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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第4章 -その手はなにを掴む?-】
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正道を歩めない

 やりたくないことを誰かが代わりにやってくれないかと願ったのはこれが初めてではない。つくづく、考えが甘い。現実を知っているのに、理想を求める。何度も何度も繰り返す。なのに全く学ばない、学べない。絶望的状況や自身が拒絶するような出来事を前にすると、いつまで経っても見えないなにかに縋ろうとしてしまう。しかし、誰もそのことを顔には出さない。心の底で思うだけで表現はしない。

 何故なら、顔に出そうと言葉にしようと、見えないなにかが手を貸してくれるようなことはまず起こらないからだ。助っ人ならば来てくれることもあるが、それも積み上げられたいくつもの可能性の果てに掴めるものだ。つまり、救援の手どころかアレウスの代わりに悪魔を殺してくれる者は現れない。審判女神の眷族が現れたことで、戦況は覆りはしたが、悪魔憑きなのかそれとも魔人なのかの判別ができない。二人は不殺を誓っているために、たとえ逆に殺されるようなことになってもそれを受け入れるのだろう。


「ああ、本当に良いタイミングに俺はやって来た……この街にはこんなにも穢れが! こんなにも無辜(むこ)の魂がひしめいている!」


 悪魔が襲来した時期も悪い。穢れの浄化が終わっておらず、御霊送りもできていない。カプリースの迷惑な置き土産のせいで悪魔の存在は強くなってしまっている。この世の恨み辛みが消えない限りは消えないのだから、地上にその恨み辛みが溜まっているこの場所での戦闘は危険極まりない。形勢逆転からの更なる形勢逆転が起これば、もはや眷族の救援によって高まった士気も消え失せてしまう。

 上機嫌に能書きを垂れている今、この瞬間から約十分が殺すか殺されるかの岐路となる。悪魔が本気を出す前に、悪魔がアレウスを脅威と感じつつもまだ手加減をしている間に仕留める。人任せにできないのであれば、それしか手段はない。

 ヴァルゴの異界で亜人を殺した時の感覚を思い出さなければならない。甘さを残せば殺される。甘さを捨てなければ殺し切れない。そして、殺し切れなければ死に至るまでの苦痛を与え続けることになる。悪魔に対してであれば、それも一つの手とも思えるが、素早く殺し切らなければなにをしでかすか分からない。

 だから義理や人情などは捨てる。人を殺すことに対して不必要になるものは一時的に捨てる。亜人を殺せたのだから、人を殺せないわけがない。たとえそれが悪魔憑きの子供であったとしてもだ。


「アイシャとヴェインは悪魔の動きを止めてくれ。ガラハも援護だけでいい。アベリアは気を逸らしながら、ここ一番の時に僕に重量軽減の魔法を。あとは、」

「あたしとアレウス君で殺すから」

 アレウスの言葉に被せてきたクラリエの発言だったため、反射的に顔を向けた。

「あたしだって殺せる。殺したくないのが本音だけど、殺さなきゃならないんなら殺す。異界で、そうだったでしょ?」

 優しげに言ってはくれているが、その内容には優しさの欠片もない。だが、アレウスはクラリエが亜人の首を切ってきたことを目で見て確認している。自分自身で見たことなのだから、その言葉は信じるに値する。

「罪を背負うって、そういうことじゃないはずです」

「一番良い方法じゃないことは分かっている」

 だが、この世界は無常なのだ。子供が裁判に掛けられて異界に堕とされることもあれば、誕生日のその日に誘拐される子供いる。ならば、悪魔に囁かれて悪魔憑きとなって、共々に殺される子供がいてもおかしくはない。冗談混じりに語られるような馬鹿馬鹿しい話が、この世界ではさも当然のように行われる。決して馬鹿馬鹿しくはなく、悲惨な物語が紡がれる。

 アレウスの存在は世界にとって異端なのではとクラリエには言われた。だとしても、世界が自身に行う仕打ちはどれもこれも(むご)いものばかりだ。どうしてこうも悩まされなければならないのか。どうしてこうも、世界は自身に非情であり続けるのか。

「ちょっとぐらい、僕を甘やかしてくれたっていいのに……」

 ボソリと感情を吐露してから、短剣の握りの具合を確かめて、クラリエと同時に走り出す。ガラハがそのあとを追うように走り出し、アイシャとヴェインは二人一組で右側に、アベリアは左側へと駆け出した。


「アイリーン、勇ましき者の気配を感じる」

「だけど、それは蛮勇に等しい」

「仕方がない。だって、どの道に転ぶかも分からない者だから」

「今だけはその勇ましさに賭けてみよう」

「けれど、正道ではない」

「それも考慮の上で進もうとしている」

「「全ては守るべき者を守るために」」

 アイリーンとジェーンが魔人に張り付くように動き、決して距離を開かせずに打撃を与えようと立ち回る。魔人はその様に不敵な笑みを浮かべながら鎗を巧みに扱い、二人の眷族に致命傷を与えようとしている。傍から見れば魔人が弄んでいるようにも見える。だが、祓魔の術を使えば魔人は簡単に消し飛ぶことを忘れていなければ、むしろ弄ばれているのは魔人の方なのだ。そこさえ(たが)えなければ、より余裕を持って立ち回っているのが眷族であることは直感的に理解できる。

「「正道でなくとも歩むのなら止めはしない」」

 アイリーンは鎗が振り切られてから魔人の左側に付く。振り向いた魔人に踏み込みながら右手の掌底を胸部よりやや上、左手の掌底を腹部よりやや下辺りを狙って、突き飛ばす。後退した魔人の背後にジェーンが迫り、一回転しながらの手刀を首に打ち込む。


「全然、効かないなぁあああ!! 風、風、風!!」

 刹那に振られる鎗と、込められる風刃に二人の体が上下に分かたれる。

「「それは幻影」」

 魔人が断ち切ったはずの二人は靄のように掻き消え、声のした方向――真上を魔人が睨む。

「魔法か」

「違う」

「動きよりも気配に反応するようだから」

「「敵意を置いただけ」」

 二人同時の踵落としを受けて、魔人の体勢が崩れる。


「あれって、クラリエさんもできます?」

 一旦、立ち止まって眷族の二人の格闘を見守る。入るタイミングが重要となる。慎重さと大胆さを交互に織り交ぜる。アレウスたちが狙われないのは魔人にとっての脅威度が眷族の二人よりも低いためだ。ここで変に前に出てしまって脅威度を上げられた結果、相討ちすら取れないのでは決心が脆すぎる。挑発に乗り、脆い決心で突撃した冒険者の二の舞にはなりたくない。

「できるかもしれないけど、ほぼ確実に失敗して死ぬかもしれないからやらないよ」

「ですよね」

 あれは気配消しの応用である。自身が敵意を放出し、魔人がそれに反応した刹那に気配を消し、攻撃の範囲外に逃れることで攻撃を誘発させたのだ。視覚よりも本能的に動くのならば、二人が言ったように“敵意を置いた”だけで効果が生まれる。だが、迫ってくる攻撃に対して恐怖を抱けば、敵意だけを置けない。二人は不殺を誓っていることを見抜かれていても魔人に全く臆さない。一方的に殺される状況下でありながら、決して退くことを考えていない。彼女たちが魔人に勝てるとすればそれは朝日が昇るまで戦い続けることとなるが、そのような長期戦を考慮した立ち回りには見えない。祓魔の術を使わない代わりに打撃格闘術に意識を高めている。殺さないように威力を弱めることも含めて、常に全力疾走しているような状態に違いない。


 長期戦でなく短期決戦を選択したのは、利害の一致が起きたためだ。眷族は魔人を翻弄できるが不殺を貫くために殺せない。アレウスは殺す決意を立てたが隙を作れない。であればアレウスが魔人を殺すために二人が隙を作ることで、全てが解決する。


 肺に酸素を送るために二人の呼吸が荒くなる。音も大きくなり、魔人は気配だけに留まらず、その呼吸を拾うようになったのか、明らかな囮となる敵意の放出にはもはや目もくれない。激しい鎗撃の中を潜り抜けながら、的確な打撃を繰り返し、魔人にたじろがせる。


 行くとなら今しかない。


 アレウスとクラリエは目で合図を取りながら再び、魔人に向かって走り出す。


「“鐘の音よ”」

「なんだ? その程度の術が通用すると思っているのか?」

 魔人がヴェインに向いた。

「“鐘よ響け”」

「術が二つ……だが、無駄だ!」

 アイシャの魔法もかけられはするが、魔人は気にも留めていない。だが、魔人はまだ自由に体を動かせていると思い込んでいる。実際には僅かだが祓魔の術によって動きに制限がかかっている。現に手足は数秒だが止まっていた。

 その数秒にアイリーンとジェーンが割り込む。

 言葉を交わさず、二人の鉄のように固く握られた拳が魔人の鳩尾(みぞおち)を殴打する。

「がっ……!!」

「脳は揺れずとも呼吸はしていた」

「人の体を乗っ取ったのなら、肺呼吸のはず」

「「その息を奪った」」


 二人の狙った箇所は魔人が狙った鎖骨のような受けてはならない箇所ではなく、人体の急所である。アレウスが受けた痛みとはワケが違う。鳩尾に一撃をもらえば、横隔膜が上がって呼吸が乱れ、場合によっては呼吸困難に陥る。だから「息を奪った」と二人は言ったのだ。

 長期戦を待っていたわけでも、ただただ魔人の振り回す鎗を避けながら殺さない程度の弱い打撃を与えていたわけではない。アイリーンとジェーンは魔人と戦いながら、急所に拳を打ち込む瞬間を待ち続けていたのだ。そしてその瞬間が今だった。尚且つ、その瞬間すらも見逃すことはなかった。


「ぐっ……そ、人間がっ!!」

 だが、人間の急所も魔人にとっては確実な一撃には至らないらしい。のたうち回り、呼吸ができないことにパニックを起こし、意識の混濁すらあり得るような一撃を受けながらも魔人は立っている。それも鎗を握って、振るう素振りすら垣間見える。


「“沼に、沈め”」

 アベリアの魔法が聞こえたと同時にクラリエが跳躍する。アレウスは眷族の二人が飛び退いた中でも前進して魔人ともども、アベリアの生み出した泥沼に沈む。

 呼吸を乱すことで悪魔特有の詠唱を奪い、泥沼に沈めることで足を取った。これで踏み込むことはできず、鎗を全力では振るえない。

「“軽やか”」

 アレウスに重量軽減の魔法がかけられると、スティンガーが明滅する。体を横向きにした直後にガラハが放った十字の飛刃が肌を掠めていき、魔人に直撃する。

「“軽やか”、三つ分!!」

 更に重量軽減の魔法がかけられ、アレウスは泥沼の中でも俊敏性を獲得し魔人に迫る。


「来るか、人間モドキ!」

 飛刃を受けて血を流しながらも鎗を構え直す魔人が意気揚々とアレウスに叫ぶ。しかしその後方に跳躍して泥沼を避けたクラリエが更にもう一度、強く跳躍して気配の外から襲撃する。

 クラリエの振るった短刀は首を掻き切ることはできなかったが、防御に出た魔人の手元にあった鎗を払い飛ばす。


 どれもこれも、魔人にとっては初めてのことであり、想定の外を突いた。“鐘の音”だけは知っていても、その次にアイリーンとジェーンが急所を打ち込むことに繋がるとは考えもしなかっただろう。

 アベリアは火の魔法しか唱えておらず、“沼”の魔法は初めて唱える。もしも“沼”の魔法を知っていてもそこに泥が混じるとは思わない。

 ガラハの飛刃も初見であり、目くらましに過ぎず、後方から気配を完全に消したクラリエが泥沼に飛び込む勢いで首を掻き切りにくるとは思いもしなかったはずだ。そして、狙ったのは首ではなく得物であったことにも気付いていない。


 分かっていたなら対処ができる。二度目からは通用しない。全てが想定済みの魔法と攻撃ばかりであったなら、魔人が余裕綽々で対応することぐらいは想像できる。だから、想定外なことを重ね合わせた。


 そうすることで、中級冒険者になったばかりのアレウスの前に、ようやく魔人の絶対的な隙がさらけ出される。


「死ね」

 小さく呟き、アレウスは左手の短剣を振るって魔人の防御を解き、右手の短剣を力強く()の者の胸部へと突き立てた。

 それでも魔人は動く。そこにクラリエが投げた短刀が魔人の喉元に突き刺さった。

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