表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
211/705

次に繋げるために

***


 コボルトがガルムをけしかけて迫る。そこに矢が一本、二本と射掛けられて一匹、二匹と脳天を貫かれ息絶えていく。

「これで、三十匹目!」

 木の上から二本の矢を矢につがえて放ち、二匹のガルムを一度に仕留める。

「あと五匹! 私のところはもう抜けちゃった。後ろから射るけど急所には当たらないかも!」

 報告を受け、戦斧を握り直したガラハが前方に『飛刃』を撃つ。一匹が十字に断ち切られ、残りの四匹の内、二匹を一挙に相手取る。

「“光の裁きよ(サンクション)”!」

 一匹のガルムが天から降り注ぐ光によって地面に這い蹲る。残った最後の一匹――通常よりも一回り大きなコボルトがガラハとアイシャの横を抜けて、村の門前で待機しているアレウスに襲いかかる。

 短剣を抜き、低い姿勢から前方に加速。コボルトが石剣よりも圧倒的な速度でその体を真下から真上に切り裂く。防具を纏っていたため、一部は打撃になってしまったがコボルトは攻撃を中断されて後ろへとよろめいた。

 更に一歩、二歩とアレウスは構わず進撃し、喉元を正確に貫く。

 二匹のガルムを止めていたガラハが一匹を戦斧で薙ぎ払い、残りの一匹はニィナの矢が射抜く。アイシャが魔法で地面に這い蹲らせていたガルムは魔法が解けるとすぐに起き上がり、彼女に爪を振るう。

「“魔法の矢”」

 神官の外套が一部、切り裂かれたが間際で逃れたアイシャは杖を半回転させて、片方の瞼を閉じて詠唱を終える。杖の先端は回したことで地面擦れ擦れに。そこから放たれた魔力で束ねられた一筋の矢がガルムを頭部から尻尾まで貫いた。


「よっし、全部やっつけた!」

 全ての魔物の絶命を感じ取ったニィナが木の上から降り、アイシャと手を取り合って喜ぶ。


「顔色が良くないな」

 ガラハがアレウスに声をかける。

「もっと、上手く倒せたんじゃないかと思って」

「気負いすぎるな」

「気負わなかったらリーダー失格だ」

「そうやって過去を思い返して反省しても、その時に戻ることはできない。オレの言うことは信用できないか?」

 ガラハは過去に多くの同胞を喪っている。喪失感ならば彼の方がずっと大きい。そして、アレウスが腹の内に溜め込んでいる物にも気付いている。

「……悪いな、心配をかけてしまって。スティンガーにも無理をさせてしまった」

「まったくだ。もしスティンガーが死んでいたなら、オレもあとを追っていただろう」

 ピジョンからの逃走中にスティンガーには悪戯罠ではなく多くの目晦ましの魔法を使ってもらった。そのため、ガラハとアレウスは軽傷で済んだのだが、スティンガーが魔力切れでダウンしてしまった。幸い、消えてはいないが回復はヴェインやクラリエと同等の期間を要するらしい。

「わざわざクエストにまで付き合わなくてもよかったんだぞ?」

「ヴェインに目を離すなと言われている」

「ヒューマンの小僧呼びはしないんだな」

「考えを改めた。仲間を蔑称で呼び続けても意味がない。まだ慣れていない上に時折、口走ってしまうが直していきたい」

「でも喧嘩腰な話し方をする相手は選んでいるだろ?」

「それはオレの強みじゃない」

 強気の姿勢はクラリエもなかなか崩さないが、ガラハに至っては鉄壁なので今後もそういった姿勢は続けていってもらいたい。そんな風にアレウスは思っているのだが、本人が変えたいと思っているのならとやかくも言えない。しかし、明らかに話し方がおかしな時は指摘するべきだ。


「私たちってやっぱ相性良いわよね」

「良いとか悪いじゃなく、なにをやりたいかが分かるからな」

 ニィナがいつになく上機嫌な様子でアレウスの元にやって来る。

「でも私は異界は懲り懲りだから」

「分かっているよ。アイシャとも息が合ってきているみたいだし、勧誘はしない。ただ、」

「この手の依頼やクエストなら手伝ってくれ、でしょ? 今回は私からの頼みだったんだけど、あんたが快諾してくれたんなら私も構わないわよ」

 オーガと対峙し、リュコスから逃げ続けて生還したニィナの成長は目を見張るものがある。射手としての腕前も出会った当初より伸びているのはこうしてパーティを組んで戦闘を経験すれば体感できる。

「それと、仲間たちが治療中で落ち込んでいるあんたを元気づけたいから声をかけたわけじゃないし」

「……? そんな話はしたこともないだろ?」

「アレウスさん、もっと言葉の裏を読んであげてください。特にニィナさんは言葉の意味が反対の反対の反対ぐらいだと思って」

「そういうことは言わなくていいから!」

 アイシャのアレウスに対する助言をニィナが大声で遮る。


「でも……みんな、早く治ってほしいのは本当だから。アベリアは……どんな感じ?」

「僕が見舞いに行くと嫌な記憶が一気に甦ってしまって、『衰弱』の回復が遅れるかもしれないって言われているから」

「そっか……なら待つしかないじゃん? 命あっての物種だし、アベリアはちゃんと甦りもした。傷はいつかは塞がる。回復したみんなに、そんな落ち込んだ顔を見せたらきっと怒るわ」

「だろうな」

 励まされても、終末個体のピジョンによってパーティが半壊した事実は変わらない。アレウスはピジョンが倒れたあと、死んでいるかを確認しなかったこと。そして息の根を止めなかったことをずっと後悔している。あの時、しっかりと調べていれば夜の悲劇は訪れなかった。

 そして、ノックスとセレナまで命の危機に巻き込んでしまった。獣人の王に知られれば、ヒューマンへの偏見は強まるだけでなくどこかの村々は襲われることになるかもしれない。

「勝ったと思ったら勝っていなくて、倒したと思ったら倒せていない。そんなことばっかりだよ……詰めの甘さが、本当に……本当に」

 どうしていつもそうなのか。調子を乗っているつもりはないのに、最後の最後でヘマをする。


「ガラハさんは戦利品回収ですか? お手伝いしますよ」

 空気を読んでアイシャがガラハの手伝いに行く。


「あんたはさぁ、そのまんまで良いんだからね?」

「なにを急に」

「無理して色々やり方を変えようとしなくていいってこと。これは絶対に言えることだから」

「そんな自信満々に言われてもな」

「アレウスにできないことは大概の同ランクの冒険者にもできないことなの。だから、できなかったことよりもできていることを見るべきだと思うわ。アレウリス・ノールードって冒険者がいなかったら私はオーガにもリュコスにも殺されていた。片方は異界だから甦ることもできなかったかもしれない。あんたに救われている人は確かにいて、あなたがやったことは正しいことなんだってあんた自身が認めてあげなきゃ。この前の悪魔祓いだってそう。周りがどんなに人殺しだって言ったって、私はあんたとの縁を切る気なんてないし、そっちから切るのだってお断りよ。それに、悔しいわ」

「悔しい?」

「私が同じ場に立っていたなら、あんたの仲間と同じように人を殺した重みを背負いたかった。だって、私から見たら正しいことなんだもの。そこに咎が加わるってんなら、私は苦しんでもいいからそれを共有したかったわよ」

 その表現は励ましなのか慰めなのか難しい。アレウスは殺人を良くは思っていない。だが、ニィナは状況によっては殺人も致し方ないという考え方が根底にあるらしい。

「なんか伝え方が違う気がする……うーん? なんて言うのかしら。あんたは無茶をする時、物凄く辛そうな顔をするから、傍に誰かがいないと駄目そう、みたいな? アベリアがいれば大丈夫に見えるけど、今はいないから……これもなんか言い方が違う気がする」

「伝えたいことはなんとなく分かったから」

 偏った考え方をしていると思ったが、どうやらアレウスを心配してのことらしい。そのためなら多少の危うい発言すら許容するのだから、彼女が話す際には気を付けるようにとあとでアイシャに伝えておかなければならない。

「ありがとう、ニィナ」

「……別に、感謝されることでもないし。私は魔物の戦利品回収をするけど、あんたは先に村に戻って報告を済ませておいて」

「ああ」

 アレウスはニィナたちと別れて、一足先に村へと向かう。



「君は、物凄く面白い気配をしているねぇ」



 帰り道に人の気配は一切しなかった。視界にも人は見当たらなかった。なのに、道の小脇にある石に何者かが座っている。

「誰、ですか?」

 しかし、敵意は感じられない。それどころか生気があるのかどうかも分からない。怪訝な表情でアレウスが訊ねても、返答はすぐにされない。

 首を傾げつつ、どう言おうか悩みつつ、いざ言おうとして言い淀み、また首を傾げる。

「答える義理はまだ、無いのかなぁ」

 ただただ待っていたあとに随分と気の抜ける言葉を口にされたため、アレウスは溜め息をついた。

「随分と色んなところを見て回ってきたけれど、君のような気配を持っている人はいなかったなぁ……ついぞ、求めているところには辿り着けてもいないしねぇ」

 つばの広いとんがり帽子を目深に被り、顔を見させては決してくれない。そのとんがり帽子も所々がヘタってきており、先端はくしゃりと曲がってしまっている。雰囲気は絵本に出てくる怪しげな魔女の帽子が近く、顔は見えなくとも体の特徴から女性と分かる。では、本当に魔女なのかと問われれば判断は難しくなる。その基準が曖昧だ。冒険者の中にはこういったつば広のとんがり帽子を被る者は多く、そのほとんどが魔法の叡智に触れている。魔法使いと魔女を同列に語るべきではないのだが、実物の魔女と呼ばれる部類の者に出会ったこともなければ文献で調べたこともないため、分からないのが現状である。

「あなたはなにをしている人なんですか?」

 生気がないため幽霊の類にも思えてきたため、どのような自覚を持っているか訊ねる。

「あー……まぁ、あんまり誇れるようなことはしてきていないかなぁ」

 座っていた石から立ち上がり――予想以上の高身長に思わず気圧されかけた。

「君は、自分のことが嫌いだね?」

「……なにを」

「でも、努力を続けている。それって、土壌に肥料を撒いたり種を撒くようなことだから、とても苦労しているしとても大変だと思うし、とても辛いことだと思う。けれど、努力を嘲笑わず、努力を捨てず、努力をし続けている者が実らなかった事実はないんだよ。あなたはとてもとても頑張っている。あなたの気配から察するに、蛹が羽化する前、もしくは蕾が花を咲かせる少し前。外に出るには体力がいるし、一種の恐怖がある。花弁を一枚一枚綺麗に開かせることができるのかも分からない。けれど、その最後の最後の恐怖や壁を乗り越えると……案外、その先には開けた物が見えてくる」

 枝のように長い杖を手に握り、つば広のとんがり帽子を被った女性はアレウスとは正反対の方向へと歩き出す。


「次、会う時はきっと花を咲かせているだろうし、きっと成虫になっているだろうから、楽しみにしているねぇ」


 さながら、次に会うことが分かっているかのような言葉を言い残して、幽霊のように女性はアレウスの視界から遠ざかっていった。


 よく分からない体験をした。自分自身が精神的に弱っているがために生み出した妄想の産物かもしれない。だとしたら、こんなことをニィナたちに話せば笑われる。もし、彼女たちが帰り道の最中に出会ったと話をしたならばアレウスもその話に乗ろうと思った。


「お先に戻られたんですか?」

 村に入り、ギルドに立ち寄るとリスティが待っていた。

「はい。戦利品を集めてからみんなは戻ってきます」

「では、この依頼は完了したんですね。ただ、報酬については皆さんがお戻りになられてからにしましょう」

「僕もその方が良いと思います」


「あと、『風巫女』関連についての話があります」

「明後日でしたっけ?」

「ええ。私としてもこのタイミングの悪さですので、アレウスさんたちを加えるべきではないと伝えたのですが、既に決定事項だと。アレウスさんとガラハさん、ニィナさんとアイシャさんにはルーファスさんのパーティと共に『風巫女』の目覚めに同席してもらいます」

「ヴェインやクラリエは間に合いそうにありませんか……」

「アベリアさんは当然のことですが、そのお二方も静養が必要となります。心苦しい限りなのですが、しかし、ルーファスさんたちが大抵を担うと仰っているので負担はほぼ無いはずです」

「クルタニカさんが目覚めるのに、どうして僕たちが必要になるんです?」

「あの人は寝起きの機嫌が悪いからです」

「は?」

「私からはそうとした伝えられないのです。秘匿せねばならない依頼でもありますので、ここで多くは語れません。目覚めに関してはほぼほぼ問題ないはずとだけ、断言できますが」

「まるで次があるかのような言い方じゃないですか」

「ええ、その通りです。『風巫女』の魔力を探知して、恐らくやって来るでしょう。前回は交渉決裂後に三日三晩の戦闘後、お帰りいただきました。その後、彼女は住む場所を変えてシンギングリン預かりの冒険者となったため、あとを追われてはいないんですが……今回はどうなるか分かりません。なにせ『風巫女』は『蝋冠(ろうかん)』を保持しています。ああ、『蝋冠』というのは説明すると『蝋印用の冠』です。彼女がしている指輪の一つを指します。手紙に封をする際、ギルドでもそうですが蝋印を押します。この蝋印を彼女は指輪として所持しているんです」

「冠と呼ぶなら、それってかなり重要な物ってことですよね?」

「ええ。なので、『蝋冠』を引き渡すようにやって来るはずです……そのご様子だと話していらっしゃらないようですね?」

「まぁ、あのクルタニカさんのあの性格なら僕に意気揚々と話していてもおかしくはないですけど」

「話さないということは、巻き込みたくないことと話してもどうにもならないことの二つが含まれています。『審判女神の眷族』がどうしてあなた方を巻き込んだのかは与り知らぬところなのですが、どうにもならないことにまで首を突っ込むことはしないようにしてください」

「はい」

「そうやってしっかりと返事をしたって、あなたは首を突っ込むんでしょうけれど」

「いや、自分からはいつも突っ込まない努力をしているんですけどね」

「分かっていますよ。でも、そうやって努力の果てで誰かのためにと体を張ってしまうことも承知の上です。ですので、私から言えることはただ一つ。死なない程度にしてください」

 リスティは柔らかな表情で、なかなか難しいことを口にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ