確認
建築物付近の調査を行い、スティンガーによる偵察も含めて、安全と思われる場所に拠点を設営する。テントは男女で分けて二つ建て、焚き火は全員が囲えるように一つ。ガラハが斧で倒木を切り分け、それを椅子の代用品とした。
近くには湧き水もあった。それ以外には川も池も見当たらない上に、果実を探すのはこの時期から考えると絶望的だったため、僅かであっても水源に巡り会えたことで安心感が得られた。ここから飲み水にするには濾過作業が必要となるが、その道具は街を出る前に用意している。
「アレウス君が血を撒けば、一日は魔物は寄り付かないんだったっけ?」
「小型の魔物に限られてくるけど、撒かないよりはマシだ」
鞄から小瓶を取り出し、テントを中心にやや広めの円を描くように血液を撒く。
「スライムは魔力に寄ってくるけど、この辺りには出てこないみたいだし」
「まだ発見できていないだけで隠れている可能性もある。だが、心配したところで対策を打てるわけでもない」
魔力ばかりは隠しようがない。そして、ガラハの言うように心配していては拠点の設営もままならない。
「食料はどうするの?」
アベリアが荷物を整理しながら訊ねる。
「昼食と夕食分以外はここに置いておく。僕の血に怯えない野生動物に荒らされないように獣除けもしておこう」
獣除けの中でも鳴子は使いやすい。血を撒いた時のように円周上に仕掛ければ、人工物の音に慣れていない野生動物は引っかかれば逃げていく。そのために糸と倒木の木片を使ってしまうのは勿体ないのだが、貯め込んでいても使わなければ役に立たない。
「鳥は?」
しばらくして、鳴子を一番最初に仕掛け終えたクラリエが空を見上げて言う。
「食料をテントの中に入れておけばいいだろ。ただ、もしもの場合を踏まえて一つのテントに纏めるんじゃなくて、二つに分けておこう。片方が荒らされてもどうにかなる」
「両方荒らされたら終わりじゃない? 最低限の保存食は埋めておくのもありだと思うな」
「それも掘り返されたらどうする? 食料が奪われれば活動の幅が狭まるのは当たり前だけど、そこだけに神経質になったところで、対策に終わりがない。初日でどうなるかを見てから、徐々に対策を練ろう。それに、荒らされたなら荒らされたで、近くに野生動物がいるってことだ。それはそれでありがたい」
鳥獣の被害を最小限に留める方法は、誰か一人がこの場に残ることだ。だが、冒険者が暢気に休暇を使ってキャンプに来たわけではない。主目的はあくまでダンジョン探索であって、いかにテントでの生活を快適に過ごすかではない。
アレウスはアベリアと荷物の整理や食料の分割を行い、ガラハとヴェインも鳴子を仕掛け終えて戻ってきた。
「鳴子、血、テント、焚き火、食料、湧き水のところには桶を置いて、貯水中……拠点はこれで問題ないな」
一つ一つを指で数えながらアレウスは言い、全員がそれらを聞きながら、漏れがないことを確認しあう。
帰るべき場所を整えるのは大切だ。どのような敗走をしようとも、帰還を果たせば場を整えられる。特にダンジョンでは逃走は最終手段ではなく序盤で考えるべき方法となる。誰かが死んでしまっても拠点に戻り、そこから街へと繋がる導線を確保さえしていれば、ダンジョン探索という部分では失敗となってしまうが時間はかかってもアレウス以外は生き様の立て直しは行える。
「行こう」
焚き火から松明のために火を取ってから、鎮火を行う。そして、小さな号令を発し、アレウスは仲間とともにダンジョンの入り口に進む。
「“灯れ”」
アベリアの杖から魔力の光球が生み出され、内部へと送り込まれる。光球への反応がないため、すぐ近くに魔力に反応する魔物は潜んでいないようだ。
「外から見た限りだと外の光を取り込むための窓があったから、奥の奥まで行かなければさほど暗くもならないはずだ」
建築物の外周には朽ちたためかガラスははまってはいないものの、窓の役割を果たしていたのであろう穴がいくつも確認できた。つまり、建築物の内部でも外に近い側は光に困ることはないはずだ。外に近い時は光球の明度を暗めにしてもらうことで、魔力の節約を行ってもらう。奥に行けば自然と光を強めることになるが、墳墓と違って松明が使える。あの場所では空気の流れがなかったために松明が消えてしまったが、これほど外周に穴があるのなら空気が奥まで伝わらないこともないはずだ。
「隊列は?」
「進行中は僕とガラハが一番前、中央にヴェイン、後ろにアベリアとクラリエ。僕も下がりたいところだけど感知はクラリエよりも弱いから、バックアタックを防ぐためにも僕が前でクラリエが後ろ。ヴェインは魔物と接敵した際に前方と後方のどちらにでも入れる中央だ」
「魔法職は最後尾より中央が良くないかなぁ?」
クラリエが意見を飛ばしてくる。
「今のは隊列の話。歩いて進んでいる間の立ち位置。さっきも言ったようにハイドアタックが起こったとき、陣形を忠実に守っている暇なんて絶対にない。だから、ヴェインに応用の利きやすい中央にいてもらう。通常の接敵――感知できて、こちらが先に発見したことで時間的な猶予がある場合には今から話す陣形を取ってもらう。まず僕が後退、ヴェインが前進。そしてアベリアが前進。隊列みたいに説明するならガラハとヴェインが前方、僕とアベリアが中央、クラリエが最後尾」
「どうしてアレウスが下がる?」
ガラハは納得がいかないらしい。
「急襲を受けたら防御面でヴェインより劣る僕が応用を利かせなきゃならない中央にいたら、クラリエとアベリアを守れない。でも、いわゆる冒険者的な通常戦闘ではガラハとヴェインが可能な限り攻撃を防いでもらって、僕が中央で応用を利かせる余裕ができる。クラリエは魔物に早々と認識されたら本来の奇襲戦法が行えないから一番後ろが望ましいし、あとは後方から魔物が寄って来ていないかを戦闘に入った時点で伝えてもらいたい。アベリアは詠唱もそうだけど、魔物に近付かれたら一番危険だから、陣形では中央に寄ってもらう。勿論、これの通りに強要はしない。みんなの判断は僕が話した動きよりもスムーズに魔物を片付けることだってできるはずだ。ガラハはスティンガーにも偵察してもらう分、発見も僕やクラリエの感知範囲よりも優れているだろうし、魔物が弱ければそもそも陣形を考える必要すらないだろう。でも、接敵した魔物の強さを識別できずに迷った時――最初にまずどうしようと思った時には、この陣形を意識してもらいたい」
他に質問は? とアレウスは表情で送ってみせたが、今のところはないようだ。
「入ったらアベリアの歩調に合わせて進む。マッピングが今回の依頼で魔物の掃討は依頼じゃない。できればこちらに向かってこない魔物は放置したい。統率力、集団性みたいなものが見られる魔物は退路を意識しつつ処理していく」
マッピングを行うのはアベリアだ。最前列よりもマッピングに意識を奪われて魔物を発見できない可能性を消すためだが、最後尾にしたことで一人だけ歩調が合わずに隊列から外れてしまいかねない。クラリエも最後尾にしたのはそれを防ぐためでもあるが、アレウスたちがアベリアのマッピングさえ気遣えば、気配消しと感知の技能両方を使わなければならないクラリエの負担も軽減されることに結果的に繋がる。
門のように大きな入り口をアレウスたちは潜る。扉が元々なかったのか、それとも朽ちてなくなってしまったのかは分からないが閉じ込められるような機能はない。逃げ道を塞がれる心配はそこまでする必要はなさそうだ。
「迷宮……とまではいかないけど、これはちょっと手こずりそうだ」
ヴェインが手近な壁に触れ、それから周囲を眺めながら素直な感想を口にする。
二列で進んでも十分なほどに広い通路がしばらく続いたが、そこから広い空間に出る。広間、広場、色々と呼び名はありそうだが、この形状は異界を彷彿とさせる。
「魔物がいるならこの場所からだ」
ガラハが臭いを嗅ぐように鼻を動かし、続いてスティンガーがアベリアの生み出した光球を追うようにして飛んでいく。
「さて、どこから調べる? と言っても、どうせ全てを調べなければ依頼を達成することはできないようだがな」
広間からは二つの扉が前方に、そして左右に扉が一つずつの計四つの扉が道を閉ざしていた。




