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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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言葉の応酬

 確かに、ノックスがやろうとしたように、どこまで落ちたかを推理するよりも、大穴を再び開ける方法や壁を破壊することの方が建設的に思えてしまう。この建物が経年劣化、老朽化をしていなければアレウスだってそうしている。支柱を壊せば崩落は免れない。だから一番効率の悪いことをしなければならない。

「アベリアちゃんの魔法が消えかかっているけど」

「魔力を送るには遠すぎるんだ。発光の魔法は探索用や偵察用だから、視認できるところまでが適正距離。だからといって地平線の向こう側まで飛ばせるわけじゃないけど」

 魔法についてはこの場ではヴェインが詳しい。

「じゃぁ、命が尽きかけているから消えかかっているわけじゃないんだな?」

「そこのノックスさんが言っていることが確かならね」

「……僕が初めて見たときも、闇の穴を通ってお前たちは目の前から消えた。あれがお前の妹の魔法だとさっき言ったよな? で、大穴に落ちた時にはそれが使えなかった。じゃぁ、落下の衝撃はどうやって和らげたんだ?」

「闇を伝うことはできずとも闇はまだ纏えていた」

「そのせいであの小娘は巻き込まれた」

「山に籠もることしか能の無い奴が殺意を垂れ流すな」

「お前がそうやってガラハを馬鹿にすればするほど、僕の中でも殺意が高まる。共闘をしたいならこっちの質問には答えろ」

「だったらそっちもワタシの質問には答えることを約束しろ」

「約束はしない。答えられる内容か否かで判断する」


「はっ、これだからヒューマンってのは……あー、クッソ。分かった、悪かった。別に、ワタシだってセレナがお前たちの誰かを巻き込もうとするなんて思わなかった……あいつは孤立無援になったワタシを守るために賭けに出た。言い方は悪いが人質さえ取っちまえば、ワタシを生かすだろうっていう賭けだ」

 言葉には反省の色が見えるが、ノックスのその態度をただでは信じられない。

「ワタシたちはエルフのように独特の血を流していると言ったよな? ワタシとセレナは獣人の中でも柔軟性に富む肉体を持つ。そういう血筋なんだ。だから、僅かでも闇を纏えているなら、渡ることはできなくともあいつは空中で体勢を整えて、壁を手と足の爪を使いながら蹴ることで落下速度を緩ませて、ゆっくりと降りていける。人質を抱えることになっただろうから今回は足の爪だけだろうが、それでもあいつなら簡単にできることだ」

「随分と信じているんだな」

「……ワタシよりも有能だからな。父上もセレナを重用(ちょうよう)している。ワタシは、あいつよりもちょっとだけ頭が良いことと、あいつよりも先に産まれたことぐらいしか勝てているところがない」

「そういう家庭や家族的な話は聞いちゃいない。僕にとって重要なのは信じているか信じていないか。そこをさっさとハッキリしろ」

「そりゃ信じている。獣人で双子は珍しいんだ。兄貴は腹違いで、見た目も違ったから……じゃれ合えていたのはセレナだけだ。あいつだけがワタシのくだらないことに付き合ってくれたし、あいつだけがいつも傍にいてくれた。だから、あいつがワタシのことを信じていないとしても、ワタシはあいつのことを信じている。これまでも、そしてこれからも」


「だったらお前の妹がアベリアを抱えて無事に着地したって推論については一応信じてやる。次は、お前の妹がアベリアを殺さないか否かだ」

「ワタシがお前たちに殺されないようにするために巻き込んだんだぞ? すぐに殺したことが分かれば、ワタシがどうなるかぐらいの頭ぐらいはある」

「ならそっちも一応は信じてやる。ガラハ? スティンガーはどこまで偵察に出せる?」

「スティンガーに偵察に行かせるとしても、安全と言える場所までだ。オレは獣人の言うことは信用できない。だから探索しているこの階と、一階だけに限らせてもらう」

「罠だらけの部屋を見てもらうことはできるか? あそこは僕たちが調べるよりも、体が小さくで浮遊できるスティンガーに任せたい。浮いていればどこにも触れずに済むから罠も作動しない」

「扉の罠が解除されているのは知っているが、だからと言ってあの天井が突然、落ちてこない保障はどこにもない。そこまではオレも付き合わせてもらう」

「単独行動をさせるわけにもいかないし、僕たちが向かうのは上じゃなく下だ。この通路を通った先の通路にある部屋を一つ一つ調べたいが……ノックス? この階は調べ尽くしたんだな?」

「あ、ああ」

「向こうの通路には階段があったか?」

「あるにはあるが、一階へ向かう階段は崩落していて通れたもんじゃなかった。上に進むにしても、いつ崩れるかも分からない」

「お前が言っていることが本当かどうか目視で確認させてもらうとして、そのあとは引き返す。アベリアと合流するまではマッピングどころじゃないから、この階に危険性がないとして、僕たちは一階に戻る。罠の部屋はスティンガーに見てもらって、僕たちは一階に見落としがないか確認する。あの鍵のかかっている扉は一番怪しいが調べるのは一番最後だ」

「どうしても下へ行けないなら?」

「ノックスの言う崩落した階段を目視するまでは断言しないけど、そこから下に続いているようなら行くしかない。アベリアは見捨てられないし、共闘した以上はノックスの妹も見捨てない。意見があるなら歩きながら言ってくれ」

 アレウスは方針をまとめ、通路を進む。

「アベリアちゃんは食糧をどれくらい持っていたの?」

「保存食と飲み水を慎重に消費して二日分。二人で助けを待っているのなら単純計算で半分の一日分。それを更に耐えるとしてやはり二日分。ただ、そんなに猶予があるとは言えない」

「ノックスさんの妹がどれだけ食べるか分からない?」

「あいつは食べる物が少なかったら絶食してでも食べないぞ。ワタシに食べ物を全部渡そうとするくらいだ」

「その言葉を信じるとしても、アベリアが飢えに弱いんだ」

「飢えに弱い? 見かけによらず大喰らいなのか、あの小娘は?」

「理由については話したくないけど、お腹が空きすぎると無意識に食べ物を口に入れてしまう。それが生命線だと分かっていても、なにも考えずに一摘まみではなく一口分、食べてしまう」

「そんな素振り、見たことないけどなぁ」

「我慢はできるんだ。でも、それにも限度がある」

 物乞いで生きていたアベリアは飢餓を怖れている。お腹が空いても我慢する経験は誰にでもあり、アベリアも抑えることができる。しかし、、空腹感がある一定のラインを越えてしまうと手が勝手に食べられる物を漁り出す。食べ過ぎるほどの精神障害ではないが、空腹に抗う力がとても弱い。そして、それはアベリアの感覚次第であるため予測が立たない。

「それは誰かが止めても駄目なのか?」

 ノックスがアレウスより先を行きつつ訊ねる。彼女は崩落した階段の目視などさっさと終わらせて、妹のいるであろう場所の捜索をしてほしいのだ。そのため、行く先で見落としていた魔物が現れたとしても、すぐに始末ができるように短剣は抜いている。その刃がアレウスたちに向く可能性は少なからずあるのだが、常に監視を続けているガラハの隙を突く博打をするとは思えない。

「食べ物の好みは全くないが、食欲についてはとやかく言われたくないはずだからな」

 そもそも、過去のことを考えるとアレウスもアベリアがお腹を空かしていてほしくはない。そのため、冒険者になってからも、どんな状況になったとしても――たとえ異界に堕ちてしまったとしても食事を抜かしたことは一度もない。

 ノックスが止まったのでアレウスはその隣まで歩き、前方に広がる光景を眺めて、踵を返す。

「一階にはあのままだと降りられそうにない。三階にはクラリエなら行けるかもしれないが、どこに続くかは不明だ」

 地図さえあれば、ある程度の推測も立つのだが、その肝心の地図を持ったままアベリアはノックスの妹と落ちてしまった。

「……そうだ」

 来た道を引き返し、先ほど利用した階段まで戻る最中でアレウスはノックスに視線を向ける。

「お前たちが殺した冒険者の中に、地図を持っている奴はいなかったか?」

「どんなのだ?」

 まさか獣人は地図の概念がないのだろうかとも思える言葉である。だが、考えてみれば動物が地図を使うことはない。

「紙、もしくは羊皮紙。そのどっちか。階層ごとに書いていただろうから、複数枚。分かるか?」

「なんとなく」

「ちょっとだけ方針を変える。僕たちは一階を調べるから、ノックスは冒険者の死体から地図を回収してこい」

「ワタシに死体漁りをさせるのか?!」

「元々、冒険者を殺したのはお前たちだ。本当は僕が取りに行きたいが、未知の探索を一人でやりたくない。それに比べてお前はこの上の階層を知っている」

 物凄く機嫌を悪くしている。だが、アレウスは提案を取り消さない。状況を切迫させた要因である彼女を特別扱いはしない。

「分かった。だが、お前も来い」

「なんで僕が付いて来なきゃならない?」

「死体漁りは妹のためならこの際、仕方がない。ワタシが地図だと思った物が地図じゃなかったら、問答無用で殺すんだろ? 望んで死ぬ道を選ぶならまだしも、間違った物を拾ったせいで殺されるのは御免だね。そうなるくらいなら、お前にその場で確認してもらった方が手っ取り早い」

 それに、とノックスは続ける。

「ワタシたちは上の魔物を全て始末したわけじゃない。ワタシ一人をそんな危険なところに向かわせて、大丈夫じゃぁないよな?」

 こんなところで力関係や上下関係を明確にするようなやり取りをしていてもなにも始まらない。しかし、ノックスは自身が不利な立場にあることを理解している。共闘関係は築けているが、気分次第で首が飛ぶ。孤立無援の状態は変わらない。だからこそ

「分かった。僕だけが行く」

 この返事には逆にノックスが驚いている。すぐに返事をされるとは思わなかったらしい。

「お前が言ったんだろ、一々驚くな」

「いや……お前、一人になったらワタシに殺されたらどうするんだ?」

「だからお前が提案したことに僕が乗ってなにが悪いんだ。さっき階段の崩落を確認したけど、ノックスの言っていたことは本当だった。だったら一時的でも背中を預ける。変な素振りがあったら殺さなきゃならないが」

 こうも「殺す」という言葉を互いに連呼していると、命の奪い合いをもっとも分かりやすく表現するにはその言葉が一番伝わりやすい。しかし、そのせいで本気で「殺す」と言っているのかどうかが自分の中で怪しくなっているのは事実だ。

「オレが付いて行った方が得策だと思うが」

「それだとこいつは僕たちを信じてはくれない。ガラハの監視から逃れるために僕を誘い出すための嘘かもしれないが、相応には提案も発言も認めなきゃ、妹と合流した時に穏便に事が進まない。その場で殺し合いもしたくない」

 これはアレウスの命の保険でもある。『身代わりの人形』は使ってしまった。そのため、もしも合流後に殺しに来られたらアレウスの生き様は終わる。アベリアの救出の次に気にかけなければならない点は潰しておきたい。

「易々と命を担保にしないでほしいけど、アレウスが決めたんなら俺たちは納得するしかない。でも、本当にアレウスになにかあった時は……ちょっと、正常ではいられないかもしれない」

「聞いてる、獣人? あなたの首かアレウス君の首か、この場でどっちの首が重いかって言ったらアレウス君の首だから。死にたくないなら、自棄(やけ)は起こさないようにしなさい」


「そんなことエルフのお前に言われなくても分かっている……ああ、分かっている」

 なぜかアレウスには、ノックスのその発言が決して上辺だけの言葉ではないように思えた。

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