半月後
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「どうだった?」
「どうもこうも、あれでは役に立たないな」
「期待の新人なのよ? ああ見えて異界への考察や人の動きを観察するのが得意。テストでは非常事態が起きたけど、まだ冒険者ですらない身において極めて高度な対応を取ったことで評価されている」
「情が移っては担当者なんてやっていられないだろ?」
「情を移さなきゃ冒険者は信じてはくれないから。それに、誰よりも上を目指したいという気持ちと、異界関連の依頼に関わりたいという強い執念がある」
「だが、扱い方を誤ったな。技能のどれもが中途半端と聞いた」
「ルーファスさんに剣術は学んでいて、異界騒ぎではエルフの鍛錬も受けている。あとはそれだけじゃなくて、過去に誰かしらから短剣術を教わって、それが我流になっている。技にまで昇華しきれてはいないみたいだけど」
「僕の見立て通りの中途半端さじゃないか。君がすべきだったことは技能のアドバイスではなく、技能を磨き合える同格の相手だった。目標への向上心が高かろうと己の中にある炎が燃えない限りは、技能の壁は越えられない」
「生存本能だけは人一倍高いはずだから」
「それだけで低度技能を中度、そして高度まで上げられるか? 冒険者がぶつかる最初の壁は技能の高度化のはずだ。なのに、君が見ている冒険者は技を持ち合わせていない時点で、スタートラインにすら立てていない」
「特殊技能、もしくはアンネームドななにか……特殊技能があるように思えるんだけど」
「それらがアーティファクトがもたらしている恩恵だったら、アーティファクトも高めなければ特殊技能のレベルも上がらないな」
「成長を急いでも得することはないはずよ」
「技能の成長は速ければ速いほどにいい。冒険者として技能を高めるだけ高めれば、それだけ最盛期は長くなる。活動期間が延長できるからな」
「……私のアドバイスは、堅すぎる?」
「そう思うなら、それをそのまま本人にぶつけてやれ。そう思っていないのが、語感で丸分かりだ。僕がそれなりに彼を貶したから、君は怒っている。そうだろう? リスティ」
「間違っていると言えば嘘になるわ。冒険者を引退したのが、まさか私怨のためだなんて思わなかったけど」
「こっちだって君が冒険者を引退したのは、復讐のためだと思っていたんだけどね。どうにも、僕たちは反りが合わないらしい」
「合わなくて良かった。私怨の協力者になるなんて、死んでも御免だから」
「…………時間のようだ。そろそろ行くとするよ」
「もう二度と会いたくない」
「そう邪険にしないでほしいな。そりゃ一度だってパーティを組んだことはないけど、君は天才だった。でも、僕は君を越えたいと願い、切磋琢磨し続けた」
「昔の話よ」
「ああ、昔の話だな。それと、言い忘れていた。『悪魔憑き』の死体を調べたけれど、どうも僕には自然発生型とは思えなかったよ。こっちについては、今後も調べていくから君の方から彼に首を突っ込まないように伝えてくれるとありがたい」
「それは『掃除屋』? それとも『魔剣』? ひょっとして、『異端』?」
「君が受け取った通りで構わない。それじゃ、次に会う時は、殺したい相手の首を引っ提げて、未来の話をしにくるよ」
エルヴァージュがリスティの前から去っていく。
「昔の男? リスティも隅に置けないわね」
「いいえ、違いますよ。今も昔も私に男がいたことなんてありません。ただ……彼は、私が冒険者だった頃の、同期だっただけです。変な噂は流さないでくださいね、シエラ先輩?」
「ヘイロンに、『黒鷹』に顔見知りがいるなんて知れたら大変だものね。オッケー、黙っておくわ」
―半月後―
温暖期は終わりを告げ、本格的に寒冷期に入った。朝に水仕事をすれば指先は冷え、外に出れば冷たい風が肌を滑る。吐息は体温との差を表すように白さをかもし、衣服を着込まなければ出掛ける気すら起きそうにない。ベッドのシーツの上には猟師から貰った毛皮などで防寒対策をしているが、それでも寒くて眠りに落ちるのに時間がかかる。更に装備を耐寒仕様に変えなければならないのだから手間もかかる。
最大の問題は、温暖期に慣れてしまったあとの寒冷期の装備の重さである。重量でいえばさほどの差はないのだが、どうにも重さを感じずにはいられない。かといって、体を冷やしてしまえば運動能力も低下する。
これはアレウスの初歩的なミスだった。寒冷期を間近に控えていたにも関わらず、重量の慣らしを行わなかった。徐々に耐寒装備に変えていくところを、強く冷え込み始めた時に一気に装備の仕様を変更してしまった。その結果、重量によって温暖期にできていた動きがどれもこれもほんの僅かだが遅くなっている。
「我慢強い奴が冒険者に向いているわけじゃないんだな……」
寒さを我慢して我慢して、そのあとに手に入れる温もりはたまらないものがあるが、気候の変化に合わせて最適な装備へと徐々に合わせていくことの方が大切であるらしい。
「報奨金が出てなかったら、寒さ対策はもっと酷かったんじゃ」
消耗していた装備の新調や整備も行い、日常生活で必要な道具も新しく買い揃えもした。だが、寒さ対策への出費がそれらを上回る。衣食住の『食』を除いた二つに使ったと考えれば、今後も継続して使えるのだから有効なお金の使い方だったとも思える。
だが、それでも残った報奨金の使い先は生活費と貯金となった。できれば遊ぶ金が欲しかったというのがアレウスの本音だが、遊ぶ金をつまりいかがわしいことに使うお金と思い込んでいるアベリアには使い道について説明しようとも決して首を縦に振ってはくれなかった。「趣味に使いたい」と言おうとも、趣味と呼べる趣味がないことを見破られてしまった以上、その手でお金を自身の手元に置くことも難しくなってしまった。
「真面目に受け答えしすぎなんだよ。ちょっとぐらい嘘をついたってアベリアちゃんは許してくれると思うけどねぇ」
目的に向かう道中でクラリエが同情するかのようにアレウスに語りかける。
「なんでもかんでも正直に話したら肩身が狭くなるというか、相手が勝手にこっちの本質を分かられた気になるから、適度な嘘は大事だよ。優しい嘘って言葉があるでしょう?」
「嘘をつく奴の方便だよな。優しい嘘って」
「嘘が嘘であることに変わりはないけど、たとえ嘘だろうなって思っても相手の思いを汲み取って、仕方なくそれに乗ることもあるんだよ? 結局、相手がどう受け取るかで価値は決まるよ。要するに、嘘をつく側には価値を決める権利はないってこと。常に、相手の嘘をどう調理するかの権利はつかれた側にある」
「新しい言い訳にしか聞こえない」
クラリエはなんとも言えない笑顔を見せつつ、後方を歩くアベリアに歩調を合わせるようにしてアレウスの横から離れていく。
「休暇の間に進展は?」
「ない」
ヴェインがボソボソと訊ねてきたので、即答する。
「ま、アベリアさんがアレウスとの今の距離に満足していたら、進展もなにもないか。相変わらず、兄妹のような関係には思えないけど」
「そうなれるように努力する。努力はするが、まぁ……なんと言うか、世の中なにが起こるかも分からないから、あんまり強く言えることでもないが」
「前向きに検討しますと言われるよりは真実味のある言葉だよ」
「……訊きたかったのはそれだけか?」
「まぁ、色々と茶化したいことはあるんだけど、これからはそういった話はアレウスがお酒を飲めるようになってからにしよう」
どうやらヴェインは休暇前にアレウスが感じていた『下品な話題』を出すつもりはないようだ。里帰りした際にエイミーになにか窘められたか、アレウスの気持ちをようやく汲んでくれたかのどちらかだろう。恐らくは前者だろうが、とにかくヴェインのしつこい絡み方からは解放されたようだった。さほど問題に思っていたわけでもないが、アレウスが言わずとも自然とヴェインから態度を改めてもらえたことはほのかではあるが嬉しいことだった。
「にしても、休暇明けにダンジョン探索か。それも結構、重労働だろ?」
「異界に飛び込むよりはよっぽどマシだろう?」
重労働と言われたので、冗談混じりにそう返す。
「それはそうなんだけど、予定が繰り上がっていないかい?」
「ダンジョン探索の前にクルタニカの一件で手伝いを頼まれていたんだけど、まだその時じゃないらしくて、それなら先にダンジョン探索を終わらせてしまうことになった」
これを決めたのはアレウスではなくリスティだ。彼女も『審判女神の眷族』がアレウスに出した課題については把握していた。ギルド長からか、それとも眷族から直々に伝えられたかは不明だが、休暇を伸ばすよりは面倒事を片付けた方が先々において良い方向に物事が傾くと考えてのことだろう。できることならばダンジョンに行く前に弱い魔物の討伐依頼をこなすぐらいはしておきたかったが、肩慣らしはダンジョンで済ませろという意思表示と受け取った。
「マッピングは僕とアベリアが出来るから、あとは魔物がどれくらい潜んでいるかだな」
「到着してからテントを張って拠点を作り、周辺を調査して出没する魔物の種類を判断して、それから探索だから……見積もっても一週間以上かかりそうだ。食料は足りるのかい?」
「三日分は用意してある。それ以降は現地調達になる。保存食で鞄を埋め尽くしたところで、探索では役に立たないからな」
「投げれば魔物の注意は引けるかもしれないよ。そんな風に使うくらいなら、もっと有用な道具を持ち運んでいた方がいいのは確かだけど」
寒冷期における食料の現地調達は厳しいのだが、一週間以上は滞在することが確定している中で保存食を大量に持ち歩いても、得られるのは安心感だけだ。温暖期でも寒冷期でも食料危機に陥らずに活動を続けられる訓練はこなしておかなければならない。
「さっき馬車を降りたところに四日後、来てもらうことになっている」
「ああ、そういえば話し込んでいたね」
「馭者に頼んだのは馬車の手配じゃなくて、食料補給だ。駄目そうなら、そこで買うことになる」
「お金は?」
「僕が払うよ。あとでみんなから徴収だ。全員が全員、お金を持ち歩くのもそれはそれで危ないし」
盗賊の類に遭遇したならお金を投げ渡して逃走することも見越しているので、お金は幾つもの袋に分けて入れてはあるものの、支払いは一人が簡潔に済ました方が円滑に物事は進みやすい。
「スティンガーからなにか報告はあったか?」
前を歩くガラハに声をかける。偵察ならばクラリエが適任なのだが、ダンジョンではその技能に頼る場面も多くなる。せめて移動中ぐらいは気を休めていてもらいたいための措置だ。
「アレウスの血を撒けば逃げ出すような小さな魔物がちらほらと見える。今のところは、備えなければならないような中型の魔物も見えてはいないが」
「その手の魔物はどいつもこいつもダンジョン内かもな」
「その通りだ。賢しい魔物や力で支配する魔物は、わざわざ外に出て魔力をあさらない」
魔物にもある弱肉強食のルールはどのような場所においても変わらない。絶対的強者として君臨し、辺り一帯の魔物を追い払ってしまうような魔物も存在するが、それらは捨てられた異界で、いずれ閉じるとも知らずに異界獣の代わりに主となっている場合がほとんどだ。わざわざ外に出るよりも、捨てられてはいても魔力がまだ満ちている異界で過ごしていた方が、閉じて死ぬまでは飢餓に困らない。刹那的な生き方だが、長期的に生きるかどうかなど、それこそ魔物に限らず全ての生物が言われずとも自分自身の意思で決めることだ。
「目的のダンジョンは、あの見えている建物で問題ないな?」
「ああ。その塔の近辺までなにも起こらずに辿り着けれるのが一番だ」
「ならば、このままスティンガーに偵察を続けさせる」
「頼む」
見えているのは、全五階層の建築物。塔と呼ぶには高さは足りないが、平面における階層一つの広さはリスティから聞いた限りではシンギングリンの約半分程度とされている。確定ではないのは、マッピングが完全には終わっていないためだ。魔物が外に出て悪さをする気配もなければ、この建築物の近くには街も村もない。だから優先順位としては低い。そのため、全五階層となってはいるが、ひょっとするともっとあるかもしれない。地上階だけと思いきや、地下にまで及んでいるかもしれない。曖昧な状態で潜ることになる。
「『楽しむ前に生きる努力を』」
「急にどうしたんだい?」
「どこかで生きていると思っている恩人からの受け売りだ。それも、その恩人の日記に書いてあったことだけど」
「響きは良い。ただ、あんまり人前では使わない方がいい。俺はアレウスのことを知っているけど、」
「知らない奴は気分を害するかもしれないから、だろ?」
「分かっているなら、俺が忠告する必要もなかったか。それじゃ、君の恩人が書いてくれた言葉通り、気を引き締めていこう」




