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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第4章 -その手はなにを掴む?-】
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職業病

 ギルドを出る前にリスティと会い、話をする。報奨金の手続きをしているが、やはり浄化作業が完了するまでは出る方向に話を持っていけてはいないらしい。その代わり、浄化作業さえ終えれば半月ほどの休養がパーティに与えられるらしい。冒険者は、昨晩のような緊急事態が起こらない限りは基本的に自由に休みを取っていいことに踏まえ、休んでいる最中に無理をして依頼を受けようとすればギルド側から制止されることを告げられた。冒険者も一つの職業であるのなら、鉱夫と同じように労働に分類される。過度で過酷な労働を続けるのは体力だけでなく精神を摩耗することにも繋がる。

 なによりも「街を守っているのはアレウスのパーティだけでないことを忘れないように」と言われたことが胸に刺さった。他の冒険者を信用していないことがバレバレだったこともだが、自分自身が思った以上に自惚れていたことに気付かされてしまったためだ。働くべき時に働き、休むべき時に休む。その緊張と緩和こそが冒険者にはなによりも大事なことだと思っていたはずなのに、いつの間にか常々に“自分が”、“自分だけが”と背負ってしまっていた。

 アベリアに泣きつけたのは、逆に良かったのかもしれない。あそこで泣くことができなければ、アレウスはずっと心が悲鳴を上げていることから目を背け続け、自らの手で壊してしまっていただろう。泣くことができたのは、まだ人として大事な感性を保てているということであり、自分の弱さを親しい相手に見せることができることでもある。弱さは見せてこそ、強さの一つに加えられる。自身という人間性の理解を深めてもらえるのはパーティとして必要なことだ。それぞれがどんなことで泣き、どんなことで喜び、どんなことで怒り、どんなことで心が折れそうになるのか。それらが分かれば、更には得意不得意も見え、咄嗟の対応力を高めることができる。

「こんな考え方で、信じる信じない云々を語るのか……」

 自分で思考して、自身を罵る。やはりこの悪癖は簡単には治せそうにない。

 どんなことも全て、冒険の糧と考えてしまう。そこに信頼関係があるとは強く言えない。信用できるという点からヴェインやガラハ、クラリエを誘った。だが、もしリスティに「メンバーを増やせ」と言われていなかったなら、アレウスはアベリアとずっと二人切りのパーティであったに違いない。ならばリスティのことは信じているのかと問われれば、ギルドの担当者だから仕方なくその言葉に従っていると考えられる自分自身の言動が思い出すだけでも多々ある。

「怖いから、か」

 そして結論を出すことさえやめられそうにない。

 全幅の信頼を置いているのはアベリアだ。しかし、アベリア以外にアベリアと同等の信頼を向けられないのは、裏切られるのが怖いからだ。信じすぎて、捨てられるのを怖れているからだ。

 信じすぎなければ、裏切られたとき冷静でいられる。捨てられるときに、自暴自棄にならずに済む。そのように考えてしまうのは、なにもかも“裏切られること”と“捨てられること”を前提にしているからだ。

 良い意味ではなく、悪い意味で前提を置きすぎてしまう。


「なんか……息抜きしたいなぁ……」


 様々な考えごとから逃げ出したい。冒険者の仕事を休養できるのはありがたいのだが、腕がナマらないように研鑽は積み続けなければならない。現状、誇れるほどの技能を持っているわけではないが、状態を維持することは大切だ。しかし、アレウスの頭は、休養であるというのに状態の維持よりも向上に時間を割けないだろうかと考え始めている。

 どのような経験や感情も、冒険者としての糧になると考えるのは職業病としか思えない。脳がパンクしてしまう前に改善策を見つけ出す必要がある。


「言って、息抜きできることなんてほとんどないからな……この世界」


 娯楽の全てが大人に向けられている。子供はむしろ制限が多い。多感な時期の子供が様々な大人の娯楽に触れないようにしているのは当然のことだが、子供の遊びと言える遊びがない。アレウスもほぼ青年なのだが、世間的には成人しているわけではない。アベリアに至ってはまだまだ子供と思っていい。そんな子供に泣き付いたことは深く考えないとして、とにかく子供向けの娯楽がないのがこの世界の現状だ。別に玩具や遊具がなくとも子供は独自の遊びを作ってしまうが、アレウスぐらいの年齢ともなればそういった遊びは恥ずかしい上に興味が湧かない。

「息抜きって言えば、アベリアの方ができているんだよな」

 クルタニカと買い物をしたり、魔法に関する書物、そして英雄譚を買ってきたりと彼女は家の中でも外でも気分を発散する術を知っている。なにかとアレウスの許可を求めてきたりと困った一面はあるが、ストレスの発散の仕方については彼女の方が上手だ。だからといって、彼女と一緒に洋服を眺めに行くのはあまり気持ちが進まない。

 では、同性のガラハやヴェインはどうだろうか。

「ガラハは……毎日、スティンガーと一緒になんかしているだろうし、ヴェインは……なにかと僕をからかうしな」

 ストレスの発散方法なんて自分で探せ、とガラハは言うだろう。そして、ヴェインに相談すれば必ずアレウスをからかうために歓楽街を勧めてくる。からかったあとはそれなりに相談にも乗ってはくれるのだが、まずそのからかわれる過程がもう鬱陶しくなりつつある。彼のことを嫌ってはいないが、その一連の流れが嫌いなのだ。その話をすれば盛り上がると思われている。甚だしいほどに勘違いなのだが、変に注意して関係性が悪くなるのは避けたい。かと言って、我慢するのもそれはそれでストレスが溜まる。

 とはいえ、ヴェインはアレウスよりも雰囲気を読み取るのが得意であるし、心の機微もしっかりと汲み取ってくれる。アレウスが「嫌だ」と発している雰囲気も少しずつだが感じ取っているようなので、あと二度か三度くらいだろうと思っている。だからこそ我慢する方向に舵取りしているわけだが、見積もりを間違えていたならば多大なストレスを被ることになる。

「クラリエ……クラリエは、なぁ……」

 最後に残された人物の名を口にして、何度目かの溜め息をつく。


「あたしがなに?」


 思わず変な声が出そうになったが、そこは気合いで抑え込んだ。

「なんで?」

「なんで、って。暇だから街中を散歩していただけなんだけど」

「気配を消して散歩するな」

「気配消しって長時間続くとバレやすいんだよ。日頃から意識してこの技能は使っておくのがいいって担当者にも勧められたし」

「いや、ちょっと待て。気配消しって、長ければ長いほど気付かれやすいのか?」

 短時間の気配消しは見つかりやすいものだと思っていたが、その逆の理論をクラリエが語っているので驚いてしまう。

「うーん、消し方にもよるんだけど、極めて長期間の気配消しは理論上は難しいはずだよ。なんて言うかな……最初こそ雰囲気に溶け込めるけれど、徐々にその雰囲気にとって歪な存在は浮き彫りになりやすくなるみたいな」

「氷は溶ければ水と混ざるが?」

「気配消しは氷じゃなくて絵具かな。色に溶け込むけど、溶け込む前にどの色になるかはこっちが判断するけど、それって決して原色でない限りは同色にはならないから」

「……薄い黄色に溶け込もうとしても、その薄い黄色に似せることはできても同色には辿り着けないとかか?」

「そうそう。それで周りがあたしが真似た色じゃなく、本当の色で広がっていると段々と、あたしの真似た色だけが目立ってくるでしょ?」

 基本的にアレウスもクラリエほどではないが気配を消すことを意識している。それは常に、というよりも戦闘が起こるだろう場面を想定して早めに行っている。

「クラリエは僕から見たら景色に溶け込むくらい気配消しが上手いから、僕よりも更に早めに気配を消していてもバレにくいってことか? なら僕はクラリエと同じタイミングで気配を消すのは控えた方が良いってことか……」

「技能が高まれば、あたしと同じタイミングで良いだろうけど、アレウス君は前衛にも立つでしょ? あたしみたいにトリッキーに姿を消して相手の虚を突く動きより、戦っている合間合間に気配を消せるようになった方が良いよ。ルーファスさんが教えてくれた『盗歩』も、それにかなり近いんだから」

 間を盗む、隙を盗むというのは同時に気配を消して近付いているようなものとも考えられる。アレウスは相手が必ず発生させる隙に付け入るわけだが、気配消しの技能をそこに加えたなら『盗歩』は更に成功率を上げられる。今のところ、ここぞという場面で失敗したことはないが、それこそ戦ってきた相手が油断していただけに過ぎない。アレウスはいつも誰かに助けられている。だからこそ、異界獣のヴァルゴですらもアレウスに隙を見せた。

 だが、これから先もそうであるとは限らない。アレウスを常に注意して動くような魔物や人物が現れるのも時間の問題だろう。なにせ、魔物のランクは高くなればなるほど人間を小馬鹿にしたような態度は取らないからだ。そして、オークやギガースのような思考力に難があり、ただ力任せになにもかもを破壊するような魔物の場合も『盗歩』はほぼ通用しない。それが、気配消しと合わせれば通用するかもしれないとなれば、今後の目標にもなる。

「いや、だから今はそういうんじゃなくて」

 冒険者としての話をしたかったわけではない。このままでは、休養を貰っても休養にならない。ついさっき、そう思って息抜きを考えたはずなのだ。もっと一般的――いわゆる庶民的な考え方を持たなければ、休みを満喫することは夢のまた夢になってしまう。

 結局のところ、冒険者であり続ける限り、自分自身に休息は与えられることはないのだろうか。

「アレウス君って、異界の時も思ったんだけど物凄く独り言が多いよね」

「え、ああ。まぁ、自覚はしているけど矯正するつもりはないから」

「なんで?」

「僕の独り言で誰かが妙案を思い付くかもしれないから。それが打開策になる可能性だってある。だから、思い付いたことや考えたことはできる限り外に零すことにしてるんだ」

「知らない人がアレウス君の奇行を見たら、怪しい人と思うだろうけどねぇ」

「奇行って言うなよ」

 パーティメンバーに奇行だのなんだのと言われると、矯正しないと決めていた信念が揺らぎそうになる。

「でも、実際にアレウス君の独り言で助かる場面がこれからあるかもしれないし」

「僕は今までも助けていたつもりがあるんだけど」

「それは自惚れすぎ。アレウス君は本当に時々、あたしたちの気付かないところに視線を向けて言葉にすることはあるけど、それ以外はあたしたちだって考えるんだから」

「そりゃそうだけど……まぁ、ヒューマンより長生きなエルフやドワーフに言われたら説得力がありすぎてなんにも言えなくなる」

 アレウスよりも人生経験が豊富だとするならば、考え方や見方が異なっていたり成熟した観点からの発言は現実味があって、それだけで勝手ながらに納得することも多い。

「根を詰めすぎると良くないよ?」

「……なにを言っているんだ?」

「そうやって嘘をついたって分かるからね。なんだかんだで異界じゃ長い間、一緒だったんだし」

 クラリエといた時間よりもエウカリスと過ごした時間の方が長いのだが、しばらく寝食を共にしたのは確かだ。

「なんだったら、あたしが悩みを聞いてあげてもいいけど?」

 この場合、どのように返事をしたらいいかとアレウスは悩む。元々、人と話すのは得意ではない。そのため、会話の基本は相手からの発言から始まる。それでも受動的なアレウスは疑問形で返事をし、相手が言葉に込めている明確な意図を引き出すことが多い。

 能動的な話題の出し方に迷う。アベリアになら平気で、なにも考えずに口にする言葉も、クラリエを前にすると上手く紡ぐことができない。普段から空気の読めないことを言っているため、怒らせてしまいかねない。そして、謝り方が分からない。

 アベリアはアレウスの性格をよく理解しているため、喧嘩の原因において明らかに自身に非がある時には強く謝罪を求めてくる。その強さは気圧されるものがあるため、素直に謝れるのだが、逆に言えばアベリアほどの圧を出してくれなければアレウスは謝れない傾向にある。

「なにを話していいか分からない」

「いや、なにかあるでしょ」

「なんにも……」

「ほら、日常の些細なこととか」

「それを話して面白いと思うのか?」

「…………はぁ……アレウス君は、ちょっと教育が必要だなって思った」

 呆れながらにそんなことを言われてしまった。

「なので、ちょっとあたしの用事に付き合ってよ」


 どういった理由で、「なので」に繋がるのか分からないがアレウスはひとまず、肯いておくことにした。

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