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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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来襲者

 建物の外周を調べるのは手間が掛かったが、クラリエが早々にアレウスがアタリを付けたところ以外の外壁調査を終え、ノックスの観察眼も合わせて滞りなく進んだ。しかし、ここまで調べても外壁には目立った違和感はない。自身の発言は全くの的外れなのではと思い悩み始めた頃、アレウスの指が、ある凹凸に対して違和感を脳へと伝達してくる。目視で確認し、次にその周辺の外壁を少し離れた位置から眺める。

「見つけた」

 アレウスの呟きをクラリエが聞き取り、即座に周囲に散っている仲間を呼び集める。その間にアレウスは凹凸に触れないように壁を叩き、素材や反響音について調査する。ガラハの到着と共にスティンガーが壁の前へ行き、アレウスと同じように一点の凹凸を指差したため違和感は確信に変わる。


「俺はこういうのサッパリだから、どう違うのか教えてくれるかい?」

「この外壁はどこもレンガ作りだが、ここだけレンガの形が異なる。他にも似たような箇所はあったが、このレンガはせり出しているんじゃなく奥にやや押し込まれている。積み上げる過程でレンガは凹凸が目立ちやすくなるが、これはレンガとしては焼き上がりがあまりにも出来すぎている」

「要するにこの外壁に使われているレンガに比べると、このレンガだけやけに綺麗な成型をしているの。そりゃもう素材そのものが違うんじゃないかってくらい。ひょっとしたらレンガじゃないのかもね」

「一ヶ所だけレンガじゃない物を積んで、崩れないものなのか?」

「正確には一ヶ所じゃなく二ヶ所――というか二ヶ所のレンガの周辺になる。崩れるかどうかだけど、この建物は二階以降は一階よりも狭い。前にも言ったように、ここから見える二階の外壁は偽物で作られていて、そこは多分だけどレンガじゃない。だから、えーっと、要するに……」

「通路の出入り口を作ることを前提で外壁は一度、作り直されているんだよ」

 上手く説明できないアレウスの代わりにクラリエが補足する。

「ま、難しいことは分かんねぇが、アレウスの言うようにそこだけレンガとは違う構造をしているのはワタシにも分かる。で、どうやって開ける?」

「明らかに凹んでいる箇所は取っ手なんだ。右の取っ手は右に、左の取っ手は左に引っ張る」

「引き戸の構造なんだな?」

 ガラハはそう言って片側に手を引っ掛ける。

「獣人の娘はそっちを持て」

「言われずともやってやるよ」

 ノックスがもう片側に手を引っ掛け、二人が互いに離れるように体重と力を加えながら引っ張る。

 力自慢の二人でも、壁はしばらく微動だにしなかったが、ガラハが揺するように引っ張るようになり、ノックスもそれに合わせたことで長年の錆びが落ちたのか、やがて重い引き戸が開かれて、呑まれそうなほどに暗い闇を伴った通路を白日の下に晒す。


「“灯れ(トーチ)”」

 ヴェインが鉄棍で地面を打ち鳴らし、彼の体から放出された魔力が光球となって浮かび、通路の闇を照らす。

「光球が照らす範囲まで、見てきてくれ」

 続いてガラハがスティンガーを送り込む。アレウスはノックスに手伝ってもらい、倒木の一部を切り取り、それを引き戸に噛ませることで勝手に閉まることを阻む。そこに小瓶から血を撒くことで野生動物が勝手に噛ませた木材を外すこともないようにする。


 二分ほど経ってから、妖精の発光を見て彼はアレウスたちに視線を送ったのち、最初に通路へと足を踏み入れる。ノックスが続き、三人目にアレウス、四人目にヴェイン、最後にクラリエが入る。

「アレウス君? 地下なら外よりは暖かいと思ったけど、なんか冷えるね」

「僕たちが扉を開いたことで風の通り道ができたんだ。しばらくは通路へ外気が入り込むから、それで肌寒く感じる」

「あー、風の流れねぇ」

「……エルフのクセに分かってなさそうな言い方だな」

「獣人に言われたくないんだけど。あなただって分かっていないでしょ?」

「自身が分かっていないことを露呈させながら威張ってどうする」

 二人の会話にガラハが呆れている。

「ならガラハは分かるの?」

「一般的に風は寒いところから暖かいところへ流れることで生じる。ダンジョン内が外よりも暖かいなら、外気は通路に流れ込む」

 科学的な説明を受け、クラリエとノックスが黙ってしまった。ガラハよりも無知であったことを恥じたのかもしれないが、それはそれでガラハに失礼だとアレウスは思いつつ、なだらかな下り坂を進んでいく。

「緩やかな曲がり角……これもアレウスの想像通りだ。なら、こっちの壁で何度も擦ったあとがあるのは担架みたいな道具で壁を擦ったか、服で擦ったのかな。僧侶の端くれとしては、なんとも言えない気持ちが湧いてきてしまうよ」

「なだらかだけど坂は想像よりは急だけどな」

「でも良い意味で予想を裏切られた部分はあるだろう? この通路、人一人が通るのがやっとだと俺は思っていたけど、二人が並んで歩くぐらいはできる」

「それは人種以外の生物の死体を運ぶときには二人以上必要になってくるからだ」

「なんだ、想定の範囲内だったのかい?」

「いや、ヴェインの言う通り予想を良い意味で裏切られてはいる」

 広さはあればある方が良い。身動きの取れない場所での活動は閉塞感を伴い、精神を追い詰める。

「いつもより呼吸が荒いよ、アレウス君」

「そうか?」

「あたしが言うんだから間違いない」

「なんだろうな。ヴェインと一緒に行った墳墓の通路より高さに余裕がないせいか……」

 息が詰まるような、上手く呼吸ができないような、そんな感覚にとらわれる。明らかに心因性の症状が出始めている。

「もしかしてだけど……ううん、なんでもない」

 そこまででクラリエは口を噤む。


 頭では考えないようにしていたが、『掘り進める者』――リオンの異界にあった洞窟を彷彿とさせる構造に体が悪い方向に反応している。

 異界を脱出してからは鉱夫としても働いていた。これまで堕ちた異界のどこであっても息苦しさは出てこなかった。だが、壁に染み付いている死臭がそうさせるのか、それともアベリアが閉塞感のある場所で傍にいないからなのか、さながらトラウマの如くアレウスを惑わせる。


「冷えているのに汗を掻くなんて、アレウスは暑がりなのかい?」

 言われるまで自分が異様に発汗していることに気付かなかった。既に心が穏やかではない。『霧に唄う者』と戦ったときほどではないにせよ、集中力は大きく掻き乱されている。

「なににビビってんのかはしんねぇが、こっちは妹を助けることで精一杯だからな。お前が途中で倒れて動けなくなっても、ワタシは助けるつもりはないからな」

 ノックスにはきっとトラウマはないのだろう。抱えたこともないに違いない。それが羨ましく、そして恨めしい。だが、彼女の言った「助ける」の一言はアレウスの乱れていた呼吸をゆっくりとではあるが整わせていく。

 アベリアを助ける。その信念だけでトラウマの中を進む。荒療治にも程があるが、進まなければならない。前進は全てにおける大前提である。前に進まなければ後退もない。ただし、いつものような戦いはできないかもしれない。それを踏まえた立ち回りができるかどうかまでは思考が巡らない。


 何度かの緩やかな曲がり角を経て、なだらかな下り坂の先にとても広い空間があった。本当にここは地下なのかと疑うほどの広さだ。

 この空間が更にアレウスのトラウマを刺激する。


「ちょっと、さすがに大丈夫なようには見えないよ?」

 クラリエが背中を擦り、心配そうな眼差しを向けてくる。

「ここはオレたちに任せて、アレウスは外で待つか? 広くとも、あとはスティンガーが小娘の魔力を、獣人が痕跡を辿るだけだ」

「……いや、僕は前に進む」

 死ぬ気でアベリアは――アベリアたちは異界に飛び込んできてくれた。自分を助けるためならば命も惜しまない仲間たちだ。

 今回はアレウスが助ける側だ。なのに、自分だけは外で待っていて仲間だけが危険なところに行くことなどあってはならない。


「しっかし、真っ暗だと思っていたんだが、あそこから光が差し込んでいるな」

 ノックスがヴェインの光球の範囲から出て、光の差している地点まで進むが、決して光の中には入ろうとせずに立ち止まる。

「まさか、最上階からここまでが吹き抜けなのか?」

 そう呟くノックスの傍までみんなで移動し、光の中に入らなかった理由を知る。


 光が差し込んでいる地点は大人の二人分の身長程度の段差ができており、覗き込めばそこには鎗の穂先のように尖った刃物が天を見上げるように密集している。一部は(ひし)ぎ折られているが、これは誰かが意図的に折ったわけではなく高いところから落ちた生物が突き刺さった際に耐えられずに折れたと見るべきだ。それを示すかのように多くの刃物は獲物を串刺しにした形跡を、さながら勲章のように残し、通路から漂わせていた死臭よりもはるかに胸の内を不快にさせる臭いが未だに残り香として漂っている。


「アベリアは落ちていない……よな?」

「セレナが落ちていないんだから無事だろ。あとはあいつが残した痕跡をたど……なんだ?」

 言って、ノックスは上を向いた。自然とアレウスも彼女に倣うように吹き抜けている先にある空を見上げる。


 一つ、二つと黒い物体が突如として落ちてきて鋭利な刃物の餌食となり、串刺しとなる。


「なんだ?!」

 アレウスが叫び、同時にクラリエが闇の中に消え、ガラハがアレウスと並ぶように動き、ヴェインが鉄棍を構える。その合間にも次々となにかは落ちて来て、刃物によって串刺しとなり、鮮血を撒き散らす。

「なにが起きている!?」

「落ちてきたのはハウンドだ。生きたまま落ちてきたのかまでは分かんねぇ」

 そう言っているノックスの擦れ擦れに魔物が落ちて、刃物に突き刺さる。

「落ちてきてんじゃねぇな。どう考えても落とされている。罠でも踏んだか?」

「あいつらは魔物の中でも罠には一度目は引っ掛かっても二度目は引っ掛からない。自分の棲み処にしている場所の罠なんて踏むわけがない」


「そうは言うけどな、どう考えてもこれは、っ!!」

 魔物が落ちてきて、刃物に突き刺さった。その死体を見て、ノックスが困惑を見せる。

「おかしいだろ!!」

 蓄えていた言葉を吐き捨てるようにして叫ぶ。アレウスもまた叫びそうになったが、もはや言葉を失っている。


 落ちてきたのはワイルドキャットだった。串刺しになった際に死体はバラバラになってしまったが、ノックスが過敏に反応したということはきっとアレウスたちに襲いかかったあの個体に違いない。

「セレナ!! どこだ!?」

「アベリア!!」

 この異常事態の中で暢気に地下を探索しているわけにはいかなくなった。そもそも二人を追いかけてくるだろうワイルドキャットに気取られないように声を潜めていた面が大きく、そしてそれが必要なくなった今、声を抑えている意味はなくなった。


 吹き抜けから一際、大きな大きな魔物が落ちてきて、しかし地下の刃物に串刺しになることはなく、寸前で翼を羽ばたかせてその体躯を宙に留まらせる。生じた強風の圧力がアレウスたちに襲い掛かり、気配を消していたクラリエでさえもその風圧には耐えられずに姿を現す。


 嘴に咥えているハウンドを丸呑みにし、凶鳥の()き声が地下一帯に響き渡り、禍々しき眼光はアレウスたちを捉えた。

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