表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
228/705

オニキスとカモミール

【ガルダ】

 背に翼を持つ人種。迦楼羅(かるら)、または金翅鳥(こんじちょう)とも。顔が鳥に近い者もいるにはいるが、翼以外はヒューマンと変わりない者がほとんど。


 生活圏は空に浮かぶ島とされているが、ガルダやミディアムガルーダ、そして彼らに見初められた者たち以外がその場所を知ることはほぼ不可能とされている。伝統と秩序、当主といったものを重んじており、特に当主たちによる互いの監視が強く働いている(ヴェインの村も家督制度による監視や統制を強めているが、ガルダの場合はそれをはるかにしのぐ)。


 ミディアムガルーダは度々、地上に降りることが許されており、そこが主に交易や人脈などの繋がりとなる。ただし、ミディアムガルーダはミーディアムの特徴として一目惚れすると一途に追い続けるだけに留まらず、略奪したいという感情によって惚れた男性や女性を空に浮かぶ島へと連れ去ってしまう。これをガルダは『つがい』の制度によって、連れ去ってしまったヒューマンの男性と女性を庇護下におき、同時に永遠に地上に降りさせないようにしている。

 昨今ではその頻度も減ったが、純血と混血が社会に入り乱れるようになり様々な意味でガルダの社会は混沌を極めており、表向きは暮らしやすいがその裏側には多くの血が流れているとも噂される。しかし、間違いを犯せば死は免れないが、逆に言えば真っ当に生きさえすれば決して住みにくい社会ではない。


 当主の意見は家族の中で最も強く、子供の育て方は当主が決める。子供が興味を抱いた物を当主がいらないと判断すれば容赦なく捨てられ、厳しい刀剣の修業が待っている。


 ガルダは五歳、ミディアムガルーダは十歳に『羽生えの儀』が行われ、そこでの翼の色が白に近いほど将来有望とされる。

 ガルダは七歳、ミディアムガルーダは十四歳の頃に『機械人形』が与えられ、飛行訓練と刀剣修行に加えて機械人形との意思疎通の練習も加わる。これらは非常に強靭な精神を鍛えることに成功しているが、同時に一歩でも踏み外せば精神の均衡を崩すような危ない日々を過ごさせることになる。特に機械人形との意思疎通には子供が持っている魔力が必要不可欠となり、魔力の器が足りなければ足りないほど精神的不均衡を生み出してしまう。そのため、一応ながら魔法の心得も持っており、その対処についても詳しい。


 鍛え抜かれたガルダたちはやがて成人し、空を守る仕事に就く。その社会を揺るがすような存在と出会うことは滅多にないが、もし出会ったとしても彼らは難なく処理してしまう。あまりにも戦闘に特化しているために傭兵として雇うことが世界的に禁止されている種族(そもそもそんなガルダはほぼいない)。決闘形式を代々、受け継いできているためどのような状況下であれ、まず一対一の殺し合いを提案する。これは実力的に劣っていても、拮抗していても変わらず、たとえそれで負けても(ほま)れとして受け入れ死んでいく。よって、負けた上で生かされた場合は最大の屈辱として認識し、生き恥を晒すならばと自ら死を選ぶ者さえいる。


 魔道具によって『異界化』の結界を発生させているが、これはそもそもカルメン家が各当主の賛成多数によって所持し、永劫的に外に出さないようにと隠し続けてきたものであり、そうそうある物ではない。

---


「一つの結界に揺らぎを観測」「第一班がガルダと交戦を開始」「予定より速過ぎる」「偵察班が見ていたらしいが、冒険者の中に機械人形が紛れ込んでいたらしい」「生きてはいるが無生物だから感知できなかったのか」「霊体と同じだな。観測できる者にしか観測できないクセに観測できない者にも干渉してくるってことだ」「第一班は想定より速くなったが、第二班はこのまま作戦時間まで待機する」「予定を全て早めると浮足立ってしまうからな」


 杖を握っている力を緩め、アイシャは深く安堵の息を零す。

 自身が真っ先に進言したことを後悔はしていない。そうしなければ、シンギングリンを救うことはできなかった。だが、いざ本番が近付いてくるとなると相応の緊張感に押し潰されそうになっている。

 それは恐怖なのか、それとも失敗した先にあるシンギングリンの不幸な未来を(うれ)いてのことなのか。どちらもごちゃ混ぜになって、今はもうどちらがどうとも断言できない。


「第二班は第一班とは異なり、調べなければならないこともある」「どこまで第一班の冒険者が粘り、結界について調査できるかも大事だ」「ここにある結界も恐らくは同様の形式だろうから」


 ガルダが決闘形式を取っているのなら、第一班は一人ずつガルダと戦っていることになる。その間に残りの冒険者は外側から結界について調べ、得られる情報を全体に共有する。第二班はそれを踏まえて、結界をガルダ側からではなくこちら側から干渉して解除できないかを調べ、場合によっては実験する。

 しかしその実験は、死者を出すことが前提となる。結界に細工をすればガルダも気付くだろう。それを止めるとなれば、必ず誰かが戦わなければならず、犠牲にならなければならない。その犠牲の果てで、結界の解除が果たせたならその方法を全体に共有して第三、第四班の活動を有利にする。

 そんな役目も背負ってはいるが、できればここを守るガルダも処理したい。調べたり実験したりしただけで、見逃されるわけもない。だが、結界を解きさえすれば一対一での戦いを強いられることはない。あとは多勢に無勢となる。相手からすれば無礼極まりないが、街とクルタニカを人質にした代償だ。だからアイシャも神官ながらにガルダへ慈悲を向けようという気にはならない。ただ、それがしっかりとした殺意へと転じているかというと疑問が残る。

 話し合いで解決できない相手とは聞いている。それでも、もしかしたら話を聞いてくれるのではないか。神官としてアイシャは多くの懺悔を耳にしてきた。中には許されないことも沢山あったが、神官は絶対に懺悔の内容を口外はせず、そしてまた神と共に許すのが仕事である。罪を洗い流すことはできないが、向き合わせて反省させることができ、正しい道へと歩ませることができる。ならば、ガルダにだってその機会を与えてもいい。


 もしも本当に、懺悔すべき感情が少しでも残っているのなら――


「小物ばかりが揃いも揃って、よくもまぁ僕の前に現れることができるものだ」

 なにか強い力の波濤を全身を通過した。奇術に見られる『壁抜け』に近い。擦り抜けても壁自体は崩れずに人体だけが通過する。アイシャはまさにその目には見えない壁を壊さずに抜けた。意図せず、それも強引に。

「物凄く不思議そうにしているけど、その内に理解するよ」

 どうやら壁を強制的に抜けさせられたのはアイシャだけではなく、見回せば女性の冒険者が十数人が辺りを見回している。そこでようやく気付くが、先ほどまで見ていた景色とは別の景色が辺りには広がっている。寒さと雪景色はそのままだが、ここまで引率してくれた中堅以上の冒険者たちや、なにより男性の冒険者が一人も見当たらない。

「オスとやり合うのは嫌いなんだ。声が野太いと冷めてしまうから」

 純白の翼を持つ少年のガルダが、さながらこの空間の主とでも言いたげに地上に降り立つ。

「あと、不細工は弾かせてもらったよ。顔がメスっぽいオスは残そうか悩んだけど、やっぱり筋肉質なのが無理だから」

 とんでもないことを言い放っており、反論の一つでもしたいところだが、誰もその気が起きない。


 本能が告げている。出会ってはならないタイプの相手だと。


「なに? 一対一が良かった? でもそれだと、逆に僕の精力が尽きちゃうから。ひとしきり相手にして、好みの相手で存分に楽しもうかなと。まぁ、小物は小物だけど? 使えないわけではないから」


 アイシャが思う少年の定義とは、純真無垢であること。穢れを知らず、己の無知を怖れずもせず果敢に物事に挑戦し、時には失敗を学び、それでも尚、ひたむきに前を向き続ける者だ。

 このガルダの少年はどうだろうか? その定義には当てはまりそうには見えない。なぜ、そう思ってしまうのか。そこに見えるのはまだまだ未成熟な男の子のはずなのに。

「小物たちはさ、魔道具に結界が張ってあると思った? あれ、実は偽物だよ。いや、ある意味本物ではあるんだけど、他のところの魔道具を見て結界を張ってあると思えば、僕が守る魔道具の結界も同一の物だと思って深く調査はしないだろうな、って。なんで、さっき結界を広がらせたんだ。主にオスを弾いて、気に入ったメスだけを入れる結界を」

 これは思い込みがもたらした大きな誤算だった。ギルドは結界の調査こそしたが、そのどれもには触れられない。だから過去のルーファスたちの情報からガルダとの一対一の空間を作り出す結界だと信じて疑わなかった。そこに特殊な結界が混じっているなど、考えもしなかった。

 だが、触れなかったのだから仕方がない。触れば中堅冒険者以上が触ったところで弾かれ、そこをガルダたちに急襲される。準備を伴わない段階の望まない戦闘は、異界化も合わせて大きな被害となる。


 震えはガルダとの力量の差によるものもあるかもしれない。しかし、それ以上に体が拒否反応を示している。生理的に受け付けない。発言のどれもに気持ち悪さを感じ、更には女性的な本能が、関わるなと何度も何度も危険信号を灯している。


「死体をいたぶる趣味はないから。まぁ、そっちの趣味もあったらきっと楽しかったかもしれないけど……あと、無抵抗なのもあんまりかな。抵抗してくれている方が、ずっと興奮する」

 ニタァッとした笑みを浮かべた直後、少年の後方から冒険者の一人が剣戟を放つ。

「遊んでくれるの?」

 言葉は愛らしさがある。ただし、姿形を合わせると禍々しさが打ち勝つ。なにより、剣戟に対して少年のガルダは振り返りながら避けて剣を握る冒険者の腕を掴み、力任せに投げ飛ばした。

「“宴を、」

「手の内を晒すのはしばしお待ちください」

 少年のガルダの発言に、どこからともなく現れた生気を宿していない人形のような――間違いなく人形が話しかけることで制した。

「僕に指図するのか?」

「考えてもみてください、オニキス様。相手は小物ではあれ、未だ手の内を知らないまま。なにをされるかも、なにをするかも分からない。小物の数が多すぎます。楽しむには数を減らさなければ、どれだけあなたがお気に入りを見つけても、何度だって邪魔をされてしまいます。打ち勝って、抵抗の意思は残しつつ、確実なる快楽を得る。そのための殺戮をしばし楽しんではいかがでしょうか?」

「それもそうか。ありがとう、カモミール。君がオスの体を持っていなかったら抱き寄せてキスの一つでもしていたところだけど、オスなのが残念だよ」

 人形が喋っている。ならばあれがギルドから聞いた機械人形と呼ばれる物なのだ。


「気持ち悪いんだよ、お前ら!!」

 この場にいる女性冒険者の総意を叫びながら、一人が鎗を少年のガルダ――オニキスに振り回す。


「君、嫌い」

 機械人形の腕が刃に変わり、奇妙に球体関節を曲げる。おおよそ人では真似できない姿勢で鎗を避けるだけでなく、そのままあり得ない角度に関節を動かすことで鎗に絡み付く。そこから腕の刃が女性冒険者の首へと迫る。鎗を捨てて一撃を凌ぐが、後方にオニキスが回り込んでいる。

「遊ぶに値しない。僕に否定的なことを言った奴は見せしめで殺す」

 一拍、二拍。心臓の鼓動と秒数は一致しないが、沈黙があった。いや、実際には沈黙はなかったのかもしれない。ただ、時間が間延びしたのだ。一秒が一分、二秒が二分のように心臓のたった二拍が五秒、十秒程度の時間になっていた。

 ただの錯覚だが、錯覚としか思いたくはない。

 女性冒険者の喉が後方から刃物で突き抜かれ、血を迸らせながら絶命していた。しかし、アイシャは自身の目で少年のガルダ――オニキスが刺突を繰り出した動作を見ていない。刀のような物は見えても、刀身も、鞘から引き抜かれる様すら見えてはいなかった。


「斬るのもよかったけど、君たちみたいな小物なら刺突ですら見えないと思ったから……うん、その反応だと絶対に見えていないね。」カモミール、服を剥いでおいて? 死体でいたぶる趣味はないけど、不意に見たら高揚してやる気に繋がるかもしれない」

「分かりました」


 それは、どういう状況であっても許されない。


「“満たせ”」

 アイシャが衣服に魔力を流す。

「ふぅん……へぇ? 良かったね、君はとても綺麗で美しい」

 ただ魔力を流しただけに過ぎず、まだ戦闘の意思を見せてすらいないというのにオニキスは異常なまでにアイシャに興味を見せる。


 アイシャのロジックに刻まれている『称号』が、最悪の形で機能している。そのことを知らされていない彼女は自身に向けられている言いようのない性的恐怖に立ち向かわなければならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ