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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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探索場所を変える

 一階を探索する仲間と合流し、アレウスは三階で地図を回収したこととワイルドキャットに遭遇したことを伝えた。ノックスはその間にずっとアレウスが秘密を話すのではないかと疑いの眼差しを向け続けていたが、それ以外のことを話さずに仲間と建物の構造について議論し合う姿を見て、一つの安心を得たらしく床に腰を下ろし、休息を取っていた。

「俺たちも一息つこうよ」

 アベリアが危険に晒されているというのに休息を求めてくるのは間違っている。提案してきたヴェインに軽蔑と同時にそう言いそうになったが、ノックスがわざとらしく大きな溜め息をついたことで冷静になる。アベリアを助けるためだけに仲間との絆を危うく失いかけた。

「この広場はほぼ安全だよ。上の階からワイルドキャットが上の階から来ても、きっとハウンドと一緒だろうからあたしとアレウス君と、あと彼女の感知に引っ掛からずに降りるのは無理なはず」

 交代しながら感知を続けるのではなく、気配を意識しつつも休む。それは難しいことではない。火の当番や野宿では普段からやっていることだ。現在、アベリアがいないことで心の動揺があるとしても普段できていることができなくなるのは、パーティの生存率を下げてしまう。

「お前の妹は夜を越えたら、闇を渡れるんだよな? 次の日になれば抜け出せたりはしないのか?」


「あれは転移じゃないから扉や壁は越えられない。それに、縦よりも横移動を加速させるものだ。もっと明確な基準はあるが、そこまでは話せない」

 手の内を全ては晒さないようだ。

「どこかに扉でもあればセレナがぶち壊すはずだが、一向にそんな物音も立てていないから、ひょっとしたら周囲には出口がないのかもしれない」

「あったとしても縦――落ちてきた穴の可能性が高いわけか」

 元々、落とし穴は脱出が不可能な罠である。落ちた時点で絶命か、助かっても落ちてきたところ以外に出口はなく、登攀(とうはん)を妨げるものが壁に設置されているのが常だ。壁を蹴って落下を緩やかにしていたとしても、怪我を負っていてもおかしくない。もしくは重傷かもしれない。

 しかし、着地さえしてしまえば、あとはアベリアが回復魔法を唱えられる。セレナがアベリアを狙ったのはノックスの言っていたことの他にも回復魔法が使える者だったからなのかもしれない。

「落とし穴って、あとから入ることができたら罠として成立しないよね? やっぱりちょっとでも無茶をして壁を壊す以外にないんじゃないかな?」

 クラリエにしては物騒なことを言い出す。

「壊すんなら落とし穴の底に近いところだ。高さがあったら結局、救出に手間取る。だから、ノックスの妹が両腕でアベリアを抱えながら、壁を蹴って登れる高さが上限になる」

 アレウスは鞄から干し肉を取り出し、それをノックスに投げて寄越す。

「餌付けか? ワタシは懐かねぇぞ?」

「こっちも腹を空かされたら、それはそれで困るんだよ。けど、本音を言うと妹にアベリアも一緒に連れ出してくれるように言い聞かせてもらいたい」

「はっ、心配すんなよ。そこんところはワタシも弁えている」

「だったら餌付けじゃなく食事と思ってくれ。僕もそのつもりで渡している」

「そりゃ助かる」

 ノックスが干し肉にかぶりつく。基本的に乾物は固く、そして塩辛いため少しずつ千切って水と合わせて食べるか、もしくは水分を含ませて戻して食べるものなのだが彼女の牙は難なく噛み千切っている。

「塩気が強いから水も飲めよ」

 水筒代わりの革袋を投げ渡して、アレウスは腰を下ろし、床に地図を広げる、先ほど仲間から聞いた情報を書き加えていく。


「気掛かりなのは、この罠のどれもが床や壁に接触する生物に限定されるところだ。オレが妖精たちに山を守らせるなら魔法罠は飛んでいる生物にも反応させるものを作らせるが」

「考え過ぎと思いたいな。魔法の罠ならともかく、罠なんてどれもこれも床や壁に接触することが前提だ。大体の生物は地に足が付くからな。虫なら光に集まる習性を利用できるが、鳥ともなれば被害を抑えるために網や鳥除けを作るぐらいだ」

「建物が改造されているのは結局、分からずじまいだ」

「管理していた人がなにを考えて改造して、それがどうしてダンジョン化してしまったのか。そこまで考えたらキリがない」

 干し肉を受け取りながらアレウスは語り、地図に再び視線を落とす。

「二階から上はワイルドキャットとハウンドに張られているし、救出を優先するなら登るよりも下るべきで、あとは……壁の薄いところを探すとかか。質感や叩けば僕たちでも判別できそうだけど、色が違う壁なんて明らかに罠が張ってありそうだし、そういうのはスティンガーに頼るしかないか」

「部屋の探索をさせて疲れているようだ。やる気はあるが、休ませてからにしてくれ」

 ガラハの肩に乗り、妖精は分かりやすく疲れを表現するために横たわった。

「今、言ったことは予想が全部外れてしまってからのことだから。まだ調べていないところはある」


 その後、三十分ほどの休息を挟んで活動を再開する。


「さっきアレウスたちは落とし穴は出入り口がないのが当然って言っていたけど、場合によっては落とし穴に通じる道はあるんじゃないか?」

「……どうだろう」

「高いところから落としたら、死体の処理はどうする? わざわざ引き上げるのは面倒だろうし、もしそうじゃなくても、この建物には元々備えられていない罠だとしたら通路はあると思うんだよ」

 ヴェインはどこか自信あり気に言う。

「根拠は?」

「だって、落とし穴は掘るものだから。掘った人は絶対に生還しているはずだよ。浅いならまだそのまま見捨てられるかもしれないけど、あんなに深いなら外に通じるように横穴を掘る。俺ならそこを最終的に死体を回収するための特別な通路にする」

 その意見には一理ある。アレウスは口元に手を当て、思案する。

「ノックス」

「なんだ?」

「妹の臭いを辿ることはできないか?」

「できていたならここで休んじゃいないが?」

 干し肉を平らげたノックスは革袋をアレウスに返却して立ち上がる。

「臭いじゃなくてもいい。痕跡があれば辿れるか?」

「そりゃ痕跡があれば辿れはする。だが、落とし穴に痕跡は残らないだろ」

「僕が気にしているのは落とし穴の底が想定以上に広かった場合にアベリアとお前の妹を見つけられない可能性だ。アベリアには、はぐれた場合には痕跡を残すようには教えたが、その痕跡自体は僕自身が近場に行けば絶対に見つけられるものってわけじゃない。だからお前が妹の臭いだけでなく痕跡を見つけて、辿れるのならありがたいんだ」

「落とし穴の先が分かったみたいな言い方だな」

 ノックスは試すようにアレウスに問い掛ける。

「目星は付けられるけど、確実に当たるとまでは言えない。でも、どこか分からないまま歩くよりはよっぽどマシだ」

「だったら教えてもらおうか。ワタシの妹はどこにいるかってのを」


「まず行き止まりの通路の先に隠し通路があったとしても、地図で見た限りでは落とし穴から方向が逸れている。次に崩落した階段だけど、落とし穴という罠が階段と直結している可能性は限りなく低い。となると、方角の点から見ても鍵付きの扉が怪しくはなる。でも、死体を運び出すためにこの広間を通らせる造りは、誰かが生活していたとするならば気持ちの良いものじゃない。だから、僕たちがこれから調べるのは外壁。特に地図を見比べて、落とし穴に近い方角から調べる」

「建物内を通しているんじゃなく、外と落とし穴が繋がっているかもってこと?」

 地図を確認したクラリエが訊ねる。

「その方が階段なんかよりずっと運び出しやすいだろ? それで、通路の構造は恐らくだけどなだらかな下り坂。螺旋構造だとしても直角の曲がり角はない。これは死体の運び方にもよるけど、二人で一つの死体を運ぶのなら持ち上げ方や抱え方、道具を用いて運ぶ場合は直角だと曲がりにくいから。隠し通路の構造は想像の域は出ないけど大体、そんな感じ」

「外壁に扉がある感じ?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。ひょっとしたら罠と同じで触れたり押し込んだりして隠し扉が開かれるのかもしれない」

「うん、分かった。じゃ、あたしは先に、アレウス君がアタリを付けているところから離れた外壁を調べに行っておくね」

 気配を消してクラリエがその場から立ち去る。


「それじゃ、俺たちも行こう」

 ヴェインの掛け声でアレウスたちも建物の外に出て、外壁の調査に出る。


「どこまでか口から出まかせで、どこまでが考えて出した発言だ?」

 外に出てすぐにノックスがアレウスに近寄り、囁くように訊ねてきた。

「嘘偽りなく、全て考えて出したものだ。当たるか外れるかはこれから分かる」

「目で見て信じたものしかワタシは信じないタチでな。お前の言ったことが全て外れたなら、もうこの共闘関係も切ってしまおうかとも思っている」

「奇遇だな。僕も目で見たことしか信じないし、ここで信頼を得られなかったらお前にはきっと肝心なところで裏切られるんだろうなと考えている」

 口では非情なことを言っているつもりなのだろうが、表情からしてノックスが裏切ることはないとアレウスは読み取っている。

「なら、こんな博打みたいなことはやめるべきだろうに」

「こんなやり方でしか僕は人から信頼を勝ち得たことがないんだよ」

 心の底から同情されるような視線を向けたのち、ノックスは先行して遠くの外壁を調べるため走り出した。


「気が合っているんじゃないかい?」

「そうとも言えるし、そうとも言えない」

「彼女に対しては、女性にはあんまり見せない顔をしているけど。アベリアさんには見せている表情っていうのかな」

「情に(ほだ)されたんじゃないぞ? あいつには、心の奥になにを隠していても見通されてしまっているから、諦めただけだ」

 アレウスはアベリアと自分との関係をノックスとセレナの姉妹関係にほんの少し重ねたに過ぎない。立場も境遇も似ていないのに、秘めていることだけはなぜか通じるものがある。単純明快で、摩訶不思議な点は一つもなく、ただお互いが想う大切な人が幸せであってほしいという願い。そのたった一つで、アレウスとノックスはお互いを察したのだ。


 ならば、お互いが協力するのはもはや必然である。


「それで、一度は命を奪われそうになった相手とも普通に話せるかい? 正直、俺はまだ戦々恐々としているよ」

「もし殺すとしたら、あいつは僕を殺すだけだろう」

 秘密を話したならアレウス以外も殺されるが、秘密を守ればノックスが殺す対象はアレウスただ一人だ。

「命を狙われているのに、堂々としすぎなんだよ」

「あっちも一人切りで立っている。僕たちが一斉に仕掛ければ太刀打ちはできないだろう。なのに怯えずに堂々としているだろ? だから、怯えている素振りなんて見せたら馬鹿にされるんだから僕は絶対に見せない」

「張り合い方が子供の喧嘩だよ。まぁ、もしもの時は俺が割って入るから」

「無茶はするなよ?」

「無茶をしている人に言われたくないよ」

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