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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
209/705

撤退

///


「例の場所だが、獣人たちが幾年より前から調べ始めているようだ」

「調べたところでなにも出ないんじゃないかな」

「随分と自信満々じゃないか」

 『人狩り』は『魔眼収集家』が欠伸をしながら返事をしたため、やや語気を強めた。

「だってあそことぼくたちは無関係だ」

「悪を討つためならば、嘘すらもついて捕まえても構わないと思うが」

「違う違う。あそこを利用していたのはぼくたちじゃなく、冒険者を束ねるヤバいところってことさ」

「正義のために力を執行できない者たちが?」

「『勇者』が心を壊してから冒険者も隆盛期を過ぎた。あとは衰退していくだけ。そこに焦燥感を覚える者も少なくなかった。だったら、どうするか分かるかい?」

「……まさか、再臨を狙ったのか?」

「その通り。次の『勇者』を人為的に作り出すために多くの人種を一所(ひとところ)に閉じ込めての成長試験を実施した。聞こえはいいけど、実際には筆記じゃない実技によるストレステスト。『教会の祝福』は封じられ、試験場には数多くの罠が仕掛けられ、そのどれもが殺意に満ちた物ばかり。試験は定期的に開かれていたんだけど、確か六年ぐらい前に数多の鳥型の魔物の襲撃を受けて、全十五階層に渡る試験場の大半は潰されたんだ。ほらね? ぼくたちはなんにも関わっちゃいない。むしろ、冒険者を束ねる者たちが起こした狂気しかない」

「ならどうして、我が主はあそこを私に調べさせた?」

「うーん……多分だけど近い内に訪れて、あやかりたかったんじゃないかな」

「あやかる?」

「人間を道具のように扱い、使い切り、捨てる。そういうところには極上の憎悪が詰まっている。しかも冒険者の物なんだから、味わわない理由はないよ。なにせギルド側も憎悪が強すぎて御霊送りができずに時折、冒険者に中を見てもらっている程度だからね」

「御霊送りができないのであれば、そこには人間が近寄れず、異界獣も“穴”を作ろうとは思わない……か」

「でも、異界から外に出た魔物にとっては最高の場所だろうね。誰かに見つかって傷付いて逃げても、憎悪の分だけ強くなっていく。逃げたり隠れたりするのが上手い魔物も中には出て来るだろう。終末個体を定期的に見たいなら、君も時折、遊びに行くのをオススメするよ」

物見遊山(ものみゆさん)気分で終末個体を観察しにいく気にはならんな」

「そりゃそうさ。あんなところに誰かを送るのは、ギルドの“裏”と繋がっている奴だね。あとは、次の『勇者』を生み出すために詰め込まれた奴らの関係者。『勇者』候補じゃなくて、ただの人体実験の生贄みたいなことをされていたと知ったら……それはそれで、面白いことが起こりそうだ」

「私は共感できないな」

「まぁね。君は狩って奪う者、ぼくは探して奪う者。思考の始まりが動的か静的かの違いに過ぎないけれど、たったそれだけの違いでぼくたちは共感し合えない。じゃぁそれが異常かって言われたら実はそうじゃない。世界で比べてみたら、思考の差異なんて千差万別。だったらさぁ、ぼくはこう思えて仕方がない。“思考、観念、信仰、宗教、性差、食べ物の好き嫌いから食べちゃいけない物、食べていい物、殺していい動物と殺しちゃ駄目な動物、その他諸々全てが同一にならない限り、人間は武器を捨てられないし分かり合えない”ってね」

「貴様の信条などに興味はない」

「誰がぼくの信条なんて言った? 勘違いされちゃ困るから言っておくけど、これはありのままの事実を言っているだけ。だってぼくは綺麗な物ならなんでも好きだし、受け入れるから」

「それが『魔眼』を集めている理由か?」

「だって、『魔眼』はとても綺麗じゃないか。綺麗な物は欲しくなるだろう? でも、悲しいことにそれはぼくの物じゃないし、どれだけお願いしても手に入らないんだ。だったらもう、奪うでしょ。綺麗な物は手元に置いておきたいし、使いたい。使って使って、ドブのように汚れて使えなくなっていくまでの過程を見届けたい。それってとても素敵なことだろ?」

***


 戦う理由は?

 生きる理由は?

 学ぶ理由は?

 鍛える理由は?


 異世界を壊すこと。目標であり使命と思っており、尚且つ将来の夢。なにかになりたいとか、なにかを目指したいとかではなく、与えられた生命と喪われた先達者に報いるために生き様を決めた。


 失っても前に進め。

 苦しんでも立ち上がれ。

 息をしている限り、諦めるな。


 常に己に課し続けてきた。それが強さに繋がる信念だと疑わなかったから。


「僕は……どうすれば、いい?」


 足が動かない、思考が巡らない。呆然と立ち尽くし、やがて立つ力も喪われて膝立ちになり、前のめりに倒れそうになる。

 重い。とてつもなく重い。


 体になにかが圧し掛かっている。

 いや、その正体など昔から知っている。


 絶望。


 アレウスを押し潰さんとしている力は絶望という二文字から来る沈んだ心の重みである。多くの者が垣間見て、立ち上がれず、地面に突っ伏してしまう。すぐに立て直せるのはごく一部の、限られた天才や秀才である。

 凡人であっても壊れることのない強い心の持ち主ならば時間をかければいつかは立ち直る。


 当たり前だが、アレウスは特別、天才であったり秀才であるわけではない。人並みに傷付き、人並みに苦しみ、人並みに悩んで、人並みに反省し、人並みに前を向く。そのサイクルによって成長を繰り返してきた。

 天才のように即座に切り替えて動けるわけではない。秀才のように感情のスイッチを切って、非道徳的な決断を下せるわけじゃない。


 であれば、戦場では常々に天才と秀才がひしめきあっていることになる。命を奪い、命を捨て、命を掴み取る。気が狂う戦場に繰り返し立ち続けた者は謳われ、讃えられる。


 人殺しも戦争で勝ち続ければ英雄だ。皮肉のように誰かが言い、そして耳にした。

 多くの人が反論する。英雄であっても人殺しであることには変わりない。人を殺して英雄などと言われるわけがない。殺さず、戦争をしない者こそが真なる英雄だ。アレウスもまた戦場では人殺しが英雄と呼ばれる話を否定する側だ。


 だが、精神については認めざるを得ない。


 何故なら今、アレウスは戦場に立つ英雄のように、立ててはいないからだ。


「申し訳……ありません……申し訳……申し訳…………申し訳…………」

「思考停止させてんじゃねぇぞ、セレナ!!」

 ひたすらに謝罪するセレナをノックスが殴り飛ばす。

「全力でここから撤退する! こうなっちまったら、あのクソみてぇな鳥が勝手に死ぬまで調査は後回しだ!」

「…………ジブンは、ここで、死にます」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!!」


「ですが、あの方は!!」

 セレナが糸が切れた人形のようにその場にへたり込む。

「ジブンを庇ったせいで…………」


「さっさと立て、アレウス!!」

 ガラハが失意に沈んでいるアレウスの肩を掴み、揺さぶる。

「冒険者は死んでも甦る! あの小娘も例外ではないだろう!?」

「あ……」

「『祝福知らず』はアレウスだけ。そうだろう?」

 ヴェインが檄を飛ばすガラハとは対照的に、とても優しい声音でアレウスを諭す。


「そう、だ……アベリアは、死んだ……けど、まだ、死んでは……いない」

「『教会の祝福』が正しく機能すればアベリアちゃんは生き返るの! だから、“生き返れない”あなたはあたしたちが全力で守りながら逃げなきゃならないの! あなたまで死んだら、アベリアちゃんは絶対に立ち直れない!! あたしたちだって!」


「よみがえ……る? では、あの方は……ジブンが死んではならないと、お思いになって、自らを、盾に……?」

「ホントだな?! 本当なんだな!?」

「……あ、あ。アベリアには、何度も何度も言って、渋々……『教会の祝福』を受けさせた……」

 セレナの真っ青な顔に生気が戻る。

「でも、そんな……」

「アレウス! もっとちゃんとした形で別れたかったが、この状況じゃ無理だ。ワタシもセレナを支えながら逃げなきゃならねぇ。お前の逃げるところはきっと獣人にゃ優しくないよな? だったらここでワタシたちはワタシたちのところへ帰らせてもらうぜ」

 返事ができない。アレウスが相当に精神的なショックを受けていると判断したノックスは「次に会った時、その面のままワタシの前に現れんじゃねぇぞ?」と言い残して、セレナの背中を叩く。アレウスよりもまだ動けるセレナは感情に揺り動かされながらもノックスと共に走り出し、闇夜に消えた。そんな二人を追撃するように羽根の雨は降り注ぎ、辺りの地面を抉っていく。


「ほら、アレウス君も早く!」

「ぼ……くは!」

 後悔だけが押し寄せる。

「僕は! 一度もアベリアに死んでほしくなんてなかった!!」


 ヴェインがアレウスの顔を殴る。

「そんなのここの誰だって一緒だ。どこのどいつが仲間に死んでほしいなんて願うんだ。ワガママを言う暇があったら立つんだ」

 腕を掴んで引っ張り上げる。尚も自力で立とうとしないアレウスをヴェインはガラハに背負わせる。

「追撃を最初に防ぐのは俺、その次がクラリエさんだ。ガラハは死ぬまで走り続けて、それでも逃げ切れないようなら君が死んでもアレウスだけは死なないようにその体で覆い被さって守るんだ」

「やってやろうじゃない」

「任せろ」

「アレウス? 君のために命を投げ出せる仲間がこんなにいる。もし俺たちが死んでも、そのことは忘れないで生きて帰るんだ」


 いつにない雄姿に助けられつつも、アレウスは失意の淵から戻れずに仲間の言うことにただただ(うべな)うだけだった。

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