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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第4章 -その手はなにを掴む?-】
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掃除屋

///


「クソ、クソクソクソクソ!!」

 少年は深い森の中を必死に走る。

「こんな惨めな気持ちは生まれて初めてだ!! こんな、こんな体に希薄な意思を残して、他は全て消え去るなんて!」

 少年の影から零れ出る黒い風が辺りの草木を吹き抜ける。その禍々しい風を浴びて、野生動物たちは怯え、少年から逃げ去っていく。


 悪魔は意思を込める肉体を複数用意した。その分、人間の意思を喰い荒らすには時間を要することにはなったが、念には念を入れた。悪魔を祓う術を持った者が人間の中にはいる。その存在を同胞が消え去るたびに強く感じ、対抗する措置を取らなければならないと思ったためだ。


 存在を消されるのであれば、存在を複数に分割して込めさせる。自身の肉体を真似た分身ごと、人間の意識もまた混ぜこぜにした。悪魔の囁きに応じたのは二人。一人は肉体的に成熟に近いものの、期間を設ければ魔人にすら至れると思った。もう一人は、まだまだ未成熟。意識を早々に奪うこともでき、その意思を利用してもう一人の意識を翻弄し、戦いの中で混合させて人間の手で抹消させた。


 ここまでは良かった。意識を落とし込んでいた肉体を殺されるまでは――。


 さすがの悪魔も想定外だった。自らの力を過信していたこともそうだが、なによりも人間は子供を相手にすれば怯むのが道理だ。これまでも何度か二人が大人でないことを理由に、肉体を盾にして村々を襲った。そのたびに残存していた意識や、自身が奪い取った意識が喧嘩をし、それを宥めるために理由を付けてきた。現在、悪魔が意識を落とし込んでいるこの“カールという少年の意識”もそうだ。最後の最後まで、嘘に嘘を被せた悪魔の囁きに応じることがなかった。

 だから、そこに付け入った。そこに嘘を吹き込んだ。“力を貸す”と。夢の実現のために、意識を奪うことはしない、と。


 そう囁いた直後にカールは全てを受け入れた。だから、その意識を押し潰すことができた。人間は拒否し続けてきた存在が、唐突に見せる優しさという名の嘘や代替案に弱い。受け入れる姿勢を向けた瞬間が、一番、御しやすい。


 そこを起点に、もう一人の意識も少しずつ奪った。


 今夜は赤い月。肉体の制御もそうだが、自身以外の人間の意識の全てを消すには丁度良かった。


 なのに、悪魔に残った肉体は一つのみ。分身も消し去られ、人間の意識だけでなく悪魔の意識の大半も消し飛んだ。辛うじて繋がっていたこの肉体がなければ、自身が悪魔であることすら忘れていただろう。


「あの街を襲ったのが間違いだった。人を殺せる人間モドキめ……!!」


 カールではない少年の肉体の生命活動を止めたのは、あの肉体と年月がさほど経っていないだろう冒険者だった。年月が近いのであれば、同情の余地を見せると思った。迷いが生じて、手が止まるだろうとも思った。

 なのに、手は止まらなかった。胸に刃は刺さり、それどころか喉元にも刃が飛んできた。


「死を……死を、あれほど…………この、俺が……!」


 祓魔によって感じ取った死の感覚は悪魔に恐怖心を刻み付けている。あんな思いはもうしたくない。人間を殺すことよりも死にたくないという気持ちが上回っている。とにかく今は、安寧を求める。情念の起伏さえ整えられさえすれば、再び人間を殺せるようになる。そう思いながら悪魔は、走り続ける。


『そんなに急いで、一体どうした?』

 悪魔が用いる独特の魔力の流れに、言葉が乗せられてきた。

「情けない話だ。人間に一泡吹かされた」

『無様だな』

「なんとでも言え。こうして存在が残っている以上は、いつか必ず復讐を果たす」

『そんなことができるとでも?』

「できる。人間は真っ当には生きていない。心の隙は必ずある」

『確かにその通りだ』

「だろう?」

『だが、貴様の存在は不愉快だ』

 言葉を発して怒りを表現しようとした。だが、その言葉は決して声にはならなかった。


 悪魔を宿すカールの肉体ごと、凄まじい風圧によって吹き飛ばされ、木の幹に体を打ちつける。


「なにを、する……!?」


「言霊を唱えることもできないクセに、異常震域は発したままとはご立派なことだな」

 木の後ろから何者かが現れ、耳元で告げられる。相手をおもんばかって発せられる囁き声とは程遠い、嫌悪の言葉が悪魔の思念の中を駆け巡る。

「何者だ?」

『貴様に答えてなんになる? 答えたならこの場で消えてくれるのか?』

 異常震域に交えて放出した黒い風圧を打ち消すように発せられる風圧はただただ悪魔のそれよりも強く、再度、その体を吹き飛ばす。

「こいつは同類か?」

『残念ながら同類だ。こんなにも弱々しい同胞で、しかも同類とは……恥ずかしい限りだ』


 声は一つではなかった。悪魔が用いる魔力を通す声と、現実に空気を振動させて語られる声がある。悪魔を吹き飛ばしたのはどちらなのかは分からないが、ここには確かに二つの存在がある。


「同類……同胞? まさか、悪魔か?」

『そうだとしたら?』

「俺も悪魔だ。そうか……俺の存在の大半が消えたから、気付けなかったんだな。だったら、攻撃されても文句は言えないな」

 悪魔は風圧で倒れてしまった少年の肉体を起こす。

「話を聞いてほしい。俺は、」


「悪魔の話は長くて有名だ。聞く耳は持たない」


 気付けば、喉元に刃が突き付けられている。

「人間……だ、と?」

 目の前で刃を向けているのは人間だ。しかし、悪魔の風圧を風圧で打ち消しているのは人間ではなく、自身とは別の悪魔だ。

「まさか、悪魔憑き……それとも魔人なのか?」

『そうだとしたら?』

 再び、投げかけられる。

「数々の無礼は詫びる。見逃して……いや、助けてくれ。俺はさっき街を襲ったんだが、そこにいた人間に、」

「聞く耳は持たないと言っただろう?」


 殺意。


 悪魔に刃だけでなく、とてつもないほどの殺意が向けられている。


『これほど頭の悪い同胞も久方振りだな』

「どういうつもり……だ? 悪魔が、悪魔を狩るとでも言うのか?」

『貴様は随分と能天気な考えを持っているようだ。悪魔が、悪魔を狩らない理由がどこにある?』

「は……?」

『道楽で人間を騙すよりも、人間と悪魔を狩る方が実入りがいい。少なくとも、俺はそう思っている』

 そんな話を悪魔は聞いたことがない。

「いや、そうだとしても、なんで人間なんだ?! 悪魔なら悪魔と手を組む方がいいだろう!?」


「とことんまで人間を貶したいらしいな」

『同胞はどいつもこいつもこんな感じなのはこれまでの経験で分かっていることだろう? 何度もそう口にするな。俺もさすがにその言い方には飽きてきたぞ』

「そうか。なら、これ以上の語らいは不必要だな」

『ああ、どれもこれも聞き飽きたような話や台詞、言葉ばかりになるだろう』

 風が人間の持つ刃に巻き付いた。

「あ……あ、おい。この肉体はまだ子供だぞ……? 良いのか? 子供を殺すことになるんだぞ?」


「もうその肉体の持ち主の意識は消えているクセに……どいつもこいつも」

『死を間際に感じると、同胞が口にするのはやはり同じだな。同類であっても変わらずとは、悲しい限りだ』


「子供を殺すなんて非人道的なことが許され――」

 人間が肉体の首を刎ねる。直後に悪魔が肉体を捨てる。

「喰え、コクイ」

 逃れ出た悪魔の意識を、渦巻く風が阻む。辺りの空気という空気を吸い込んで形を成した“鳥”が鳴き、悪魔の精神を風の刃でズタズタに引き裂いて、魔力の流れと合わせて吸い切った。


『随分と薄味で軽いな』

「今回のは残り(かす)だからな」

『次の掃除は味があって腹が満たされるような同胞であればいいが』

「俺は勘弁だ」

『そうは言ってくれるな、相棒』

「俺は相棒とは思っちゃいない」

『だが、俺がいないと悪魔は狩り尽くせない』

「だとしても、俺の耳には『近場で悪魔が現れた』なんて話は聞きたくもない。俺の仕事が増える」

『悪魔狩りの仕事も請け負わなければいいだろう』

 納刀した男が“鳥”を睨む。

『おっと、この話は駄目だったか』

「帰るぞ」

『帰ったあとはなにをする?』

「なにもしない。ルーファスが『至高』に登るようなことでもない限り、悪魔狩り以外に興味はない」

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