強者を討ち取れ
「“光”」
「“灯れ”」
アベリアとヴェインがほぼ同時に放った光球が暗闇をほんのりと照らし出す。しかし、ピジョンを見つけるまでには至らない。
獣人の二人は光球が放たれるより前に走り出しており、既に暗闇の中に消えている。彼女たちにとって暗闇での生活は普通のことで、夜目も利くのだろう。同じように夜目の利くクラリエも即座にその場を離れる動きを取った。
「ボーッとしている暇があったらさっさと動き回れ!」
「固まっていたら一網打尽ですよ」
ノックスとセレナの忠告が飛ぶ。ガラハがヴェインと目配せをして、光球を頼りに二人一組で動き、アレウスはアベリアと共に走り出す。
「アレウス、どこにいるか分かる?」
「いつもなら見えるはずなんだけどな」
『蛇の目』が熱源感知の能力を有しているため、生物の体温から位置を発見できる。魔物にも一応ながら体温があることは確認済みで、これまでも何度か救われている。
しかし、なぜかピジョンの体温を発見できない。熱源を特定できないのなら、アレウスは夜目が利かなくなる。
「血を纏ったから?」
「穢れた魔力で全身を包めば、感知どころか熱源すら放たないなんてな」
「えーっと……“魔力の鎧”だった……かな。マジックアーマーって呼ぶんだけど、それを纏うと魔法とかが弾かれやすくなる」
「解除するには魔力で覆われた膜を削り取って穴を作る」
「あとは打ち破るくらい強烈な魔法を叩き込む。でも、ここで大詠唱と精霊の戯曲は使えないよ?」
「だよな」
こんなところで泥の本流や炎の渦でも起こしたら被害は味方にまで及ぶ。“沼”の魔法は、味方の足まで取られてしまう。小さな魔物の集団に対してなら、その魔物の爪や牙に襲われようがないため多少は巻き込まれたところで抜け出せるならなにも問題がない。しかし、ピジョンは足を取られても翼や嘴がある。その翼は竜巻を起こし、長い首からスイングしながら振るわれる嘴はアレウスたちの攻撃できる間合いの外から来る。だから、ここで“沼”の魔法は禁忌なのだ。
「感覚としては火球より泥の塊の方が効いているから、一度の詠唱で分裂する塊を一ヶ所に時間差で当てていけば、もしかしたら」
「そのもしかしたらには賭けてもいいんだが、最大の問題はあいつの居場所を掴めないことだ」
光球で捉えるには地下は広すぎる。アレウスとアベリアはまだマッピングの知識があり、頭で見ていた景色を呼び起こして現在地まで割り出せはする。落とし穴に足を踏み外して刃物で串刺しも避けられる。だが、ピジョンの位置までは予想の域を出ない。
「大体、なんであいつの足音が急にしなくなった? あの騒がしい羽ばたく音もなんで?」
そこである考えに至る。
「……聴覚の状態異常を解除する魔法を唱えられるか?」
「私は駄目。音は風が連れてくる。私は風の精霊に嫌われているから、ヴェインじゃないと」
その解決策となり得るヴェインはガラハと共に暗闇の向こうにいる。散開する前に確認を取るべきだった。
啼き声による音波の攻撃は一種の麻痺に過ぎず、それも聞こえなくなれば自然と解けたせいで勝手な解釈をしてしまった。あの音波は罠の作動だけに留まらず、アレウスたちの聴覚に状態異常を残していったのだ。
「僕たちは今、ピジョンが発する特定の音だけ聞こえない」
「じゃぁ」
「ヴェインだけしか、ピジョンの位置を大体でも特定できていない」
ピジョンのマジックアーマーによって感知が妨害されているとガラハ自身がアレウスと同様に思い込んでいる場合、そもそもヴェインは異変に気付かないかもしれない。こうなると頼れるのはスティンガーだが、ピジョンの風圧で身を隠しているためそれも叶わない。クラリエはまだ気付けていないかもしれない。ノックスとセレナは、そんなことを気にする性格じゃない。
「どうにかしてヴェインたちと合流する」
「光球を辿ればすぐにでも合流できるよ」
とはいえ、アレウスはピジョンを感知できなくなっただけで仲間の感知はまだできている。暗闇の中でも彼らの気配と足音を辿れば難なく合流は果たせる。
しかし、それは容易く妨げられる。
感知の外側――注意していなかった方角から攻撃の波が来る。どれもこれもが魔力を帯び、普通の羽根とは思えないほどの硬質性を得て、降り注ぐ。特にアベリアへの攻勢が強く、彼女はアレウスを巻き込まないように敢えて離れるように回避に移る。アレウスもその気持ちを汲んで、彼女から遠ざかるように羽根を避けていくが、このまま距離を開け続ければ完全に孤立してしまう。図らずとも、既にピジョンにアレウスたちは分断されている。各自の判断で分かれた点だけが唯一の救いである。問答無用の分断であったなら対応が後手後手に回りかねない。
「ピジョンは僕たちが見えているのか?」
情報の取捨選択をして、足元さえまともに見ることが少ない終末個体のピジョンが暗闇で夜目を利かせてアレウスたちを狙い撃ちしたのだろうか。フクロウのように首が傾くのだとしても、フクロウのような目まで持ち合わせているとは考えにくく、更には片側の目は潰れている。十二分には視界を得られてはいないはずだ。にも関わらず、羽根は所構わずアレウスを狙って降ってくる。
孤立しているために、この羽根がアレウスだけを狙ったものなのかそれとも他の仲間たちにも均等に降り注いでいるものなのかまでは分からない。しかし、アベリアに降っていた量に比べると多くはない。
感覚を研ぎ澄ましたところでピジョンの位置は掴めそうにもないのだが、羽根は避けられる。降り注ぐ際に生じる空気の振動やその他の要素を暗闇の中から拾い集めれば、降ってくる方角と避けるべき導線が見える。
一定の方角から羽根は降り続けている。それがピジョンのいる位置と同一であるのなら、その方角に向かえばいい。深く考えている余裕はない。もしも羽根の襲来が以前よりも広く、そして大量であるのなら今も尚、仲間の誰かが必死に耐えているやもしれない。それどころか大怪我を負っていてもおかしくない。
急ぐ。ひたすらに走り、羽根を避け、暗闇を突き進む。
なにかが迫る感覚を抱き、咄嗟に短剣を抜く。そのまま前方に振り抜いた。
「っ!」
「っぶねぇなぁ!」
アレウスの短剣はノックスの短剣で受け止められる。いや、受け止められたというよりも互いに剣戟を防御の形に途中から変えたのだ。
「こっちからピジョンの羽根は飛んできていた」
「ワタシもそれを頼りにここまで走ってきたんだ」
だが、暗闇を見渡してもどこにもピジョンの姿はない。むしろ夜目が利くだろうノックスがピジョンの姿を捉えられていないのが不自然で仕方がない。
「どうしてピジョンを追っていないんだ?」
「追っていたさ。だが、ワタシたちの目は、まだ暗闇に強いわけじゃない」
「“まだ”、とはなんだ?」
「使えばいいんだが、使ったあとは明るいところに出ると目を焼いてしまう。お前たちが放った光球ですらワタシとセレナにとっては脅威になる。二つじゃなく一つに減らしてもらえば、使ってもいい」
「よく分からない交渉をするな。ピジョンを見つけられないと僕たちは、っ!!」
降ってきた羽根により、会話を途切れさせられる。先ほどよりも強烈な速度と数で避けるにも限界が生じる。ノックスとも分断された。
「クソ、誘き出されたのか!」
しかし、まだ余力はある。全身の筋肉に力を込めて、全神経を集中してひたすらに避ける。石つぶてはこの際、仕方がない。甘んじて受ける。ただし、ピジョンの思い通りになるような強烈な一撃をもらいはしない。強い意志でピジョンの攻勢に歯向かい続ける。
唐突に足が上がらなくなり、前のめりに倒れる。体力にはまだ余裕があった。疲れもそれほど溜まってはいない。すぐに立ち上がろうとするが、何故か足に力が入らない。
「なんだ……どっちの足だ? どっちの足が動かなくなった?」
アレウスは右足、左足と順に動かそうと試みる。左足は動く。どうやら右足が動かなくなったせいで倒れ、立ち上がるのにも重心が崩れてなかなか上手く行かないらしい。何故かは分からないが体中から脂汗が噴き出す。いつぞやの時のように、見る勇気が湧いてこない。
だが、起き上がらなければ狩られるだけである。悪魔憑きとの戦いではまだ仲間に助けてもらえるような状況があった。だが、この場にその可能性は限りなく低い。早く現実を見つめ、歯を喰い縛って動けなくとも動かなければならない。
右足に羽根が大きな羽根が突き刺さっている。羽根先は貫通しており、引き抜こうにもヤスリのようなザラつきが見える。引き抜けば肉が削げる。量はほんの僅かでも、それは激痛に違いない。これを引き抜くには相当の勇気と、舌を噛み千切らないように布を噛まなければならないだろう。
なにより、どうして突き刺さったのか。刺さった時にはなにも感じなかった。それどころか音さえなかった。この羽根がどこからやって来たのかさえ、刺さっている角度からしか割り出せない。
羽根はアレウスが進む先――前方から降り注いでいたが、左足に刺さっている羽根は限りなく左に近い斜め前方である。この位置に刺さるには、理論的に考えてもアレウスの立ち向かった方角からズレていなければならない。もしも前方からたまたま角度が変えられた羽根が襲来していたのだとしても、それは目視できるもののはずだ。それができなかった。
「音……突き刺さる音も、僕は聞こえないようになっているっていうのか……」
ならば、それはアレウスだけでなくヴェインを除いた全員に言えることだ。そう考えるなら、やはりヴェインとの合流が先決だった。
理論、そして論理。それらで考えるなら、ピジョンは両翼で放つ羽根の位置をズラした。つまりアレウスは左翼から放たれる羽根を前方に捉え、ピジョンは右翼から放つ羽根で狙い撃った。考えてみれば翼を羽ばたかせる動きは見ていたが、その翼長までは把握していなかった。想定を越える長さの、その先端に近いところから羽根が放たれたのなら、あとは魔力での操作も交えてアレウスを射抜ける……だろう。
あくまで、想像の域を出ない。実際がどうなのかは暗闇の先にしか答えがない。
不可思議なのは、アレウスが動けなくなったところをピジョンはトドメを刺しには来ないところだ。羽根の掃射を行えばアレウスはすぐにでも絶命するような絶望的状況にある。
「もう動かないから脅威度と、取捨選択から僕を殺すことを外した……のか? それとも……魔力……そうか、魔力か」
アベリアへの攻勢が強かった点からすぐに導き出すべきだった。
ピジョンは未だに魔力を求めている。つまり、魔力の無いアレウスは食べ物としては下の下で、食べたところで得られるものがなにもない。それに比べてアベリアは魔力を膨大に持ち合わせており、まさに極上の食べ物だ。同じ理由でクラリエとヴェインへの攻勢も強いに違いない。
ヴェインはまだ風の魔法で障壁を張れば矢は凌げる。クラリエの俊敏性なら、この手の攻撃を避けられる。ガラハはヴェインと行動しているのなら言わずもがな。ノックスはセレナが意地でも守る。
だが、アベリアはどうだろうか。
「あいつは……孤立したら、駄目だ。合流できて、いるのか……?」
羽根を両腕で掴んだ。しかしそれだけで激痛が走る。危うく意識が飛びかけた。
「ざまぁないな」
ノックスの声がする。
「……僕はいい。アベリアを、頼む」
「そいつは無理な相談だ」
彼女がアレウスに近付いて来て、その姿をようやく視認できるところで言葉の意味を知る。ノックスの左腕に羽根が突き刺さっている。
「十二分に注意していたはずなのに、ワタシもこのザマだ……はっ、笑えないなぁ……全く笑えない」
「お前はまだ走れるだろ」
「それはそうだが、逆転の一手を打つためにここに来た。セレナはお前の女のところに走らせている。助けたいわけでもないんだがな……ワタシたちが助かるには、まずあの女が不可欠だ」
「なにをさせる気だ?」
「光球を一つ消してもらう。ヒューマンの男の方は、どうやらドワーフの男を守るので手一杯で、唱え終えている光球を消すことにまで頭が回っていない。冷静に諭せば聞き入れるんだろうが、孤立無援のお前の女のところに向かわせた方が良いだろ?」
ノックスが片腕でアレウスの口に布を噛ませ、そして縛る。
「光の玉を消してもらって、セレナと共に闇を使って最速で来てもらう。日差しが閉ざされたことで、一時的に暗闇が形成された。ほんの僅かな距離になるが、セレナは一回だけ闇を渡れる。お前とワタシの傷を癒やしてもらったあと、ワタシがピジョンを捉える」
「僕一人じゃあれは倒せない」
「ワタシたちは倒すんじゃなく、魔力の鎧を引っぺがす。獣の剣技を使えたな?」
「ああ、だが、」
「ワタシは上段、お前は下段だ。この獣剣技は二つで一つだが、ワタシは上段しか習得していない。お前は下段をほぼほぼ習得に近い状況にある。合わせれば、本物の二つで一つになる獣剣技には敵わないが、形にはなる。形ってのは剣技の中でも重要でな。そこさえちゃんとハマっていれば、その威力は格段に上がる。ついでに呼称も口にすれば体がその気になる。そんなもんを声にしてもどうにもならねぇと思うかもしれねぇけど、実際、叫ぶのと叫ばないのとでは気の張り方が変わる。型や形をより頭が意識して、無意識の体の動作に『技』が乗る」
覚悟は良いか? という視線を向けられるが、応答する前にアレウスの左足に刺さっている羽根先を一気に引き抜いた。痛烈な痛みと共に全身の穴という穴から体液が噴き出す。
「こんなのでションベンを漏らしていたら世話ないな」
アレウスにとって屈辱的な言葉を浴びせ、ノックスが口の布を解いた。
「…………お前のそれは抜かなくていいのか?」
「お前が気にするほどのことじゃない」
「姉上のそれはジブンが引き受けますので、お気遣いなく」
闇を渡ってきたのかセレナがアベリアを連れて現れる。
「ジブンが姉上の羽根を引き抜いている間にそちらの傷を癒やす手筈を」
セレナが布をノックスの口に噛ませる。
「“癒して”!」
アレウスに了解の確認を取らず、アベリアが独自の判断で回復魔法を唱える。アレウスの左足の穴がゆっくりと縫合されていく。その最中に、ノックスの腕に刺さっていた羽根が引き抜かれ、彼女のくぐもった叫びが聞こえる。
「お前だって人のこと言えないだろ」
「うるせぇ……」
「“癒して”」
続けてアベリアがノックスに回復魔法をかける。アレウスの左足と同じようにノックスの腕の穴が縫合されていく。
「分かっていると思うが、噴き出した血は戻らない。羽根に貫かれる前と同じようには動かせないぞ」
「上段は跳躍しなきゃ繰り出せない。逆に言えば跳躍さえできればあとは体をスイングさせれば腕は付いて来る。下段は腕を真上に振り上げなきゃならない分、踏み込みも大事だが腕力が必要になる。魔法に慣れている体の方が傷の塞がりは速い……それに、ワタシはともかくお前の獣剣技は一つだけな上に未完成だろ。それを使ってもらわなきゃ困るから、選択肢は一つだ」
「ジブンも獣剣技を扱えればヒューマンに協力を仰ぐこともなかったのですが、ジブンは拳以外に学べたものはありませんので。ジブンたちがやろうとしていることについてはエルフの方にお伝えしております。あなた方がジブンたちで言うところの同胞のように厚い信頼があるのなら、きっとあとに続くでしょう」
アレウスはガクガクと震える足で立ち上がる。ピジョンに挑むことに怯えているのではなく、単純に左足へ力がまだ入りにくいためにバランスが取れないだけだ。
「獣人の言う通りにするの?」
「この二人もある程度のリスクを背負って僕たちに協力を求めている」
既にノックスもセレナも瞳の虹彩から光が消えて黒く染まっている。獣人が一種の戦闘で興奮状態に入った際に起こる現象で、昂ぶった精神と合わせて神経も際立つ。
「それに僕たちも彼女たちの協力がなければ、突破口が見えない」
「……そうだね、分かった。やろう」
アベリアが自身の光球を消し去る。これでアレウスたちは再び暗闇に閉ざされてしまったわけだが、さすがに目も慣れてきて薄ぼんやりとだが姿は視認できる。
「セレナは捉えろ。ワタシがこいつを連れていく」
「承知いたしました」
二人が犬歯を口元から覗かせ、同時に激しく唸る。瞼を閉じ、次に鋭く見開く。
「今の」
「自分で自分のロジックを書き換えた……」
いや、それほど大掛かりな書き換えを行ったわけではない。テキストを大幅に書き換えるなら必ずロジックは開かなければならない。冒険者として登録した際に行われたギルドの羊皮紙に込められた魔法は、開かずともアレウスたちのロジックを転写し、更には冒険者としての情報を書き足した。彼女たちはそれと同等のことをやったのだ。だから視認できずとも、二人にはノックスとセレナがロジックに干渉した事実を認識した。
セレナが低い姿勢から、一直線に跳ねる。衝撃波すら生じさせかねないほどの強い跳躍で彼女は暗闇の中へと消えた。
「どこにいるかも分からないんだろ?」
「いいや、もう分かる。ワタシたちの目はもう、『本性化』している。猫の目の性質は知っているか? お前たちにとっての僅かな光をワタシたちはその数倍に反射して目に取り込んでいる」
暗闇の中、ノックスの目が光っている。ヴェインが残している光球から取り込んだ光を猫の目のように反射しているのだ。今のノックスの目から受ける印象は人種のそれよりもはるかに猫のイメージが強い。
「猫は視力自体がそこまでいいわけじゃないが、獣人の目に『本性化』させればその問題はほぼ解決する。そして、ピジョンもワタシたちは視認できる」
地下に鈍い音が響く。セレナがピジョンに攻撃を仕掛けた音だろうか。
「準備はできているな? できていなくとも、連れて行くが」
アレウスにノックスが手を伸ばす。
「……アベリアはここにいろ。ただ、僕の声がした時は……分かるな?」
「任せて」
多くを語る必要はなく、アレウスはノックスの左手を掴む。縫合は終わっているが身体の回復が追い付いていないのか彼女の握力はほとんど感じられないため、アレウスは強くその手を握り締めた。
「光栄に思え。お前は今、獣人の姫の手を握っているのだからなぁ!」
こちらの足を気遣うことのない全速力――疾風のごとくノックスは駆け出した。走るというよりも跳躍するように足を動かせば、もつれそうにはなったが彼女の速度に喰らい付ける。それよりも彼女が見えていてもアレウスには見ることのできない暗闇の方が恐怖心は大きい。
「正面だ。正面に放て」
「分かった」
「足りない力はどうやって足すか、楽しみではありますが失敗は無きよう、お願い致します」
ノックスにアレウスは投げ飛ばされ、セレナが受け止めるもすぐさまノックスの言っていた正面側へと放り出される。間髪入れずに彼女はノックスを掴み、斜め前方へと放り投げた。
「獣剣技!」
「獣剣技……」
ノックスの叫びをアレウスは復唱しながら、『技』の形へと入る。
「狼頭の牙・上段!」
「狼頭の牙・下段」
いつもより踏み込みに不安はあったが、短剣を振り上げる動作には渾身の力を込めた。
「合剣・狼王刃」
「なん、だ……?!」
アレウスはいつものように、自分自身が中途半端に身に付けていた獣剣技をなにもない空に向かって放っただけだ。ただの素振りのようなもので、今までに出してきた『技』ではなにも起こらなかった。
「上段と下段……上顎と、下顎、ってこと、か?」
振るった剣戟の軌跡が、まるで質量を得たかのようにさながら一本の牙のごとく地を走る。やがてそれは高所でノックスが振り下ろしたのだろう剣戟の軌跡と重なると、牙の一本ではなく複数本に増え、狼の顎と化して、アレウスには見えない“なにか”に噛み付いた。
「下顎の威力が足りません」
「はっ! そんなことは織り込み済みだよなぁ、アレウス!!」
虚勢である。ノックスはアレウスの今後の予定についてはまるで知らないのだから。
「アベリア!!」
「“魔泥の弾丸”!!」
「なるほど、魔法での後押し……しかし、あの者にはピジョンの居場所は、」
アレウスは自身が撃ち出した『技』の反動を受け切れずにその場に転倒し、まさにその頭上をアベリアの泥の塊が突き抜ける。
「声で……位置を……?」
泥の塊は複数に分裂するが、そのどれもがアレウスとノックスが繰り出したことで形となった狼の顎、その下顎に叩き込まれる。付随した魔力を受け、上顎と下顎の威力は同等の物となり、狼の咆哮にも近い音色を奏でながら“なにか”を確かに噛み砕いた。
刹那、アレウスはピジョンの気配を感知する。『蛇の目』もピジョンという熱源を感知し、視認できるようになる。アレウスとノックスが放った一撃はピジョンのマジックアーマーを壊したのだ。
「セレナ!!」
「その胆力、姉上ほどではありませんが評価します」
ノックスの声に呼応してセレナは疾走し、跳躍。その速度と勢いを込めた拳をピジョンの頭部に打ち込む。その威力は凄まじく、凶鳥がたじろいだ。
「“正しく響け”!」
先ほどまで夢の世界にでもいたのかと疑ってしまうほどに、音が鮮明に響く。ピジョンの足音、風圧、翼、そして啼き声。そのどれもが聞こえていなかったのに聞こえるようになった。これでクラリエとガラハも動き出せる。
「獣人のお二人さんは目を閉じて! 五秒間だけだから我慢して!」
クラリエが声と共に気配を露わにし、その身に僅かばかりの『白衣』が漏れ出す。生き様をほんの少し燃やしただけでもその輝きは強く、ノックスとセレナが言われた通り目を閉じていなければ、その光で目が焼かれてしまうことだろう。
五秒とは言ったが、正確には前後の一秒を取り除いた三秒。その三秒でクラリエが魔力を帯びた短刀を投擲し、首を振って抗うピジョンの頭部を正確に捉えて衝突し、小さな魔力の爆発を起こす。
「踏ん張りどころだ、スティンガー! オレに“足”を!」
瓦礫に身を隠していた妖精がガラハの進む先に『妖精の悪戯罠』を仕掛け、そこを踏んだガラハがクラリエにも勝るとも劣らない跳躍を見せる。爆風を物ともせず、ガラハは戦斧の重量を最大限にまで利用した一撃を、未だ回復の終わっていないピジョンの頭部を打つ。そのまま豪快に力を込め続け、戦斧の刃は皮膚を、骨を断って、突き刺さった。ガラハは戦斧を無理に引き抜こうとはせずに柄を蹴って離脱し、スティンガーが再び用意した罠の上に落ち、衝撃を緩和する。
三度に渡る頭部への攻撃を受けたピジョンは大きくフラつき、啼き声も微かなものへと変えて、羽ばたく力も弱まり、緩やかにその場に崩れ落ちた。




