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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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二度目の遭遇

 拠点へ帰還後、すぐに夕食の支度に入った。幸いなことに野生動物などに食料やその他の置いていた私物等が荒らされている様子はなかった。鳴子の傍には動物の足跡があったため、功を奏したらしい。しかしながら動物も学習をする。鳴子を鳴らしても人の気配がしないと分かれば、いずれは拠点へも侵入してくるだろう。ただし、一週間という期間の中でそこまでの学習を果たす個体は限られているはずなので、その個体を仕留める方向に二日目や三日目からは始める。一匹でも罠を突破すれば、その一匹の勇猛さに後押しされて野生動物はあとに続いてしまう。ならば勇猛さを蛮勇であることを見せつけなければならない。

 このような思考回路は人種というよりも魔物や獣人のような野蛮さなのだが、食料は生命線である。ならばアレウスだって野性の中にある弱肉強食の原則に従うまでのことだ。


 見張りはクラリエとガラハ、調理はアレウスとヴェイン、アベリアは薪集めと水源からの飲み水運びを受け持った。アベリアは強く調理を手伝いたいと主張したが、アレウスの貧乏舌以外が受け入れられない環境である以上、ヴェインによって宥められることになった。


 食事中は、なにかしらの襲撃に遭うこともなく穏やかに食事を終えることができた。建築物を見張っていたクラリエが言うには「獣人が外に出た気配はまだない」らしく、火を絶やすことは難しかったため、交代で睡眠を取っての番となった。


 次の日、朝の食事もそこそこに、今日の飲み水の確保のため水源に仕掛けを設置し、動物除けの鳴子の調節とアレウスの血を撒く。これはここから帰るまでのルーティンになるだろう。


「それじゃ、今日も元気に行ってみよっか」

 昨日のことに一切の杞憂がないかのようにクラリエは明るく元気だった。獣人には思うところがあるに違いないのだが、その辺りの感情を表に出さないようにできるのはアレウスも真似したいところである。

 とはいえ、まだ二日目だ。昨日は早々に切り上げたため、休息も多く取ることができた。懸念はあったが、各々が食事の場で話し合うことで一部だけだが不安も取り除くことができた。これがもう少しあと――四日目以降に判明していたならば心は折れていたかもしれない。だが、これならば獣人と遭遇しても難なく乗り越えられるような気さえしてくる。あまり傲慢になってもいけないが、自信という意味では抱いておかなければ歩は進まない。

 ダンジョンの一階は昨日と特に変わった形跡はなく、あの罠だらけの通路まで調べる必要はないと踏んで二階に上がる。昨日、中途で終わった地点まで特になにかあるわけでもなくすんなりと辿り着き、昨日と同じように扉を開けては部屋の中を確かめ、そして次の部屋の扉へと向かう。

 これの繰り返しに気が滅入ることはなく、アベリアは着実にマッピングを進め、アレウスたちは部屋を(あらた)めることで奇襲の脅威を排除する。誰一人として文句を言わない辺り、どうやらアレウスたちは継続的な戦闘よりも、このような地道な作業の方が合っているらしい。それとも、なんだかんだで昨日の獣人の死体が気にかかっているためにこの確認作業の重要性を知ったためだろうか。なんにせよ、昨日よりも士気どころか全員の気は引き締められている。

 作業とも言える探索を続けていると、昨日にクラリエが言っていた真横に逸れる分かれ道が見えた。覗き込んでみたが、特になにかがあるわけでもなく、その通路の突き当りは左右に分かれているように見える。

「二階はHの構造か」

「エイチ……?」

「えーっと、つまり、こういう感じになっているってこと」

 アレウスはアベリアと同じように、自身の発言にピンと来ていない仲間に白墨で地面に『H』というアルファベットを描く。英語は生活の中や魔法の中に混ざり込んでいるというのに、アルファベットは根付いていないのはいささか難儀である。これではT字路という言葉もきっと通じない。

「だからこの横道は連絡通路みたいなものだ。向こう側も同じような造りだろう。ひょっとしたらそっちにも階段があるかもしれない」

 そしてその階段は、あの開けられなかった扉の先と繋がっているかもしれない。

「なら、横道に行く前にこっちの通路は全て調べ尽くす感じかい?」

「そうだな。その方が良い」

 また地味な作業を再開することになるが、ヴェインは落胆の一つも見せない。

「しかし、こうも静かなものか?」

「二階は獣人が探索し尽くしたのかもな」

「それもそうだが」

 ガラハは一抹の不安を口にする。

「オレにはどうも、獣人の死体が一つだけこの部屋に残っているのが気掛かりだ。なんとも解せない。奴らは確かに同胞の死を憤怒に変えて突き進む性質だが……ならば何故、獣人の死体の瞼を閉じさせた? そこには無慈悲なものではなく、一種の慈悲を感じずにはいられない」


 直後、スティンガーが激しく明滅する。


「アレウス君! あたしの気配に、っ!? 待って、速過ぎる!!」

 スティンガーの警戒と、クラリエの感知に引っ掛かって僅か数秒後にはアレウスの感知にもそれは引っ掛かる。しかし、備える暇もなく、それはアレウスの眼前まで迫り、今にも首を切り裂かんとする骨の刃が向けられていた。


「ちっ! またヒューマンの冒険者風情どもか」

 舌打ちをして、更にそれはアレウスの顔を確かめる。

「なんだ……お前はあの時のヒューマンじゃないか」

 犬歯をギラつかせ、アレウスの首を今にも掻き切ろうとする獣人は周囲を気にしながらほくそ笑む。特にクラリエを注視している。他の者は気配で察するが、クラリエが気配と合わせて視界から消えるのを阻止しているのだ。

「ワタシの短剣を戦利品みたく使っているのは腹立たしいものだな。さすがは『強奪者』。使える物ならたとえ、他種族の『眼』であろうと奪うんだから当然か」

 腰に差している骨の短剣を見て、獣人の表情が一気に冷めていく。

「なんでここに……それに、感知より速いだと?」

「まぁさっきのは諦めろ。お前たちが使うように、ワタシたちも似たようなものを使っただけのことだ」

「獣人が魔法を使ったなんてもしかしなくても言わないわよね?」


「今すぐにでもこいつの首を刎ね飛ばしてもワタシは一向に構わないってことを理解して物を言ってんだよなぁ、盗み聞きすることしか能の無いエルフの女?」


 短剣の刃がアレウスの首筋に触れ、血が滴り落ちる。


「はっ、これだからヒューマン共々、冒険者ってのは弱い。仲間の――それも一番、重要な人物の命を握られた途端に動けなくなる。それに比べて、ワタシたち獣人は違う。勘付いたなら犠牲になってでも大事な命を守る。守ることができなければ、大事な命を喪った代わりに、それを奪った者を命懸けで殺す」

 いかに獣人という存在が素晴らしいかをこの場で説きにきた、わけではない。どのような方法でこれほどまでの加速で肉薄したのかは不明だが、アレウスの生死が獣人に握られてしまっている。

「目的はなんだ?」

「目的だぁ?」

 獣人が首を傾げる。

「見つけてすぐに殺さないのは、目的があるからじゃないのか? たとえば、この建築物の構造とか、或いは……もっと別の、訊きたいなにか」

「生かしてんのはただの気分だ」

 そう言った直後にアレウスが青褪めたのを見て、獣人が嘲笑う。

「ってのは冗談だ。殺す前に聞いておきたいことがあるのは確かにその通りだ。この建物の最上階にはどうやって行くか、お前は知っているか?」

「知らない」

「嘘をついたら、ワタシたちが四日前から遭遇しては殺し尽くしている連中と同じ末路を送るぞ?」

「嘘をつかなくともそうするつもりだろう? だったら、知っていたとしても教えるものか」

 獣人は建築物の最上階への行き方を探している。だがその方法は分からない。だからアレウスに訊ねてきている。ただし、アレウスもその方法を知っているわけではない。しかし、ここですぐに「知らない」と言えば用済みになってしまう。ならば知っている素振りを見せた方が長生きはできる。

「そういった問答はしたくはねぇんだ。さっさとやることをやらないと妹がここに来ちまうからな」

「獣人の姫君が姉妹揃ってダンジョン探索か?」

「あんまりそういうこと言っていると、ワタシはともかくとして妹は容赦なくお前を殺しちまう。少しは大人しくしてみろ。それとも、『誇り』が邪魔をして大人しくすることすらできないか、冒険者ども? そりゃそうか、お前たちはワタシたちを下に見ているんだからな。飼い猫や飼い犬にすら頭を下げて媚びることもできねぇもんなぁ?」

 会話で時間稼ぎをしているが、果たして意味はあるのだろうか。いずれこの獣人はアレウスの喉を掻き切る。それは目を見れば分かる。明らかすぎるほどの殺意が込められている。

 近付いている死を前にして、抗うことは無意味だ。

「飼っている犬や猫になら頭は下げられる。下げられないのは、野良犬や野良猫だ」

「面白い答えだ。だがワタシは王のように生かしはしない」

 短剣が首に喰い込む刹那にアレウスの鞄から強い光が生じ、短剣ごと獣人が弾き飛ばされた。

「こいつ、『身代わりの人形』……! いや、持っていたとしても、強情を張って死にに行くか?!」

 横道に飛ばされ、地面を転がりながら獣人は体勢を立て直していたが、その前にガラハとクラリエが動く。


「止まりなさい」

 影のような漆黒の霧が獣人を守るように発せられ、その中から現れた獣人がクラリエの短刀を持った腕を掴んで投げ飛ばし、ガラハの戦斧を手甲で防ぐ。

「姉上の希望とはいえ、やはり一人で先行させてはなりませんでしたね」


「獣人が、気配消しの技能を持っているとでも言うの?!」

「気配を消したのではなく、アナタの感知範囲の外からここまで来ただけです。姉上に掛けた魔法を更に強くジブンに掛けて」

 妹の獣人の視線がアベリアとヴェインに向く。

「無用に魔法を詠唱するのはやめなさい。ジブンは姉上ほど心が広いわけではありません。魔法の発露が見えた瞬間、殺しに行きます」

 威嚇ではなく確実に行う動作。その意味合いがしっかりと殺意として乗せられている。


 『身代わりの人形』はもう使ってしまった。二度目はない。だからこそ一度切りのその力で状況を打破して逃走したかった。

 その判断が遅かった。安易に時間を稼いでしまった。だから妹の獣人が来る猶予を逆に与えてしまった。


「そこの『強奪者』は残せ。他は殺していい」

 通路で壁に触れながら姉の獣人が立ち上がる。

「やはり、ワタシから見てもそいつは異端だ。徹底的に調べる必要がある」

「……そうまで言うのでしたら、ジブンはなにも言いはしませんが……父上がなんと仰るか」

「バァカ、父上には隠すに決まってんだろ」


 アレウスはこの一瞬だけに限って神に感謝する。


 何故なら、獣人は立ち上がっても尚、壁に触れた。そして、その壁に見えた罠のスイッチを押し込んだのだ。

 横道の壁が門のように左右に開き、その先に大穴を覗かせている。先ほどまで壁だと思い込んで重心を預けていた姉の獣人はその大穴へと飲み込まれて――


「姉上!!」

 電光石火のごとく妹の獣人が走り、姉の腕を掴んで立ち位置を入れ替える。

「なにしてんだ、お前は!!」

「姉上になにかあったら父上になにを言われるか」

 大穴に落ちていく最中、妹の獣人はそう発しながら視線がアレウスの向こう側にいるアベリアを捉える。

「しばし協力してもらいましょうか、冒険者」

 影のような漆黒の霧が伸び、アベリアを絡め取って大穴へと引きずり込む。唐突で、そしてあまりにも速い強奪に誰も――アレウスですら動けはしなかった。開かれた大穴は二人を飲み込んでから門のように閉ざされ、壁の中に消えた。

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