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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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ガルダ

「そのまま回復魔法を唱え続けてください。この向こう見ずの輩の氷は私が溶かしますから」

 クルタニカが鎮まってもアレウスを捕まえている氷は一向に溶けることはなく、口腔と靴底の凍結によって内部まで至った凍傷を防ぐためにアイシャは回復魔法を唱える。

「まぁ、他人を心配させるようなことばかりを行い続けた報いですから、謹んでお受けください」

 アニマートは右手の三本の指をアレウスの口内に突っ込む。彼女の手に宿る魔力が起こした熱によって氷が徐々に溶け――かけたところで思い切りその指先を引き抜いた。口の中の氷は確かに剥がれたが、同時に色々な物も氷にくっ付いたまま持って行かれた。言葉にできない痛みにもがくアレウスに回復魔法による修復と縫合が行われ、血塗れの口内の治療が完了する。よろめいたアニマートが次に力任せにアレウスの靴の氷を杖で叩いて砕いた。

「これで凍傷の心配はありませんね」

「……わざと氷が溶け切る前に引き剥がしませんでした?」

 舌先がいまいち自分の物とは思えない中、口を動かしてどうにか声を発する。

「死に急いでいそうなので、おしおきをしたまでです」


 そこまで言って、アニマートは膝を折り、その場に座り込んだ。今にも意識を失ってしまいそうな彼女をルーファスが必死に介抱する。


「不調と言えど、魔法の盾を二回張っただけで限界か」

 『影踏』が呟く。

「そこらの初級冒険者より魔力が無い……つっても、仕方がねぇんだが」


 クルタニカはどうなった? そう思い、アレウスは短剣を携えて、膝を折ったまま動かないクルタニカの傍まで近寄る。

 今度は失敗しない。今度は侮らない。今度は安心しない。そう自身に言い聞かせ、最後の抵抗を見せるようなら容赦なく短剣を突き立てる気でいる。幸い、クルタニカは冒険者なのだからここで死んでも甦る。傷の再生のために長期間、眠っていたところで申し訳ないが、二度と理不尽な敗北は味わいたくない。

「傷だらけですけど、これで起きるんですか?」

「んー? あぁ、クルタニカとして目覚めるまでの間はまだガルーダの再生能力が働いている。その内、切り刻んだ全ての傷が癒される」

「クルタニカとしてではなく『冷獄の氷』として復活することは?」

「あり得ねぇ、とは言い切れない。俺たちも二度目で、経験は浅い。一度目はたまたま上手く行っただけで、二度目もそうだとは限らねぇからな」

「だったら……ちゃんと殺した方が良くないですか?」

 非情なことを口にした。だが、万が一を考えるなら殺して甦らせた方が安全とも言える。

 デルハルトが鎗を納めて、大きく息を吐きながらアレウスの肩に腕を乗せる。

「お前の言ってることは最もだけどな、俺たちゃ本当の本当に敵対している奴と戦っていたわけじゃない。こいつはかなり馬鹿なことを言いまくってはいるが、心根は優しい奴だ。だから、もし再生しても『冷獄の氷』のままだってんなら、それを殺すのは俺たちの役目だ」

 言い切って、デルハルトは肩から腕を放した。

「間違い、負い目、迷い、惑い。まぁ色々あるんだろうが、焦ったって良いことはなんにもねぇよ。少なくともお前が殺す役割を担うことはない。もうちっと手伝う時間が長引くだけだ」

 それを聞いてアレウスは力が抜けて、震える手で短剣を鞘に納める。


「あの、傷の方は塞がったと思っているんですが、どこかまだ痛むところはありますか?」

 アイシャがアレウスに駆け寄り、訊ねる。

「僕はもう大丈夫そうだから、ルーファスさんたちの方に」

「分かりました。ご無理はなさらないでくださいね?」

 ペコリとお辞儀をして、アイシャはすぐ近くにいたデルハルトから傷について訊ねて回る。

「あんた、結構な無茶をやるわよね。私なんか魔法の盾で守られていたのに死ぬかと思ったんだから」

「僕だってお前が死んだと思ったよ」

「……私は冒険者の中じゃ全然、なまぬるいところで生きているからあんたになに言ったって通じないだろうけど」

「いや、別に気になるところは指摘してくれていい。それに、僕とニィナは目標が違うだけで、冒険者になまぬるいもなにもない」

「だからそういう……もう言うのも面倒臭いからやめた。とにかく、私をハラハラさせるような戦い方はしないで」

「無理を言うなよ」

「もうちょっとなんかこう、あるでしょ? いや、無いのかもしれないけど! ……なに言ってんだろ、私」

 理路整然としないことを言った自覚があるらしく、ニィナは胸中で言うべきことを確認しているようだ。

「私の人生の中で、あんたが先に死ぬなんてこと絶対に許さないんだから」

「なんだそれ?」

 頭で考えて出てきた言葉のはずなのに、先に言ったことと同じぐらい理路整然としていない。ニィナはもはや、なにを言えばいいか分からなくなったようで自分自身に辟易しつつアレウスの傍から離れていく。


「お前は他人を心配させすぎだ」

「ガラハもそれを言うのか」

「だが、心配させるなというのも無茶な話だ。オレもかなり無茶をする方だからな」

「だろ?」

「自覚はしろ。でないとお前の場合は相討ちになってでも勝とうとする」

「……まぁ、それなら言いたいことは分かる」

 ガラハは戦斧を担いで、これからどうするのかを訊ねるために遠くでこちらを見守っていたリスティのところへと歩き出した。


 視線をクルタニカに戻すと、彼女の体中に付いていた切り傷が塞がっている。氷の衣が溶け、色々な柔肌が丸見えになりそうだったのでアレウスは上着を脱ぎ、肢体を隠せるように覆った。

「これが、『蝋冠』か」

 彼女の右の薬指にある指輪を眺める。衣服や荷物の無い中で、その指輪だけが残されているのだから必然的にこれが『蝋冠』なのだと察した。シンプルな形をしているわけでも、宝石が埋め込まれているわけでもない。独特な形をしているが、これで蝋印を押すのなら不思議というわけでもない。ただし、指から外して使うにしても小さい。これで手紙に封をしてはやや心許(こころもと)なさが出てくるだろう。

「こんな物が問題になるのか」

 触らない方がいい。だから眺めるだけで留め、アレウスは何気なく空を見上げる。頬に冷たい感触があった。雨粒だろうかと拭う。しかし、ポツリポツリと雨が降るような気配はなく、代わりにゆらゆらと揺れる小さな小さな白い塊が肌や衣服に触れては溶けて、湿り気を与えてくる。

「雪……?」

 どうやら言葉にした通り、雪が降っているようだ。これもクルタニカが及ぼした領域がもたらしたものなのだろうか。解除された今も気候に影響を与えているのは驚くほかない。


「おかしいですね、帝都ならともかくシンギングリンでは降雪はほとんど無いはずなんですが」

 ガラハがリスティを連れて来た。

「何年ぶりとか、そんな感じですか?」

「私がこの街に来てからなら観測は初めてです」

「これで積もるようなら……ん?」

 なにか、肌に(さわ)る。生物に触れられているのではなく、悪意のある気配に撫でられた気分だ。

「おかしい」

 率直に不安を口にする。

「これは、おかしい」

 地面が揺れているような感覚に立ちくらみを覚えた。しかし、すぐに地面が揺れているのではなく空間が震動しているのだと気付く。

「異常震域!?」

 『影踏』が大声を上げた。

 異界獣が異界を渡る際に起こす震動や悪魔が発するそれに近い。しかし、現象が起こっているここは異界ではない。“穴”に堕ちた記憶もない。

「異界獣が異界から出て来たのか?! いや、それにしては気配が小さい」


「さすがは『影踏』。俺たちの気配は混乱しつつも掴めていたか」

「『魔剣』に『礼讃(らいさん)』も把握。『神愛』は前より気配が小さくなってる。あとは小物が何人か」

「一度目に比べ、鎮めるのが異様に速かったのは奴らの成長によるものか? ならば、楽しい殺し合いができそうだ」

「『異界渡り』がいない? それなのに速いのも変な話だと思うけど」


 雪の降る空に、四つの人影が見える。


「こっちとしては見つけるのが速いことに驚きなんだがな。帰れ帰れ、ここはお前たちが過ごしやすい場所じゃねぇよ」

 デルハルトがケチを付けるように言う。


「そうも言ってはいられないぞ、『礼讃』?」

 翼を持つ女が挑発する。

「そこの忌まわしき娘が持っている『蝋冠』をこちらに寄越せ」

「前にも言ったが本人が拒んでいるもんをおいそれと俺たちが『へいへい分かりました渡します』とは言えねぇんだよバーカ」

「ふむ、ならばお前たちが住まうこの一帯が異界になっても構わないと言うか?」

 デルハルトは軽い調子を消して、滞空している者たちを鋭く睨む。

「テメェ」

「はははははっ! 『礼讃』のその顔が見たかった!」

「命乞いしたもんだから捨て置いてやったってのに、なんだその言い草は?」

「それは貴様がまぐれ勝ちしただけだ」

「この世にまぐれなんてねぇんだよなぁ。俺は運の女神に愛されていて、テメェは愛されていなかったってだけの話だしな」

「そんなへらず口を、」

 男が手を動かし、女の発言を留めさせる。


「忌まわしき娘自身に『蝋冠』を俺のところへ運ばせろ。一帯が異界化するまで猶予は与えてやろう」

「随分と上から物を言うじゃないか」

「悪いな『魔剣』。『異界渡り』と共にいない貴様などと戦う意義を感じない。死にたいのなら来ても構わないが、死にたくないのなら黙って言う通りにしろ」


「小物どもも、ここは従ってほしい」

 少年が申し訳なさそうにしながらも、どこか不遜な言葉を押し付けてくる。

「あなたたちじゃあたしたちを……なにアイツ? ねぇ、一人おかしいのが混じってる」

 少女が驚きの色を見せ、男に伝える。

「…………いや、気配が妙なだけだ。見たところ獣人でもないようだ。『王』――キングス・ファングには程遠い」

「ならいいけど……」

「伝えるべきことは伝えた。あとはそこの純血種ではない忌まわしき娘――ミーディアムが決めることだ」


 純白の翼を四人がそれぞれ広げ、天高くへと飛び立った。


「ガルダは私たちとは完全に原理の異なる魔法の使い方をする上に、住んでいるところも私たちとは異なるという噂があります。ですので、異界化というのは脅しではなく、本当のことなのでしょう」

 リスティは手で雪に触れて、平静を装ってはいたが声が震えている。

「ギルドでもこの事態に気付いているはず。まずは状況を整理するために街に戻ります。けれど、猶予がどれほどなのか分からないためにゆっくりと話し合うような暇はないと考えてください。この街か、それとも『風巫女』か。その選択が迫っています」

「クルタニカの持つ『蝋冠』を手にするためにここまでする理由はなんですか?」


「ガルダにとって『蝋冠』はその名の通り、名家に伝わる冠を表していると考えられています。同時に名家が蓄えている資産管理のための大切な蝋印であるとの話も……彼らが忌まわしき娘が継いだ『蝋冠』は特別な力を持っていると発言したとの記録もあります。その特別な力というのは恐らく……『冷獄の氷』のこと。彼女の中にある力を狙っているのではないかと」

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