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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第1章 -冒険者たち-】
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絶対的な安全はない

【鬼】

魔物の種族。ゴブリン、コボルト、オーク、オーガと続く。精霊の加護を受けているために四足歩行の魔物よりも知能的だが、代わりに獣のような足の速さを失っている。どの魔物も群れで行動するが、オークとオーガは従属性を残しているコボルトを従えやすい。ゴブリンは従いにくいが反感を買って死にたくはないので、群れ単位で自分たちのテリトリーを明け渡す。そのため、コボルトよりもゴブリンの方が人目には付きやすい。ただし、あまりにも棲息できる場所が限られている場合はゴブリンも仕方無くオークやオーガに媚びを売るようである。

アレウスは小鬼、狗鬼、豚鬼、大鬼と呼ぶが、この世界では分かり辛いらしい。


『一匹だけと侮るな。気を抜いて近付けば、仲間たちがワラワラと集まってくる。奴らはいつだって、獲物をハメることだけを考えているのさ』

 コボルトはゴブリンよりも鼻が利く。それを二つ目のグループで知った。狗の頭を持っているのだから、その程度の想像も付けられなかったのは人数が増えたことによる気の緩みかなにかだろうか。とにかく、広場に出てコボルトを陰から釣って、通路へと呼び込もうとしたのだが、臭いで先に気付かれてしまった。

 先制攻撃は出来ず、通路への撤退に合わせて放たれた火球がコボルトの足を止めてくれたおかげで、アレウスと射手の女は追撃を免れた。そこから通路内で隊列を整え、四匹を同時に相手取ることになってしまったが数の暴力によって半ば強引に全てを絶命させた。


「戦士と射手が思ったよりも傷を負っている。神官は回復を」

 そう告げて、アレウスがポーションを飲もうとしたところでアベリアの回復魔法が掛かる。ポーションよりも圧倒的な速さで傷が縫合して行く様を見てから、彼女に睨みを飛ばす。

「これぐらいなら回復魔法は必要無いから」

「だって、ポーションだと時間が掛かるし」

 続けていても話は平行線になると思ったので、溜め息混じりに「ありがとう」と返事をする。


 コボルトが嗅覚に優れているのだとしても、見つかったのは恐らくアレウスのせいだろう。アーティファクトとして収納している『オーガの右腕』のデメリットである。魔物――それも自身より上位の臭いを嗅ぎ付け、あのコボルトたちは退散するのではなく従う姿勢を取ろうと近寄って来た。それが実は人種であったのだから、一定の驚きはあれどすぐさま攻撃へと移った。


「ああいう奴らを釣る時はもっと気を付けなきゃならないか……」

 二界層の時のように通路で区切られていなければ、ゴブリンと似たような対処で済んでいた。これは一界層の狭い場所で戦うが故の弊害だ。

 それは措いておく。考えたところで、アーティファクトは取り除けない。そんなことよりも、何故、一界層はゴブリンではなくコボルトなのか。強さの基準で言えばどちらも似たようなものとアレウスは聞き及んでいる。別にゴブリンとコボルトが特別、相性の悪い魔物というわけでもない。共存していたとしてもおかしくはないのだ。

「考え過ぎか」

 ゴブリンにはゴブリンの、コボルトにはコボルトのテリトリーがあって、それが重なっていないだけ。この一界層はコボルトが出やすいだけ。そう思えば、不可思議に思っていたことも、ただの妄想に過ぎないのだと自分に言い聞かせることが出来る。


「そう言えば、捨てられた異界に、最終感知ポイントって、ある?」

 しばし同じ造りの通路と広場を行き来してコボルト退治を続けていた時、思い出したようにアベリアが呟く。

「最終、感知ポイント?」

「忘れたの?」

「い……や、忘れてない」


 忘れていないからこそ、動悸が激しくなる。なにかを完全に見落としている。或いは見ようともしていなかった。疑惑が膨らみ、不安となってアレウスを包み込み、さながら底無しの沼にでも引きずり込まれて行くような、重たい物が心を満たして足が止まる。


 そんなアレウスとは逆に、大きな足音を立てながら確かに近付く黒い影が全員の視界に入る。木々を掻き分け、通路から広場へと出たことで、その巨躯が露わになる。


「嘘……オー、ガ、」

 射手の女の声を聞き取り、ゴブリンでもコボルトでもない人種を越えた体長を持った化け物は手に握り締めていたなにかを投げ付けて来た。真横を掠め、地面を転がるそれの正体は、ゴブリンの頭である。

 広場の中央を陣取り、石で作られた斧を――それも自身の巨躯に合わせて作られた斧で地面を叩く。礫が体を打って、ようやくアレウスは状況を呑み込み、唇を噛んで不安を押し殺す。


「逃げろ!!」

 叫んで、退避を促す。


「逃げるって、今まで来た道を?」

「それ以外になにがあるんだ!?」

「ここまでの道で外へ続く穴は見つけられなかった。だったら、オーガの先に穴はあるんじゃないの?」

「あれと戦う方が馬鹿なんだよ!!」

 大鬼――オーガは射手の女と言い争うアレウスを眺め、続いて力強く吠えた。別になにも不思議なことではない。アレウスとアベリアだけがその吠えた意味を知っている。


 アーティファクトの『オーガの右腕』を臭いで読み取ったのだ。同胞の右腕をロジック内に収めた人種を前にし、激昂した。たとえアレウスが同胞を殺していなくとも、あのオーガはもう殺したのだと決め付けている。


「僕が時間を稼ぐ」

「無茶を言うな。君だけじゃオーガは止められない」

「そんなことは分かっている! 殿(しんがり)を務めると言っているんだ!」

 事前に話したような、戦士二人と自身を含めた三人を前方に展開しての後退。それは丁度、この瞬間に愚案へと変わった。


 激昂したオーガがまず最初に潰すならアレウス以外に居ない。同胞を殺したと思い込んでいる張本人の仇討ち、そして復讐を果たそうとする。そう考えている内にオーガは迷うことなくアレウスへとにじり寄り、石斧を直下へと振り下ろす。


 受け止めてはならない。そして、喰らってもならない。避けることしか考えてはならない。この攻撃を受けたら最後、自身の体中の骨という骨は砕けて、ヒューマンとしての形を一瞬にして失う。残るのは自身の肉塊のみだ。不安と恐怖が先を行っているが、それでも体は動いた。動かなければ進まない。自分のやるべきことをやらなければ、被害が大きくなる。


 心に刻んでいる。この場において足を止めてはならないことも、蛮勇に溺れてオーガに挑みに掛かることも、どちらも愚考であり愚行だと。


「私も残る」

「下がれ、アベリア! 分かるだろ、一年前と同じだ! 行く方向を間違えるな!」

 喋ることに意識を持って行ってしまえば、足運びが覚束なくなる。当然、それをオーガは見逃さない。凄まじい勢いで振られる石斧を紙一重でかわすが、生じた風圧でバランスを崩す。

「クソ!」

 荷物を捨てる。まず捨てるのは保存食を詰め込んだ、いわば生命線とも言える鞄だ。命がただただ奪われそうな時に、あとの食事のことなど考えられない。だからすぐに保存食の鞄を捨てた。石斧が今し方、アレウスが居た場所を叩き潰す。鞄は歪んで潰れ、中身はどれもこれも潰れて辺りへと飛び散った。


 短弓と飾矢も鏑矢も、そして普通の矢も全て放棄する。弓の腕前は高くない。気を抜いている魔物を射抜くか、外で動物相手に狩りをする際に用いる程度で急所は射抜けない。これがゴブリンやコボルト相手であったなら使い回されてしまうために逆に窮地に立たされるが、オーガの体躯で、そしてこの馬鹿力であれば弦を引き絞ろうとしても短弓ではすぐに壊れて役立たずと化す。


 一発でも受ければ死ぬ。だとすれば身に着けている全てが要らない物のようにも思えて来る。しかしそれは、恐怖がアレウスに囁いているだけだ。感覚を狂わせに来ている。不必要と思っても、実は必要な物を捨てかねない。


「“火の玉よ、踊れ”」

 複数の火球がオーガの右腕に命中し、燃え上がるが、その魔法の炎を手を振っただけで消し去った。僅かに皮膚が焦げ付いただけだ。大したダメージにはなっていない。オーガは構わずにアレウスを執拗に狙い続ける。



 アベリアは少しでもオーガの意識がアレウスから外れればと考えて魔法を唱えた。しかし、それは実らなかった。歯痒さと苛立ちが彼女を包み込んでいる。だからと言って、自身がオーガの前に立てば、それこそ彼の邪魔になることも分かっている。現状、オーガの攻撃を凌ぎ続けているアレウスを前に、アベリアはなにも出来ない。


「これを使うしかないだろ」

 弱腰な男が呟いて、『栞』を取り出す。

「そうか、それを使えば或いは」

 もう一人の戦士の男が妙案だと言い出す。

「待って。忠告を受けたはずよ。それを使っても、身体がエルフの魔力に耐えられなかったら暴走する」

 射手の女は止めに入る。

「暴走して、あのオーガを始末出来るんならそれも手だろ? “奇跡の一手”ってヤツだよ。これでアリスの奴も、俺に貸しが出来る」

「……なにを言って、」

「よし、ロジックを開く」

 アベリアの言葉を断ち切って、神官が弱腰の男へと近付く。


 この人たちはなにを言っているんだろう。アベリアには全く理解できず、そして止めようとしても阻まれてしまった。


「使っちゃ駄目。言われた通り、逃げるの」

「使わなきゃこのまま死ぬだけだって」

 弱腰の男は呟く。


 発狂はしない。しかし、異界の狂気は確かに彼らを蝕んでいた。

 “奇跡の一手”などという、ありもしない物に、そして言葉に浮かれて現実から目を逸らさせてしまった。


「ちょっと来て」

 アベリアが射手の女の手を掴み、皆とは逆方向――アレウスとオーガから逃げるように走り出す。

「一体どうして、」

「このままだと全滅する。私は救える分の命しか、救い切れない……から」

 悔しそうに言い、そして強く握り締めて離さないアベリアの手に、射手の女は顔を徐々に俯かせて行く。

「奇跡の一手なんて無い。そう言いたいのね?」

 アベリアはコクリと肯く。射手の女は抵抗しなくなり、彼女と共にその場から逃げ出した。

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