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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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波紋

 階段を上がってすぐに魔物と出くわすことはなかったが、一直線に続く通路に複数の扉が追随している。一つ一つを見ていくのは面倒だが、やるしかない。扉のどれにも罠が仕掛けられていないかを確かめ、開き、その先になにがあるかを確認して戻る。これを何回か繰り返す。

「扉を開けたら小部屋があって、特に魔物がいるわけでもない……」

「このように複数に小部屋が設けられているのなら、人が住んでいた形跡は僅かに残っているところを見ると、ここはアパートだったのだろうな」

 独自の見解をガラハが語るが、それが妙にしっくりと来る。アパートは一つの建物に複数人が住む。その際、大小はあれど居住スペースとして部屋が与えられる。一階が広間で二階から居住スペースが設けられているのも防犯上、意味を成す。

 ただし、それはこの建物がアパートとして機能していた時代の話だ。今は経年劣化を果たし、あらゆる機能が停止し、更には罠まで仕掛けられている。一階の改造具合がどれほどのものだったのかは定かではないが、通路の一つを罠の実験場のように扱っていたのなら、二階はもっと確実に罠が作動するような仕掛けが施されているに違いない。

 だが、そのことと魔物がいないことは繋がらない。

「ざっと見てきたけど、この通路にはどこも罠が仕掛けられていなかったよ。ただ、横道が一つあった。魔物の気配はなし。扉の向こう側と、横道に入った先までは分かんないけど」

 わざわざ気配を消していたクラリエも拍子抜けしたのか、気配を戻して姿を現す。

「あたしたちより先に、別の冒険者が入ったんじゃない?」

「ギルドから特別に依頼されているわけでもないからな……それに、ダンジョンは一つのパーティで攻略するものでもないし」


 『審判女神の眷族』が複数のパーティに協力を依頼している可能性は大いにあり得る。何故なら、その方が地図がより確実なものになる。複数のパーティにマッピングを依頼し、あるパーティの不足分を別のパーティが補ってくれればいいのだ。パーティごとの負荷も下がるし、一つのパーティが壊滅しても地図の完成が遅れることもない。

「あの罠だらけの通路は、解除した形跡も一応はあったしな。覗いて、何人か犠牲になったからそれ以降、入るのをやめて撤退したか、それとも登ったか」

 『教会の祝福』を受けているのなら甦るが、メンバーとしては魂のない死体をそのまま放置するのは躊躇われるだろう。罠の作動後は危機的状況から逃れている。一階に魔物の形跡もなかったことから、死体の回収は罠を解除後は容易だっただろう。精神を病むかどうかまでは想像しない。


「さっきの階段からもっと上にも行けるんでしょ? だったら、この通路の扉を全て調べるより、上から調べていった方が効率が良くない?」

 全ての階層が二階とほぼ酷似した構造をしているのならば、最上階から調べ、そこから降りながら調べれば最終的に辿り着くのは一階となり、そのまま外に出られる。今のように登りながら調べれば、最上階から降りる負担が生じる。クラリエの言う効率とはそのことなのだろう。

「俺もクラリエさんの言っていることは悪くないと思うよ」

「私も、楽に済むなら、そっちの方がいい」

 腕を組み、アレウスは小さく唸り、考える。


「……いや、それでも下から順に調べていこう」

「どうして? 面倒臭くない?」

「全ての階層が同様の構造をしているとは限らないからだ。それにクラリエの案は、魔物がほぼいないことを前提としている。最上階から調べるとする。その場合、間の幾つかの階層は調べないことになるだろ? もしもそこに魔物がいて、僕たちに気付いたなら、五階で戦いになるのは目に見えている。それって、さっきの通路でも気を付けていた袋小路と変わらないんだ」

 クラリエのように、メンバーの誰もが跳躍力を持っているわけではない。『射手』のニィナだって、付け焼き刃ではない確かな技能として習得していた。そのため、五階からの逃走経路は外へと飛び出して地上まで軽やかに足場を見つけながら降りて行けるクラリエ以外、無いに等しい。

「面倒臭くても、下から念入りに調べれば、少なくともハイドアタックはない。罠も同様だ。最上階で引っ掛かったら、この階で引っ掛かる以上にリスクが高い。あと、最初も言ったように期間を設けてダンジョンは探索する。この広さのダンジョンを、一番上から一気に、さながら一日で見て回るのは不可能だ」

 すると必然的にダンジョン内で休息を取ることになるだろう。それはやはり利益以上にリスクが高すぎる。

「むぅ……まぁ、そこまで言われたら、あたしの案は危ないってことになるけど」

「僕以上に周囲の気配を読まなきゃならないから、さっさと終わらせたいクラリエの気持ちも分かる。だから、今日は二階を半分程度調べたら引き上げよう」

 一階の広間の大きさから計測を見誤っていたのだろう。通路と扉、そしてその奥の部屋が連続して連なっていても決してこの建物が狭いわけではない。


 気持ちの一部が萎えてしまっている。魔物がいないのは良いことだが、戦うことを意識してここに来た。だが、罠と拍子抜けの連続で士気は若干だが下向きになってしまった。それを察知したアレウスは早めに切り上げることにした。

「それじゃ、次はこの扉」

 アベリアが地図を見ながら指差した扉にアレウスが触れかけ、止まる。

「クラリエとガラハも確認してくれ」

 下がり、アレウスはクラリエとガラハを扉に近付けさせる。

「なにか不自然な点でもあったのかい?」

「取っ手に血が付いていた。ただ、僕の目だけじゃ確証に至れない」

 取っ手に付着していた血を見て右腕が疼いた。だからヒューマンではなく、エルフとドワーフにも見てもらいたかった。

「臭うな」

「うん、これは魔物じゃなくて獣人の血」

「やっぱりか……」

「どうしてこんなところに?」

「アベリアちゃんの問いには答えられないなぁ。だってあたしたちも分からないから」

 取っ手を掴み、クラリエは片手に短刀を握る。魔法で生み出した物ではなく、この半月の間に手に入れた得物のようだ。

「クラリエが開けたら、ガラハと僕が飛び込むから」

 あとの言葉は必要ない。それを示すかのようにヴェインとアベリアは衣服に魔力を流す。クラリエと目で合図を送り、彼女が扉を勢いよく開いた直後にガラハとアレウスが室内へと侵入する。


「……なんだ?」

 ガラハは構えていた戦斧を降ろす。アレウスもまた短剣を鞘に納め、室内に転がる獣人と魔物の死体を見つめる。

 魔物の死体は複数、獣人の死体は一つ。調べるもなく、どちらも事切れている。

「縄張り争いか?」

「違うよ。獣人は縄張りを争わない。あいつらは確実に奪えるものを奪うだけ。魔物なんて歯牙にもかけないから」

 かつて獣人を見たことのあるクラリエが断言する。

「アレウス、これってマズいんじゃないかい?」

「……別のパーティが同じように依頼を受けて探索をしているのは濃厚だけど、同時にもう一つ、可能性が出てきてしまった」

 獣人の瞼は閉じられている。戦いの中で死んだのであればこのように綺麗に自分の意志で閉ざすのは難しい。それどころか、魔物に肉体を喰い荒らされた形跡がなく、この場には魔物と獣人、どちらの生き残りもいない。

「僕たちのように獣人が複数でダンジョンに潜っている。どれくらいの人数かまでは分からないが、ヘマをしたのか、誰かの盾になったためか、この獣人は死んだ。その後、この部屋に潜んでいた魔物を全て殲滅して、残りの獣人が移動した」

「なにが目的かまでは不明だな」

 ガラハが魔物の死体から牙を拝借している。いわゆる戦利品で、あとで商人に換金してもらうためだ。しかし、獣人の身に付けている物には手を出さない。

「獣人がもし戻ってくるようなことがあったとき、この死体から物が奪われていたなら、オレたちの臭いを嗅いで殺すまで追いかけてくるからな」

 その理由を、不思議がっていたアレウスに分かりやすく説明してきた。

「一つ聞きたいんだけど」

 アレウスはクラリエに訊ねる。

「同胞の死体を置いて、探索を続ける理由ってあるのか?」

「獣人はあたしたちよりも死体に対して執着がない。あるのは、同胞を殺された時に生じる強い怒り。それを発散したあとには、もうなにも思わない」

 つまり、この獣人の仇はもう討ったのだ。辺りに転がっている魔物の死体がそれだろう。

「一度、拠点まで撤退する。そこで探索の方針を立て直す。交代で建物の入り口を見張って、獣人の動向も探りたい」


 第三の勢力である獣人とも争う可能性が浮上した。当然だが、それは魔物と戦う以上の危険がある。

 魔物ならば死体を見れば特徴を知り、対策は立てられる。だが獣人ばかりは、そもそもの戦闘回数が少ないせいですぐにはできない。

 だから、出直さなければならない。士気を整え直すことも含めて、今日はもう限界だった。

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