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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第4章 -その手はなにを掴む?-】
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僕たちだけじゃない

 言葉を交わさないコミュニケーション、そして合図。それは顔を見合わせてのアイコンタクトや表情からの行動の予測に限られてくる。しかしながら、このパーティは非常に()が強く、なによりも個性が強すぎる。リーダーであるアレウスに至っては協調性に乏しい。

 もしも、他のパーティと足並みを揃えてのコンビネーションを求められたならば、ヴェイン以外全員が戦闘において足を引っ張ってしまう。

「周囲に気を配れ。間違っても他の冒険者を攻撃してしまうような位置取りはするな。でも、だからって調子を合わせたって僕たちはぎこちなくなる。だから、僕たちの中だけで動きを合わせる。それだけでいい。それ以外はあんまり考えるな。あとで僕が怒られればいい。目的の達成のためだ。それぐらいは我慢できる。我慢できないのは、ここで息を合わせることもできないまま死んでしまって、カールとあいつが街に侵入することだ。不安に思うな、躊躇うな。僕たちはまだ強者の高みには辿り着けていない。失敗なんて全体で見たら小さなものだ。そしてそれは、パーティでカバーできる範疇だ。自分のやらかしたことが、趨勢(すうせい)を大きく傾けさせるようなことにはならない。そんな方向では絶対にうぬぼれるな」

 自身の力量を低く捉えるのはアレウスの癖だが、この場ではその思考が正解となる。

 ミスを怖れては、この場を乗り切ることは絶対にできない。意味が伝わったかは定かではないが、スティンガーが視界内で明滅する。カールを抑えていたガラハがやや押され始めている。長話をしていたつもりではないが、大きく負担をかけてしまった。アレウスは三人の表情を見てから身を反転させ、走る。

 ガラハの放った飛刃をカールが鎗で弾き飛ばし、間合いを詰める。

「鳥、鳥、鳥」

『良いタイミングだ、カール!』

 穂先に緑色の輝きが宿る。ガラハが下がりつつ、走るアレウスの隣を擦れ違う。一瞬だが視線を交わす。

「死ねぇええええ!!」

 前方をカールが薙ぐ間際にアレウスは倒れ込むようにして伏せ、ガラハは逆に仰向けになるように後ろに倒れ込む。空間すら裂きかねない必殺の風刃は上を通り過ぎる。更に奥で待機していた三人は散開する。風刃はなにも切り裂くことはなく勢いを失い、やがて空気に混じって消える。

 カールは驚いているようだったが、アレウスは構わず起き上がり、ガラハも体勢の立て直しを行っている。

 最初の風刃を見た時に、あまりの惨状に思考が停止し、距離を一定に保ち続けることが最善策だと思っていた。だからカールの動作の一つ一つに怯えながら防御を固め、攻撃に転じてもどこか恐怖心から強く踏み込み切れてはいなかった。それもこれも、風刃を放たれてしまえば薙いだ範囲を延長して、その場所全てを切り裂くと思い込んでいたからだ。

 実際のところは違う。振るうことで生じる風刃が、その範囲内の全てを切り裂くというのであれば冒険者の死体が“両断”で済まされず、“細切れ”になるまで切り刻まれていたはずだ。このことから、風刃はカールが鎗で薙いだことで描かれた軌跡を拡大しながら放出していることが分かり、同時に軌跡の範囲外にまで刃が及ばないことを証明している。アレウスは伏せ、ガラハは後ろに倒れた。たったこれだけの姿勢の変化だけで必殺の一撃は空振りに終わる。

『刃に動じないだと?』

「クソッ!」

 スティンガーが明滅していることでガラハも同じく生存していることを知りつつ、カールに張り付くようにして極めて近い距離で剣戟を放つ。どれもこれも鎗で捌かれてしまっているが、これらは全て踏み込みが足りなかった。

 だから、今一度、強く踏み込む。

「なっ!?」

 アレウスの短剣に乗せられた力が一回り大きくなったことで、カールが防御に回していた力加減を間違えた。支えていた左手が外れ、握っている右腕だけで弾かれた鎗の反動を抑え込もうとしているが、それは大きな隙となる。

『させるか!!』

 一際強く吹き荒れた風に姿勢を崩されかける。

「“空気よ、一方より集まり給え”」

 ヴェインが鉄棍で地面を打ち、魔法を唱える。アレウスの浮きかけた体が一気に沈み込む。

「“軽やか”」

 続いてアベリアの重量軽減の魔法を受けて、沈み過ぎた姿勢を元へと戻す。悪魔の起こした風が吹きやむとヴェインの魔法が解け、アベリアの魔法だけがアレウスの身には残る。

 安直な刺突を軽やかに右回りに跳ねて避け、続けざまに横に振るわれた鎗が到来する。更にカールを中心にして軽やかな足取りで避け、背中を取る。

「“開け”」

 カールの背後に寄って、迷わずロジックを開く。

「っ! 駄目か」

 思わず口から声が漏れてしまった。アレウスが開いたカールのロジックはあっと言う間に閉ざされ、彼の意識が回復する。これでは気絶させることにも使えなさそうだ。


 ロジックへの抵抗力が悪魔憑きは強いことと、ロジックを開けないことは同義ではない。


 だから開けてしまえば、カールを殺さずに悪魔を排除できる可能性があった。だが、開いたロジックは勝手が違った。神官が悪魔憑きのロジックを開かないのは、開くことが困難だからではなかった。


 開けはするが、読めないのだ。それも悪魔憑きは無抵抗にはなるが、悪魔は動き回れる。そんな場面でロジックを開いたところで、危険しかない。解読する余裕もない。そしてロジックを書き換えたところで、元のテキストを理解していなければ、そこに効力は現れない。


「でも、あの文字の配列はどこかで……」

 左から右に読んでも意味を成していなかったが、どこか懐かしさを覚えた。しかし、全容を見ていない上に戦っている最中にはやはり解読に回す思考力はない。


「風、風、風」

『やれ!!』

 鎗の穂先に緑の輝きが宿る。だが、風刃を放つものではない。アレウスは悠々と鎗を避けようとしたが、同時に直感が死を予期する。そのため、普段よりも二倍の距離を開けて避ける。

 穂先が延伸した。カールの刺突はアレウスの腹部を掠め、同時に鎖帷子の奥の皮膚を軽く裂いた。アベリアの重量軽減の魔法もここで解け、肉体に負荷が押し寄せる。もう何秒か前に解けていれば、大きく避けることも叶わなかった。死への直感、アベリアの魔法、そのどちらかが不足していれば腹部を貫かれていたことだろう。

「これも避けるのか!」

「“火の玉、踊れ”」

 アレウスに追撃しようとするカールの眼前をアベリアの火球が駆け抜ける。一つは直撃するはずだったが、悪魔が払い飛ばした。

「そんなものは無駄だって分かっているだろ!!」

 腹立たしげにアベリアを睨んだ。

「風、鳥、風」

 高速の跳躍を経て、カールがアベリアへと迫る。

「“金属の刃”」

 指をパチンッと鳴らす音が響く。景色から出でて、クラリエがカールの前方、斜め上空から数本の短刀を投げ込む。

『こいつの短刀には気をつけろ』

「ああ。二度目はない」

 避けるでもなく弾くでもなく、悪魔が風で吹き飛ばす。クラリエの狙いはカールではなく、避けたことで短刀を地面に突き立てることだ。そうして突き立った短刀同士で線引きすることで呪言を用いる。それを読んだ上で、吹き飛ばされた。

 だが、吹き飛ばされたならば吹き飛ばされたでクラリエは構わず着地してから手元に残っている魔法の短刀でカールに飛びかかる。呪言は手段の一つであって、クラリエの全てではない。『影踏』の薫陶(くんとう)を受けている彼女は近距離戦もアレウスと同等か、それ以上の速度でカールを追い詰めている。

「どいつもこいつも!」

 一際強く、カールがクラリエの攻撃を弾く。

「俺の邪魔ばかり!!」

 呼応して、悪魔が鳥の鳴き声を発する。


「“鐘の音よ”」

 悪魔が起こす明らかな殺意の増幅を、奏でられた魔法の鐘の音が御する。息のズレたカールをクラリエが斬撃で鎗ごと打ち飛ばし、悪魔はガラハが振るった戦斧を避けるために上空へと逃げる。


『赤い月の日は、名うての冒険者は街を出ていると聞いていたはずだが』

「どいつもこいつも鬱陶しい大人ばかりだ!」

 思えば、この場にルーファスやデルハルト、『影踏』がいないことが不思議だった。だがそれも悪魔の言葉で納得が行った。休んでいるわけでも、他の冒険者に任せているわけでもない。


 赤い月は悪魔が降りる日。これが全ての人種における同等の価値観であるのなら、この街に限らず被害が出ている可能性がある。特に子供が多く行方知れずになったところにはより多く、そして強い冒険者が待機していることが望ましい。ギルドが冒険者の待機する場所を分散させることで全体的な守備を行う。上級冒険者がいないのは、この街では行方知れずになった子供の数が少なかったためだ。とはいえ、ギルドが街の子供全員を把握しているわけではない。あくまでも、存在が周知されている子供たちであり、教会の孤児もそこに含まれていたのだろう。居場所を見つけられずに息絶えた子供や誘拐された子供、悪趣味な大人たちに拾われてしまい生きているのか死んでいるのかも定かではない子供までは予想することしかできない。だが、そういった予想も踏まえた上で、この街の赤い月の日の防衛には上級冒険者を回さなくてもよいと判断したのだ。


『だが、所詮は人間だ。いずれは息切れもする。いつまでも全力を出し続けられるほどの力を秘めているわけでもない』

「それについては返事をしてやるよ」

 アレウスが呼吸を整えて、姿勢を低くする。

「お前、まさか僕たちを殺せば街に入れるとでも思っているのか?」


 カールを冒険者たちが包囲する。悪魔も例外ではなく、そちらには多数の僧侶が詠唱の準備に入っている。


「ちょっとは考えろよ。僕が至った答えを、僕以外が至れないわけがないだろ。だってここには、僕よりもずっと優秀な冒険者が揃っているんだから」

 他人の顔を立てることは滅多にしないが、事実は告げなければならない。

「お前たちが相手にするのは僕たち五人じゃなく、この街に残っている冒険者全員だ。これでも力不足かもしれないが、上級冒険者の誰かが帰ってくるまでの時間は稼げる」


 アレウスは人一倍、観察力が高い。それは自身も、なによりヴェインやクラリエからも言われていることだ。だから他人より早く気づくこともある。しかし、その気づきは決して自身だけが至るものではない。たとえ上級冒険者がここに立っていなくとも、冷静さを取り戻せば、アレウスよりも観察力の高い者もいるだろう。戦況が動くに連れて、法則を導き出す者もいる。気づきの速度に違いはあれど、そして誰かが情報を共有するようなことをしなくとも、自然と至る。


 悪魔を「悪魔」と呼べば、問答無用で首を切り裂く刃が飛ぶことも、カールの放つ風刃の範囲についても、そして、少年の鎗術の拙さについても、悪魔には祓魔の術が少なくとも効いていることについても。

 そもそも、冒険者が最も必要とするのは観察眼であり、観察力である。魔物の生態、魔物の仕草、魔物の攻撃の兆候。それらに注目し、観察し、推理し、法則を見つけることが勝機に繋がる。もし、それが劣っているとしても、ギルドの担当者が指摘し、仲間を作るように勧める。そうして、劣っているものを補い合うことで成立するのがパーティだ。


『群がることでしか強く()れない者どもが、吠えるな』

 悪魔が呟く。

『お前たちは羽虫と同じだ。どれだけ集まっても、俺たちには敵わない。振り払い、薙ぎ払い、捻り潰すだけだ』



「「“制裁(サンクション)”」」


 悪魔の頭上から柱がごとき光が降り注ぎ、纏っていた緑色の風ごと地面に落ちる。

「我らが羽虫なら」

「あなたはその羽虫に喰われるもっと小さな虫」

 アレウスたちの包囲の中から女性が二人、現れる。

「もしくは卵」

「産まれるまで独りぼっち」

「産まれても独りぼっち」

「「だから、よすがを求める」」

 『審判女神の眷族』が二人で交互に語り、そして同時に語る。

「天秤は均衡を司る」

「けれど、善悪を告げるもまた天秤」

「均衡が崩れたのならば」

「傾くが悪意であるのなら」

「「判決を下すもまた、我らの役目」」


「なんとか…………間に合いました」

 アイシャが息も絶え絶えにアレウスの傍に寄る。

「教会が預かる孤児全員の安全確認と、魔よけのお札貼り。あとは、街中を子供が歩いていないかも調べていました。これだけやらないと、このお二方はギルド長からの許可が下りないからと、動こうとしませんから……」


「ギルド長の言葉は絶対」

「逆らうことは天秤が傾くと同義」

「だからあなたを試さなければならなかった」

「天秤が傾くかどうか」

「傾かないかどうか」

「しかし、均衡のままに全てを成したのならば」

「「我らはその期待に応えてみせましょう」」

 双子のような二人の女性は声を合わせ、臨戦態勢を取る。

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