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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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認識を利用する

 人形だからこそ表現できる美の形。球体関節も合わせて、人外を示す。だが、その容姿には似合わず機械人形の口には猿轡(さるぐつわ)が見える。

「物扱い……か」

「機械人形の言葉はどれもこれも私を惑わせるものばかりだ。だったら私の言葉を忠実に聞く点だけを利用するだけでいい」

「一応は相棒みたいなものでしょ?」

「相棒などと考えていたら、私たちは機械人形に憑り殺される。口を封じても、頭の中に囁きかけてくるほどだ。無視するだけでも私たちにとっては負担になる」

 エキナシアが木に少し触れただけで火の手が上がる。その煌々と燃え上がる様を機械人形は見つめて、どこか嬉しげである。

 この結界――カーネリアンの設定した条件を満たした者だけが通ることができ、彼女たちが選んだ戦いの場へと転送されるが、林を残していた理由は可燃物が必要とされたからだ。数秒で激しく燃える点からエキナシアは魔力の炎を操っているが、その炎は冒険者たちが用いる炎よりも発動条件が厳しいのだろう。

「機械人形の力を行使するためだけに林を利用しているわけじゃない」

「ほう?」

「私が攻撃から逃れるために林に逃げ込むことも考慮していた」

「その通りだ。視界を悪くし、逃げ込まれれば厄介な場所も燃やせば貴様を地獄に送ることができる」

 木は水気を帯び、更には雪まで被っていたのだが火の勢いは収まらない。エキナシアはニィナのやや後ろから現れたため、火が燃え広がり続ければやがて後ろは火の海となり、逃げ場を失ってしまう。だからといって、正面からカーネリアンを突破して距離を取るなどできないことは分かり切っている。

 カーネリアンに斬られるか、火の海に身を投じて焼かれるか。打破できなければその最悪の二択を迫られる。しかし、どうやって打破するというのか。機械人形を射抜けばいいのか、それともカーネリアンを射抜けばいいのか。そもそも自身の腕でカーネリアンと機械人形のどちらかを射抜き、倒すことができるのだろうか。

「自分で火を浴びる選択はできないか? ならば手伝ってやろう」

 ガルダは見たこともない剣技を身に付けている。当たり前だとは思うが、どんな構え方からでも技には入れるだろう。つまり、構え方一つで威力に増減が生じるだろうが、放つ技をそう容易く見破らせてはくれないはずだ。それでも構え方から放たれる秘剣を看破して回避か受けるしかない。受けるとしても吹き飛ばされることは防がなければならない。


 それはつまり、不可能を意味している。


「秘剣――」

 縦一文字と横一文字はまだ残っている木の上に登れば避けられる可能性がある。避けられないとすれば刺突の技だ。あればかりはニィナですらその速度に追い付けなかった。打ち飛ばす意味でも、刺突の剣技を用いるはずだ。

 ニィナはカーネリアンの踏み込みに全神経を集中し、動いた瞬間に左へと跳ねる。かなり動きは読んだ。これで技も看破できたなら、回避も難しくない。


 踏み込みはしたが、カーネリアンは刀を振ってはいない。


「わざと?!」

「貴様はなにか勘違いしているようだが、私たちの剣技は遠くから斬撃を飛ばすことが全てではない。飛刃はついでだ。本来は眼前で敵を斬る」

 回避に専念してしまったばかりにスカされたあとの立ち回りまでは考えていない。ニィナが立て直しをはかる中で、カーネリアンは刀を鞘に戻し、僅かに見せる刀身を指で弾く。

「“(ばい)(おう)”」

 雪を踏み締めた足がフラつき、続いてバランスを取ろうとしてもう片方の足も雪を踏んだ。それでも頭のグラつきが戻らず、ニィナはその場に突っ伏す。平衡感覚が狂っているのか、見える景色がグルリと回る。横にではなく縦に視界が回転した。上下が逆転し、空に落ちるような錯覚に見舞われて思わず悲鳴を上げる。

「空を知りさえすれば、恐怖などありはしない。空を飛べないのは、残酷なものだな」

 カーネリアンは逃げ道を塞ぎ、必殺の剣技を出すのだろうと読んだニィナに対し音波によって動きを抑制する手を選んだ。たったそれだけのことなのだが、殺せるのに殺さなかった。わざわざ手順を一つ挟んだ意図が読めない。

「同性としてせめてもの手向けだ。焼かれる痛みも斬られる痛みも分からぬまま、一瞬で殺してやろう」


 手向け?


 ニィナは首を傾げる。まさかこのガルダは即死させるために動きを封じたというのか。斬って傷付けることも焼いて苦しませることも、彼女が選んだ手順の果てにある殺し方だというのに、さながら尊厳ある死を与えるかのように(うそぶ)いている。そうすることで、自分自身が人を殺した行いが間違いではないのだと思い込もうとしている。その材料にニィナはされているだけだ。手順を一つ多く挟んだのも、彼女の言う“手向け”のための下準備でしかない。痛みを与えないことが


「人を苦しませて殺す覚悟もないヤツが……手向けだなんだと言うんじゃないわよ。殺すなら自分の道理を貫いて殺せ……! あなたはそれができない臆病者よ!」


「……ならばなぜ、私はクルタニカ・カルメンを苦しませて殺さなければならない?」

「ワケの分からないことを言ってんじゃないわ。あなたがそうしたいから、でしょ」

「違う」

 カーネリアンがニィナにトドメを刺さずに戸惑いの色を見せる。

「私は、苦しませて、絶望させて殺したいわけじゃ……いや、私は、殺したくて殺す。だが、苦しませて殺せと言ったのは、ラブラだ」

 記憶の混乱が見られる。

「殺したいほど憎んでいる。殺したいほど? 憎んではいるが、殺したいほどでは……? 違う、殺すために憎んでいる。だからラブラに従って……従って?」

「なんだ……そういうこと」

 ニィナは突っ伏したまま、全てを理解する。


「あなた、そのラブラってやつにロジックを書き換えられているわよ? 臆病者って言ったことを謝るわ。あなたは信念を持って苦しませずに殺す手を選んでいる。でも、クルタニカさんは苦しませて殺すように書き換えられている。そこで歪みが生じて、あなたは今、混乱しているってわけ……まぁ、もう私は混乱しているあなたに殺されるんでしょうけど、あとしばらくしたらそのロジックも元通りになるかもしれないわね。クルタニカさんを苦しませて殺したとき、ぐらいにかしら?」

「うるさい。どいつもこいつもうるさい。私は、役目を果たす。務めを果たす。エーデルシュタイン家は私が継がなきゃならない。だったら、忌まわしき娘を苦しませて殺した功績が必要になる」

「歪んだところにロジックが同調した、か」

 ロジックを開かないと元には戻せない。もどかしいが、ニィナにはその能力がない。


「死ね」

 刀を抜いて、切っ先を倒れているニィナの頭上に一気に奔らせる――寸前で切っ先は止まり、カーネリアンが飛び退()いた。

「なぜだ? なぜ、私の結界に“もう一人”いるんだ? 私は承認していないぞ?」

 ニィナの後方で炎が揺らぎ、強風に煽られ激しく燃える。しかし、いくつかの炎は空気から寸断され、燃焼のための酸素を失って消え去る。


「はじめまして、こんにちは。俺はヴェイナード・カタラクシオ。ニィナリィ・テイルズワースの“物”だ」

「物?」

「そう、物だよ。君たちが物扱いしている機械人形と同じさ」

 カーネリアンは歯軋りをして、ヴェインを睨み付ける。

「まさか」

「ランクまでは誤魔化せそうにないから、手っ取り早くロジックの種族の項目に『ヒューマン(物)』と書き足してもらったんだよ。これなら俺は自我を失わずに済むし、なにより俺自身は物なんて思っちゃいないから数分もしない内にこの項目は元通りになる。でも君たちの結界は、入る条件を設定していても、誰かを弾き出すことまでは設定できない。外で書き換えてくれたアレウスの言う通りだったよ」

「認識を利用したのか?!」

「私が聞いたでしょ? 人扱いなのか物扱いなのか。あなたは『物』って答えた。じゃぁ、物扱いされているから結界内で機械人形は弾かれずに中に入れている」

「ガルダの認識を利用したのはこれが最初じゃないはず、ってアレウスは言っていたけど」

 数秒の沈黙ののち、カーネリアンはあることを思い出し、憎らしく表情を歪める。

「異界、渡り!! どうやって入り込んだのかすら教えてはこなかったが、一度ならず二度までも……! それも、一度目は侵入を許さなかった私の結界に!」

 その傍にエキナシアが走り、辺りの雪が炎で溶けていく。

「君の結界だけじゃない。ニィナさんが物扱いってことを聞き出してくれたおかげで、他の結界にも入る余地ができた。全部、アレウスの受け売りだけどね。“正しく思考せよ(リソート)”」

 ニィナの上下が引っ繰り返った景色が元に戻る。

「病み上がりで早々に来てもらって助かったわ。足手まといにならないように気をつける」

「そんなこと言わないでほしいな。俺と君は、冒険者になった理由も目指しているところもなにもかも違うけれど、どちらが強いとかどちらが弱いとか言うのは無しだ。俺なんかが加わったところで彼我の差は埋まらないかもしれない。だって、俺は上級冒険者の方々みたいに一人で戦況を覆すほどの強さを持っているわけじゃないから。けれど、君と手を組んで挑めばひょっとしたら光明が見えるかもしれない。一人では無理でも二人なら突破できる。それが俺たち冒険者だろ?」

「……ヴェインは許嫁がいるんだったっけ?」

「そうだけど」

「惚れるところは分からなくもないわね。私は別として」

「まぁ、ニィナさんは俺よりも強烈な相手じゃないと無理だろうからね」

「なによ、その言い方?」

「無自覚のフリして自覚しているのを誤魔化す辺りがニィナさんらしいな」

 ヴェインの助太刀は心強いが、両者ともに言葉数を増やさなければ落ち着かないため、自然と不安を払拭するかのように日常会話を交わす。カーネリアンは動かず、ブツブツとなにかを呟いている。


「手加減ってできる? 具体的に言えば、あのガルダを殺さない感じで」

「その結果、俺たちが死ぬ展開が見えるんだけど」

「でも、彼女はロジックを書き換えられているから」

「……やるだけやってみようか。駄目で元々だから期待されるとあれだし、手を抜くのはまず無理だけど……狩人の君が不殺を申し出るくらいだから、よっぽど酷い書き換え方をされているってことだろ?」

「そういうこと」


「ヒューマン風情が、仲間が湧いて出たからとはしゃぐな。数が増えたなら、もう私がやることは決まった」

 エキナシアと彼女は手を繋ぐ。

「“聞こし召せ”、『天』の『炎』を『乱』す『華』」

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