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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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成長の実感

 彼女たちの声帯の一体どこにそのような機能があるのかと疑ってしまうほどに激しい威圧感を与える咆哮が数度、繰り返される。ピジョンはそれを打ち消すように啼き声を上げ、また向かってくる二人に注視し、ノックスの剣戟とセレナの打撃を翼で打ち払う。リオンのような異界獣よりほんの少し小さいだけ。リュコスよりもひょっとすると大きいかもしれない凶鳥に打ち飛ばされても二人は何事もなかったかのように床に着地し、すぐに走り出す。ヒューマンとは体の作りが違う。エルフやドワーフにも特徴があるように獣人にも同様に珍しい特徴がある。

 攻撃を受けてもすぐに走り出せるのは獣の世界における弱肉強食のルールに抗うためだろう。どのような痛みを味わっていても決して足を止めないことで強者の牙から逃れ切るのだ。体の柔軟性は猫が高所からの着地する際の伸びやかさに似ているものがある。しかし咆哮はどこか狼を彷彿とさせる。前方への跳躍は兎のそれから起因しているのだろうか。獣耳はエルフの耳には劣るが、それでも聞こえは良い方だろう。

 獣人はあらゆる獣の特徴を少なからず有している。しかし、それら全てが得することではない。それらによって少なからず、縛られている。闘争本能は特に顕著だ。本来であれば逃げるために機能するはずの痛みを無視しての行動力が、強者を殺すか殺されるかの能力に向けられてしまっている。魔物ですら逃げ出すような現状も、彼女たちは逃げることを視野に入れつつも、殺す気で凶鳥に立ち向かっているのだ。


 ピジョンの翼から羽根が落ち、再び魔力を伴って降り注ぐ。床を蹴って、アレウスはジグザグに動きながら羽根を避け、同時に弾ける礫を手に握っていた次の矢で弾き飛ばし、その矢を弓につがえる。

 この半月はアレウスなりの息抜きをしたのち、残りの時間は考え方や戦い方を見つめ直し、そして学び直すことに重きを置いた。低い姿勢での短剣の構え方から始まり、根本的に足りないのは避け方の多様性である。この問題については攻め方の選択肢を増やすのと合わせてルーファスから教わっていたが、悪魔憑きの一件以降はアレウスたちの休暇となり、またルーファス自身も多忙であったため、稽古を付けてもらえたのは数回しかない。その数回で得たもの以上に、とにかくアレウスは瞬発力を磨いた。

 クラリエやニィナのような跳躍力は得られなかったが、軽やかさは格段に上がった。寒冷期に合わせた装備の変化によって僅かに低下はしていても、休暇前に比べれば地力は上がり、以前ならば退きながら避けていたところをこうして前進しながら避けられている。アベリアの重量軽減の魔法を受ける必要が減ったため、彼女の魔力と詠唱にも余裕ができた。


「合わせられるか?」

 呟きながら視線を一瞬だけアベリアに向ける。

 二人にとって互いの姿が見える限りは距離は問題にならない。一つ一つの動作には必ず意味があり、そしてそれは必ず互いのやりたいことに繋がることを知っている。


 アベリアがドライフルーツを噛み潰しながら杖を前方に掲げ、魔力を流すことで収束を促す。光球のように明滅を繰り返しながらも徐々に土や砂に変容し、更に水が混じって泥を生成する。

 それはアベリア自身が練り上げた魔力の塊だ。本来なら無属性――どんな環境や魔物の属性にも左右されない安定した魔法攻撃となるのだが、彼女の場合は土の精霊に愛されているためにどんな場面であっても土属性の一撃に変わる。土の塊ではなく泥の塊なのは、土の精霊に自身の魔力を好きにさせないという精一杯の抵抗だ。

“魔泥(マッド)()弾丸(ショット)”!!」

 これを通常は“魔法(マジック)()(アロー)”と呼ぶ。しかしアベリアの場合は詠唱時の呼び方が変わる。

 魔力で作り出された泥の塊が詠唱と共に射出される。真っ直ぐに飛ぶ最中で五つに分裂した魔力の泥は時間差でピジョンの巨躯に叩き込まれる。

 泥団子は子供同士がじゃれて投げ合っても命中すれば、泣きじゃくる。アベリアの魔法はたとえ命中時に砕け散ろうとも、その際にかかる速度は子供のじゃれ合いを当然ながら大きく凌駕する。

 人種によって異なるが、アベリアが手を抜いたとしてもまともに受ければ骨折は免れない。今回は魔物なため、全力となる。そんな痛打を受け、終末個体のピジョンもよろめいた。重要なのはダメージを与えられたかではない。受けた衝撃でよろめいたかどうかとなる。

「ここだ」

 急停止し、アレウスはピジョンの本当の目を狙撃する。凶鳥の眼球に矢は吸い込まれるように向かい、突き刺さる。


 だが、ピジョンは悶えない。よろめいた体を立て直して刃物の上を歩いて移動し、落とし穴から出てきてしまった。


「一撃としては足りません」

「だったらお前がどうにかしてやれ」

「姉上がそう仰るのでしたら」

 アレウスの狙撃を見届けたセレナより前にノックスが出る。セレナが彼女を踏み台として跳躍し、ピジョンの眼球に刺さっている矢に闇のように黒い力を纏わせた拳を打ち込む。中途半端に刺さっている釘を金槌で叩けば沈むように、眼球に刺さっただけの矢はセレナの一撃によって深く沈み込み、そこでようやくピジョンは啼き声を上げ、また潰れた眼球からは黒い血が噴き出す。


「ここまでやって“一撃”と言います。覚えておいてください」

 アレウスの傍に着地したセレナが勝ち誇ったように言う。

「姉上がなんと言おうと、あなたをジブンは未だ敵と思っていることをお忘れなきよう」

 わざわざ言いに来なくとも分かっていることを言いに来るのだから、ノックスの言っていたようにセレナの頭脳は皮肉抜きで残念なようだ。


「いずれ再生するなら、今が攻め時か?」

 そう訊ねながらもガラハはもう前に出ている。

 指示についてはアレウスに一任されていたが、状況判断は各々に委ねる部分を多くした。これも休暇中に足りなかったところを補うために話し合った結果がもたらしたものだ。個々の実力は高いがコンビネーションや団体行動という面で弱さがあったため、各自の判断を重視するようにした。仲間の一つの行動の理由を模索し、そしてサポートが必要そうならサポート役に回る。攻撃の隙を見つけたなら即座に攻撃役に回る。これらはアレウスたちの戦闘時における柔軟性が非常に強く求められることだったのだが、半月の内の半分ほどをこの作戦で訓練したところ、意外と回った。効率という観点では見れたものではないが安定性は上がった。

 そのため、ガラハが既に前衛へと立ち位置を変えているのはアレウスの指示に逆らっているからではない。

「足を狙え」

 その言葉は届いたようでガラハはピジョンに真っ向から戦斧を振り下ろすのではなく、離れたところで十字を切って、飛刃を放つ。技を撃つガラハの能力自体が上昇しているため、初めてアレウスが見た時よりも強く、そして加速力を伴ってピジョンの足を鋭く切り裂いた。


「我が名において宣告する。“癒えること叶わず”」


 ピジョンの周囲を一周して、自身の魔法の短刀を床に打ち込み終えたクラリエが、線ではなく円による呪いを発動する。途端にピジョンの片足の再生は止まり、逆にガラハが与えた傷がどんどんと広がっていく。


「言っておくけど、この呪いの範囲は一ヶ所だけしか無理だから」

 円で囲んだ対象にクラリエが指定した一ヶ所の傷口にのみ作用する呪いは、再生や回復を妨げ、その力を細胞を治すのではなく壊す方へと反転させる。この呪いにはさすがに気付いたのかピジョンは激しく暴れ回り、円の範囲から抜け出した。

「こんなんだからまだまだ実用には程遠いんだよね」

「遅延させただけでもありがたい」

 唯一の欠点は、対象の動きを束縛できないこと。この手の呪いは対象を弱らせてからか、或いは同じように呪術で禁じなければ効果が薄い。ピジョンのように傷が深まっていくことを感じながらも未だ動き回れるような魔物であれば、円の外に逃げられてしまう。そうなってしまえば呪いで反転した再生力は元に戻る。今回に関して言えば、結果的にクラリエの呪いは再生の遅延を引き起こさせたが、足を壊死させるまでには至らなかった。


「っ! 姉上!」

 セレナがピジョンへの突撃をやめて、全速力でノックスの元へと駆け出す。

「デカいのが来るぞ! 死にたくないなら耐えろよ!」

 助けはしないが、共闘している手前、みすみす死なれるのも夢見が悪い。きっとそのような気持ちに揺り動かされてノックスはアレウスたちに警告を出したのだろう。

「鳥なら一応は風――元素としては木属性であっているな……“芥の骨より出でよ”」

 なにかを確認しながらノックスが手を唾で濡らし、服の隙間から取り出した小袋から鉄粉を骨の短剣に塗り付け、直下に突き刺す。

「“鉱石を辿れ、蛇骨(だこつ)”!」

 以前、アレウスに仕向けられた呪術は土を纏った大蛇だった。しかし、今回のノックスが呪術で生み出した大蛇は鉱石を肉に、光沢のある鉄を鱗を持つ。骨の短剣が核なのは変わらないが、触媒を鉄粉としたことで属性自体を変えたらしい。


「獣人のクセに呪術の技能が高い……」

「それより、僕たちでも見えていない兆しがあいつらは察知できるらしい」

「それこそ獣の直感とか、本能だよねぇ」

 クラリエと喋りつつガラハと合流し、ヴェインとアベリアの元まで下がる。

「彼女たちはあの大蛇でどうするつもりなんだい?」

「どういうわけか知らないが、ピジョンが風の攻撃を撃つ気配を感じたらしい。大蛇に囲ってもらって防ぐ気なんだろう」

「鳥だから風って凄い安直なことを言っていたけど、獣人は勘だけは鋭いから」

「属性的には金属性なのは正解だし、どうせなら俺たちも守ってほしかったな」

 ヴェインが鉄棍で床を打つ。

「あんまり期待はしないでくれよ?」


 ピジョンが嘴を開き、その喉元に強い魔力の収束が起こる。黒く穢れた魔力は徐々に漆黒の渦へと変換され、凶鳥を中心にして突風が起こる。踏み潰した刃物を巻き上げて、複数の竜巻が地下の横幅全域を埋め尽くした。啼き声一つで全ての竜巻が乱れなく、さながら壁のごとく押し寄せる。


「“風よ(ウィンド)()結界となれ(バリア)”!」

 対して、ヴェインが唱えた魔法はアレウスたちを半球状の壁を築く。一見すれば光っているだけだが、そこには魔力によって生じた風の奔流が起こっている。ピジョンが起こした竜巻と接触し、鬩ぎ合う。

「魔物が起こしたのは巻き上げる風。だから俺の風は吹き下ろす風だ」

 加えて、ヴェインの風の障壁はアレウスたちを囲うことだけに注力したことで魔力が集中している。刃物混じりの中型の竜巻が何度も押し寄せようと、巻き上げる力と吹き降ろす風は相殺し、刃物はその合間で四方八方へと弾かれる。

 やがて竜巻は消え去り、ヴェインも風の障壁を解く。


「事前に情報があったし、竜巻の発生も遅めだったから助かったよ」

「謙遜することはない」

「その情報で防ぐ手立てを用意できたのはヴェインのおかげだ」

 珍しくガラハと意見が合う。

「それじゃ、また攻勢に出よっか。あたしだって活躍したいし」

 競うようにしてクラリエが気配を消して視界から消える。


「良い感じ」

「まだ余裕があるからな」

「でも、常時全力だよ」

「僕たちは手を抜けるほど強くもないから、全力でやや余裕があるくらいだからな。あと十、二十分もこれを維持できないだろうな」

「持久戦なのにマズい?」

「マズいけど、突破口が見える前に壊滅するよりはずっとマシだ」


 攻撃役とサポート役。その切り替えがアレウスたちの強みになりつつあるが、この戦い方のデメリットはメンバーにおける役割分担が曖昧になるため、戦闘中での小休止がほぼ得られないことだ。

 そこには全員が気付いている。ただし、全員が今は気付かないフリをしている。確かな成長の手応えに高揚しているのもあるが、先のことを考えれば考えるほど恐怖に打ち勝てなくなってしまう。

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