3-2
///
――あたしも剣術は苦手だけど、あなたはそんなあたし以上に苦手みたいね。
――先生の指導で合格を得るなんて凄いじゃないクルタニカ! 正直、少しだけあなたのことを馬鹿にしていたわ、御免なさい。
――あなたが諦めなかったから、あたしも頑張ったの。あたしはあなたよりもマシって思い続けて自分を誤魔化し続けるのはもうやめるわ。
――あたしは純血で、あなたは混血。剣術に差はあるけど、あたしはちっともあなたのことを劣っているなんて思わない。
――ねぇねぇクルタニカ? あなたはあなたの得意なことを伸ばすべきだと思うの。先生に怒られたからって凹まなくていいわよ、絶対に。
――あなた、魔法に関しては間違いなく同年代で随一よ。誰もあなたに敵わない。でも、そこで留まらないでずっと上を目指しているのが素敵。あたしだって、あなたに負けないぐらいの剣術の使い手になってみせるんだから!
――あたしが前に出て、あなたが後ろで魔法を唱える。互いの長所を活かして生きれば、あたしたち誰にも負けないんじゃない?
――剣術なんて乙女が学ぶべきものじゃないと思うのよ。
――女口調を直せって言うのよ? 戦場に女らしさは不要だって。そんなの“あたし”、耐えられないわ。
――この傷? 親に歯向かったらボコボコにされただけ。きっと“あたし”はこれからも歯向かい続けるんだろうけど、どこかで女らしさ諦めるんだと思う。
――だからクルタニカは、私が持てなかった女の子らしい口調を貫いてほしいな、って……こんなこと、頼むのも間違っているんだけど。
頭の中で自分を呼ぶ声がする。空に浮かぶ世界で共に学んだ旧友の声だ。現実のものではない。それでも今のクルタニカはさながら旧友たちにいざなわれているかのように強く惹き込まれていた。目指している場所がどこなのか分からないはずなのに、足は自然と動いている。
――貴様が『蝋冠』を奪って地上に降りさえしなければ! こうして“私”が追っ手として遣わされることもなかった!
――目覚めて理解しただろう? 貴様と関わればあらゆる者が死んでいく。
――忌まわしき子を助けた貴様らも“私”を“女”と侮る輩か……“私”が女だなんだと口にする輩は総じて死ね!!
――交渉など最初からあってないようなものだ。私はそこの鎗遣いを心の底から始末したいと思っている。
――今更、“私”となにを語らうと言うのだ?
――負けたのは忌まわしき子である貴様ではない。図に乗るな……貴様だけには、見下されてなるものか……!
「あなたとわたくしで争うことは微塵もありはしないと言うのに、話すら聞いてくださらないんですから難儀なものですわ。カーネリアン……いつからあなたは、あんな修羅道に落ちたような目付きをするようになったんですの……?」
クルタニカは朦朧としている意識の中でガルダの作った結界を探しながら、虚空に疑問を言い放つ。答えが返ってくるわけもないのだが、胸の中に溜まっているものが溜まりすぎて勝手に溢れてきてしまっている。
いつものように空を飛べばすぐにでも見つけられるのだが、全身を巡る魔力に落ち着きがない。病院を抜け出す際、本来であれば昏倒させるだけの予定だったが冒険者を勢いあまって凍り付かせてしまった。気をしっかりと持って、どうにか空気の層だけは残したが生きているかどうかの確認はしなかった。
確認したところで、クルタニカの中でざわついている魔力を沈静化させなければあの氷は溶けることも自壊することもない。しかし、外部から魔力を断つ攻撃が可能であれば少なくとも冒険者を救出することはできるだろう。幸い、その手の技を持つ冒険者をクルタニカは何人も知っている。
「わたくしの『蝋冠』を狙っているとすれば……やはり、同じ方たち……」
一度、どうやって居場所を突き止めたのかは分からないがガルダの追撃に遭った。魔法で抵抗はしたが、近距離での戦闘にもつれ込まれてしまえば不利なのは自明の理であったため、逃げることに全力を費やした。ガルダの速さは群を抜いていても、クルタニカも半分はガルダの血が流れている。そして空に浮かぶ島でしか活動してこなかった彼らよりも地上での生活を送っていた時間分だけ物事は有利に働いた。
その果てで力尽き、次に目を覚ましたのはシンギングリンのギルド指定の病院だった。ルーファスたちはクルタニカに経緯を話してくれた。自身が氷の卵に包まれていたこと、卵を割ったら氷の魔法で襲い掛かったこと、それを鎮めたときにガルダと協議を行ったこと、協議は決裂し戦闘になりガルダを追い返したこと。
それらを聞いて、自分自身が逃げたせいで巻き込んでしまったと思った。どこにいてもガルダはクルタニカの居場所を再び見つけ出す。となれば、誰の邪魔にもならない場所で身を潜めることこそが自身の取るべき答えだ。
そのはずだった。アニマートに『神官』になってほしいと強く勧められるまでは。
「カーネリアンとオニキス……あとはクォーツとラブラ……以前と変わらないなら……きっと」
『蝋冠』をそこまでして欲する理由はなにか。カルメン家の資産か、それとも家督か、それともクルタニカも知らない秘密が『蝋冠』には隠されているのかもしれない。しかしそれを知る術を持ち合わせていない今、自身にとっては枷でしかない。周囲を巻き込んでしまうのであれば、自身の身柄と合わせて手放してしまえばいい。そうすれば少なくとも、クルタニカが好きな人々を守ることができる。
「見つけたぞ、クルタニカ」
ハッとして顔を上げる。
「風の魔法でわたくしの魔力を掻き乱したというのに、よもや居場所を突き止められるなんて思いもしませんでしたわ。ですけれど、あなたであればわたくしを追うことなど造作もなかったのかもしれませんわね、『影踏』」
「抵抗するな。素直に俺たちの元へと戻れ」
「無理なご相談ですわ。わたくしにはもはや、戻るべき場所も、生きるための居場所もないんですのよ!」
「それを決めるのはお前じゃない。決めるのはお前に関わる俺たちだ」
「だからそういうことは、わたくしには分からないんでしてよ……」
クルタニカが衣服に魔力を流す。冷風が吹き荒れ、降り続ける雪を巻き込む。
「わたくしを見逃しなさい、『影踏』」
「もう俺以外にも居場所は割れている」
『影踏』の後ろから続々と冒険者たちがクルタニカの元へと駆け寄ってくる。それを見て激しく戸惑うも、空を切った杖から放出される力は止まらない。
「っ! 待ちなさい、待って……! 魔力を、抑えられない……!」
クルタニカは暴走する魔力を制御できず、自身の想定以上の量を杖へと注いでしまう。
「……避けてくださいませ、『影踏』!!」
直後、更に魔力が跳ね上がる。
一度目の制御不能の状態から身構えていた『影踏』だったが、二度目の魔力の注入による膨大化までは頭に入れていない。そのため、回避は一度目の注入から想定される範囲からの離脱である。
よって、放たれた冷撃の風はクルタニカに近付く全ての冒険者を飲み込み、避けていたはずの『影踏』すらもその風に薙ぎ払われてしまった。




