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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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冒険者に値するか否か

【祝福】

聖職者個人でも行うことの出来る洗礼を『神官の祝福』と呼び、人種のほとんどが産まれてすぐの赤子の頃にこの洗礼を受ける。表向きは『死んだ魂を巡らせ、還らせる』ためのもの。

生き様を綴るロジックは誰にでも宿っているが、誰にでも解読出来るものではない。そのため、この洗礼は翻訳をする洗礼でもある。しかしながら、その本質は隠匿されている面が大きく、冒険者やそれに属するギルド関係者しか知らない。


『教会の祝福』とは“神から与えられた祝福”を指す。教会に訪れ、複数人の聖職者によって神像を前に、この祝福を受ける。現在は冒険者のみに与えられており、死んでも基点とする場所へと魂は回帰し、その魂の構造を一部“削ること”で新たな肉体を生成し、そこに宿り直す。そのため、死ねば場合によっては数週間程度の衰弱状態が続き、同時に一部の能力値が魂を削られたことで恒常的に減少する。この能力値は再び経験を積めば再上昇可能。

ただし、寿命まで死が訪れないというのは一種の呪いにも近しく、これを拒む冒険者もごく僅かだが存在する。一般の人種にまでこの祝福が与えられないのは人口の減少が無くなり、増加ばかりになればいずれ国の経済が回らなくなり、増え過ぎた人種は必ず戦争を起こすだろうと想定されているため。そしてその戦争においても甦り続けるため、永遠の困窮に喘ぐこととなる。

そのため国家間においては冒険者を不死の兵士として利用しないことは暗黙の了解となっている。

///


「――以上が、今回のテストにおける事件の全てとなります」

「異端審問会の神官、或いはそれに通ずるどこかの教会から派遣された神官か」

 ギルド長は報告書を読み終え、テーブルにそれを放り出す。

「神官の祝福は産まれてすぐに行われます。それこそがロジックを開く最初の一歩。であるならば、今後はその祝福を拒むことは出来ないのでしょうか?」

「生命は還り、巡らせなければならない。神官の祝福とは、それを乱さず壊さずスムーズに行うためのもの。今更、その祝福が間違っていると説いても、街の人々は誰も信じてはくれないだろう」

「……結局、手を出せないということですね」

「神官の祝福、教会の祝福の二つが無ければ、冒険者はやっていられない。死なない戦いを続けても、どこかで唐突に死が訪れる。逃れられぬ死は、魔物と戦っていれば否応なく目の前に現れる。それは知っているだろう?」

 一人の冒険者が意見を出すものの、それらは複数の冒険者によって不可能だと言い切られる。

「それは……いえ、その通りだと思います」

「志望者には事前に死も覚悟するための念書を用意させていたはずだ。前々回の全滅という悲劇の際も随分と非難を浴びてしまったが今回は、まだマシか。なんにせよ、死なせてしまった重みは大きい。冒険者全員に周知させるしかない。担当者全員へ指示を出そう」

「それで今回の合格者ですが」

「三名か」

 溜め息をついたのち、ギルド長は発言を促す。

「あの状況で、立ち向かえた者、引き下がった者。ここで大きく分かれました。アレウリス・ノールードは自身が狙われていると知りすぐに囮になることを決め、殿として残り、自身も助かるための撤退を考えていました」

「しかし、『栞』の力を過信した者たちは指示を無視して蛮勇に。その最中、アベリア・アナリーゼは揺らぐことなく逃走を選択、射手のニィナリィ・テイルズワースもどちらに傾いてもおかしくはありませんでしたが、逃走を選択。蛮勇に出た四名中、二名が死亡。生き残った二名も最終的にはオーガへ立ち向かいましたが、それ以前に判断力の喪失により二名を止められなかった」

「これでは冒険者にすることは出来ません。よって、アレウリス・ノールードとアベリア・アナリーゼ、そしてニィナリィ・テイルズワースを合格にすべきだと思います」


「特にアレウリス・ノールードとアベリア・アナリーゼは初級冒険者の枠に置くとしても高いランクに達しているかと。異界での戦闘方法を熟知し、異界に堕ちる前の装備にも手を抜いた面は見当たらず、志望者でありながら『栞』を適切に使い、オーガの喉元に剣を突き立てています。テスト前の面接において、『外での戦いよりも異界での戦い方を考え、身に着けて来た』、『戦い方は全て、広々とした場所よりも狭い場所を考えています』と答えております」


「『栞』という貴重品を、絶対に使わなければならない場面で迷わず使える点からも、物の価値に縛られ、ずっと貴重なアイテムを使えないでいるような冒険者とは一線を画しています」

「アレウリスのポーションの使用は惜しみなく、しかしアベリアの魔法は節約。これらは異界で魔力消費量が増すことを踏まえて、魔力を温存していたためと考えられます。オーガと交戦時、迷わず食料という荷物を放棄。あまり使えない短弓と矢筒も捨て、身軽にすることで十数分に及ぶ回避という荒業もやってのけています」


「また、アベリアは神官でないにも関わらずロジックを開き、『栞』で意識を失わないままのアレウリスと感情を合致させました。彼らに神官職は必要無いのです」


「……なるほど、必要無いか」

 ギルド長はそこを聞いて、ほくそ笑む。


「無論、粗は目立ちます。恐らく、彼らの戦い方の全ては異界を想定しての物。つまり、この世界での戦いは初級冒険者相当にまで落ちることでしょう。なので、しばらくはそちらを伸ばすことを検討して下さい。冒険者と『異界渡り』の両立。それがこの二人は可能なのです」

「称号は『異端』、そして『泥花』……?」


「アベリアの魔法はどれもこれも更なる高みを目指せる余地がありますが、使用後に泥が残り、そこから小さな花が咲きます。どうやら彼らは流動的な異界において、そんなところにまで目を向けておらず、気付いていないようです。場合によっては痕跡となり、危険な代物です。そこの教育も必要でしょう」


「何者かに私怨を持たれている可能性は? 今回もそれが招いた悲劇なのではないか?」


「私怨であったならば志望者に紛れ込んで自らの手でアレウリスを殺してしまえば済む話ですが、あの神官はそうはしなかった。つまり、アレウリスという存在は“異界へと堕とし、その手を汚すことなく始末しなければならない”のではないかと思われます。正直なところ、異界への拘りが強いため放置すれば放置するほど、()(もの)たちに良いように利用されかねません」

「ならば手元に置いておく方が安心でしょう。ギルドに加入させ、常にその居場所を監視できる状態に置くことが望まれます。そのような特別な理由で仕方無く合格を出すというわけではなく、冒険者を名乗るに値する域に達しているからこそ進言していることを付け加えておきます」


「了解した。そのように冒険者として登録することにしよう」

「ギルド担当者ですが、協調性が皆無な彼らはすぐに異界関連のクエストを求めるでしょう。それを宥め、冷静に冒険者としての地盤を確かな物とするためには、感情に左右されない担当者が相応しいかと」


「ならばリスティ―ナ・クリスタリアだな。そのように手配する」


「それでは、次にニィナリィ・テイルズワースについてですが――」


///


「リスティ? 初級冒険者の担当になるんだって?」

「え、どこから聞いたの?」

「さっきギルド長のところで話しているの聞いちゃった」

「そう」

「一から育てるのってこれが初めてだったっけ?」

「……二度目だよ」

「二度目? 随分と期間が空いちゃっているのね。以降は担当者は控えて、事務作業ばかりなのね」

「なんで私なんだろう」

「ギルドが決めたことなんだから文句を言っちゃ駄目よ。それにほら、前に教えたでしょ」


「冒険者は金づる」


「そうその通り。深入りしない、感情移入しない、なにがあっても責任を感じない。笑顔でクエストを押し付けて、成功すれば報酬を。失敗すれば、まぁまた頑張ってって言うくらいが丁度良い。それだけで私たちの業務は済んじゃって、なのに驚くくらいお金が貰えるんだから、割の良い仕事よ」

「私は事務仕事しかしてなかったのに、こんなに貰って良いのかって思ったりしていたけど」

「冒険者ギルドは人手の募集は欠かさずしているけど、狭き門なのよ? ちょっとぐらい美味しい思いをしないと、冒険者の愚痴も聞いてられないってものよ。リスティも、顔は良いんだからあとは愛嬌よ愛嬌。そうすれば、沢山のパーティを抱える大人気な担当者になれるんだから」

 それじゃぁね、と言って彼女の同期は手を振りつつその場をあとにする。


「昔の失敗……同期にも話していなかったのね」

 先輩が彼女に声を掛ける。

「自分の失態ですから、ちゃんと自分の中で折り合いを付けるまでは語れませんよ」

「私には話してくれたのに?」

「日頃からお世話になっている先輩だけには話さなければと思ったんです」

「……なんにせよ、またギルドの顔として仕事をするんだから、明るく笑顔で接するのよ?」

「はい」

「返事は良いのに、浮かない表情のままよ? そりゃ、過去にあったことが心に傷を付けているのだとしても、乗り越えなきゃならない。私だって、一度や二度くらいは失敗したことぐらいあるんだから」

「けれど私たちの失敗は冒険者の死に直結しかねない」

「だからこそ、過去の失敗を糧にして次に活かすの。あなたはもう、それが出来ると思うわ」

 そう励ましたのち、彼女の先輩が事務室から出て行った。

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