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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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本当の狙い

 階段で仲間と分かれ、アレウスとノックスは三階に着く。

「同じ構造じゃないか……」

 想像では二階と同じ景色が広がっているのだろうと思ったが、三階は通路しか見えず、そして入り組んでいる。いわゆる迷路の構造だ。

「二階と同じように部屋はあったか?」

「えー、いや……どうだったろ」

「なんで憶えてないんだ」

「細かいことは忘れる主義ってやつでね」

「そのせいで現在進行形で僕は頭を抱えているよ」

 敵対していた時は会話の余地もなかったが、こうして刃を交えなければ会話は成立する。ただし、そこに中身があるかどうかは別となる。求めている答えがまず返ってこないことを前提にしておかなければ、アレウスは更に頭が痛くなりそうだった。


「……やっぱり、この建物は何人かの手によって改造されているな」

 壁の老朽化の度合いが異なる。推測になってしまうが、迷路状にしたのは最後に手放した何者かによるものだ。となれば、罠を張り巡らせていたのもその最後の誰かだろう。

「元々は二階と変わらない構造だったはずだ」

「ならそこらの壁をぶっ壊して進むか?」

「だからそれをすると根幹や支柱に響いて崩落しかねないって言ったはずだ」

「んあー! ワタシはこういう面倒臭いのは苦手なんだよ!」

「まるでお前の妹は得意みたいな言い方をするよな」

 ノックスが何度も「ワタシよりも頭が悪い」と言っている妹が、この迷路を前にすればきっと彼女と同じような台詞を吐くに違いない。

「もう一度、セレナの悪口を言ったらその口を切り裂いてやるからな」

 冗談なのか本気なのかは判断しかねるが、相応の気配を漂わせているため彼女の妹の話題は避けるべきだ。


 とはいえ、そもそもアレウスはノックスと対等な立場で共闘をしようとは思っていない。彼女の反感を買うか買わないかなど気にする必要もない。

 相手は獣人。それも一瞬の油断で命を奪われるほどの手練れである。そんな相手に信頼を置くことは最初から考えていない。信じる信じないの前に、あり得ない。だから利用する。

 従わせることには抵抗がある。しかし、背に腹は代えられない。アベリアを救うためならば手段は問わない。


「冒険者の死体はどこだ?」

「臭いを辿ればすぐだな」

 狙って、ノックスに先を行かせる。発言のどこにもおかしな部分はない。嘘は言ってはいないし、三階を把握はせずとも探索したことのあるノックスが前を歩くのは至極、真っ当な理由だろう。

「悪いな」

 そう言ってアレウスはノックスの背に近付き、本を開くかのように彼女の肌に触れるか触れないかの距離――その中空に指を滑らせる。


 刹那、アレウスの左手が強い衝撃を受ける。伸ばした腕はそのまま逆方向に弾かれ、合わせて体が後方に揺らぐ。

「ワタシのロジックはたった一人にしか開けない」

 冷たい視線を向け、殺意を迸らせながらノックスが後ろに回り込む。揺らいだ姿勢を元に戻そうと前に重心を動かすが、そうこうしている内にノックスの人差し指がアレウスの背中に触れている。

「二人切りになるのを容認した理由が分かった」

「待て……」

「待つわけがないだろ。ただ……驚かされたよ、アレウス。お前にロジックを開く力があるとは思わなかった。もしも知っていたなら、ワタシも二人切りになるように話を持っていこうとは考えなかっただろう。今更だけどな」

 短剣ではなく人差し指を使っているのは何故なのか。爪で皮膚を切り裂くつもりなのだとしても、わざわざこのように予告するのは行動としておかしい。

「ワタシがお前と二人切りになるのを狙ったのは、同じ理由だ。まぁ、お前はワタシが言うことを忘れることになるけどな」

 彼女の指がスッとアレウスの背中を滑る。


 妙な興奮があった。言いようのない感覚もあった。


 それは決して彼女にロジックを開かれたからではない。むしろ、同類を見つけたことの強い歓喜の気持ちである。アレウスだけの特異な体質で、特定の人物以外には決して明かせないこと。それが一つの孤独感を生み出していたのだが、ようやく共有することのできる相手と巡り会えた。だから不覚にも、心は踊っている。


 ノックスの指先はアレウスのロジックを開こうとした直後に、アレウスがそうであったように腕ごと逆方向に衝撃を受けて跳ね飛ばされた。柔軟にして、更には速度と体幹を携えているはずの彼女が呆気に取られて、受けた衝撃を流すこともせずに尻餅をついた。


 同じような感情を持った表情で顔を見合わせる。


「「お前はなんだ?」」


 出た言葉は同一で、そして重なる。

 だが、アレウスは剣を抜かない。尻餅をついたノックスもまた立ち上がって、臨戦態勢に移ることもせずに互いに発した言葉にどう返すべきなのかで悩む。しかし、彼女は先に秘密を明かしている。この場合、先に返事をするべきなのはアレウスなのだろう。

「お前と同じで、僕のロジックもたった一人にしか開けない」

「はっ、ロジックを開く力をなんで持っていやがる?」

「それは僕がお前に訊きたいことだ。獣人のお前が――いや、人種は関係ないな。お前はどうして、神官でもないのにロジックを開ける?」

 反発が起き、衝撃で吹き飛ばされたのはアレウスのロジックを開こうとしたからに他ならない。なにか超自然的な力によって弾き飛ばされたのなら、アレウスが襲われないのは不自然だ。

「知らない。その問いには答えられない」

 二人切りの状況を作り出したのは両者ともに、相手のロジックを開いて一時的かあるいは長期的に従わせることが狙いだった。共闘を成立させたはいいが、全てが思い通りに進む確率はとても低い。事を穏便に済まそうとするための決め手に欠ける。もしもアレウスだけでなくノックスもそう考えたのなら、表に出している言動の裏側で思考を巡らせていたことになる。

「妹より頭が良いのは、どうやら本当らしいな」

「人質として適切なのは指示を出している奴が最も大切にしている者。篭絡や従属させるなら指示を出している一番偉い奴。ワタシはそう教わった。でもまさか、その一番偉い奴のロジックが開けないとは思わねぇだろ」

「逆に訊ねるが、お前はどうしてロジックを開ける?」

「……分かんねぇ、と言いたいが……答えたくはねぇな」

 起き上がろうとするノックスを自由にさせるのは危険と判断し、アレウスは彼女を押し倒して馬乗りになり、更に両手で両腕を床に押さえ付ける。ただ腕を掴むだけでは力が足りないが、自身の体重を乗せた押し込みならば獣人であってもその動きを拘束できた。特に彼女の左腕を押さえている右手はアーティファクトも合わさって、動かそうにも動かせてはいないようだ。

「暴れるな」

「押し倒しておいてよくそんなことが言えるな」

「僕を殺さないと誓うなら、すぐにでも解放する。あと、僕のロジックについて口外しないとも誓え」

「ワタシには強制しておいて、自分はワタシのことを喋るんだろう? ヒューマンがよく使う手だ。誓わせ、契約させ、奪うだけ奪って雲隠れする。そういうやり口だけはどんな人種よりも得意なのは知っている!」

 無理やり拘束を解かれようとするので、更に力を込める。だがこのままでは時間の問題だろう。

「僕を――正確には僕たちだが、でも今回は僕だけに留める。僕をその手の輩と同一視するな、反吐が出る」

 弁解のしようもないため、否定する言葉しか選べない。だが、感情は乗っている。

「僕はただ普通に生きていただけなのに、お前の言うヒューマンに右腕と右目と左耳を奪われた。今こうして五体満足でいられているのはお前の言うところの『強奪者』らしく生きることに貪欲だったからだ。ただ、どうして奪われたものが元通り以上の状態で表面化しているかまでは分からない。その理由やこの特異体質が、自分自身のロジックに刻まれているとしても、ロジックを開けるたった一人にすら“読めない部分”があるせいで掴めずにいる。お前はどうだ? ロジックをどうして開けるのか、どうしてたった一人しかロジックを開けないのか。その理由は、生き様とも呼べるロジックに刻まれているはずだ。知っていて、分かっていて、その力を行使できているのか?」

 抵抗していたノックスが力を緩めた。それを見て、アレウスは拘束を解き、恐る恐るだが彼女の上から退(しりぞ)いて、立ち上がった。


「ワタシだって、なんでこの力を持ってんのかは分からないんだよ。ワタシのロジックを開けるたった一人に訊ねても、お前が言ったように“読めるところにはどこにも書かれていない”んだ。その相手は上手いこと隠したつもりかもしれないが、“読めるところ”と言った時点で、“読めないところ”があるのは察しが付く。だが、読めないとしても力は力だ」

 上半身を起こし、ノックスは拳を作って床を叩く。

「力を与えられたのはワタシだ。使い方はワタシが決める。いつだってそうしてきた……今回だって」

「……妹のために、使うのか?」

「お前が私利私欲のために使ってんのかまでは聞かないけどな。ワタシは、妹に降りかかる火の粉を払うために使ってきた……知られるわけにはいかないんだ。たとえ肉親――父上にも! だから!」

 拳を解いて、素早く短剣の柄を握った。

「知った奴の口はどんな手を使ってでも封じなきゃならない!!」

「待て!! お前が僕のことを口外しないのなら、僕だってお前のことは誰にも言わない!」

「その口でどれだけの奴らを騙してきた?!」

「だから、そんな連中と一緒にするなと言っている! 僕は裏切られた側だ! 二言目には『信じろ』と強制してくるような輩とは違う!」

「もしそうだとしても、それをどう証明する!?」


「この共闘中に僕がお前のことを話したと少しでも思ったのなら、首を掻き切ってくれていい」

「冒険者は死んでも甦る」

「僕は『祝福知らず』だ。『教会の祝福』を受けていない。だから、死んだら決して甦らない」

「……なんで、ワタシに自分の弱点を晒す?」

「そうしなきゃ僕はお前に誤解されたまま殺される。それだけは勘弁だ」

「…………面白ぇな」

 ノックスは柄から手を離す。

「ワタシに秘密も、そして弱点も晒したヒューマンはお前が初めてだ。たとえ与太話だとしても面白ぇから、しばらく付き合ってやるよ。だが、所詮は馬鹿げた話だ。面白くなくなったらその時は、軽々とその首を切り裂いてやる」

 そうして彼女は寒気のする言葉を発しながら、清々しいまでのにこやかな笑顔をアレウスに向けた。

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