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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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迫る現実

 オニキスに隙は見られない。だが、一気に攻勢をかけてくる様子もない。アイシャの出方を窺っている。どんな攻撃や魔法も対処されてしまいそうな絶望感があるのだが、飲まれてしまえばそれこそあっと言う間に殺される。

 片方の瞼を軽く閉じ、杖に魔力を込める。

「“魔法の矢”」

 一筋の魔力の矢が放たれる。オニキスは驚く仕草も見せず、直撃する間際に魔力の矢が弾かれた。まばたきをしたつもりはない。かと言って、オニキスが魔法に対して強い耐性を有し、纏っている魔力で弾き飛ばしたようにも見えない。

 ただ単純に、鞘から刀が抜かれ、魔力の矢を弾き、再び鞘に納める。この一連の動作をアイシャは視覚で認識することができなかったのだ。

「それでも」

 呟きつつ杖を揺らす。弾かれた魔法の矢は軌道を大きく修正しながら死体の衣服を剥ごうとしているカモミールに直撃する。旋回させて再びオニキスを狙わせることはできなかったが、同一直線状に見えていたカモミールに命中させることはできた。これで死体を辱めるような行為を阻止できたのならば、外してしまった魔法の矢にも意味を持たせられただろう。

「君はまさか、今の魔法でなにかしら手応えを得たようにでも思っていたりするのか?」

 オニキスはカモミールを全く心配する様子もなく、アイシャを挑発してくる。

「むしろ君は絶望を強くする。君は見えていなかったかもしれないけど、僕は君の魔法を弾いたんだ。それを、こうして、こうすると」

 抜刀の瞬間はやはり見えない。しかし、抜刀によって行われた斬撃が起こす剣圧が刃となって冒険者を襲い、その首を()ね飛ばした。どれだけ警戒していようとも放たれた瞬間が見えなければ、放たれた物を避けるまでには時間がかかる。だとしても、オニキスの刀が引き起こした、いわゆるガラハの放つ“飛刃”と同一の技は圧倒的な飛距離を持っていた。首を刎ねられたのは“ここまで攻撃が届くわけがない”と思っていた冒険者だ。アイシャですら届かないだろうと思う距離を悠々と超越している。

「これ、ドワーフの間では“飛刃”って言うらしいね? ガルダは結構、誰でも見ただけで習得できるものだと思うけど……距離はドワーフに劣ってしまうかな。さて、そんな劣ってしまう“飛刃”の距離を伸ばした要因はなんでしょう?」

 わざとらしく質問してくる。

「ああ、答えてほしいわけじゃない。ただ、知ってもらいたいんだよ」

 オニキスは鞘から僅かだが刀を抜き、その刀身が魔力を纏っているのを見せつけてくる。その魔力も、外気に触れたことでなのかアイシャを含む全ての冒険者の前で雲散霧消した。


 同時にアイシャはその魔力の源がなんであるのかを悟り、とてつもない吐き気に見舞われる。


「そうだよ。君の魔力で、首を刎ねたんだ」


 魔力の矢をオニキスは神速の抜刀によって弾いた。その際に刀身にアイシャの魔力の一部を強奪して納刀したのだ。それを次の抜刀の際、飛刃に乗せた。飛刃自体は途中で消失したがアイシャから奪った魔力が刃物となって冒険者の首を刎ねた。自身が安易に放った魔法を利用されて仲間が殺された。それはまるでアイシャが殺してしまったかのような重い罪悪感に見舞われる。

 罪を赦すことを神の名の下に続けてはきたが、自身が罪を背負ったことは一度もない。その純粋な正しさが――清廉潔白にして無辜(むこ)なる精神が脅かされる。たとえ自分自身が行ったことではなくとも、透き通るほど白い罪を知らない彼女のロジックは悲鳴を上げている。

「純粋な生き方と育て方をされたんだね。僕には程遠い世界だ」

「畳み掛けたのち、捕らえますか?」

「もう少し遊ばせてほしいな、カモミール」

「了解しました」

 アイシャは自身を奮い立たせる。吐き気は残っているが、戦意までは喪失していない。弱った姿を見て、畳み掛けるのではなく遊ぶという選択を取ったオニキスにその選択は誤りだとすぐにでも証明したい。


「遠距離から一気に攻めろ。これだけの人数が一挙に攻撃すれば捌き切れない!」

 一人の冒険者の指示によって、魔法の火球や氷のつぶて、矢や短剣などが一斉にオニキスへと放たれる。ニヤリと笑みを零しながらオニキスは鞘から刀を抜き、カモミールは両腕を刃を携える。


「秘剣」

 一つ、二つ、三つとオニキスは刀で向かってくる攻撃を弾く。カモミールがその周囲を踊るように俊敏に動き、両腕の刃と自身の体を盾にして彼を守っている。

桜幕(おうまく)

 両手で柄を握り、刀身を地面に深く突き立てる。突き立てた地点を中心として質量を伴う剣圧が円周上に噴き出し、彼を守りながら(まく)となって拡大する。幕に触れた投擲物、魔法のどれもが一瞬で掻き消されていく。質量軽減の魔法を受けて跳躍し、斜め上空から狙い撃った矢も、拡大する幕が縦に伸びて消し飛ばしている。

 幕自体の拡大範囲は脅威ではない。現に広がっていた幕はゆっくりと地面へと降りていき、やがて花弁のように散る。危惧すべきは、どのような遠距離攻撃も先ほどと同じ『秘剣』を用いられればなにもかも通用しないことだ。


「防御系の剣技か」「でも、あんなのは見たことがない」「焦らないで」「身を守る剣技なら、こちらにまで危害は及ばない」


「オニキス様、秘剣を容易く使われるのは控えなければなりません」

「“一度は賛同したけが二度目はない”。お前の言うことには従わない」

「“三度目まで”は許容範囲となります」

「そんな風に僕を誑かすんじゃない」

 一連のやり取りには違和感を覚えるも、そこからは未だなにも導き出せない。

「逆に考えてよ。秘剣を用いた以上、隠すものはもうないじゃないか」

「……早計に感じますが」

「だとしても、お前の言う通りにはしない。もう少し数は減らすけどね」

 カモミールは溜め息のようなものをつく仕草を見せて、オニキスが伸ばした手を掴み、迫ってきた冒険者に投げ付ける。刃を携えたカモミールを冒険者が受け、弾き、そして押し飛ばす。その間にオニキスが差し迫り、神速の斬撃によって切り刻まれて絶命する。


 なす術もない。自身の力量不足にアイシャは現実を知る。

「あぁ…………儚い。人は斬れば簡単に死ぬんだ。だから死ぬ前くらい、悦びを教えてよ」

 そしてその現実は、止まらない。


「“宴を開こう”」

---


 刀と剣の違いは斬るか叩き切るか。刀は薄く強く、空間をも切り裂くほどに繊細に、剣は厚く固く、空気を打ち砕くほどに豪快に。片刃と両刃の取り扱いの差と、更には使い手の扱い方一つでその理屈も簡単に翻るものだが、基本的にどちらも消耗品である。特に刀は斬ったあとの切れ味の維持や管理が難しい。そこさえ怠らなければ強度は剣に匹敵するが、なんにせよそう何度も攻撃を防げる代物ではない。


 だが、ガラハの戦斧を数度受けてもクォーツの刀は折れることも砕け散ることもない。力を受け流すにしても限度がある。特にガラハの戦斧のように重量のある一撃を何度も受けて、未だ刃こぼれの一つもしない。


「相当の業物(わざもの)のようだな」

 数度の激突を終えて、クォーツが距離を置いたためガラハも後退する。合間に割って入ったラベンダーが逃がさないとばかりに追撃を仕掛けてくる。

 機械人形の動きは読みやすい。動きが拙く、避け方は人間の骨格を無視してはいるものの、そこから起こる反撃を許さない限りは脅威になり得ない。奇襲、或いは武器を絡め取るような厄介な妨害を行ってきたならば話は別となるが、ラベンダーの攻撃はガラハに休息を取らせないというただ一点に

仕向けられたものだ。


 重鎧も筋肉も、それだけでガラハの負担となる。きっとクォーツかラベンダーがそう考えて休ませないようにしているのだろうが、こんなことで息が上がるほどガラハの体力は貧弱ではない。戦斧を背負って山を守るために駆け回っていただけでなく、ここ最近は重鎧を着込んでの活動を続けていた。主に寒冷期に伴う防寒対策だったのだが、それが功を奏した。こればかりは寒さに弱い己自身に感謝しなければならないようだ。


「いや、業物を越えた悪しき物か」

 ガラハには鍛冶屋の友人がいる。彼のように業物を鍛造することはできないが、それなりに品定めの方法は教えてもらっている。とはいえ精製か粗製か、良い物か悪い物か程度にしか分からないが、こうしてクォーツの刀と打ち合っていれば自然とその答えが見えてくる。

「何人の血を吸わせたんだ?」

「知らない」

「自分の生死を握る大切な武器について、知らないだと?」

「考えたこともない。私は与えられたことを遂行するだけだから」

「その刀も与えられたと?」

「家から託された物ではあるけれど、これを鍛造した理由だったり、こうなるまでの過程についてまで興味があるわけじゃないから」


 一瞬ながらもクォーツにガラハはアベリアを重ねたが、どうやら雰囲気だけであって中身までは似ても似つかないようだ。アベリアだったなら、他人が用意した物に簡単に命を預けない。もし手渡されても、それを十全に使いこなせるようになるまでは絶対に人前で扱うことはないだろう。


「武器を使うことの誇りや用意してくれた者への感謝の念は無いのか?」

「そこまで配慮したところで、誇りも感謝の念も私を助けてくれるわけじゃない。助けてくれるのは私自身で、そして私が得た剣技と知識だけ」

 どんな体勢からでもクォーツは飛刃を放ってくる。ガラハの場合は十字に切らなければ発生しない質量を持った斬撃をそうも簡単に放たれては、中距離でのやり取りも劣勢となる。そもそも、中距離から飛刃で攻撃を繰り返すことは考えてはいなかったのだがせめて牽制だけでもと思っていたところがあったため、速度という面で彼女に一歩先を行かれては急いで飛刃を放ったところで必ず先に防がれてしまう。それどころか、後出しでもガラハの一発に対して彼女は二発以上は撃てる。対等に近い戦いをするためには間合いを詰めなければならない。クォーツとラベンダーの両者の間合いを揃って詰めることはできないため、どちらか一方を集中的に攻撃したいところではある。


 だが、そんなことはきっと筒抜けだ。戦略を組んだことのないガラハが一生懸命に考えたところで、それらを教育として取り組んでいるであろうクォーツには届かない。頭脳戦に持ち込めないのなら力任せの戦いに持ち込みたいが、それも恐らく誘われている。戦斧を防げる刀に対して、不用意に飛び込むのは命がいくつあっても足りない。


「ラベンダー」

 纏わり付くように斬撃を続けてくるラベンダーに声をかけ、クォーツが下がらせた。それだけでガラハの勘が働く。飛刃のような名前を口にしなくてもいい技ではなく、それこそ機械人形すらも巻き込みかねない大技を撃つつもりだろう。


「秘剣」

 刺突の構えを取って、クォーツが前方を穿つ。

(はぎ)(いのしし)

 空気を穿った。ただそれだけなのだが、質量を伴う剣圧はガラハへと猪の形を伴って猛然と突き進む。


 目には辛うじて捉えられても、眼前では避けられない速度の刺突がそのまま猪を加速させている。見えても、避けるまで体が反応できない。防御するために戦斧を盾のように構えたままガラハはこの技を受けざるを得なかった。むしろどうすれば避けられるのかすら見えてこない。

「……ただの斧ならば砕けるはずなのに」

 剣圧が生み出した猪は受けると同時に霧散したが、戦斧から伝わる全てそこだけで流すことはできず、更には戦斧には穴の一つも空いていないにも関わらず貫通してきた衝撃波でガラハは吹き飛ぶ。しかし、地面を覆っていた雪がガラハを受け止め、僅かだが体に打ち付ける痛みがやわらぐ。

「そちらも業物?」

「小娘のそれと同じにするな」

 しっかりと防いだこともあって、体の内部に損傷をきたしているような感覚もない。ガラハはすぐに起き上がり、積もった雪を踏み締める。守られはしたが、戦いの環境としては良くはない。訓練で雪原での戦闘も行いはしたが、苦手意識は消え去らない。

 だが、空に住まうはずのクォーツまで降り積もる雪の中を自由自在に動けているのは不可思議だ。翼を使っているのかと疑ったが、どうにもその様子は見受けられない。体重差によるものとも考えにくい。

 だとすれば、接地の技術が違う。どのような足場でも即座に対応できるように鍛えられているのだ。

「ただの小娘が、よもやその領域に達しているとはな」

「無駄に年を喰っているから、そんな言葉を口にしてしまう」

 飛刃が止め処なく放たれ、ガラハは防御を余儀なくされる。

「一日も無駄にせずに生きられたなら、私より強いはずなのに」

 皮肉か、或いは侮蔑か。どちらにせよ、ガラハは言われても頭は思ったよりも冷えている。実際、その通りだと思っている上に何度も年下のヒューマンたちには驚かされてきた。最近では嫌っていたエルフすら認めざるを得なくなってきている。

 ガラハが大事にしてきた常識というものは、外に出てから大きく変わった。決して非常識ではなかったが、多くが覆された。


 しかし、覆されて呆然としていたことはない。外に出て得た経験はやがてガラハの中で育ち、常識として取り込まれる。その過程の中では嘆かない。そんな小さい生き方はしていない。もし嘆くとすればそれは、外の常識を取り入れようとせずに生きようとしたことで起こった港町での悲劇だけだ。


「年を重ねるのも悪くはない。新しいものを成熟した精神で見るのも面白い」

「そんなの年寄りの言い訳」

「オレはまだ若い。小娘の敬わない態度や言葉を本当の年寄り連中には聞かせたくはない」

 飛刃を受け切って、ガラハは攻勢に出る。

「……苛烈に行こう、ラベンダー」

「構わないのですか?」

「構う構わないは私が決めるから、あなたは訊ねてこないで。もう“あと二回しかない”んだから。私がやると言ったらやるの」

「了解しました」

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