共通点
隊列も陣形も全くもって機能していなかったのだが、全員の応用力の高さでどうにか乗り越えられた。ここが異界であったならば壊滅的な問題ではある。言ったはいいが、実行力の乏しさは今後のパーティの課題となる。しかし、同時に仲間の結束力の高さは見えた。
思うことはあれど、強力な助っ人まで現れてくれたのならばアレウスたちのする仕事はほぼほぼ無くなったと思ってもいい。
ただし、気を抜けば悪魔の思う壺である。未だ気を張り詰めなければならない上に、悪魔とカールを視線からも外せない。スティンガーにはカールと悪魔の魔力的な繋がりを探ってもらっているが、まだ収穫はないらしい。
『人間の小娘どもが!!』
光の柱からもがき出て、悪魔が強風を纏いながら眷族の二人へと急襲する。
「我らは中立の番人」
「我らと等しくその身を晒せ」
「「“出廷せよ”」」
二人の眷族が声を重ねて唱えた魔法によって、強烈な光が発せられる。しかし、真夜中であるのにその光をアレウスたちは眩しいと感じることはなく、悪魔だけが発光を浴びて悲鳴を上げ、強風が爆ぜるように消え去って、カラスのようにどす黒い姿形をした存在が晒される。
「あれがヴェインやアベリアには見えていたのか」
問い掛けに二人が首を縦に振る。
「それにしても、なんであの二人が?」
「ご存知なかったんですか? ギルド長の付き人である『審判女神の眷族』のお二人は、祓魔専門の僧侶なんです。神官長や副神官の肩書きはありませんが、逆に肩書きがないからこそ、なんのしがらみもなく、邪気を祓うことができます。ただ……」
「ただ?」
「お二方は、奴隷として売られていた際にギルド長が拾った経緯がありますので、恩返しのために滅多に傍から離れません。悪魔祓いも、ギルド長から了承を得てからでないと動いてはくれません。それで今回、お二方が動く条件になったのが、街の安全、魔よけのお札、子供が悪魔に惑わされていないかの調査の三つでした。これらは私だけじゃなく、多くの神官と僧侶が手分けして協力してくださいましたが、それでもこんなギリギリになってしまいました」
アイシャが普段、どこを拠点にしている冒険者なのかは分からないが、浄化作業のために街にいた。だが、ニィナはこの街に常駐していない。パーティを組めない神官が一人で無茶をやるのは得策ではない。それでも、彼女なりにできることを探し、実行に移した。『審判女神の眷族』を連れ出すことができたのは、彼女のようなパーティを組みたくても組めない者たちが協力的だったことも大きいに違いない。アイシャは自然と、他者からの協力を得やすい雰囲気を持っている。それが男の勘違いを生み出しやすい所作や仕草に関わってきているのかもしれないが、緊急事態において人の協力を得られるのはデメリットを覆い隠すほどのメリットにもなる。
『止まるな、カール!! 殺せ、殺せ殺せ!!』
「分かっている!」
「愚か」
「本当に愚か」
悪魔が後退し、カールが二人へと鎗を放った。この鎗撃を二人は息の合った足運びで――さながら踊っているかのようなステップで避けた。互いに離れはしたが、カールを両者とも正面に捉えている。
「さぁ、どう来る?! 刃物で俺を傷付けるか?! そうやって痛みで分からせるのか!?」
「痛みでは分からせる」
「けれど、我らは審判を司る女神の眷族」
「決して、刃で人を傷付けてはならない」
カールの拙い鎗捌きの中を掻い潜り、二人の拳が少年の腹部に同時に叩き込まれる。痛みに悶絶し、蹲りかけたところに追撃で二人が息を合わせて掌底を顎の下から打ち込んだ。
強烈な打撃であることは、カールの体が浮き上がったことだけで分かる。
「『拳聖』のアイリーンさんとジェーンさんは二人で一つの称号を共有しているんです」
「冒険者なのか?」
アイシャが首を横に振っている間にも、二人の眷族はフラつきながらも体勢を立て直したカールを軽やかな動きで翻弄している。
「じゃぁ、なんで称号なんて……というか、そんなことは一言も聞かされていないぞ」
これはアイシャに向けての不満ではなく、リスティに対しての不満に近い。ギルドのことであれば、なんでも教えてくれていたはずの担当者が秘匿していたことが不思議でならない。
「僧侶の称号は基本的に『愛』が用いられますが、お二方は僧侶でありながら回復魔法を使えません。信仰しているのは慈愛の女神ではなく、審判の名を冠する女神の方ですから、用いる魔法は全てが邪気を祓う魔法です。聞かされていないのは、話す必要がなかったからではないでしょうか」
そこで一呼吸置かれた。その間にカールの刺突を避け、一人がそのまま素手で鎗を掴み、馬鹿力としか思えない腕力でカールを鎗ごと投げ飛ばす。
「私がこのことを知っているのは、街の教会で奉仕を行っているためです。私自身の位は低いので、そもそも話ができるような立場にはないのですが……親の七光りと言いますか……副神官が口を滑らしたので、そこから聞き出したんです。確か、ニィナさんとパーティを組むよりも、もっと前だったと思います」
「親の七光りだろうと知っているってことは、人よりも情報を多く持つことができているってことだ。恥ずかしがることはないし、むしろこの場では助かったという気持ちしかない」
「口説いてます?」
「口説いていない」
今後、アイシャには優しい言葉をかけるのは控えるべきだろうか。しかし、厳しく当たるとそれはそれでニィナに強く責められそうである。どちらにせよ、アレウスには逃げ場がないようだ。
「アレウス、さっきは取り乱させてしまって悪かったよ」
「謝るのは僕の方だ。腕はどうだ?」
「大丈夫? ちゃんと動く?」
接合と縫合が終わっても、アベリアはヴェインの腕の心配をしている。それを払拭するためにヴェインは繋がった腕を動かし、元通り動いていることを証明する。
「まだ危険は去っていない」
「勝った気になるのはまだ早い」
どちらがアイリーンで、どちらがジェーンかは不明だが、とにかく二人からの叱咤が飛んできた。言われるほど気を抜いていたつもりはないが、そう見えてしまったのであれば、無防備であることと変わらない。
「フォーゲル!!」
『君の体は俺がちゃんと強化している。それでも押されるのは、この大人たちのせいだ』
悪魔が起こす強風をもってしても、アイリーンとジェーンの体は浮かないどころか体勢も崩れない。体幹が整っているどころか、風を浴びているようにも見えない。
「邪気が起こす魔法など、我らの前では無力」
「どうしても我らを魔法の標的にしたいのであれば」
二人が同時に強く踏み込んで、地面が割れる。耳鳴りが強く、足から体に振動が伝わる。
「「我らと“共振”する覚悟を持ってもらわないと困る」」
カールに背を見せ、二人の背後に忍び寄っていた悪魔が拳を受けて吹き飛んだ。
「悪魔は霊的な存在に近いんだろ? 物理で殴れるものなのか?」
「異常震域に共振したんだ。俺も悪魔も魔法でなら干渉できるけれど、物理では不可能なのが普通だ。でも、悪魔の放っている異常震域に合わせて、体内の魔力に震動を起こすことで共振する。そうすると、物理が通る」
悪魔憑きが放っているオーラにあの二人が同様のオーラを放つことで、“悪魔に干渉できない”という概念を打ち消している。だから魔法だけでなく物理による攻撃が通るようになった。ヴェインの説明を独自に纏めるとそうなる。ということは、あの二人の攻撃が通っているからといってアレウスたちの物理による攻撃が通るわけではないらしい。熟練者の戦闘に横槍を入れるのは不躾なのだが、ここで見ていることしかできないのはもどかしかったため、動かそうとしていた足を止めなければならなかった。
「アレウス……私が異常震域って言った時、なにも思わなかった?」
「思ったよ。でも、わざわざ言わなくてもいいと思ったんだ」
異常震域は異界獣が異界を渡る際に起こる震動についても用いられる。悪魔憑きの放つ雰囲気や空気感が異界獣の引き起こす震動と近いものと考えていいのだろうか。確かにカールと悪魔が放っていた雰囲気は地面や空気から体や肌に震動を感じるものではあった。
ならば、異界獣は常に悪魔と同様に異常震域を放っており、渡る時にだけそれを冒険者は顕著に感じ取っているのではないか。
「異界獣を討伐するには……共振するのが鍵なのか?」
『技』が通用するのも一種の共振であるのなら、アレウスも『技』だけでなく共振を習得しなければならない。
「諦めが悪いと死ぬほど痛い思いをする」
「どうせ滅されるから、死ぬのに変わりはありませんが」
カールの鎗を押し退け、悪魔の引き起こす風を跳ね除け、二人が背中合わせになりつつ互いの両手を重ねる。
「「“天罰”」」
二人の頭上に光球が放たれ、矢のように飛び、悪魔の腹部に命中する。そこから複数の光の帯が生じ、そのどれもが質量を持っているかのように鋭利に悪魔の体を貫通し、閃光の爆発が起こる。




