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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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状況を整理する

 シンギングリンに帰還し、クルタニカはギルド管轄の病院に預けられた。じきに目覚めるが健康状態を調べるためでもあるらしい。

「だから私はガルダのミーディアムなんざをギルドに置いておくのは反対だったんだよ」

 事情の説明をルーファスが終えると、開口一番にヘイロンは愚痴を零す。アレウスがいる時は毎度のごとく、この担当者は不機嫌だ。その不機嫌の要因を連れてきているのは自覚しているが、リスティ以上の敏腕担当者にはとてもじゃないが見えない。

「起きてしまったことに文句を言っても仕方がない。今の問題はこの現状をどう打破するかだ」

 ギルド長がヘイロンをたしなめる。


「シンギングリンで珍しく初雪を観測。ゲートは使用できないことが判明。街へ帰還中の冒険者が特定の範囲から通行不可……とまぁ、色々とあります」

 シエラが書類をギルド長のテーブルに置く。

「通行不可というのは、シンギングリンから特定の範囲以降に出られない状況と同様です。進んでいるはずなのに来た道を引き返している。鏡を想像してください。その中に入れば当然のことながら、誰でも元来た道を逆に歩くことになります。これが内部と外部で起こっているようなので、シンギングリンを中心に半球状の結界や境界と呼ばれるような代物が発生しているようです」

「その外部からの連絡についても魔法を通してどうにか行われていましたが、つい先ほど不通となりました」

 リスティがシエラの言葉に付け加えた。担当者に留まらず、ギルド関係者全員が一斉に議論を始めたため、アレウスは居場所がなく椅子に座ったまま時が流れるのを待つ。


「『風巫女』を追いかける者たちの正体は特定できているのか?」

「ルーファスたちが『風巫女』関係で遠征した際に、やり合っている。全員から聞いた特徴が前回と一致しているところから、今回も同一人物だろうねぇ。そうだろ、ルーファス?」

「はい。当時はまだ話し合いの余地があったんですが、今回は聞く耳を持ってはいない様子でした」

「話し合いの余地はあったが、結局は交戦したんだろう?」

「あちら側の条件が私たちにとって到底、承諾できないものだったので致し方なしです。ただ、楽に勝てたわけではなく辛勝でした」

「前回と同じように勝てる見込みはあるかい?」

 ヘイロンの質問は続く。

「あの頃に比べて私たちも成長しているため、勝てる見込みがないとは言い切れませんが……回復と防御の要となるアニマートが不調続きであることから、全員を仕留めるのは難しいと思います」

「デルハルトは?」

「俺はいつだってやる気ではありますけど、向こうにその気がないのなら相手すらしてもらえないかもしれませんよ? 外と内を隔絶する結界を張ってんなら、特定の条件で人間を弾くことだって可能でしょうよ。『影踏』がそこんところを調べたあとに俺がすることってのは決まります。あと、気掛かりなのが一つ」

「なんだい?」

「『異界渡り』ってのは誰のことを言ってんだ? 俺だけじゃなく『影踏』も多分だが知らないぜ? そこんとこを俺に説明しろよ、ルーファス」


 アレウスはこの場にアベリアがいないことをこんなにも歯痒く思う。『異界渡り』と聞けば、もうアレウスの知っている“あの二人”しかいないのだ。


「前回のクルタニカの一件はギルドから頼まれたことで、彼女はまだ冒険者じゃありませんでした」

「……話すのか、アニマート?」

「話さなければ物事が進みません。残念ながら、私は今回の件に踏み込むことができませんから、それなら僅かな疑問でも答えてあげるべきではないかと思いました。ルーファス君は違う?」

「だが、話せばきっと……いや、そうも言ってはいられないのか」

 ルーファスは自然とアレウスを見た。


「ルーファス君と私の二人でまずパーティは始まりました。そこに二人加わって、一人加わって、五人に。でも、そこから二人減って、一人減って、最終的にはまた二人切りになりました」

「ただ、パーティを離脱したタイミングは行方知れずになった時じゃないんだ。つまり、二人とは話を終えてパーティを離脱する方針になっていた。もう一人は元々、協力的ではあったけど『その気が無くなったら抜ける』と言い続けていたから、いつ抜けてもおかしくない状況ではあった」

「私たちはパーティの中でもちょっと異質でね。私とアニマートで一組。そして彼ら二人で一組の二組四人制だったんだ。つまるところ、二人一組のパーティが結束して活動していた。まぁ私たちはそれでも仲間だと思っていたし、二人もそう思っていたと……思いたい」

「デル君や『影踏』君はまだパーティとして誘っていなかった時期だったけど、でも一緒にパーティを組むことはあったでしょ? あれは異界を調査しに行っている二人の穴を埋めるため」

「……なるほどな」

「クルタニカを鎮めたあと、『蝋冠』絡みでガルダと接触。何度かの話し合いも決裂に終わって、私たちは個別での戦いを強いられた」

「そういや、あんときはガルダのやり方を強制されたんだったな……じゃぁ、今回も手法は似ているってわけだ」

「彼らは頭の良し悪しをどうこう言うつもりはないけど一対一での決闘を好む面があって、他者を寄せ付けない結界も合わさって全員が分断されてしまいました。デル君と『影踏』君は凌げたけれど、私たちは共に苦戦。その劣勢を覆したのが結界に踏み入った『異界渡り』の二人だったんです」


「名前は?」

 アレウスは感情を押し殺しながら問う。

「その二人の名前は?」

「『異界渡り』のヴェラルド、そして『書愛』のナルシェ」

 総毛立つ。

「彼らは凄い。劣勢だった私とアニマートに一人ずつ分かれてやってきたのに、焦りも戸惑いも見せなかった。ヴェラルドは言ったんだ。『いつも通りにやろうぜ』と。そのとき、私は自分を見失いかけていたことに気付いた。その気付きがなかったら、たとえヴェラルドの助けがあったとしてもあの劣勢を覆すことはできなかっただろう」

「私も、ナルシェが来なかったら勝てていた自信がない」


「だから、あのガルダは私じゃなく『異界渡り』の存在を懸念していた。いないと分かると私のことなんて歯牙にもかける気はないみたいだったね」

「……前と違ってヴェラルドもナルシェはいないの。正確には行方知れず……あのあとも何度かギルドに寄っている記録はあるらしいから、その足取りが途絶えたところから行き先を割り出したいと思っているのに、私たちはずっと辿り着けていない」


「どこにですか?」

 アレウスはアニマートに訊ねる。

「どこって、私たちも分からないんです」

「そうじゃない」

 口が止まらない。

「普段からどの方角に向かうことが多かったとか、シンギングリン以外によく立ち寄っていた街や村はあったのかとか、遠方にも調査には行ったんですか? どんな村に行くことになるかとか言っていませんでしたか?! 不穏な噂のある村の話とか、していませんでしたか……?」

 足取りを知りたい。足取りを知ればアレウスは出生地に辿り着ける。そして、その村が今どうなっているかを知ることもできる上にロジックを調べればなにかしら当時のことを知ることができるかもしれない。

 産まれ直した意味は分からないかもしれないが、どういった理由で異界に堕とされなければならなかったのか。それを知る手がかりになる。

 しかし、同時にアレウスは強い恐怖心に駆られる。ルーファスに詰め寄った勢いは徐々に薄れ、体は自然と震え上がる。


 『異界渡り』は行方知れず。

 アレウスとアベリアを異界から脱出させるために犠牲になった。“穴”は閉じてしまったため、その後、二人の足取りが途絶えているのなら即ち、死にも近い状態で異界にいることになる。とうの昔に知っていたことだ。

 しかし、希望を抱かずにはいられなかった。もしかしたら、と思い続けた。たとえどれだけ可能性が低くても、また会える時が来るはずと。だから二人の背中を追い続けるように毎日を生きてきた。

 その希望を、可能性を、捨てなければならない。そして捨てた場合、アレウスは目標とは別にところに置いていた感情の処理に迷う。処理の仕方を間違えれば、今の自分を保っていられるのか。それがただただ怖かった。


「個別的な話はそこまでだ」

 ギルド長に話を切られた。

「そう殺気立つな、『異端』。私はあくまでも個別的な話をここでするものじゃないと言っただけだ。その手の話はこの場を乗り越えた先でもいくらでもできるだろう」

「異界化とガルダは言いました」

「そうだな。由々しき事態だ」

「この意味が分かっているんですか?!」

 アレウスは拳でテーブルを叩いた。

「『結界を張った』と言うだけなら僕だって気にはしません。でも、ガルダはわざわざ『異界化』という言葉を用いたんです。つまり、僕たちは“『教会の祝福』を受けられる状況に無い”ということです!」

 周囲がザワつく。ギルド長もこれは見落としていたようで驚いている。

「それどころか死ねば魂の虜囚になります。冒険者だけじゃなく、シンギングリンの全ての人々が人質となっています。同時に異界であるのなら、つい最近ようやく穢れを浄化した程度の周囲の土壌から魔力の残滓を糧にして魔物が生じます。以前の獣人と合わせた襲撃ほどではないにせよ、この街はいつ襲われても不思議じゃない危機的状況にあります。そして最大の問題は、外と内が隔絶されていること。異界には“穴”があり、堕ちることもあれば脱出することもできます。でもここにはそれがない。外部と完全に遮断された中、シンギングリンに残っている戦力でガルダに挑まなければなりません。しかも戦う相手までも選り好みできる状況にあるのなら、多くの犠牲者を出すことになります。僕だって例外じゃありません。死なないように努めるだけならまだ余地はあるのかもしれませんが、異界化を阻止しない限り僕たちは一生、異界から出られない可能性もあるんです」

 シンギングリンにいる以上、全ての冒険者は無事に生還できる見通しが立たない。


「俺は嫌だぞ、異界で死ぬなんて」「そうよ。私たちは異界調査はしない方向で冒険者になったのに」「戦って死んでも甦れないなんて」


 ザワつきは段々と大きくなり、各々が身勝手なことを口に出し、喚き出す。

 『祝福知らず』で居続けるアレウスの大きな理由がこれだ。生死の扱いが軽くなる。死体の山を見ようと、仲間の死を見ようと、いつかは絶対に死を軽んじるようになる。甦ることができるならと、簡単に命を投げ捨てる。

 いざそれができなくなると、まるで被害者であるかのように騒ぐ。


 その喧騒を掻き消すかのように乱雑にギルドの扉が開き、付き人を連れた男がやってくる。

「話は聞かせてもらったぞ、ギルド長」

「事前に連絡を入れていただければ、相応のおもてなしをさせていただいたのですが、まさかこうして突然お見えになられるとは思いませんでしたので一切の用意ができておりませんが、ご容赦ください」

 ギルド長が立ち上がり、頭を下げる。相手を敬っているような物言いなのだが、アレウスから見れば言動の全てがどこかふてぶてしい。しかし、男はそれで気を良くしたらしく、ただし威厳を保つためだけの表向き顔を貼り付けて、溜め息を零す。

「シンギングリンの街長としてこの一件は放置できない」

「詫び状も謝罪もあとでこちらから伺いましたのに」

「そういうことを聞きたいのではない。この一件、どう処理するつもりだ?」

「勿論、冒険者総出でガルダを討つ方針で物事は決まりつつあります」

 嘘も方便とはよく言ったものだ。表情に出すこともなく、平気で嘘をついている。

「ならん。私には街長としてこの街を守る義務がある」

「では、どのようにして解決なさるおつもりで?」


「クルタニカ・カルメンを『蝋冠』と共に差し出せばいいのだ。要求を飲めば、ガルダもこの街に危害を加えはせんだろう。娘一人の命で街一つを救うのだ。決して悪い要求ではないと私は思うぞ」

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