表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
213/705

冷気

「クルタニカさんは風の精霊の力を主に借りていたんじゃないんですか?」

「『泥花』と同じだよ。好まれたい精霊と好まれている精霊は異なる。彼女は氷の精霊に愛されているけど、好まれたいのは風の精霊なのさ」

「私たちはあらゆる魔法を使えるようにと精霊に声をかけて力を借りるというのに……彼女は風と氷なら詠唱の行程をいくつか省けるんですから。そして、風よりも氷の魔法が軒並み低位を中位に、中位を高位に変えるほどの愛され方をしているクセに使いたがらないなんて、本当の本当に贅沢な悩みです」

 アニマートがよろめいて、杖で体を支える。この前もそうだが、この人はいつも調子が悪いように見える。

「ルーファス君? 私は今、絶不調。前衛でブッ叩きには行けません。なので、後衛での魔法に努めます。環境適応系統の魔法も唱えても維持できないと思うので省くから」

 『審判女神の眷族』もそうだが、世の中には殴りに行ける神官が意外と多いのかもしれない。ただし、分かり合いたいとは思わない。

「「“皆の盾となれ(ウォール)”」

 味方全体に大量の六角形で形成された魔法の盾が張り付く。ピジョンが使ったマジックアーマーに似ているが、アニマートのそれはワンランク下の魔法だ。

「『異端』たちも、分かっていてくれないと困りますがひょっとしたら地頭がよろしくない方もいらっしゃるかもしれませんので伝えておきますが、六度は私の魔法が攻撃を防いでくれます」

 ゆっくりと後退しながらアニマートが説明を続ける。その間にもクルタニカは今にも攻撃してきそうな気配だ。

「でも、クルタニカちゃんの領域に入れば三十秒に一度、冷撃を受けます。これも私の魔法が受けるので、実際には六度よりも少ないと考えてください。ついでに剥がれ切ってしまうと、担当者さんが言っていたように冷気で体が凍り付いて、早期に領域外に出ないと死にます」

 その話を聞いていると自然とヴァルゴの濃霧の中での歌声や悪魔の範囲を思い出してしまう。人種から外れた存在が持ち合わせている空間への干渉能力を持っている時点で、現在のクルタニカの存在が異常な状態になっていることだけは分かる。

 ヴァルゴの濃霧内での歌声は混乱を招くものだった。悪魔の範囲は即死攻撃を意味していた。クルタニカの場合は範囲に入れば、アニマートの言う通りならば三十秒に一度、冷気による攻撃を身に浴びることになるらしい。秒数管理がいつも以上に大切な上に、六度の攻撃を受けたなら引き下がらなければならないという制約がついた。しかし、六度も耐えられるだけでも御の字だ。

「要は攻撃を受けていないなら百八十秒に一度、魔法の効果が解けたら三十秒以内に絶対に領域外に出なければならないってことでいいですか?」

「一々訊かずとも理解してください。物分かりが良い割には確認しないと自信を持てないなんて、相変わらずの悪癖のようです」

 それはこっちの台詞だと言いかけたが、アニマートにストレスをかけることは自身の命を短くすることと同義だ。機嫌を損ねて魔法をかけ直してもらえなかったら最悪である。が、彼女がへそを曲げた程度でアレウスを見捨てることはきっとないだろう。

 それでも、アレウスは神官というだけで疑念を捨て切れない。

 アレウスだって信じたい気持ちは常々にある。だから疑っていないようにも装えている。それでも過去の苦しみが影を落としている。どれだけ信用できる相手でも、どれだけ信頼できる相手でも、ただ神官の職業に就いているという事実だけで最悪の事態を想定してしまう。そして、獣人と話している際に起きた記憶の混乱から、アベリアへ“ある疑念”を持ってしまった。

 まだ確認は取れていない。まだアベリアとは話せる状況にないからだ。払拭できていない以上、よけいに不信感が強まっている。


 アベリアも結局、神官の才があるために他の神官と同じようなことをしていたのか、と。早く訊ねて楽になりたい。


「頭使っている暇があったら体を動かせ。でねぇと今回ばかりはマジで死ぬぞ」

 二本目の鎗を手に取って――恐らくはその二本目こそが愛用の鎗を回しつつ、デルハルトが距離を測る。その先でクルタニカは揺らめきながら杖を振り、先端が空気を切ったかと思うと、瞬く間に氷塊を地面から隆起させて侵攻させてくる。一本、二本、三本と突き出すたびに大きくなる氷塊はアレウスたちの地点に届く頃には信じられないほどの大きさとなって地面から突き出し、急いで回避に移っても隆起した氷塊が及ぼす大地の変動にまでは対応し切れず、各々の動きが鈍る。


 なにかを喚いた。

 言葉ではない声を発した。


 空中に氷の鎗が何本も生み出され、それらを矢のように射出する。目標はアレウスやニィナではなく、最も対応の遅れているアイシャだ。目を瞑り、現実逃避を始めている彼女にガラハが辿り着き、戦斧で次々と鎗を砕いて落とす。しかし、最後の二本までは落とし切れず、彼の体と鎗が接触する。通常であれば切り裂かれたり、貫かれたりするところを二枚の魔法の盾が剥がれ落ちるだけで無傷で済む。


「御免なさい!」

「そういうのは感謝で返しなさい」

 アニマートが次に辿り着いて、ガラハと目だけでのコミュニケーションを交わした。ガラハはアイシャから離れてアレウスの元にやって来る。

「彼女はあの者が守るらしい。オレはアレウスを見ていろと言われた」

「僕は『祝福知らず』だからな。致命傷を負わせたくないんだろう。それと、僕もお前も上級冒険者とは攻撃の速度が合わせられない」

「私だって無理なんだからね!」

 ニィナが矢をつがえて、射掛けていいものかどうか躊躇いながら怒鳴った。

「僕たちは要所要所でクルタニカの注意を惹いて、ルーファスさんたちが正気に戻すのを手伝う。その方針でどうだ?」

 すぐには決めない。アレウスだけが即断即決するのは絶体絶命のピンチか急襲で相談の余地がない場合のみだ。

「しばらくは問題ないだろう」

「向こうから指示がない限りはそれに賛成。アイシャも狙いが逸れ始めたら私たちに合流させてくれると思うし」


 今はアイシャが狙われている。だからアニマートが守ってくれている。だが、狙う標的が変わればその護衛も切り替えるだろう。そのタイミングでアイシャにはアレウスたちと合流してもらう算段に違いない。


 なにかを喚いた。

 言葉ではない声を発した。


「来るぞ!!」

 『影踏』が注意喚起を促した刹那、上空から氷の鎗が降ってくる。単体を狙ったのではない範囲攻撃だ。ピジョンの羽根を思い出し、唐突に強烈なトラウマが甦りかけたが舌を噛んで意識を、そして動悸を鎮めさせる。

 似たような攻撃であれば、避け方は同様だ。ガラハは経験済みであるし、ニィナはこれぐらいの攻撃ならば避けられる。だからアレウスも心配せずに自身の回避に努める。


「さっさとその口を黙らせろよ、クルタニカ!」

 デルハルトが冷気の領域を走り、鎗を繰り出す。クルタニカはフラフラと揺らめきながら鎗を避け、下がり、続いて杖で空間を切った。

 途端、彼の眼前に氷塊が生じ、内部から炸裂する。氷のつぶてを浴びてデルハルトは冷気の領域外へと即座に撤退した。

「もう六度を越えた。俺は一旦待機する」

「なにも考えずに突っ込んでいたら怒りますよ? 私の魔力は有限ではないんですから」

 領域の外に出ても、クルタニカの標的はデルハルトに移ったのか氷塊が数個現れては炸裂を繰り返す。驚くことに炸裂する角度を変えているのか、それとも炸裂したあとの氷塊に魔力が宿っているのか、つぶてのどれもがデルハルトに集中的に襲来している。おかげでアイシャはこちらに走り出せている。しかし、デルハルトだけではあのつぶてを捌き切るのは不可能だ。

 全力疾走での回避。彼にはそれしか手が残されていない。しかし、やはりデルハルトの速力をつぶての襲撃は越えている。


 笑みを浮かべて数秒後、デルハルトは月毛の馬に併走しながら跨り、その足で氷のつぶてから逃れ切った。


「さすが俺のファム・ファタール!」

「魔物退治ならまだしも、この場に連れて来ているのは感心しないな」

「俺の女は心配性でな」

「誰もお前の性的嗜好については訊ねちゃいない」

「俺を勝手に獣好きに認定するお前もどうかと思うがな」

 デルハルトの愛馬の横を更に併走する『影踏』が気配を消して景色に溶け込む。


「君から見たら、私たちは随分と気が抜けているように見えるだろうけど」

 いつの間にか傍にいたルーファスがアレウスに囁く。

「それは大きな間違いだ。私たちはただ強がりをしているだけだ。でもね、実はこれが一番大切なんだ。特に君や私のようなリーダーは、ね」

 氷の鎗がクルタニカを見ていないルーファスに飛来する。

「人前では不遜な態度は見せるべきじゃない。でも、敵や戦う相手を前にするならリーダーは常に不遜で強気な姿勢を見せるべきだと思う」

 ルーファスは構わず話を続け、それに反して彼の腕は剣に引き寄せられるかのように動いて氷の鎗をさながら剣が意思を持っているかのように叩き落としている。

「強気で不遜な態度は相手に不気味さを与える。彼我の差が絶対だとしても、なにか策があるのではと疑う。思考はその疑いを捨て切らない限り、ある程度は割かなければならない。すると、今まで隙の無かった相手が唐突に隙を見せることがある」

 最後の氷の鎗を叩き落としたあと、ルーファスが翻ってクルタニカを見る。

「君が私に師事を求めてきた時のことだよ。あの時、私は油断もしていたし酒も入っていた。けれどそれ以上に、君の不遜で揺るがない闘争心に、疑いを抱いた。二つが三つに増えたことで隙を生んだ。あれから随分と経験を積んだけれど、君にはあの時のような気持ちが今でも残っているかい?」

 アレウスの元気の無さ、そして自信の無さをルーファスは見破っていた。そして問いを投げかけたまま彼は剣を握り直して、冷気の領域へと突貫する。クルタニカは領域への侵入者へ狙いを定め、空気中に無数の氷のつぶてを生じさせ、先端は鋭利に尖る。彼を中心として収束するように周囲の氷塊が一斉に向かう。


「無詠唱なのは相変わらずのようだ」


 ルーファスは速度を落とさずにクルタニカに突き進みながら剣ごと体を回転させる。回転斬りは収束する氷塊の速度に完璧にハマり、たった一回の回転でほぼ全ての氷塊を叩き落とした。残った三つの氷塊は避けずに受け、魔法の盾が三つ剥がれ落ちる。

 そんなことは気にせず、ルーファスはクルタニカの元に辿り着いて、剣の赴くままに腕を振るう。黒氷の翼を羽ばたかせてクルタニカは上空へと逃れ、杖を振って空気を裂く――寸前、後方から現れ出でた『影踏』が短刀でその杖を弾く。クルタニカの意思とは異なる空気の切り裂き方をしたためか、生じた氷塊は狙いを定められずに辺り一帯へと弧を描きながら落下した。

「ほら、そろそろ機嫌を直したらどうだい?」

 剣を両手で握り、跳躍。クルタニカの胸元を刺し貫く――かと思いきや、彼女の纏っていた氷の衣が膨張して剣ごとルーファスを弾き飛ばす。同時に黒氷の翼が発達して後方に展開していた『影踏』が追い詰められ、仕方無く地面に接地し、退却する。


「今のは初めて見たな」

「ルーファス君の剣には一度、痛い目を見ているから対策を取ったのかもしれません。なので、私がもし前衛で叩きに行ったとしても、それも対策されているでしょう」

「前は君が私以上に散々、叩き伏せていたからね」

「ありゃヤバかった。神官が魔法で殺すならともかく、撲殺しそうだったからな」

 馬から降りたデルハルトは手で体を叩いて、そのまま馬を遠くへと走らせた。

「私は聞き分けの悪いクルタニカを叱っていただけです」

「叱咤とはとても思えないものを見ていたわけだが?」

「皆さん、なんでそうやっていつも私を悪者扱いするんですか。あんまりじゃありません?」

 アニマートは朗らかに笑みを浮かべつつも、内心では怒りの炎を燃やしている。アレウスにも分かるのだから、ルーファスたちも分かっているはずだ。

「後輩に悪い噂を立てられないように気を付けなよ?」

「もしも噂が立ったとしてもルーファス君たちのせいだから気にしないし、噂話は力で屈服させるので覚悟しておいてください。“皆の盾となれ(ウォール)”」

 再び魔法の盾が一度の詠唱で六枚分、アレウスたちの体や防具を包み込んだ。まだ三分は経っていないが、デルハルトとルーファスの防御が手薄になったため張り直したのだろう。そして、たとえ消費していなかったとしても六枚以上を纏えるわけではないらしい。


「ボーッと突っ立っていないで分かっていますか? 私たちは一度、クルタニカちゃんをイジメてしまっているのであの手この手で対策されてしまっています。その対策の手を緩めるために、しっかりと仕事をしていただかないと困るのですが」


 半ば八つ当たり気味に言われてしまったが、事実なにもできていない。

 どちらかと言えば、なにもさせてもらえていない。上級冒険者が悠々と動き回る中、クルタニカは的確に魔法を放ち、近付かれても対応した。そこのどこに中級冒険者が入り込む余地があるのか。考え過ぎて、体を全く動かせていなかった。


「声だけ威勢よく発したところで、あなたは認めてくれないんでしょう? ちょっと気圧されて、動けないでいましたけど……なんとかまぁ、気を引けるように努めてみます。それよりも」

 アレウスは短剣を抜きつつ訊ねる。

「クルタニカは叩けば機嫌が直るんですか?」


「前回も徹底的に叩き潰して、あの『冷獄の氷』を沈静化させたんだよな。正しい鎮め方があるんなら俺たちもやっているんだが、そこんところは調べ切れてねぇんだ」

「使い魔法は氷が主体で無詠唱な上に、どれもこれも私たち側が逸らすように努めないとほぼ必中です。標的と言いますか座標として、私たちのロジック――魂を指定しているために命中率が高いと勝手に想定しています。ただし、ロジックに手を加えれば命中率を下げられるなんて思わないでください。そんな小細工を仕込んだところで、魔法を避けて迫ったところで、あの杖を一振りすれば近距離での魔法が飛んできますから、それを事前に考慮してもう一度回避してようやく届くと考えてください」

 高度なことを言われてしまい、体が縮こまりそうになる。


「絞めつけすぎると逆に彼の動きを悪くさせてしまうよ、アニマート。なんにも難しいことじゃないんだ。君が私の隙を突いた時みたいに、自由でいい。恐らくだけど、クルタニカにはそっちの方が効く」

【『冷獄の氷』】

 クルタニカのロジックに刻まれている詳細不明の項目。フレーバーテキストの通りであれば、この名称を持つ物は氷の精霊に愛される。また、極度の精神的負荷がかかったあと、蓄えていた魔力の放出に伴い暴走状態に入る。クルタニカの場合、黒い氷が背中から突き出し、翼を形成し、氷の衣を纏う。しかしエルフの血統による『衣』とは決して異なる。

 本人の意思に反して、目に入る者全てを攻撃する。鎮めさせるには力で黙らせるか、クルタニカの精神が暴走状態に入っている『冷獄の氷』に勝る必要がある。


 領域に干渉し、自身を中心に冷気の空間を作り出す。平均して三十秒に一度の冷撃(死に至るほどの強烈な冷気)を浴びせ、対象を問答無用で凍て付かせる。対策は環境に適応する魔法や、魔法の盾や魔法の鎧が挙げられる。

 冷気による干渉。放出による吹き飛ばし。凝固による防御。射出による攻撃。その他にも拡散、炸裂、形成、収束。単体と範囲、更には人数指定とあらゆる魔法の応用を無詠唱で行う。


 ただし、クルタニカという器による暴走であるため隙を作るのは難しくなく、現にルーファスたちは一度、クルタニカの『冷獄の氷』状態を解除した経験がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ