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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第5章 -『原初の劫火』-】
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罠を踏まないように

「ギルドが事前に渡してくれた地図だと、三つは行き止まりで、その二つある扉の右側が次の階に繋がっているみたいだけど」

 アベリアが地図を見つつ、扉を指差す。

「どうする?」

「どうするもこうするも、マッピングが依頼なんだ。行き止まりかどうかも怪しいんだから、ちゃんと見て確認する」

 最上階に行くのも決定事項なのだが、それ以上にダンジョンのあらゆる扉、あらゆる分かれ道を総当たりしなければならない。単純なダンジョン探索以上の負担を改めて認識させられたが、だからこそ一週間という期間を設けた。一両日中にできるような依頼ではないと分かっていたことなのだから、今更、口から文句が出ることもない。

「行き止まりが近いところから調べる」

「遠いところから調べた方が、あとが楽なんじゃないかい?」

「行き止まりが遠いってことか、通路がダンジョンの深くまで続いていることになる。さすがに一階からギルドの地図に間違いがあるとは思いたくないけど、もしも行き止まりじゃなく、先があるのなら長く続く通路だ。入ってすぐに分かる行き止まりならそもそも奥にまで進むこともできないからな」

「なら前の扉じゃなくて、左の扉から」

 左――西に続く通路を塞いでいると思われる扉をアベリアが指したので、全員でその扉へと歩み寄る。この広間ではスティンガー、アレウス、クラリエの感知にはなにも引っ掛からない。この場所に魔物はいないとみえる。

「この扉は鉄製だな。経年劣化で錆びている上に少し歪んでいる。開けるのは手間だぞ」

「あ、待って待って」

 ガラハが扉に手をかけ、開こうと力を込めたところでクラリエが止めに入る。

「まだ聞き耳を立ててない。開けたら隙間から刺されるのも矢を射掛けられるのも嫌だから一応、調べさせて」

「まさにエルフに向いている仕事だな」

「こんな時に皮肉を言わなくてもいいじゃん」

 確かに皮肉を言ってはいるが、ガラハは言われた通り、動きを止めている。その間にクラリエは錆びた扉に耳を当て、様子を探る。

「アレウスもできる?」

「技能の高さだとクラリエには負けるよ。僕がクラリエに勝てるのは罠感知と解除だ」

「あと鍵開けもアレウス君の方が勝ってるでしょ?」

「そうだったか?」

「単純な鍵ならあたしも同速だけど、複雑化したらアレウス君の方が物凄く速い」

「ヒューマンらしい手癖の悪さだな。それが冒険者として活用できて幸いだな」

「そういう風に言うなよな」

 相変わらず、ガラハは皮肉屋だ。実力を認めつつの彼なりのコミュニケーション手段なので、アニマートの毒舌に比べればまだ可愛いものだ。

「ガラハ? ちょっとだけ扉を動かしてみて?」

「扉に罠でも張られているか?」

「向こう側でなにかが動いている音はしないから、念のためね」

 ガラハが力を込め、扉を僅かだが動かすと、錆びているためか不快な金属音が響き、たまらずクラリエが扉から耳を離した。

「これ、ちょっと分かんないかなぁ……もし罠が動作しているんだとしても、金属音で聞き分けられない」

 片耳を塞ぎながらクラリエが呟く。

「これだけ錆びているんだ。罠も動かないんじゃないかい?」

「とは思うんだけど……アレウス君、どうする?」

 助け舟を求めてくる。

「扉を使った仕掛けは沢山あって、よく使われるのは閉じる動きではなく開く動きで糸が引っ張られるか外れるか、それとも巻き取られるかして罠にそれらの変化が伝わるタイプ。ただ、ここまで錆びているとするなら長期間、設置されているとすれば鋼線であったとしても外れていると考えるのが妥当なはず」

 ガラハの代わってアレウスは扉に手をかけ、前後に揺らす。

「一定の振動を罠に送っていたのなら、今ので僕になんらかの被害が起きていないとおかしいから、これは仕掛けられていない。あとは扉の内部にある仕掛けが一定まで開かれた場合に作動して罠に直結するタイプか、閉じていることで物体を留めているものの、開いた直後に仕掛けが外れて上から降ってくるもの。他には――」

 ここまで言ったところで、知識を披露する場ではないことに気付き、アレウスは扉を何度かノックする。

「反響音からして扉の中に仕掛けはないから、開けた瞬間に扉の前にさえいなければ、罠があっても避けられると思う」

「ギルドの地図に奥が書かれているし、まず罠がないんじゃ?」

 アベリアの一言は四人を納得させるに十分な理由が付与されていたため、一連の扉の前でのやり取りが途端に陳腐なものに感じられ、四人は無意識に視線を外しながら恥ずかしさを取り繕う。

 気を取り直し、ガラハが錆を落とすように扉を強く揺らし、そこから高い金属音を響かせながら手前に開き切る。念のためか、クラリエはいつでも戦闘に移れるように身構えていたが、扉の向こうに続く通路には魔物の姿はなかった。少々、拍子抜けしてしまったが隊列を乱さないことを心掛け、アレウスとガラハがまず最初に通路に入る。

「杞憂も重ねすぎると負担になってしまうよ。俺たちはもっと大胆さを身に付けるべきかな」


「……確かに、僕がリーダーであるせいでみんなに強く慎重さを求めてしまってはいるけれど」

 アレウスは扉付近の壁に触れ、指先から伝わる感触から天井を見る。

「今回はたまたま、運が良かっただけかもしれない」

 通路に入ってすぐの天井の材質だけが石材で、それを荒くも鋭く杭のように削り出されている。それが複数――人種のみならずあらゆる生物を串刺しにして絶命させるだけの量が備わっている。アベリアの光球が天井を照らし、天井にはいつのものかは不明だが黒く変色した血痕があり、こびり付いて取れなくなっているのか干からびた皮膚、肉片のようなものも垣間見える。

「天井が落ちてきて、潰されるだけでも死ぬのに、杭まであつらえて……よっぽど、侵入者を殺したかったみたいだね」

「そんな暢気に調査していて大丈夫なのか? 今にも貴様たちの頭上に落ちてきそうに見えるが」

 アレウスとクラリエが頭上の罠を眺めている中、ガラハがアベリアとヴェインの総意とも取れる発言をする。

「あたしの目から見ても、この罠は解除されているよ。この石材の上でしっかりと固定されているから、変に力を加えたり周辺に振動を与えるようなことをしない限りはもう落ちてこない。あたしが分かるんだから、アレウス君も分かっているはず」

「多分、僕たちよりも前にギルドにマッピングを依頼された冒険者によるものだ。解除したのが罠に気付いてからだったのかそれとも前だったのかは…………この感じだと、ちゃんと気付いてから解除したんだろう」

「……そうだね。あたしもそう思う」

 むしろ教えない。そういう選択肢を取った。「罠が作動後に解除された」と真相を語れば、アベリアやガラハはともかくとしてヴェインが二の足を踏むようになってしまう。これにはクラリエもすぐに迎合した。


「なら、これ以外の場所の罠もギルドの地図に書かれている範囲なら解除されている?」

「どうだろうな。今回はたまたま反応したんだろうけど、これだけ古いなら先達者には反応しなかった罠もあるかもしれない。仕掛けがどれだけの期間を考慮して用意されたものなのかが分からない以上は、扉を開けるたびに調べるのが一番安全なのと、足元は常に注意して左右の壁にはあまり触れない方がいい」

 壁の材質が一部異なっていたり、足元の造りが他と異なる際、それらは罠のスイッチの役割を持っている。踏んだり触れてしまえば、まだ解除できていない罠が動き出しかねない。

「罠を用意していて、しかもやや原始的な方法だから……この建築物は、昔、どういった役割を持っていたんだろうな」

 侵入者をそうまでして寄せ付けないようにする理由は、財宝が眠っているためか、それとも決して触れてはならない大いなる者の遺骸が眠っているか。しかし、もしそうなら建築物の構造は以前に調べた墳墓のようになってもおかしくない。

「あっちは自然を利用していて、こっちは人工的に作った? もっと、なにか確定的な情報がないと……」


「罠が動かないのであれば、早々(はやばや)とこの先が行き止まりかどうか確かめて、さっきの広間まで戻るべきだ。ギルドの地図通りだとしても、そこは袋小路。魔物が押し寄せればオレたちは非常に不利な戦いを強いられる」

「そうだな。検証や調査は、可能な限りの安全地帯で行うのが一番だ」

 ガラハに肯き、アレウスは隊列の一番前に戻り、アベリアが光球を通路の奥へと送ってからパーティで進み始める。通路は言うほど狭くはなく、人が複数人で横一列に並んでも悠々と進める程度には広い。そのため、壁よりも床に注意を向ける。壁を腕や手で擦ることは少ないが、相応の広さに相応の罠を仕掛けているのなら、床は“踏まれていない箇所”があってもおかしくない。それを誤って踏んでしまったなら、未知の罠が動き出してしまう。

「どう、アレウス?」

 いつも以上に姿勢を低くして進むアレウスの背中に心配そうにアベリアが声をかける。

「埃が多く積もっているところと、そうじゃないところがある。積もっていないのは先達者が歩いた跡だ。そこは踏んでも大丈夫」

 言いつつも立ち止まり、しゃがみ込んで鞄からハケを取り出し、床の砂と埃を丁寧に払う。

「この床はスイッチになっている。他の箇所よりも埃が浮いていたのは、感圧式で沈む込ませて作動させるためだ」

 更に鞄から白墨(はくぼく)を取り出し、感圧式の床を囲うように印を付ける。ここまでやって、ようやく罠の形を全員の目に分かりやすく伝えられる。

「クラリエ、後ろから魔物は?」

「そっちは気にしないで。感知できる範囲に魔物はいない」

「だったら慎重に……とは言いたいけど、こんな風に調べて進んでいたら、この通路だけで日が暮れる。僕が白墨で囲ったところは踏まないようにして進んでほしい。あとは少しでも違和感があったら、僕が見落としたものかもしれないから、好奇心が湧いたとしても絶対に踏んじゃいけないし、壁だって触らないでくれ」

 ハケをしまい、目と直感でアレウスは床と壁に白墨で印を付けながら早足で進む。

「どこでそんな知識を身に付けた? 罠を作る職人でもしていたか?」

「野生動物を狩る時には弓だけじゃなくて罠を使うから、強ち間違いじゃないな。どこに仕掛ければ引っ掛けられるかのイメージが付きやすいのと、あとは……人の醜い心理について考えれば、目が自然と罠がありそうな方向に行く」

 それ以上に手先が器用であることと、罠についての勉強が物を言う。


 そのどちらも身に付けたのは最近ではなく、異界であるのだが。

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