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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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クォーツとラベンダー

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「いるんだよなぁ、混乱に乗じて街の実権を握ろうとする馬鹿な輩が」

 前方に見える隊列に向かってエルヴァージュが明らかな侮蔑を込めた言葉を零す。

「間諜より連絡が入りました。シンギングリンを包囲し、この結界が解けたのちに侵攻する予定とのこと」

「この大結界をあんな少ない人数で包囲し切れるわけがない。それは間諜に向けた偽情報だ。各隊列の隊長の動きを探れ。どうせ、一点集中の突撃に合わせての隊列移動だろうけど、念のためだ」

「了解しました」

「シンギングリンを助ける義理は一つもないけど、リスティを死なせるわけにはいかない。それに国内の反乱分子を鎮めるのなら帝国軍隊長もお許しになられることだろう」

 皮肉気味に言いつつ、エルヴァージュは剣を抜いて進軍の指示を出す。

「遠くから小突いて下がるならば様子を見る。下がらないなら交戦開始だ。退いても追いかけるな。後詰めどころか伏兵にも付き合う必要はない。長期戦になったところで()を上げるのは向こうの方だ。そして」

 エルヴァージュが横に跳び、空を掴む。

「お前はなにをしに来た?」

 纏っていた闇が払われ、景色に溶け込んでいた姿が現れる。そして、その者の腕をエルヴァージュは掴んでいた。

「殺しますか?」

 エルヴァージュの傍で兵士が言い放ち、剣を抜く。

「やめろ。こいつは獣人の姫君だ。殺したら僕たちの命にすら代えられないほど獣人との関係が危うくなる」


「どうやってジブンの位置を掴んだのですか?」

「土を踏めば僕には分かる」

「音で判断したと?」

「音じゃない。地面に触れたからだ。僕はお前の質問に答えたぞ? さっさとこっちの質問にも答えろ」

「……言ったところで通してもらえるとは思えません」

「通したところで結界の中には入れないが?」

 それを聞いて獣人は抵抗の意思を失う。

「さっさとお前のいるべき場所に帰れ。誰も引き連れていないんなら、お忍びで来たんだろう?」

「どのような罰も受けるつもりです」

「その覚悟の原動力はどこにあるんだ?」


「……アベリア・アナリーゼ」

「獣人の知り合いか? 結界内に巻き込まれでもしているのか?」

「いいえ、ヒューマンです」

「獣人がヒューマンの心配だと?」

「いけませんか?」

 まるで抵抗する様子がないため、エルヴァージュは彼女の腕を放す。

「一つ確認だが、このことがバレた場合に僕がお前を捕らえたなんていうデマが獣人内で伝播されることはないか?」

「どうでしょう……ジブンは頭が悪いので、そこまでの責任は負いかねます。ジブンの目的は父君にも話すことは決してなく、それを良くは思わない父君が理由付けとしてあなたを利用する可能性はもしかするとあるかもしれません」

 既に獣人に触れてしまっている。彼女が水浴びをしない限り、エルヴァージュというヒューマンの臭いは付着してしまった。

「キングス・ファングには黙ると言ったな?」

「絶対に」

「……難しいな。なにか言い訳を考えようとも思ったが、どれもこれも筋が通らない。お前ほどの気配を消せる獣人がそもそも小競り合いに巻き込まれるやら、偶然、居合わせてしまうという状況がまずない」

 悩みつつ、エルヴァージュは尚も剣を抜いたままでいる兵士に納めるように指示を出す。

「だが、一切の傷を負わせずに五体満足、安定した精神のままで帰しさえすれば獣人側から報復されることもない……か? とにかく、そんな抵抗感がまるでない状態で周辺を歩き回られて、どこかしらで怪我をされても迷惑だ。僕たちが保護する」

「保護?」

「建前だよ。キングス・ファングには絶対にそう伝えるな。むしろ獣人がヒューマンに保護されたと聞けば、間違いなく報復が来るからな。結界が解けるまで僕たちの後詰めの部隊で待機してもらう。解けさえすれば、そのアベリア・アナリーゼの姿を見ずとも気配で知ることができるだろ?」

「それは、はい……」

「お前は衝動的にシンギングリンに来たのは、表情を見たところ安否確認と謝罪のどっちもって言ったところか。でも、謝罪は後回しにしろ。シンギングリンは獣人と合わせての魔物の襲撃で気が立っている。それに加えて異界化もあったとなれば、親交のない獣人を見れば大騒ぎになる」

「分かりました」

「本当に分かっているのか?」

「無い頭で、一応は分かったつもりでいます」

「なら、そこの兵士に後方へ案内してもらえ。自分の身は自分で守れとは言わないが、部隊には獣人を快く思わない連中もいる。そういった連中になにかされそうなら全力で抗え。僕もその方が部隊の洗浄ができてありがたい。上の決めたことに絶対に従えとは言わないが、立場と世界情勢を秤に掛けられない輩をずっと連れて歩きたいとは思わない」

 それを聞いて、やや兵士がエルヴァージュの視線に怯えながら獣人を連れて後退していく。

「エルフ、ドワーフ、獣人にガルダ。これでハゥフルにも気に入られることがあったら笑えないな。他種族にとって魅力的に見えるってのは罪だな、アレウリス・ノールード?」


「結界維持の魔道具を目視で確認」「誰かギルドに連絡を入れてほしい」「ここまでは難なく進むことだ」「重要なのはこのあと」「俺たちじゃ手を出せない」「ほら見ろ、近付こうとしても近付けない。手を伸ばそうものなら弾かれる」「弾かれるぐらいならまだいいが」「この先、魔道具を守る結界が強化されて、腕が吹き飛ぶようにでもなったらと思うと」「分かるな? ガルダがこちらを軽視している今しかない」「危険視するようになったら、さっき言ったことをされて手も足も出せなくなってしまう」


 各々の役目を果たしながら中堅冒険者と上級冒険者がガラハを含めた中級冒険者は不安から自然と唾を飲む。この重要な任務を初級や新米冒険者に任せるのは荷が重すぎるため、ガルダへの対抗手段は中級冒険者だけとなっている。

 勝つ勝たないの問題ではない。負けようとも魔道具を破壊さえできればいい。破壊すれば、この場にガルダが結界を張る理由がなくなる。そうすればガルダの決闘に付き合わずに、中堅と上級冒険者が仕留めにかかれる。


 だが、肝心の中級冒険者の士気は怖ろしく低い。誰もが自分が選ばれないようにと願っている。そういった些細な表情の変化にすら疎いガラハですら、周囲を見れば誰も彼もが恐怖に震えているのが分かる。


「上を目指しているはずなのに、このありさまか……」

 ガラハは聞こえないほど小さな声で愚痴を零す。勿論、自身も選ばれたくないと思っている部分はある。だがそれは、自分よりも強い者が選ばれるようにという願いの反転したものだ。

 だから中級以上の冒険者たちに「頼むぞ」や「お前たちだけが頼りだ」と言われても、その一言一言で怖気や寒気を感じることはない。ここまで来たのだから、もう引き下がれないことは分かっているはずだ。なのに二の足を踏んでいる。

 ただ、心に強いプライドや強者として目指すべき方向性を見定めている者はガラハ以外にも少なからずいる。その者たちが冷静さを失わずに佇んでいることでガラハも気を落ち着かせることができている。そしてその者たちにとっても自身が同格であったりそれ以上であるように見えるようガラハも努める。

 何故なら、戦いに来たのだ。これが戦闘を含めない任務であったなら唐突な戦闘に不安を覚えたり、動揺するのも分かる。しかしこれは戦いを前提とした任務だ。顔に出したり、体の動きで示したりするほどに怯える理由が見当たらない。

 他にもドワーフやエルフも一部ながら見えるが、ヒューマンほど感情を吐露してはいない。

「オレはアレウスやヴェインを知って良かった」

 もしも知らずにこの場に来ていたのなら、「やはりヒューマンは」と大きな声で見下してしまっていた。しかし、二人を知っているからこそ彼らの動揺を自身の心まで響かせずに済む。

 劣っているわけではない。ヒューマンは他種族に比べて感情表現が豊かなのだ。全ての種族が当たり前に持っているそれをヒューマンは人一倍、表情に乗せやすい。エルフならば同族にしか見せない笑顔やドワーフならば妖精にしか見せない安堵の表情などがある。それらは他種族を嫌悪しているからではなく、他種族を警戒するからこそ見せないものだ。だがヒューマンはその一切合切を当然のように見せてくる。それが自然と相手との境界線を曖昧にし、気付けば踏み込まれる関係にまでなるのだろう。でなければヒューマンがこの大陸で最も栄えている種族にはなり得ない。


「とっても面白そうな人」

 その一言が、ガラハの背筋を凍り付かせる。刃物の切っ先が背中を滑ったような感覚だった。縦に切り裂かれていないことを逆に疑ってしまうほどに、強烈な死の感覚があった。

《連れて来て》

「了解しました」

 ガラハの服を何者かが掴む。自身は終末個体のピジョンと戦った以降も鍛錬を欠かさず、日課として行い続けてきた。そして身長は低いながら筋肉の重み、合わせて多少のことでは持ち上げられないほどの重鎧を着込んでもいる。

 それなのに、ガラハは結界に向かって投げ飛ばされた。完全に体は宙に浮いている。魔法も妖精の力も借りられない中で、ここから失速させて着地するのは難しい。


 結界に入った中から選ばれるのではなく、向こうから選んできた。ガラハは自身の体が結界に触れ、同時にどこかへと転送される眩暈を覚えながら、状況を理解する。


「少しばかり乱暴でしたでしょうか? しかし、お手を煩わせないようにするにはああするしか」

「問題ない」

「ありがとうございます」


「お前は、誰と喋っている?」

 ガラハは体を起こし、純白の翼を持つ少女に問う。

「誰って、この子のこと?」

 少女のガルダの横に立つ、彼女と同じぐらいの身長の少女を紹介するように前へと押し出す。その勢いをゆっくりと殺し、押し出された少女は上品にお辞儀をして見せる。体は人間のように血肉を纏ってはいない。人形独特の球体関節も見受けられる。それ以上に、瞳からはまるで生気が感じ取れない。

「あたしの機械人形」

「……どうにも、怖ろしい話だな」

 戦斧を構えつつガラハは呟く。

「オレにはお人形遊びをしているようにしか見えない」

「あ、そう」

 ガルダの少女は素っ気なく言って刀を抜く。機械人形の片腕が形を変え、こちらも刀を覗かせる。


「一番最初に選んだ決闘相手は一番おぞましい死体にしたい。そうすれば、次からは誰も入ってこないでしょ? さっさと殺そ、ラベンダー?」

「了解しました、クォーツ様」

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