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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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ガルダの思い通りにはなっていない


 『影踏』がクルタニカに返り討ちに遭い、重傷を負ってシンギングリンに帰還したのはアレウスたちが上級冒険者から教えを受けてから二日後のことだった。いつ死んでもおかしくない状態から回復魔法やポーション、そして医者の治療によってどうにか『影踏』は生き永らえた。しかしながら、帰還時点で右手の凍傷はあまりにも酷く、機能の回復は困難であることから、敗血症やそれ以上の腐敗を起こさせないためにも本人の同意のもと切断された。

「状況は確実に切迫しています。『影踏』が撤退する最後にクルタニカさんがガルダに捕まったところを目撃したそうです」

「なのにガルダ側から全く声明が出されないんですか?」


 アレウスは汗を拭いたタオルを首にかけ、休憩がてらにギルドの椅子に腰掛けながら訊ねる。寒冷期でも運動を続けていると自然と汗を掻く。外ではさして熱を感じていなかったが、屋内では逆に気になって仕方がない。


「今のところはそのようなものを受け取ったという情報はありません。この状況で考えられるとすると、」

「ガルダ側はそもそも『異界化』を解くつもりがない。もしくは、クルタニカを捕らえるまではよかったものの『蝋冠』関係でガルダ側で問題が起きているか」

「相変わらず解釈が速くて助かります」

 リスティの顔色には疲労が見える。数日前からリスティがギルドにいなかったことはない。『異界化』してからずっと働き詰めなのかもしれない。

「訓練の方はどうですか?」

「付け焼き刃、突貫工事、その他諸々の言い方はありますけど教え方に助けられています」

「上級冒険者も自分の命がかかっていますからね。ぞんざいな教え方はできないでしょう。それに、ギルド長に睨まれてもいればたとえ相手が格下の冒険者であっても雑な扱いはできません。悲しいのは、こんな事態にならないと大半の上級冒険者は先達者としての務めを果たしてはいなかったことでしょうか」


「僕はルーファスさんの薫陶を受けることができていますけど?」

「それが稀有な例……いえ、ルーファスさんのパーティは比較的、低ランクの冒険者を育て上げる方針を取っています。ルーファスさんは諸々の事情があってしばらくその役目も放棄していたので現在はアレウスさんの面倒を見ているだけですが、お酒に溺れる以前はギルドが主催する訓練や特訓には必ず顔を出しておられました。アニマートさんも例に漏れずではあったのですが、今は不調続きなので神官と教会の業務だけで手一杯のようですね」

「それをクルタニカさんが補っていた?」

「あの人は『御霊送り』もそうですが、アライアンスの依頼は結構な数を請け負っていましたし、なにより人を惹き付ける力がありますからね。アレウスさんと同じですよ。なにかを果たしたいと願う人は自然と周囲を惹き付けるんです。全体的な冒険者としての生き方、矜持、協力関係の大半は彼女が担っていたと言っても過言ではありません。ただ、そういったカリスマ性を持つ者がいると、全てを任せてしまうのが人間性です。なまけることができていた中で、こうして脅かされ始めたのですから必死にならないわけがないんですよ」

「アベリアをよく見てくれていたのは、ギルドから頼まれていたからでしょうか?」

「いえ、そこはクルタニカさんが個人的に気に入ったのでしょう。あれだけ破天荒でワンパクな方が、真面目なアベリアさんのどこに惹き付けられたのかは分かりませんが」


 アベリアがクルタニカと知り合った当時はまだランクは中級ではなかったし、アレウスもいつの間に彼女に知り合いができたのかと驚いたほどだ。

 しかし、驚きはしたものの不思議とまでは思わなかった。


「自分とは真逆の相手に好感を持つことはあるんじゃないですか?」

「それもあるかもしれませんが、クルタニカさんはアベリアさんに誰かの面影を重ねていたようにも思えます」

「誰かとは?」

「四人のガルダの中に少年と少女がいたという話ですので、そのどちらかにじゃないでしょうか。でも、少年のガルダの方はあり得ませんね」

「あり得ない? 異性の年下だからですか?」

「四人のガルダについては以前のルーファスさんとの交戦からいくつかの情報が入っています。その中でも飛び切りに危ないのが件の少年です」

「それは実力という点で? あのガルダたちのリーダー格は間違いなく、男の方だと思っていたんですけど」

 汗を拭き切ったからか、それとも体が冷めたからか先ほどまでは暑苦しく思っていたギルド内を寒く感じ出す。


「人間の三大欲求については御存じですか?」

「食欲、性欲、睡眠欲」

「普段からそうなのか、それとも戦闘によって昂ぶってしまうからか、アニマートさんは身の危険を覚えるほどの狂気をギルドに報告しています」

「無欲な者よりも欲が強い者の方が人は寄ってくる」

 エウカリスの教えをアレウスは反芻するように口にした。

「欲望は強く持つべきですが、どれか一つを強く持ちすぎると精神的バランスが崩れてしまいます。どれもこれもを平均的に欲することこそが強欲なのです。性欲に傾いたことすらも強欲に含めるなど言語道断です。そういうのは異常性欲、異常性愛、異常性癖と呼ぶものです」

 いつもよりも強めの否定が入る。

「実力云々ではない部分で危険というのも変な話ですよ」

「いえ、この少年のガルダに関してはクルタニカさんの件以外にも目撃情報がありまして……その、とてもではありませんが言葉としてお伝えするのは憚られる内容でして」


「だったら、聞かないでおきます。書類として見るのも避けます」

 でなければ気持ちが揺らぐ。アレウスが狙うべき相手はリーダー格の男だけだ。『蝋冠』がカルメン家の資産や家督を意味する物であるのなら、四人で『蝋冠』の奪取を企ててはいても、それを手にするのはたった一人だ。そして、その傍にはクルタニカがいるに違いない。


 だが、リスティからガルダの少年についての情報を得てしまったら、正義感やその他様々な感情に揺り動かされて自身の中で見通しが立たなくなる。


「ところで、ルーファスさんから聞いたんですけど結界破壊は四ヶ所同時ではなくて時間をズラすらしいですね」

「同時に幾つかの地点を攻めるのは、作戦としては正しいんです。でも、それは守備や防衛の人数がバラけることが前提としてあります。人数に限りがあり、人員を割り当てるのにも手間がかかれば、同時に違う地点を攻めることで、情報伝達に乱れが生じ、どこかの防衛が薄くなって制圧が容易になります。結界に関しては一ヶ所につきガルダが一人というのは確定で、しかも結界に入る相手を選別するのは相手側となるため有効とはなりません。なにせ向こうは攻められることが予め分かっているわけです。防衛人数に関しても増やす気はないでしょうし、減らす気もないでしょう。かつ、情報伝達も彼らは不要なのです。勝てば結界は維持、負ければ結界を守る物体が壊されることが結界維持物から伝わる。だから、攻め方は同時よりもズラすんです」

「ズラすことで、攻める側のギルドが冒険者を割り当てる人員を調整できる」

「はい。一ヶ所目で戦闘を開始し、状況を見つつ冒険者たちを動かします。ただし、それに気付かれても、休息を与えないために二ヶ所目には三十分以内には攻撃を開始します。一対一の決闘を好むのであれば、ガルダはいずれこちらの数の暴力に屈する。それを見届けて、一ヶ所目と二ヶ所目の冒険者を再編成し、三ヶ所目や四ヶ所目に向かう。勿論、三ヶ所目と四ヶ所目を主だって攻める冒険者は先に決めてはおきます。疲労困憊している冒険者が再びガルダと立ち向かえば、死は免れませんから」

「死人は必ず出る形で作戦は考えられているんですね……」

「はい。先に挑んだ者の屍を越えて、ガルダを倒します。そこで仲間たちの死を積み上げて勝利しても、精神が摩耗した者は撤退させます。ただ、気掛かりなのは一対一を好むガルダではありますけど、一度目にそれで痛い目を見ているわけです。なのに今回も同じように一対一を行うかどうか」

「僕ならやりません」

 断言すると、分かり切っていたかのようにリスティが溜め息をつく。

「でしょうね。私だってやりませんよ。だから、ガルダの作った結界が変化している場合、私たちではなく冒険者であるあなたたちが柔軟に対応しなければなりません……それができるのかどうか。できたとしても、太刀打ちできるのかどうか。そこの辺りの話が詰め切れていないのですが、『影踏』が負傷撤退したために、もう詰める時間もないわけです」


「アベリア……は無理でも、ヴェインたちは間に合いませんか?」

「治療の状態にもよりますけど、回復してすぐに戦いに向かわせるのは難しいでしょう。それにヴェインさんは異界での活動は避けさせたいところです。なにせ婚約者がいる身です。甦れないのであれば、彼は前線に出すべきではないです」

「……いや、でも」

「異界化が進行しているシンギングリンにはヴェインさん以外にも多くの繋がりを持っている冒険者もいらっしゃいます。それでも前線に行こうとしている方もいる。だからヴェインさんも行くべきだと?」

「そうじゃ、」

「理想を押し付けてはいけません。たとえヴェインさんが行くと言っても、私は了承しません。人の死がどれほどに重く、そして苦しいものかを知っているからこそ私が止めます。分かってください」

「……はい」

 リスティには敵わない。

「そう落ち込まないでください。私だって心苦しいことはあるんですから」

「睡眠が取れていないこととか?」

「あなたとまだショッピングに出掛けられていないことですね」

「本気で言っています?」

「ええ、言っていますとも。あなたがちっとも私に声をかけてくれませんので、もしかして忘れていらっしゃるのではと」

「忘れては……いませんよ?」

「その顔は忘れていましたね? 私も人並みに楽しみにしていることもやりたいことはあるんです。それを、こんな形で終わらされるかもと思うと心苦しくて辛くてたまりません。なので、異界化を止めたあとにアレウスさんは真っ先に私とショッピングの約束を取り付けてくださいね?」

「まずアベリアの様子を見てからでいいですか?」

「構いませんよ? 私は別にアベリアさんとあなたの関係に割り込んでやろうと思ってはいません。ただ」

「ただ?」

「一夜のあやまちなるものが存在するなら、あなたとだったら良いなと思うようにはなりました。割と最近になって、この仕事に一抹の不安を抱き始めていますから」

 冗談で言っているようには聞こえない。

「僕は一夫多妻制やハーレムってものを心の底から嫌っているんですけど」

「なにか話が飛躍しすぎているようですが、私の言っていることは極限状態においての話です。あと、そういうことを言う人ほど一度沈むと頭の先まで沈みます。初めて歓楽街に立ち寄った方がその後、全財産を注ぎ込んでしまって金貸し屋に追い立てられる話なんて割と有名ですね。あなたにはそういう危うさもあるんです。ただ、あなたを取り巻く女性関係を観察するのも楽しいので、そっち方面に向かっても私は全く困りませんが」

「僕が困るんですが」


 気負いすぎるなと言いたいのか、それともアレウスを沈めさせたいのか。真意のほどは定かではないが、リスティと話している内にほんの少しの不安は取れた。

 アレウスはリスティから勧められた果汁飲料を飲み干して、訓練に戻るためギルドをあとにした。

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