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異世界で壊す異界のロジック  作者: 夢暮 求
【第4章 -その手はなにを掴む?-】
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正しさ

 アベリアとの信頼関係を読み取られているのは一種の気恥ずかしさもあったが、ヴェインに悪魔と疑われないのならば受け入れるべきことなのだろう。

「ガラハは悪魔の見せている幻覚じゃないのか?」

「赤い月の時は、誰かに出会うたびに魔よけの札を貼れって親にはキツく言われてきているからね」

 視線を促され、アレウスはガラハを見る。彼の左胸にはヴェインが作ったのだろう魔よけの札がしっかりと貼られていた。

「二人も札を貼っているから見るだけで分かっていたんだけど」

「なら、さっきはなんであんなことを言ったんだ?」

「ああ言った方が君たちをからかえると思って」

 彼に抱いた考えを撤回したくなるほどに、ヴェインの悪戯心(いたずらごころ)に弄ばれそうになっていた。そして、このことに対してアベリアは一切の言及をせず、また反論もしようとしない。むしろ、褒め言葉として受け取っているのか頬を赤らめている。

「緊急事態なのに余裕があるな」

「俺は村で赤い月にどう行動するべきかを知っているんだよ。家から出ないことが絶対なんだけど、それでも悪魔憑きが起こった場合は教会の鐘を鳴らしに行かなきゃならないし、カタラクシオ家で悪魔祓いもしなきゃならなかった」

「だからオレたちを迫害していた連中が悪霊を祓う魔法が使えるのか」

「あれは教会の鐘の音を魔法で再現しているんだけど、魔力の鐘の音は悪霊の動きが止まる。でも、悪魔や悪魔憑きには逃げられてしまう」

「追い払うことのなにが悪いんだ?」


「悪魔憑きは早期に祓わなきゃならない。でないと、魔人になって帰ってくる。そうなると憑かれている側も合わせて、殺さなきゃならなくなる。だから逃げられたら駄目なんだ」

 流行り病も早期の治療が望まれるが、悪魔祓いも同様らしい。とはいえ、命に関わる点では同じだが、過程については全く異なるため参考にしていいものかどうかすら曖昧なところはある。

「それと、さっきここの神官に話を聞いたんだけど、一年前に孤児が行方知れずになっている」

 ヴェインが窓の外に見える赤い月に視線を向ける。

「行方知れずになったのは丁度、赤い月の日だったらしい」


「当時の状況は?」

「詳しくは知らない。ただ、悪魔憑きになっている可能性は高い。そして、誰にも祓われずに一年も経過していたなら……魔人(デーモン)になってしまっている」

「魔人は死んだ人種の魂を魔物が取り込んだ結果に生まれるって言っていなかったか?」

 以前にヴェインからそう言われたような気がする。

「生まれ方の違いだ。魔物経由か、人種経由か」

 ガラハが腕を組みつつ、話に入ってくる。

「どちらも種類としては魔人。水にも軟水と硬水、淡水と海水のような違いがあるだろう? 魔人という中の、人種に悪魔が憑いた者というわけだ」

 つまり、大きく魔人とカテゴライズはされていても、そこに至る経緯が異なるということらしい。

 なら、アレウスが思い描いていた魔人のイメージはどちら寄りなのだろうか。テストの時には、禍々しいイメージでロジックに書き加えてもらった。だが、その禍々しいイメージは魔物寄りなのか人種寄りなのかはどうにも言葉では表せそうにない。

「次からは魔人の如くは使えそうにないな……」

 イメージが曖昧になってしまった。ロジックを引き出すには強い想像力がなければならない。魔人の定義が揺らいだ今、テストの時のような力を引き出すことはもうできないだろう。

「いなくなった子の名前は?」

「その情報はいらなくないか?」

「いる。どういう子だったのか分からないと、悪魔憑きになったのか、それとも教会から逃げ出しただけなのか判断できない。誘拐の疑惑も捨て切れない」

 アベリアにしては妙に語気が強い。誘拐された経験から異なる視点からの意見が出せるのだろう。ただし、そんな経験をプラスに働かせてほしくはないとアレウスは思う。


「カールって子らしいよ」

 どこからかクラリエの声がして、次に景色から姿が現れる。

「行方知れずになった子供の名前」

「どこからどうやって入った?」

 言葉の真意を訊ねる前に、ヴェインは注意深くクラリエを観察する。そんな彼を見て、クラリエはすぐさま上着に貼り付けている魔よけの札を見せる。

「どうやら、悪魔じゃないらしい。でも、どうやって入ったんだい?」

「ちょっとでも入る余地があったら、悪魔はどうなのかは分かんないけど、あたしみたいな輩は入れちゃうよ。教会の裏口だけど、たてつけが悪いよ。ちょっとドアノブに細工をしたら開いちゃった。だから、閉めたあとに知識の範囲で直したけど」

「確かにこの教会の裏の扉は古めかしくて、今にも壊れてしまいそうだった。やっぱり、嘘は言っていないから本物か」

「なんならここでアレウス君たちにロジックを開いてもらってもいいけど」

「そこまで仲間を信用しないのも悪いよ」

「信用を得るためならロジックくらい、いくらでも見せるよ?」

「俺たちをそそのかす悪魔がそんなことを言うようには思えない。それに、クラリエさんが付けている札は俺の魔力が込められている。筆跡、絵柄、紋様、形まで真似られてもそこまでは真似できない」

 アレウスたちには札の違いは全く分からないが、ヴェインの判断であれば信じて問題ないだろう。作成者本人の言葉には、他人の言葉以上の信頼性がある。

「行方不明になった孤児の名前をどこで知ったんだい?」

「ついさっき、そこで」

 クラリエはアレウスとアベリア、そしてガラハがいることを確かめて「アレウス君の言った通りで良かった」と安堵の言葉を零しつつ喉の調子を整える。

「悪魔憑き――正確にはもう魔人だと思うんだけど、『俺はカールだ』って言っていたから。言いながら、街を今にも襲いそうな雰囲気を漂わせてた」

「漂わせているだけなのか?」

「ええ。あっちから攻撃してこないから、冒険者も手を出せない」

「祓えるか祓えないかがまだ分からない限りは、悪魔憑きでも俺たちが守るべき人々なんだよ。明らかに敵意があってもそれは変わらない。祓えないことが確定して、向こうから傷付ける意思が形となって表れてからようやく冒険者としての判断を下すんだ」

 ヴェインが教会の壁に立てかけていた鉄棍を手に取った。

「祓うことができず、殺さざるを得なくなったら俺たちは子供を悪魔ごと殺すことになる。街の人からどう思われるか……覚悟しておいてほしい」

 赤の他人の子供でも、子殺しは最大のタブーである。それでも孤児や誘拐に目を瞑っている辺りがヒューマンの醜さの表れだろう。そしてこのことに関しては、アレウスもまた例外ではない。

 何人も、何十人もアレウスは孤児や遺児は見てきた。だが、手を差し伸べたことはたった一度しかない。そしてそのたった一度が、どれほどの重みであるかも痛感している。だから、目を背けている。

 だが、別に誰もそれを咎めはしないのだ。罪を感じて、恐らくは教会の懺悔室で告白する者もいるだろうが、教会側がそれを聞いて動くことも決してない。孤児や遺児が勝手に野垂れ死んでいくことは良くても、どうせ死ぬのならと手を下すことは許されない。歪んだ倫理観のように見えるが、その実、正しい倫理観のように機能している。だから、アレウスたちがもし悪魔を祓えるのに祓わず、憑かれている子供ごと祓い殺すようなことがあれば、周囲からの軽蔑と侮蔑の眼差しからは逃れられなくなるだろう。

 殺さなければ、街に危険が及び、どうしてもっと早くに助けてくれなかったんだと叫ぶ。しかし、殺したら殺したで人々からの対応は冷たくなる。

 そこだけを見てしまえば、本当の本当に守るだけの価値があるのかと、思い悩んでもしまいたくなる。こんな気持ちを抱えたままでは、前線に出るのは逆に迷惑になりかねない。

「どうするか……」

 アレウスは呟き、ヴェインの言ったことについての答えを探す。彼自身にも迷いが生じている。そして、アベリアやガラハ、クラリエもしっかりとした答えを返事として出してはいない。


「カール兄ちゃんは、悪いやつなんかじゃない!」

 悩んでいるアレウスたちに教会が預かっている子供が突っかかってくる。その子供を始まりとして、わらわらと子供たちが物陰から出てきた。

「兄ちゃんは、私にパンを半分じゃなくて丸々一個くれた」

「カール兄ちゃんはいつも僕たちの遊び相手になってくれた」

「お絵描きもしたし、ままごともしたもん!」

「文字の読み書きの勉強をしてくれたから、僕はこんな風に字を書けるようになったんだ」

「物の数え方も教えてくれたんだよ」

「ほうしかつどうをする時も、絶対にサボったりしなかったもん」

「悪いことをしたら怒ってくれた」

「でも、良いことをしたらちゃんと褒めてくれた」

「大人が悪い時だってあるからって、慰めてくれたんだ」

「だから、だから!」

 子供の一人に睨まれる。

「カール兄ちゃんを殺したら、一生……一生、恨むからな!!」

 しかし、その睨みは別にそこまで強いものではなく、むしろ感情的になっている部分が大きく、なによりも頬を伝う大量の涙を伴っている。


「……僕には難しいことは分からない」

 子供には聞こえないような声でアレウスは呟く。

「でも、カールという子供の末路を、この子たちに見せないためなら、僕はどれだけの顰蹙を買っても構わない」

 元々、有名になりたいから、人々に気に入られたいから冒険者になったわけではない。


 確固たる意志を継いで、ただただ前を見て歩くために冒険者になった。アレウスの中で正しいと思うことは揺らがない。たとえ嫌われようとも、正しいと思って実行したことを後悔したくはない。

 これは、目指していることで現実味はない。どうせまた終わったあとで悩む。へこんで、苦しんで、(うつむ)いてしまうだろう。

それでも、きっと自身は顔を上げる。前を向いて歩く。これまでがそうだったように、これからもそうに違いない。


 緩い決意だとしても、それは土壌のように時間と共に固められていくに違いない。だから、アレウスはこの苦悩から脱却し、答えを導き出した。

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