復活前
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「随分と物騒な世の中になってしもうたのう」
神官の法衣を纏った老人は杖をついて教会の奥へと進む。
「こうも冒険者が死に続けてしまっては、シンギングリンの維持も難しくなるじゃろうて。ギルドに文句を言うべきか、はたまた街の改善策を一向に示さない街の議会に文句を言うべきか」
老人が杖で床を叩くと、光球が生じ、辺り一面を照らし出す。
「さて、どの触媒を糧に甦りたい?」
虚空に老人は問いかける。
「なに、怖がることはない。自身の思うがままに、感情の赴くままに辿り着けばよい。『教会の祝福』は強固なものじゃ。己の能力が下がろうとも、己を失うことはない。むしろ己を高める触媒に行き着けば、死ぬ前よりも強い己を見つけ出すことさえできようぞ」
部屋の中心にある台座に収められている聖書を開き、両腕を左右に広げる。
「民がために命を削る者たちの魂ならば、我らが聖なる触媒もまた喜んで受け入れよう。さぁ、己が精神の赴くままに、己が道を選びたまえ」
自身が発生させた複数の光球に目を向け、まるで星空でも眺める子供のように無垢な笑みを浮かべる。
「副神官殿、ギルドより使者がいらしております」
「御霊入れの最中じゃ。丁重にお断りするか、長く待たせるやもしれんがいずれ参ると伝えなさい」
「仰せのままに」
甦る冒険者の名前が聖書に刻まれていく。
「……ほう? 先代より更に以前より使われることのなかった聖骸を選び、選ばれた者がおる。そうか……『風巫女』に続く者がようやく現れ出でたか。しかして、土に固められてしまっては『原初の劫火』が燃え盛ることもできなかろうて……どれ、ワシが一つ、背中を押しておいてやろうかのう」
杖から発せられる魔力が一筋がカタコンベの隣接する地下神殿へと流れていく。
「じゃが、『冷獄の氷』が『雪の華』を渡さんように『原初の劫火』も『種火』を撒けねば、真なる力は発揮されん。願わくば、ワシが死ぬ前に『雪の華』と『種火』も見られればいいんじゃがのう……」
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「件のダンジョン探索の結果、ピジョンの襲撃を受け、『異端』をリーダーとするパーティは半壊。『泥花』は死亡。『純愛』と『影宵』は重傷。『猛突』は奇跡的に軽傷との報告が上がっています」
「たかがピジョンに中級冒険者のパーティが半壊されるものか?」
ギルド長は頬杖をつきながら訊ねる。
「先刻、アイリーンがお伝えした通りとなりますが件のダンジョンです。また、ピジョンも通常の個体ではなく終末個体であったことをリスティーナ・クリスタリアが報告書に記しています」
「そうか……未だにあの場所は元通りにはなってはいないか」
「異界を渡ることを目標としていたようでしたので、あの程度のダンジョンであれば攻略できなければ困ります。ですが、彼らなら可能だろうと踏んだ我々の判断が軽率でした」
「ジェーンの言う通り、我々のミス。よって、復活費用はこちらで支払うことになりました。リスティーナ・クリスタリアには既に通達済みです」
「確かに気が早かったかもしれん。しかし、これが『異端』も考えを改めるキッカケになるのなら、僥倖だったとも言える」
「異界専門の冒険者にするには惜しいとのお考えですか?」
「そうだ。異界に魅せられた者は誰も彼も真っ当な人生を送らない」
アイリーンとジェーンは『審判女神の眷族』として会話を続けていく。
「しかし、冒険者の多くもまた真っ当な人生を送ることは叶いません」
「晩節を汚すことを拒む者も少なくなく、簡単な依頼しか受けなくなります」
「だとしても、再起不能になるよりはずっといい。生きているだけで価値があるのだ。生きているだけで、人間は幸せなのだと気付いてもらいたい」
「それはギルド長としての言葉でしょうか?」
「それとも、“『勇者』再臨試験の生存者”としての意見でしょうか?」
「あの時は、帝国だけでなくどの国も競っていた。新たな『勇者』を生み出すことに躍起になっていた。だから禁忌にすら手を伸ばしてしまった」
「生存者はギルド長を含め、たった二人だったと聞き及んでいます」
「生き残っても『勇者』にはなれなかったそうですね」
「それでもあのダンジョン名『英雄試験場』は稼働を続け、六年前に老朽化が原因となって廃棄されましたね?」
「既に禁忌的なことは各地で行われていた。『異端審問会』が生まれ出てしまったのも、『勇者』不在による人々の恐怖が形になったからだ。新興宗教のようでいて、その実は非道徳的なことを行っている」
ギルド長はそこで一旦、言葉を置く。
「問題なのは、その末端か或いは中枢に過去の冒険者ギルドに携わっていた者が混じっているかもしれないということだ」
「だからギルド長はギルド長に?」
「『勇者』にはなることはできなかったが、狂い始めていたギルドの本質に自浄作用を促すにはギルド長まで登りつめなければならなかったんだ。だから英雄試験場を廃棄するのにも随分と時間がかかってしまった」
「正しき判断であると思います」
「同時に、間違った判断に限りなく近かったとも思います」
「だろうな」
「それで、そのもう一人は一体どこに?」
「『勇者』が再びこの世に現れたことはありません。つまり、もう一人も生き残りはしても『勇者』にはなれなかった。そうですよね?」
「奴は『勇者』同様、心を壊してしまい、今も療養を続けていると聞く。隠居先についても秘匿され、どこからも情報は出されていない。もう残りの人生は穏やかに暮らしたいのだろう」
「あのダンジョンは他にも幾つかあるそうですが?」
「元々あった建物を改造したまでは昔のギルド側の思惑通りだったわけですが、そのどれもが破棄されたにも関わらず、魔物の巣窟化が著しく速く、取り壊すことさえできないそうですね。取り壊せないのはギルド長にとっては想定外だったはずです」
「だから“裏”の仕事のように時折、見込みある冒険者たちに探索やマッピングを依頼として募り、調査させる。どうにかして忌々しい記憶と共に抹消できないかと、状況を探る」
「もう何度も繰り返してきたことですが、こうして送り出した冒険者に被害が出るたびに我々は思うのです」
「「ギルド長の思惑は、果たして正しいのか正しくないのか。秤にかける価値があるのか否か」」
「上に立つ者のやることは理解されないのが世の常だ。街長もつくづく、私のことが嫌いなようだ。数え切れないほどの嫌がらせをしてきている上に、遂には冒険者への出資費用の削減案まで出す勢いだ」
「削減?」
「魔物の数は僅かに減少傾向にはありますが、冒険者の数やギルドの運営に携わる者、そして担当者を減らすことになればシンギングリンであっても次の“周期”には耐えられません」
「ああ、だからどうにか提出されないまま撤回するように求めているが、一体どうなることやら……それで、『泥花』は無事に甦ったのか?」
「教会へ直接赴き、確認を終えております」
「この街であの方を越える甦り担当の神官はいらっしゃらないでしょう」
「『神愛』が倒れて以降も、副神官という立場に拘り続ける好々爺です」
「地位や立場に興味がないのでしょう。甦る冒険者の強い気力に魅せられている可能性も捨て切れませんが」
「いや、神官としての腕も確かだ。神官長になりたがらないのも、年齢を気にしてのことだと聞いている。『神愛』のような若者が立たねば、教会もいつまでも古臭いならわしを捨て切れんとも呟いていた」
「初耳ですが……」
「お知り合いで?」
「私がギルド長になる前からの付き合いだ。とはいえ、一目置いていると思われては他の教会から顰蹙を買うので、扱いは平等にさせてもらっている」
「しかし、いくら教会の者が優秀であっても」
「甦った当人の精神がどれほどの速度で回復に向かうかは、それこそ当人次第となりましょう」
「……最長で三年だったか?」
「はい」
「最速は十二時間となります」
「そいつのことはよく憶えている。『緑角』のエルヴァージュだろう?」
「はい。次点で二日、三日、五日といったところでしょうか。二日は『風巫女』、三日はリスティーナ・クリスタリア、五日は『魔剣』となります」
「ふ、回復し切っても辞めてギルドの裏側の仕事を始める者もいる以上、なんの指標にもならんがな」
「そうですね。回復が早かろうとも己の限界を見たならば、その者は二度とは冒険者として立ち上がることはできないことでしょう」
【復活後の『衰弱』状態】
一種の状態異常だが、ロジックそのものに『衰弱』と書き込まれる。『教会の祝福』を受けた者魂に刻まれているロジックを辿って、教会の神殿に納められている万を越える触媒と合わさって受肉し、目覚める。触媒は冒険者側が選ぶものでも、教会が選ぶものでもなく、魂と触媒が惹き寄せられるものなので、復活において使われた触媒が高価な物であった場合はその費用は高額なものとなる。
『衰弱』状態はレベルと能力値、技能の低下をもたらす。日数の経過と訓練によって解消されていくが、精神面の回復が特に遅い。復活のためとはいえ、魂に刻まれたロジックを辿った結果、復活直後から自身の生き様を夢や思考中、ふとした行動の中で追体験していくことになる。
よって、過酷な生き様を刻んでいる者ほどトラウマや発作は強い。なにより、強烈なインパクトを残している経験や想い出とも呼ばれる部分を、一つ一つ精神的に乗り越える過程が挟まるため、どこかで足踏みをすれば永遠に恐怖体験に苛まれ続けることとなる。かといって、早期に回復する者の生き様が決して軽いものというわけではない(人生は楽しいことや喜ぶことだけではなく、嫌なことと苦しいことも付き纏うものなので)。




