのだ。

 クラリエは翡翠の魔力を帯びた短刀をオニキスに投擲する。防ぐはずと思って投げたのだが、オニキスはそれを無視して刀を投げつけてくる。『緑衣』で体を打ち、空中で軌道を逸らして飛来する刀をやり過ごす。すぐに視線をオニキスに向けるが、彼に向かって放ったはずの短刀は既に地面に落ちている。避けたにしては位置が変わっていない。柄に手をかけている点から、恐らくは鞘に納められていた刀で弾いた。問題はその抜刀と納刀を見ていなかったことだ。


 しかし、その問題は後回しにしてクラリエはともかくも着地する。足から痛みが全身に伝わってくるが、止まっている暇はない。呼吸を整えて、走り出す。


「くっ、『金配剛爪』が追い付けないだと?!」

 オニキスはクラリエを針で捕まえられなかったことに苛立っている。その疑問に答える筋合いはないが、心の中で答えるとするならば「『衣』を解いたから」だ。『白衣』に比べると『緑衣』はエルフの秘法と言うよりも、むしろエウカリスから受け継いだアーティファクトの側面が強く、その発動と解除は速やかに行える。しかしながら再燃焼は試していない。これまでの『緑衣』との触れ合いから察するに、もう一回か二回が限度。それを越えると『緑衣』をロジックの中で休ませなければならない。それは分単位や時間単位ではなく、日単位を要するはずだ。低燃費でリスクを冒さずに使える便利な代物なわけがない。あとでそれなりの反動が来ることは覚悟する。

 承知の上で気配消しの技能を復活させるために解いた。オニキス自身には位置を掴まれてしまうが、『金配剛爪』は『衣』を纏わなければクラリエの気配消しには追い付けない。逆に『衣』を纏えばオニキスの瞬撃を避け、更に反撃できるかもしれないが気配消しの効果が薄まって『金配剛爪』に捕まる。

「でも……返すよ、君の魔力!」

 二つの飛刃――それも翡翠の魔力を帯びた刃がクラリエに迫る。距離の延長も加わっているが、エウカリスが使っていたようにこの魔力は対象に向かって追尾する。それも備わっているのだとしたら、打ち消すか無茶苦茶な軌道にして追尾できないようにしなければならない。防ぐことも考えたが、魔力の爆発まで付随しているなら防いではならない。

「僕には見えなくても、その魔力は主人の居場所が分かるみたいだね」

 行き先を制限される。分かっていても飛刃を避けなければならない。そしてその先で柄に手をかけたオニキスが待っている。


「取った!」

「燃やす!」

 瞳を銀に染め、『白衣』がクラリエに振るわれた瞬撃の太刀を防ぐ。続いて後方から迫る二つの飛刃が白色に染まり、クラリエを避けてオニキスを襲う。血の重みで崩れかけるが、すぐさま『白衣』を解いて起き上がり、刀を弾かれ飛刃を受けたオニキスに二本の短刀で激しく攻める。


「二色の『衣』?」

「なんで受け切れる?」

「本当にダークエルフか?」

「なんでこれほどの腕があって」

「ますます犯したくなった!」

「どうしてそんなにも歪んでいるの!?」

 言葉を交わしながらも斬撃を防がれ、斬撃を受け、斬撃を放ち、斬撃で返される。考えうる最高効率で繰り出す斬撃の全てがオニキスの振るう刀に吸われ、流れるように構え方を変えて凌がれている。接近戦で詰め切れば短刀に絶対の有利があると信じて疑わなかったが、一度目の失敗でオニキスは学んでおり、もはや深く懐へと入り込むことは不可能だ。

 しかし、このやり取りの中でオニキスは『金配剛爪』を使えない。クラリエの斬撃は彼の集中力を一点に集めることに成功している。決定打を与えられないだけで、立ち回りとしては間違っていない。

「秘剣」

 技の構えに入ってはいないのだが、言いようのない寒気を感じてクラリエは空を見上げる。

「“牡丹(ぼたん)(ちょう)”」


 クラリエの翡翠の魔力を帯びた短刀に対抗するかのようにして投げたオニキスの二本の刀が天高くから落ちてくる。そこにはやはり翡翠の魔力が備わっている。


「吸収と放出。それがあなたの剣術?」

「吸収しているんじゃない。僕は刃に魔力を滑らせている。君のような強い魔力を吸えば、刀なんて簡単に砕けてなくなってしまうからね」

「つまり、あたしが放った全ての魔力が?」

「そうだよ。君の放った全ての魔力はこの空間を漂っている。それを僕は刃に塗るんだよ!」

 あの技――牡丹蝶の仕組みは分からないが、翡翠の魔力が塗られているために落ちてはきてもクラリエを狙っている。

「僕たちの秘剣は、刀そのものでやり合うだけじゃなく、刀を弾き飛ばされても、投擲後も反撃を行う手段にする。そういう剣技なんだよ」

 憎らしく述べられたところでクラリエが取る行動は回避しかない。だが、その僅かな後退を読んでオニキスの斬撃が右腕を掠めた。一瞬の油断――回避する対象が増えたことで優先順位を付けている間の出来事だった。掠めただけなのに皮膚は裂け、肉は断たれ、骨まで達しているのではと思うほどの鋭い痛みと噴き出す鮮血に、意識が飛びそうになる。

「終わりだよ」

 二本の刀がクラリエの頭上に迫る。


「終わらせない」

 翡翠の眼光がオニキスを刺すように睨み、同時に噴き出す『緑衣』が飛来する二本の刀に触れて、彼が滑らせた翡翠の魔力を全て吸い取って無力化する。そして刀を翡翠の魔力で再度、包み込んでオニキスへと発射する。

「投げた二本、手に持っている二本。でも最後の一本はいつまでも使わない。その一本が『金配剛爪』の核で、そしてその鞘が!」

 手に握る短刀も翡翠の魔力を帯びさせて投擲する。

「あなたたちの接地の剣技の正体だ!!」

 翡翠の爆発が四度起きて、オニキスが爆熱と爆風を浴びて吹き飛んだ。それでも瞳は死んでおらず、中空で翼を広げて携えている刀で空を切る。


「秘剣」

 吹き飛んだ勢いを翼を羽ばたかせて留めようとしているさなかにクラリエは『緑衣』の加速をもって地面を蹴る。

「“おうま、っ!?」

 空中で体を一回転させて発生させる剣圧の(まく)が形成直後に“魔法の矢”に撃ち抜かれる。

「祓魔の……力……まだ、動けたというのか!」

 幕にできた穴を見て、そして自身に刺さった“魔法の矢”から注がれる力に驚きながらもオニキスはもう一方の刀が縦一文字に振り下ろす

「“松鶴”!!」

 加速は済んでいる。クラリエは『緑衣』を解く。

「“軽やかに”!」

「生き様を燃やす!!」

 『白衣』を纏ったことで生じる血の重みをアイシャの唱えた重量軽減の魔法で少しでも和らげてもらい、『白衣』の一端がクラリエの体を打って縦一文字の剣圧を擦れ擦れでかわしつつ、アイシャが貫いた幕を『白衣』が押し開く。

「『衣』でも僕には届かない」

「“金属の刃”」

 両手に魔法の短刀を掴み、『白衣』を解いてクラリエはオニキスの体を掴み、その肩を蹴って真上に跳躍する。深く呼吸をし、深く息を吐きながら気配を消す。


 地面に触れていれば『金配剛爪』の範囲にあることで位置を掴まれる。だが、跳躍中は無数の針がクラリエを追うこともなく、またオニキスの反応は薄かった。つまり、真上に跳躍した時点でオニキスはクラリエの位置を完全に見失う。

 真上に跳んだのだから真上から来る。そのように短絡的な思考ができたなら、オニキスも迷わず真上に秘剣を放つ。だが、未だに放ってこないのは彼がどれだけ歪んでいても培ってきた知識と経験、そして剣術が迷わせている。


 戦いでそれだけ迷えるのなら、女性の尊厳を踏みにじる前にも迷えたというのに。


 クラリエは顎に力を込めつつ、不可視の死角――短絡的に真上を見上げているオニキスの首へと短刀を振り抜いた。


「言った通り、首は貰ったから」

 地面を転がり打ちつつ、クラリエは血に濡れた魔法の短刀をその場に落とす。


 その背中で、ドサッと一つ物音がしたのち、次にドサリと倒れる音が続いた。

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