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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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暗闇に

 拮抗しているのではなく、押している。ノックスとセレナが攪乱してくれている分、アレウスたちが動きやすい。それも、やり過ぎな動きやすさではない。適度な緊張感があるため、調子に乗って死にに行くような蛮勇にまで足を踏み込まずに済んでいる。

 ピジョンと戦い始めて十分が経過した頃、アレウスは身に付けていた防寒具を外したいと思えるほどに体が熱気に包まれていた。

「“魔泥の弾丸”」

 アベリアの魔力とも言える泥の塊がピジョンに命中し、グラついた姿勢を整えるためにピジョンは前進を止める。アレウスとクラリエが足元にまで迫り、短剣と短刀で複数ヶ所を切り付けて離脱する。犯罪における辻斬りにも似た方法だが、これが魔物には意外と有効となる。

 首を異様に傾けて、クラリエよりも僅かに逃げ遅れたアレウスをついばもうとピジョンの嘴が迫る。それをガラハが勢いよく振るった戦斧によって防ぐ。同時に硬い物がぶつかり合ったことで生じる振動は嘴から脳に至り、凶鳥がフラついた。ガラハも両腕が痺れるほどの振動を浴び、戦斧を手落としたのでアレウスがそれを右手で拾い上げ、ピジョンが体勢を立て直す前に二人でアベリアとヴェインの元まで後退する。

「まだ回復は必要ないか?」

「ああ。直撃はしていないし、当たっていても砂粒や礫ぐらいだ」

 羽根が床を抉れば礫が生じる。風を起こせば砂が舞い上がる。しかし、それ以上に危険な羽根そのものや刃物には当たっていない。回避以上に運が良い。ヴェインが風の障壁を作れば、ともかくもアベリアと共に回復役が倒れる心配はない。つまり、即死さえしなければアレウスやクラリエ、ガラハは時間が掛かろうとも傷を塞ぐことができる。前衛以上に後衛が倒れなければ、戦線の維持は容易となる。

 ただし、魔力切れを除けばの話だ。ヴェインは定期的に風の障壁を張っている。アベリアは規格外だがヴェインの魔力の器は人並み、或いはそれより少し多いぐらいだ。当然だがそれが普通で、アベリアが異常であるため彼女を基準に魔力量を計算していると肝心なところでヴェインの魔力が切れてしまいかねない。だが、そんなアベリアでさえマジックポーションを飲んでいる場面をちらほらと見掛けた。

「マジックポーションは?」

 なのでヴェインの魔力量を心配する。

「クラリエさんに手伝ってもらったけど、量産できるものじゃない。即時回復用は一本、あとは店売りで幾つか持ってきているけど、そっちはもう飲んでいるよ」

 作り方を教わっても、自身の魔力を消費して注ぎ込む。その注いだ魔力の量によって回復量に違いが生じる。即座に魔力の器を満たせるだけの量を回復させるマジックポーションを生成することは、すなわちその時に満ちている全ての魔力を注ぐこととなる。日に二本作れれば良い方で、場合によっては体調も崩すため、一日一本の生成が望ましいとされている。それを今回は持ち込んできてくれているようだ。

「魔力切れの心配はまだしなくていいんだな?」

「なる前に言うよ」

 アレウスはヴェインとの会話を終えて、腕の痺れが取れたガラハに戦斧を渡す。

「悪いが、スティンガーの協力は無しだ」

「竜巻のせいか?」

「ああ。風で吹き飛ばされそうになって、それから物陰に隠れて出てこない」

「僕でさえ吹き飛びそうなんだ。妖精なら尚のこと、怖いだろ」

 いくら空を飛べるからといっても吹き飛ばされて壁や瓦礫に体を打ち付ければただでは済まないはずだ。

「すまない」

「謝ることじゃないだろ。そんな暇があったら戦え」

 ガラハを鼓舞しつつ、アレウスは短剣から短弓に持ち替えようと思ったが、遭遇時に比べてピジョンは段々と風を纏い始めている。アレウスの弓術では風圧の壁を越えられそうにはない。よって、射撃は断念しなければならない。元々、大したダメージを与えていたわけではないのだが、片目を潰せたのだからもう一方の目も潰したいという気持ちが前のめりに出てしまっていた。

「そういや、なんであの目は回復していないんだ……?」

 ガラハと傷付け、クラリエが傷を広げた足の傷はもう完全に塞がってしまっているが、アレウスが射抜き、セレナが打ち込んだことで潰れた目は未だに回復していない。傷を癒やす以上の魔力の消耗が必要なのだとしても、あのピジョンは肥えている上に姿形は変わり果てている。片目を回復するぐらいお手の物のように思える。

「まさか、ノックスの妹が打ち込んだからか?」

 アレウスが射掛けた矢はどこにでも売っているなんの変哲もない物だ。そこになにかしらの力が込められているわけではなく、セレナが矢に拳を打ち込んだ際に魔力――もしかすると『技』にも近いなにかの影響を受けたのではないだろうか。


「ノックス」

「なんだ? 今、忙しいんだよ」

 鉄の大蛇を操り、巧みにピジョンの注意を逸らしている最中だがアレウスの問い掛けにノックスが素早く反応した。距離もそれなりにあるのだが、聞こえたらしい。

「お前の妹ならピジョンの回復を阻むことができたりするのか?」

「どうだろうな。あれはムラがあって、出来る時と出来ない時があると言っていたからな」

 やはりアレウスの想像通り、矢にはセレナの力が込められていたようだ。

「お前と組んだ時は出来たが、そのあとはからっきしなところを見ると、次の成功については当分は期待しない方がいい」

 狙って引き出せるものではない。そうと分かったなら、アテにはできない。命のやり取りで大賭けするのはアレウスの悪癖だが、起こらない可能性が高い事象にまで手は出せない。気持ちとしてはやってもいいが、仲間たちまで巻き添えにするわけにはいかないのだ。


 セレナがノックスの操る鉄の大蛇に乗る。ピジョンの放つ羽根を腕で弾き、そしてその体に飛び付いて、更には跳躍を繰り返して頭部まで迫る。首を一気に持ち上げたことでスイングされた嘴がセレナを打ち飛ばし、彼女は地下の闇に消える。しかし落下音や衝撃音が聞こえないため、この攻撃を受け止めることはできなかったが致命的な傷を負うことまでは防いだことになる。やはり猪突猛進さが窺える。それが愚行にまで至らないのは獣人の身体能力と彼女の独特な戦闘センス、更には力技で攻撃を弾く強い精神力にある。つまり、人間技ではない。防御について深く考えていない辺りが脳味噌まで筋肉でできているのではと疑ってしまう。


 ピジョンが激しく啼き始める。一度、二度、三度、四度――止め処なく発せられ続ける啼き声は怪音波のように地下を満たし、音波に音波を重ねることで生じる音圧によってさながら建物全体が揺れているような感覚をもたらす。

 いや、実際に僅かだが揺れている。耳を塞いではいるが、体が音波で痺れにも似た症状を見せ始めている。それほどまでにピジョンの啼き声はこの建物に伝播しやすく、アレウスたちの体に入りやすいものなのだ。


「魔法は必要かい?」

 啼き声の中でヴェインだけが自由に動けている。やはり、ピジョンの啼き声は麻痺に似たものらしい。しかし、ピジョンは啼くだけ啼いて、啼きやんだ。音波はしばらく地下内を満たしていたが、やがて体に満たされていた音波共々消え去った。なのでアレウスはヴェインの問い掛けにはハンドサインだけで不要と伝えておく。

「……なんだ? なにを考えているんだ?」

 啼いた意味が分からない。終末個体のピジョンは考えることも鳥頭で、なにも考えていない。そう決め付けるのは簡単だが、先ほどの啼き声にはなにか意味があるはずだ。

 だから、アレウスのみならずクラリエやノックスも攻撃の手を止めている。セレナも闇の中から飛び出す気配がない。なにか、近付いてはいけないような雰囲気をピジョンが醸し出している。


 ピジョンの体から黒い血が滲み出る。それだけなら今までとなにも変わらない。しかし、血が滲み出しているのは全身だ。黒い翼のみならず、ピジョンは完全に漆黒の血で身を包んでしまった。


 フッと、先ほどまで掴んでいたはずのピジョンの気配が消えた。目ではピジョンを認識している。しかし、感知の技能ではピジョンを捉えられていない。

「アベリア!」

「“火の玉、踊れ”!」

 火球がピジョンに飛んで行き、その身を焦がす――前に黒い血に邪魔されたのか燃焼にまで至らない。“魔泥の弾丸”よりも軽い衝撃を受けた程度で、体勢すら崩れていない。


 大きな大きな音が響き、同時に床が揺れたためアレウスたちは身を屈める。前後左右に異常は――ある。落とし穴の地点にのみ差し込んでいた日光が徐々に遮られ始めている。見上げてみれば天井、または天板ともいえる物が吹き抜け部分を覆おうとしていた。

 翻る。そして失われつつある光の中でアレウスは地下へと入ってきた通路さえも閉ざされていることに気が付く。

「そういうことか!」

 アレウスは片足で怒りと苛立ちを表すように一際強く地面を踏み付けた。

「啼き声で罠を作動させやがった!」


 ほとんどの罠のスイッチは感圧式で、重みが無ければ作動しない。これまで見てきた罠のほとんどがそれに等しく、異なるのは扉に仕掛けられていたような、扉を動かすことそのものが罠であるようなタイプだった。


「頭が悪いのを承知で訊くが、啼き声で動くってどんな罠だ?」

 ノックスと、そして闇に消えていたセレナがアレウスの傍まで寄ってくる。緊急事態を察し、アレウスたちとは違う行動を取ることを抑えたらしい。

「僕も見たわけじゃないけど、音波がスイッチになる罠について読んだ覚えがある」

「なんだそりゃ?」

「同一の音波を続けることで水のような液体に共鳴を促して、それが一定以上揺れ続けたらスイッチになる仕組みだ。こんなのは罠というより隠し扉ぐらいにしか使われないし、開ける方も開ける方で面倒だから廃れたって書かれていたけど」

 まだピジョンは見える。しかし、凶鳥は光が閉ざされるのを待っている。

「あいつはきっと……いや、なにかの拍子でその仕組みをこの建物で見つけたんだ。そしてずっと記憶していた。何故なら、この地下があいつにとっての巣だから。屋上で生活し、身の危険を感じれば地下に隠れてやり過ごしてきたんだ。今にして思えば、屋上まで吹き抜けでしかもそこが落とし穴の入り口なんておかしいし、ずっと開いているのも不自然だ。僕たちが屋上だと思っている場所は、ピジョンが辺りの屋根や壁を、そして今の階層より上の部分をぶち壊した結果、そうなっただけなんだ」

「……はっ、難しいことはサッパリ分かんねぇな。ただ、これだけは分かるぜ? ワタシたちはとてもマズい状況に陥りつつある。お前も奴を感知できないんだろ? このまま真っ暗になっちまったら、頼れるのは魔法の光だけ。しかもその乏しい光で、闇に紛れるあの漆黒の体を、目で見つけなきゃならねぇ」


 そんなことを言っている内に、アレウスたちは完全なる暗闇へと誘われた。

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